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琥珀色の呪文  作者: Shellie May
45/80

(45) 再従兄弟(はとこ)

「……停めて…降ろして…」

泣き疲れてぼんやりした顔で森田の車に乗せられた高橋妃奈は、車窓から事務所の煉瓦塀(れんがべい)が流れて行くのを見送ると、堪らなくなったのか声を上げた。

車は静かに路肩に停まったが、ドアのロックは掛けられたままだ。

隣に座っていた森田は、小さく溜め息を吐いた。

「…気が変わったか?だが…」

「今更、黒澤の所になんて帰らない。帰れる訳…ない…」

「では、何だというのだ」

「…降ろして」

「…君には、今後の生活の準備が整う迄、ホテルで生活をして貰う」

「…降ろせ…」

両手で口を押さえ、高橋妃奈はフルフルと震えている。

気持ちが悪くなったのだろう…森田が運転をしている部下に命じてドアロックを外させると、高橋妃奈は(あわ)てて外に飛び出し、側溝(そっこう)に吐きもどした。

気が強そうに見えて、案外神経は細いのかもしれない…病院でも、精神科に長く掛かっていたと聞いた。

「大丈夫か?」

顔を上げて口を拭った高橋妃奈に声を掛けると、彼女はペコリと頭を下げた。

「…ここでいい」

「どういう事だ?」

「ここで、降ります」

「これから、どうする積りだ?」

「…それは、森田さんには関係ない」

「……」

「森田さんは、アタシが黒澤の前から消えたら、それでいいんだろ?」

「……」

「じゃあ、いいじゃん…この後、アタシがどうなろうが…」

取り繕う事もせず(はす)()な言葉を吐くと、高橋妃奈は後部座席のドアをバタンと閉めた。

リアウィンドウを下げると、森田は歩き始めた高橋妃奈を呼び止める。

「待ちなさい」

「…何?」

「何も持ち出さずに出て来たんだ。どうやって生活する?」

「関係ないだろ?」

「そんな事はない。私には、君を連れ出した責任がある」

懐から財布を取り出し、札束を渡そうとする森田に驚いた顔を見せた高橋妃奈は、少し寂しそうな顔を見せた。

「…そんな所は、よく似てるんだな……やっぱり、親子なんだ」

「……」

「必要ない。アンタからは、何も貰いたくない」

「……」

「アタシだって、プライド位持ってるんだよ…森田さん」

無表情に取り(つくろ)いながらも、高橋妃奈は前髪の奥から森田を睨み返した。

「…もう1つ…頼みたい」

「何?」

「東京から…せめて新宿からは、離れて貰いたい」

「……」

しばらく(うつむ)いていた高橋妃奈は、ハァと息を吐き出すと黙ったまま頷いた。

「…やはり…」

交通費だけでもと思って再び財布を出した森田を無視し、高橋妃奈はトボトボと歩き始める。

森田は懐に財布を戻すと、リアウィンドウを閉めた。

自分は、あの少女に無体な事をしているという自覚は重々あった。

だが、幾ら黒澤が愛した娘だからといって、我子と他人を比べるべくもないのだ。

それに黒澤なら、もっと相応(ふさわ)しい娘が幾らでも居るだろうに…選りに選って、何故あんな娘なのだ…という思いがないかといえば嘘になる。

嶋祢蝶子との縁談は、相手側から望まれたものだ。

(しか)もありがたい事に、嶋祢会長は黒澤を婿養子(むこようし)にと迄考えてくれている。

いずれは黒澤をこちら側の世界に引き入れ、行く行くは森田組を継がせたいと思っていたが、もっと大きな話が持ち上がったのだ。

この縁談は、堂本組にとっても黒澤にとっても、大きな力になる。

若い頃の堂本組長と嶋祢蝶子の件で多少軋轢(あつれき)があった堂本組にとって、そして森田の組にとっても、嶋祢会との(きずな)磐石(ばんじゃく)にする事が出来る絶好の機会なのだ。

