表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
琥珀色の呪文  作者: Shellie May
16/80

(16) 望み

「外出したいって?どこに?」

「さぁ…少し、思い詰めている様な表情をされていました」

「…うむ」

最近少し(ふさ)いでいる様な妃奈は、時折何か言いたそうな素振りを見せるが、黒澤には何も話せずにいた。

「…お前には、心を許して何でも話す様だな…」

「は?」

大阪に帰省した栞から、申し訳ないがしばらく帰れそうにないと連絡があった。

妃奈は、小塚にも栞がいつ帰るのかを(しき)りに尋ねているそうだ…栞に、心を開いているのだろう。

そして、小塚にも…。

「…申し訳ありませんが、私は高橋さんに余り好感を持たれていない様です」

「そうなのか?」

「彼女の私に対する認識は、『非常に意地の悪い人間』という物の様ですので」

「…どこに行きたいのか、聞き出してくれ」

「そろそろ閉じ込めて置くのも、限界なのではありませんか?」

「……西堀がコンタクトを取って来た今、妃奈を外に出すのは危険だ」

「しかし…」

「…あの、リノという女の一件もある。余程の事がない限り、今は無理だ!!」

警察に居場所を聞いたのか、数日前から西堀善吉が妃奈に会わせろと連絡を寄越す様になった。

そして2日前の深夜、吉田理乃が帰宅途中何者かに襲われ、命を落したのだ。

防犯カメラも何もない道での犯行で、通り魔による無差別殺人かと新聞やテレビを賑わしている。

事件後、リノは他のメンバーと共に沖縄に潜伏していたが、ほとぼりが冷めたと思ったのか新宿に舞い戻った所を、警察に身柄を拘束された。

だが、妃奈の証言であっさりと釈放されてしまったのだ。

他のメンバーにしても、実際に金品を脅し取った訳でもなく、刑事が言った様に厳重注意だけで事は治められた。

だが、このタイミングでの通り魔事件…明らかに、あの時の事故の口封じの様な気がする。

所長室のドアをノックする音と共に、田上がヒョッコリと顔を出した。

「たっだいま戻りましたぁ~」

「お帰りなさい、田上さん」

「長い事、すんませんでした」

「いゃ…無事に襲名が済んで良かったな」

「いやはや…あんな大変なもんやと思いませんでしたわ〜。年寄共の煩い事言うたら…流石(さすが)の栞叔母ちゃんも切れてましたで!」

どうせ、本家が継ぐべきだと言い出した親族が居たのだろう。

「あれじゃ、兄貴も大変やと思いますわ…まぁ、俺には関係おまへんけど」

「だが、みっちり(しご)かれて来たんだろう?」

「わかりますぅ?そら、めっちゃやられて来ましたわ…」

泣き真似をする田上に、小塚が声を掛ける。

「根津さんの帰京が遅くなると連絡を頂きましたが、何かありましたか?」

「あぁ…法事と襲名式終った途端、ウチのオカンが倒れよったんですわ。ウチは兄貴もまだ結婚してない男所帯でっしゃろ?オカンの世話任せられる親戚言うたら、栞叔母ちゃんだけなんですわ」

そう頭を掻いた田上が、黒澤に向き直り頭を下げた。

「ホンマにすんまへん…こっちの事も気にはしてましてんけど、事務所の事は小塚はんに任せてたら間違いあらへんし、兄さんの事は妃奈ちゃんに任せてたら大丈夫言うてまして…」