迷う事は何もない…黒澤は(あらが)うだろうが、想定済みだ。

少し、頭を冷却する時間を与えてやればいい。

幸い嶋祢蝶子は、結婚を焦る年齢をとうに過ぎているのだ。

嶋祢蝶子の扱いは、彼女が堂本組長を追い掛けていた頃に手慣れている。

少々待たせた所で、機嫌さえ取ってやれば上手く行くだろう。

問題は、高橋妃奈だけだったのだ。

少し手間取ったが、最後には思いの(ほか)あっさりと身を退いてくれた。

後は、彼女を捜索するであろう黒澤の前に、彼女の姿を見せない様にする事だけだ。

「…尾行は?」

森田が声を掛けると、助手席に座っている側近の中沢が透かさず答える。

「多分、大丈夫でしょう。年末の事件で、黒澤さんが彼女の外出に関してナーバスになっているそうですが、組長と一緒に出られたのですから…」

「どうせ聖の所のか、ウチの組の者に追わせているだろう。もし尾行が付いていたら、黒澤よりこちらを優先して、逐一情報を上げる様に寺脇に連絡しておけ」

卒爾(そつじ)ながら、始末(しまつ)を付けなくても宜しいのですか?後々、禍根(かこん)を残す事にはなりませんか?」

助手席からバックミラー越しに、中沢の心配そうな視線が注がれる。

「…必要ない」

「ご心配には及びません。お申し付け頂きましたら…」

「いや…手を出すな。さっきお前も言っていた様に、彼女は年末迄警察に関わっていた人間だ。それにあの容姿では、死体が出れば直ぐに身元が判明する。事件絡みで、要らぬ人物が出て来ないとも限らない」

何せ彼女が逮捕された時には、あの『Panther(パンサー)』…連城仁が出て来たのだ。

あの男だけは、敵に回したくない。

それに、今度新しく新宿署の署長に赴任して来たのは、三上とAsia製薬の事件の時に指揮を取っていた人物…連城とも親しい間柄だと聞いている。

極め付けが、年末の毛利の事件を手掛けた人物だ。

まだ若い女性警視だと聞いた。

だがその仕事振りだけでなく、本人の持つバックボーン…名だたる警察官僚を何人も身内に持つサラブレッドの血筋に、流石の毛利も金の力を使えなかったらしい。

当分は、大人しくしていた方が良さそうだ。

無理な事をして、堂本組長に火の粉が掛かる様な事があっては、絶対にならない。

「出過ぎた事を申し上げました。申し訳ございません」

「…構わん。それより今は、婚礼準備に手落ちがない様に徹底しろ。後…嶋祢会長に、面会に行く」

「何か、ありましたか?」

「いや…黒澤の件を報告に行くだけだ」

御意(ぎょい)

(うやうや)しく返事をした中沢は、運転をする部下に車を出す様に命じた。



当てもなくフラフラと歩いて着いたのは、ツインビルだった。

黒澤の元からも、新宿からも出て行けと言われて、妃奈は正直途方に暮れていた。

妃奈が土地勘のあるのは、新宿と蒲田だけだ。

まさか、今更蒲田に帰る訳にも行かない…第一蒲田に帰っても、直ぐに黒澤に連れ戻されるだろう。

それは、新宿中央公園に居ても同じだ。

「どこへ行けってんだよ…」

だからといって、森田組長の世話になるのは絶対に嫌だった。

黒澤の父親だという森田組長に、無理やり黒澤と引き離されたのだ。

それでも渋々納得したのは、心を守る約束は果たせなくても、黒澤の命を守る事が出来ると思ったからで…彼が父親に逆らって迄、妃奈との生活を守ろうとしてくれた事を知ったからだ。

森田組長の世話になるのは、そんな黒澤の気持ちを裏切る事にもなる。

ツインビルの入口に置いてある旅行パンフレットを数冊取ると、妃奈は広場のベンチに座ってペラペラとページを繰った。

「…旅行に行くの?」

不意に背後から声を掛けられ、妃奈はビクリとして振り返った。

植え込みの中から出て来た、小柄な若い女性がニコニコと妃奈に笑い掛ける。

「今から暖かくなるし…来月末には、桜も見頃だし…ねぇ、どこに行くの?」

身なりはキチンとしている…ホームレスではなさそうだ。

だとすると、何かの勧誘(かんゆう)か…。

「…何か用?」

不機嫌に尋ねる妃奈に、彼女はアーモンド形の目を見開いた。

化粧の下に隠れる頬の大きな傷痕が、少しだけ引き()っているのがわかる。

「そんなに、警戒しなくてもいいよ。何もしない…唯、話し掛けただけ」

そう言って妃奈の隣に座ると、彼女は紙に包んだ物を差し出した。

「食べる?お供え物の残りなんだけど」

「…供え物?」

ハッとして(ほこら)を振り返った妃奈に、その女性はフフッと笑い声を漏らす。

「やっぱり知ってたんだ。私ね、貴女の事少しだけ知ってるんだ。この辺り、テリトリーにしてたでしょ?」

「……」

(いぶか)しむ妃奈に饅頭(まんじゅう)を渡すと、彼女は(みずか)らも1つ包みを剥いてかぶり付いた。

「私もね…昔は新宿を根城にしてたんだよ。その前は、渋谷に居てさ…」

「……」

「前に、何回か見掛けたんだよ?声掛けようとして、いっつも逃げられてたけどね」

「…供え物取ってた事、文句でも言いたかったのか?」

「別に…持って行かれるの承知の上で置いてるんだし、少しでも役に立ってたなら良かったよ」

そうニコニコと笑う女性に…同じホームレスをしていた癖に、何だか自分より上に立っている様な心のゆとりが悔しくて、妃奈はわざとつっけんどんに尋ねた。

「…アンタ、なんでここの(ほこら)に供え物なんてしてんだよ?この(ほこら)、何の為の(ほこら)か…知ってんのか?」

「知ってるよ。ここは…私のね…先祖が眠ってた場所だから」

「……」

「以前は、大きな屋敷があってね…そこから、沢山ミイラの女達が出て来たんだよ。昔から、巫女だった女達が住んでたんだぁ」

「……」

「ここのビル建てた人が、この(ほこら)も造ってくれたんだよ」

驚いた…じゃあ彼女は、あの爺さんの親戚って事か…。

「…アタシ…前に、少しだけ…ここに住んでた」

「そうなの?」

「しわくちゃの爺さんと婆さんが居てさ…庭先、貸して貰ってた。直に死んじまったけど…」

「そうなんだ…それ、私のお祖父さんだよ。でも…私には怖い人だった」

「…ふぅん」

「優しかった?」

「どうだろ?直接口利いた事なんてなかったし…でも、アタシが住み着くのも、水道使う事も、見て見ぬ振りしてくれた。他の大人よりは、マシだったんじゃないかな?」

「…そぅ」

ベンチに座った足をブラブラさせながら、彼女はフワリと笑った。

幸せなんだな…こんな笑顔が出来るという事は、そういう事なんだろう。

…自分は…あんな笑顔を作れなかった。

記憶が戻っても、黒澤には泣き顔と怒った顔しか見せる事が出来なかった…心残りといえば、その位だ。

「…で、誰と旅行に行くの?」

「……別に…旅行って訳じゃない。ネグラを移そうと思って」

「えっ!?」

「…何?」

堅気(かたぎ)に…なったんじゃないの?」

「……」

「だって…とても、ホームレスしてる様に見えないよ?」

「今迄はね。引き取ってくれてた人が居たし…」

「何かあったの?追い出された!?」

「…お節介だな、アンタ」

「だって!放って置ける訳ないよ!同じ境遇だったんだよ、私達!?」

「……」

「私だってわかる…住み慣れた場所を離れるのは、余程の事があった時だって…。ねぇ、何があったの?」

「…別に…放り出された訳じゃない。優しくして貰えて、アタシなんかの事、大切にしてくれて…必死で守って貰ってた…」

「じゃあ、何で…」

「色々あんだよ」

「……」

「…でも、アンタには関係ない…そうだろ?」