「あぁ…大丈夫だ。お袋さんが全快する迄、じっくり看病する様にと連絡して置いてくれ」

「おおきに、ありがとうございます。ほな、皆に大阪土産配って来ますわ」

満面の笑みを残して田上が退室すると、黒澤は小塚に命令した。

「田上に、吉田理乃の事件を洗わせてくれ。警察から釈放されて以降の足取りも、一緒に洗わせろ」

「その事件の依頼を受けられるのですか?」

「いゃ…妃奈の身の安全を図りたいだけだ。後、警察に指示を出した人物を洗い出せ」

「高橋さんが、狙われるとでも?」

「確証がある訳ではないが…」

「…承知致しました」

小塚は恭しく頭を下げると、所長室を後にした。



「コレ!コレが又、めっちゃ旨いねん!妃奈ちゃん、試してみたって!!」

紙袋一杯の土産物をテーブルに広げ、田上がしきりに大阪自慢をしているのを、妃奈が黙って聞いている。

無表情の娘に、田上の言葉がどの程度届いているのだろう…そう思いながら、小塚は黙って紅茶を淹れていた。

「ほんでな、コレも良かったら食べて貰おうと思てな…」

紙箱の包装を開けようとしている田上の手元を見て、紅茶のカップを配った小塚は、食器棚からケーキ皿とフォークを用意した。

「……何?」

「コレは東京駅の中で買ぅて来たんや!今ごっつい流行ってるケーキで…」

田上が説明しながら箱を開けようとするのを、妃奈はバンッとテーブルを叩いて止める。

「…妃奈ちゃん?」

「……悪いけど…持って帰って…」

「えっ?めっちゃ旨いって評判の店のケーキやで?」

「いいからっ!!……箱、開けんな…」

顔を強張らせる妃奈の様子を見て、小塚は田上の手元を押さえた。

「もしかして、お嫌いなんですか?高橋さん?」

「……ゴメン…気持ちだけ…貰う」

そう言って立ち上がろうとする妃奈に、田上がオロオロと手を振った。

「イャイャ…そりゃ、好みもあるやろし…。そや!!このお好み焼き煎餅も、ゴッツイ旨いんやで!?」

辺りに漂った甘いケーキの香りが、田上が開けたソース煎餅の匂いに掻き消される。

妃奈は気まずそうに席に着くと、差し出された袋から煎餅を一枚取った。

「…オバちゃん…いつ帰る?」

「悪いなぁ…ウチのオカンの看病で、当分帰って来られへんねん」

「……そっか」

「何なら、アドレス教えるから、メールしたってぇな」

赤外線通信する妃奈を見て、田上がニヤニヤと笑い掛ける。

「栞叔母ちゃん、大阪でもずっと妃奈ちゃんの事気にしてたけどな…ちょっと見ん間に、こんな別嬪(べっぴん)になった妃奈ちゃん見たら、きっとビックリすると思うわ!!」

田上の言葉を聞き不機嫌に眉を寄せる妃奈に、小塚は話題を代える為に話し掛けた。

「そういえば、高橋さん…外出の件ですが」

「黒澤、何か言ってた?」

「難しいかもしれませんね。因みに、どちらにお出掛けになるおつもりだったんですか?」

「……新宿中央公園」

「新宿中央公園?何かあるんですか?」

「関係ねぇだろ!?」

小塚の冷たい視線に、妃奈は剥れながら言い直す。

「…人に会いに行く」

「まさかとは思いますが、西堀善吉に会いに行くのではないでしょうね?所長からも、止められている筈ですが?」

「……別に」

フィと外方を向く妃奈を見て、小塚はオロオロと様子を見守る田上に視線を投げた。

「申し訳ありませんが、席を外して頂けませんか?」

「…わかりました。そやけど、小塚はん…あんまり妃奈ちゃんに、辛ぅ…」

冷たく睨み返すと、田上は慌ててケーキの箱を抱えて退散した。

「高橋さん、一度お話して置こうと思ったのですが、いい加減所長を振り回すのは、止めて頂けませんか?」

「…どういう意味?」

「所長が、どれだけ貴女の事に心を砕いておられるか…貴女は、ちっとも理解していらっしゃらない!!」

「……」

「外出を禁止しているのは、貴女の身の安全を(おもんぱか)っての事だと…貴女だって理解している筈です」

「…そんな事、誰も頼んでない!」

「そう言って自暴自棄になって…殺されても良い様な事を貴女が仰るから、所長が外出させられないと閉じ込めてしまわれるのが、理解出来ないんでしすか!?」

「アンタ達にはわかんねぇよ!!」

「えぇ、理解出来ませんね…どうせ、新宿中央公園に行くと言うのは口実で、貴女がここから逃げ出そうとしているのは明白ですから…」

「その方が、黒澤だって厄介払い出来て良いじゃねぇか!?」

「貴女がここから逃げ出したら、所長は直ぐに捜索願いを出され、貴女が見付かる迄心配して仕事も手に付かない状態に(おちい)られる。そして貴女が見付かると、警察に身柄を引き取りに行くのは、保護者である所長なんです。多忙なあの方に、そんな手間を掛けさせないで頂きたいですね」

「そんなに手間なら、(はな)から捜索願いなんて出さなきゃいいじゃん!?大体、いつまでアタシの事閉じ込めとく積もりなんだよ!!保護者だからって、そんな権利あんのか!?」