必要以上に介入する事は許さない…ホームレスにとっての暗黙のルールに、彼女は心配そうな表情を浮かべながらも口を(つぐ)んだ。

「ナオ!」

ビルの方から歩いて来る男の呼び掛けに、彼女は明るい笑顔を見せた。

「ねぇ…行く場所ないなら、ウチの旦那さんに相談してみる?」

「…旦那?」

「そう。ウチの旦那さん、何でも屋してるんだよ」

「……」

「大丈夫だよ。昔、私も拾って貰ったんだぁ」

「…で、今は旦那なのか?」

「そう!紹介するよ」

「…いゃ…」

躊躇(ちゅうちょ)する妃奈に構わず、彼女は男を手招いた。

「柴さん、柴さん!彼女ね、行く場所がないんだって。どこか住める所、紹介出来ないかな?」

「……」

眉を寄せる強面の男に妃奈が仕方なく会釈すると、男は不躾な程にジロジロと妃奈を見下ろした。

「…高橋……高橋妃奈か?」

「!?」

「そうなんだな?俺の事を覚えてないか?」

「…誰?」

「君は、まだ小学生だった…ご両親が亡くなった時、病院で会ったんだが…」

男の言葉に、妃奈は記憶の糸を辿る…過去の記憶も言葉もなくしたアタシに、眉を寄せる刑事の顔…。

顔を強張らせて立ち上がると、隣に座るナオと呼ばれた女性が妃奈の手を掴んだ。

「どうしたの?柴さんと、知り合いなの?…あっ…貴女!?」

急に驚いた顔を見せた彼女の手を振り払い、妃奈は広場の入口に作られたアーチに向かって走り出した。

「あっ!?ちょっと、待って!!」

追い(すが)る彼女の声を振り切る様に走る…今更、サツになんて関わる訳にはいかない!!

アーチを潜り抜け表の道路に出た途端、黒塗りのワゴン車が目の前に停まった。

嫌な記憶が蘇り、妃奈は横に飛んで逃げ様とした。

だが目の前のスモーク硝子を貼ったドアが開くと、黒い目出し帽を被った男の手が妃奈の腕を掴み、凄い力で車内に引き摺り込む。

「行けっ!!出せっ!!」

ガラガラとドアが閉まり急発進した車内で、目出し帽の男は暴れる妃奈の腕を後ろ手に(しば)り上げると、息を上げ帽子を脱ぐ。

見知った黄色い髪と軽薄そうな顔…男はニヤリと笑うと、ガムテープで妃奈の口を(ふさ)いだ。

「大人しくしてろ…」

「ウウッ!?」

「危害を加える積もりはありません。しばらく、大人しくしていて下さい」

運転席で眼鏡を擦り上げながら話す男を、妃奈はキツイ視線で睨み付けた。

「そんな怖い目をして睨まないで下さい。僕達は、唯…貴女に一筆書いて貰いたいだけなんです」

運転する清水文彦の言葉に、妃奈は再び(うめ)き声を上げた。



どれ位眠っていたのだろう?

車内で暴れる妃奈に、鶴岡日出夫はハンカチに染み込ませたクスリを嗅がせた。

意識が覚醒するに従い、(ひど)い吐き気と頭痛に襲われる。

「…なぁ、もし承知しなかったら、どうすんだよ?」

「今更そんな事を考えても、しょうがないだろう!?」

「だけどよぉ…」

「あの遺言状がある限り、僕達の家には、びた一文入らない!僕達が遺産を手に入れるには、彼女と婚姻を結ぶか、彼女に遺産の分配を承諾(しょうだく)させるしかないんだ!!」

「だからぁ…」

しつこい程に食い下がる日出夫に、文彦が舌打ちをする。

「アイツ、この間の事怒ってんだろ?俺等と結婚なんて、とても納得しそうにねぇじゃん?」

「だから、彼女を説得して一筆書かせるんだろう!?」

「書くと思うか?」

「日出夫…書かせないと、どうなるか…わかってるのか!?」

「……」

「僕達の家の借金…利子を付けて返すという約定(やくじょう)を、あの金融屋にようやく取り付けたんだ。どちらにしても、遺産が入るのは2年後…それ迄は、あの黒澤って弁護士が遺産を守って、(がん)として受け付けない。だがあの男だって、2年後にはお役御免(やくごめん)になる。あの男の手から離れれば、こっちの弁護士の手で何とでもなるんだ!」

スモークを貼った窓の外は暗く、舗装(ほそう)されていない道を走っているのだろう…躰にガタガタと振動が伝わって来る。

あの土地は、黒澤の物だ…他の誰にも渡す気はない!