「何を仰ってるんですか!全て貴女の為でしょう!?」

「ありがた迷惑だって言ってんだよ!!何ならサツに電話して、悪徳弁護士野郎に監禁されてるって騒いでやろうか!?」

激昂して勢い良く立ち上がった妃奈は目眩(めまい)を起こし、そのまま崩れ落ちそうになった。

「…大丈夫ですか?貧血を起こされた様ですね」

透かさず支えた小塚は、そのまま妃奈をリビングのムートンの上に運ぶと膝を高くして寝かせ、ブランケットを掛けながら少し微笑んだ。

「発散、出来ましたか?」

「……疲れた」

「貴女は、まだ緊張して生活なさっていますからね…たまには、ガス抜きが必要でしょう」

「…」

「そんなに、ここの生活はお嫌ですか?」

「……そんな事ない」

「でも、まだ…出て行く事を考えているのも事実ですよね?」

「……」

「ここを出ても、貴女が頼る場所はない筈です。何故ですか?」

「……心配なんだよ」

「西堀善吉の事ですか?彼なら無事です」

「本当に!?」

「えぇ」

「そっか…良かった……でも、まぁ…それだけじゃないんだけどさ…」

「まだ何か?」

「…どうせ、いずれは追い出されんだろ?……所詮(しょせん)黒澤にとってアタシの存在って、迷惑なだけだろうしな…」

「迷惑なのか、そうでないのか…それを決めるのは、所長ご自身でしょう?ところで、新宿中央公園には、どなたに会いに行くおつもりだったのですか?」

「…世話になった人……前に話した、黒澤がヤクザと関係があるって…教えてくれた人と……約束…した事が…ある…」

そのまま、スゥと寝息を立てる妃奈の膝を伸ばしてやると、小塚はテーブルの上を片付け、そっと家を出て行った。



フワフワとした暖かい感触に包まれ、心地好い眠りを(むさぼ)る妃奈がゴロリと寝返りを打った途端、額に当たる壁に一気に緊張感を(みなぎ)らせた。

仄かに香る甘い煙草の匂いに混じる、雄特有の体臭とコロンの香り…。

「…起きたか、妃奈?」

「……何で、アンタが一緒に寝てんだよ。黒澤…さん」

「呼び捨てでいい。いつも、そう呼んでるんだろう?」

「……」

「本当は、昔の様に名前で呼んでくれていいんだが…」

「…覚えてないし…あり得ない。で?何だよ、この状況?」

ムクリと起き上がる妃奈に少し残念そうに眉を寄せると、黒澤も起き上がり妃奈の首をスルリと撫でた。

「首が…」

途端にパシンと手を払われ、妃奈にキツイ視線を向けられた黒澤は、苦笑いを溢す。

「…辛そうだったんだ。寝違えてないか?」

「……平気」

そう言って立ち上がろうとした妃奈の手を、黒澤は掴まえて言った。

「少し、話さないか?」

「何?」

グイッと手を引かれて座らされると、妃奈は覗き込もうとする黒澤の視線から逃れる為に、光を失ったステンドグラスに目を向ける。

「妃奈は、ここに居てもいいんだ。誰にも遠慮なんて要らないんだぞ?」

「小塚さんに聞いたのか?」

「私が、妃奈を迷惑だなんて思う筈ないだろう?私達は、家族も一緒だ」

「…要らないし…そんな関係…」

「ぇ?」

「家族なんて、必要ないって言ってんの!これ以上恩を着せられても、返しようがないんだよ!!」