()してや、こんな誘拐みたいなやり方で拉致しといて、アタシがアイツ等の言う事を聞くと、本気で思っているんだろうか?

幸い足は縛られていない…後ろ手に縛られた縄を動かして緩めながら、妃奈は黙って前の2人の会話に耳をそばだてた。

「その為にも、彼女の書いた約定書(やくじょうしょ)が必要なんだよ!!今直(います)ぐに!!」

「……」

「持って行かなければ、()ぐにでも全額回収すると、日出夫の家でも金融屋に言われてるんだろう!?」

「まぁ…そうだけど…親父は、会社も家も取られるって焦っちまって…」

「ウチの父親も、このままでは会社の横領がバレてしまう。何としてでも、彼女に承諾(しょうだく)して貰うしかないんだ!!」

「だけど、もし…OKしなかったら、どうすんだ?」

「…それは」

「文彦ん家の叔母さんの言う通り、()っちまうのかよ?」

「…それは、最期の手段だ…」

「アイツが死んだら、俺達も法定相続人ってのになれるんだろ?」

「……」

「アイツの親戚って、俺等の家だけだって弁護士が言ってた。そしたら、アイツが相続する金額、俺ん家と文彦ん家で折半(せっぱん)だって」

「…日出夫…お前、何考えてる?」

日出夫は、黄色い頭をガリガリと掻いて頭を揺らす。

「多分、文彦と同じ事だ」

車が停車すると、2人は車を降りて車外で何かを話している様だった。

あの2人は、アタシを殺す計画を立てているに違いない!

妃奈の全身から、嫌な汗が吹き出す。

後ろ手に縛られた縄を何とか解くと、気付かれない様にそのままの態勢で機会を待った。

バンのハッチバックが開き、日出夫が妃奈の躰を車から引き摺り降ろす。

妃奈は自分の足が地面に着いた途端、日出夫の手を振り払い、正面の文彦に体当たりした。

「クッソッ!!テメェッ!?」

「待てッ!!」

降ろされたのは、どこかの山道途中にある駐車場の様だった。

どっちに逃げる!?

右か…左か!?

震える足を必死に動かし、妃奈は暗い山道を走った。

道の片側は崖になっている様で、遥か下から沢の流れる音がする。

それよりも(うるさ)いのは、自分の心臓の音と荒い息遣い。

自分の命に未練などなかったが、それでもこの2人にくれてやる事だけは嫌だった。

「待ちやがれッ!!」

後を追って来た日出夫に振り回され、妃奈は道から外れ、枯葉の窪みに足を取られた。

「アッ!?」

ズルッと躰全体が枯葉と共に滑り落ち、妃奈は必死で側にあった木の根元にしがみついた。

薄暗い山道から、4つの冷たい眼が妃奈を見下ろす。

先に行動したのは、文彦だった。

無言で、木の根元にしがみつく妃奈の指を解きにかかったのだ。

「!?」

それを見ていた日出夫も、慌てて文彦を加勢(かせい)する。

「…お前等が…どれだけ足掻(あが)こうと…あの土地は…お前等の手には、入らないんだからな!!」

「…どういう事だ?」

「お生憎様(あいにくさま)だったな…あの土地は…もう…」

「だからっ!!どういう事かって聞いてんだろッ!?」

指が(しび)れ、力が入らない…妃奈は焦る2人の顔を睨み付けた。

「絶対に…許さないっ!!」

「ほざけ!!」

日出夫が妃奈の指を踏み付けると、妃奈の躰はバランスを崩しながら崖の下に転がり落ちて行った。


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