「…妃奈…この間も、そう言っていたな?恩を返す必要なんてない。そんな事は、考えなくていいんだ」

何言ってんだ、この男…思わず繁々(しげしげ)と黒澤の顔を見詰める妃奈に、黒澤は眉を寄せて尋ねた。

「……誰かに…そう言われたのか?」

「だって…受けた恩は、返すのが当たり前なんだろ?」

「そんな事、思わなくていい!!()して、私には…絶対に!!」

「…いや…アンタには、この土地渡すからさ」

「…」

「それで、チャラにしてくんないかな?」

「まだ、出て行く気なのか?ここを出ても、行く当て等ないだろう?」

「…元の生活に戻るだけだし」

「戻ってどうする!?あの生活が、そんなに魅力的なのか!?食うや食わずで野宿して、男達に躰を奪われる生活が!?」

「そういう訳じゃないけど…ここの生活は、居心地いいし…」

「じゃあ何故だ!?」

グッと腕を掴まれ、黒澤に睨み付けられて、妃奈はハァと溜め息を吐いた。

「居心地いいから困るんだよ」

「何が!?」

「だって…どうせ2年後には、追い出されるんだろ?」

「…え?」

「未成年後見人って、未成年の間だけの関係なんだろ?成人したら、後は勝手にしろって事なんだろ?」

「…調べたのか?」

「アンタの書斎の本に載ってた。どうせ2年後に追い出されんならさぁ、今の生活に馴れない内の方が、アタシはありがたいんだけどな…」

「まさか…それで、ずっと座って寝てたっていうのか!?」

「…まぁ、それもあるけど……ベッドは嫌いだし…」

苦し気な表情を浮かべた黒澤は、妃奈の躰を抱き寄せた。

「なっ!?何すんだよ、黒澤っ!?」

「俺は…妃奈が成人しても、手放す積りはないぞ!?」

腕の中でもがく妃奈が、グイッと胸に手を付いて黒澤の顔を見上げた。

「何考えてんだよ、黒澤!?」

「言っただろう!?俺は、妃奈を幸せにするために引き取ったと‼」

「止めろよ、それ…」

「何故!?」

「おかしいだろ?そんな言い方…」

「……」

「それに、アタシは…幸せなんて望んでないし」

「…妃奈」

「そんなもん、アタシには関係ない物だ…縁もないし、興味もない」

「お前の望みは…」

「知ってんだろ?」

「まだ、死にたいと思っているのか!?そんな事…」

「…何が悪い?」

「……」

「それが、一番皆を幸せに出来る事なんだ!!義父(とう)さんにも兄ちゃんにも、恩返し出来る!!美子だって、夢が叶う!!」

「お前はっ!?お前は犠牲になるだけだろうっ!?」

「……違うよ」

「何だと!?」

「…半分は、アタシの為だ……アタシの望みだ」

深く眉間に皺を寄せた黒澤が、まじまじと妃奈の顔を見詰める。

「…お前の本当の望みとは…何なんだ?」

「………」

「妃奈!?」

「……自由になる事…」

「…何から?」

「……」

「答えろ、妃奈!?何から自由になりたいんだ!?」

瞳を逸らしていた妃奈がキッと黒澤の顔を見上げ、殆ど叫ぶ様にその言葉は吐かれた。

「…全部だよっ!!このクソッタレの世界からも、この汚い躰からも…アタシは、自由になりたいんだっ!!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