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 事の起こりは、ありふれた事件、よくある強盗事件だった。ひったくりや、路上で刃物を突きつけられ、バッグなどを奪われる事件が相次いだのである。

 ありふれたなどと言ってはいけないのかもしれないが、事実として、強盗事件など日本全国で、1日に何件も発生しているものだ。

 さらには被害者に怪我もなかったことや、被害額もそれほど大きくなかったことからも、大きく世間で取りあげられる事もなかった。

 それに、強盗の手口や、被害者の証言、防犯カメラの映像などから、すぐに犯人の目星はついた。

 何より、その男は前科を抱えており、ほんの数日前に、刑務所を出所したばかりであった。

 あっさりと、犯人は特定されたわけである。

 だが、一つだけ不可解な事があった。それは、どちらかといえば慎重なその男が過去に起こしたやり口と違い、あまりにも堂々と、白昼顔も隠さずに犯行を行ったことである。

 警察の中には訝しがるものもいたが、事実としてカメラにはその男の姿が映っている。


『おおかた仕事もなく、自暴自棄(ヤケ)になったんだろう。捕まっても、ム所でタダ飯が食えるくらいの気持ちで。けっ、ああいうのを本当のクズっていうんだよ!なに、心配しなくてもうちの管内ならすぐ捕まるさ」


 このように考える者が大半であった。

 しかし、出所から1週間で4件の強盗事件を繰り返したその男は、その後ぷつりと消息を絶った。

 すでに町を出たのでは……?

 警察は捜索の範囲を近隣の都市に広げるが、男の消息は掴めなかった。

 しかし、それからさらに1週間後、男はあっけなく発見された。

 事件を繰り返した現場に近い河原で、『死体』として。

 事故か、自殺か、はたまた強盗事件の加害者が一転し、殺人事件の被害者になったのか……?

 しかし、コトはそう単純ではなかった。

 なぜなら、河原で発見された死体は、死後2週間ほど(・・・・・・・)経過した、『腐乱死体』だったからである。


 検死結果からも、死体はその男に間違いないとされた。

 では、2週間前から起きた事件は誰が引き起こしたというのか。強盗事件の犯人は、良く似た別人であったのか?

 しかし、昨今の防犯カメラは高性能だ。顔立ちといい背格好といい、出所時のままの犯行時の服装といい、この男の姿を鮮明に映し出している。

 

『検死結果が間違っていたのではないのか?』

『いや、現場の判断が間違いではないのか?』

 

 少しばかり組織内での軋轢を生みながらも、入念な確認が繰り返されたが、やはり結果が覆ることはなかった。

 そして、検死の結果わかった事だが、この男の死因は『窒息死』。しかも、『自殺』と見なされた。首にはロープをかけた跡もあり、少し離れた高架下では、首を吊ったと思われる場所と、垂れ下がったロープも発見された。


『じゃあ、こいつは出所後すぐに、首を吊って死んだってのか?ホトケさんになった後に、強盗をやらかしたとでも言うのか!?』


 警察内部は、不可思議な事件に騒然となった。

 そして、後からわかったことだが、首吊り死体の目撃者がいたのだ。


 男の死体が発見されるちょうど2週間前、犬の散歩をしていた老人が、付近の交番へ河原に首吊り死体があると駆け込んで来た。

 慌てて現場へ2名の警官が向かったが、老人のいう場所には、いかにもなロープが垂れ下がっているだけで、死体などどこにも見当たらなかった。

 寂しい老人の狂言か、はたまたどこぞの悪ガキが悪戯をして、人形でも吊るしておいたのだろう。そして老人が慌てて人に知らせに行っている間に、人形を降ろしてさっさとトンズラした。

 

『そんなものを見た人間は動転して、人形と死体の区別がつくはずもないから、おおかたおじいさんの見間違いだよ。悪ガキに担がれたのさ』


 警官らは笑って、取るに足らない出来事と判断し、報告書にも記載しなかった。


『儂は50年間、葬儀屋一筋に勤め上げてきた!仏様と人形を見間違えるはずかない!』


 必死に食い下がる、老人の声にも耳を傾けず。




「つ、つまり、死んだはずの人が生き返って、強盗をしたと……。そ、それって、幽霊……。で、でも、体はあるから……、ゾンビってことですか!?」

「うわぁ、グロ……」


 成田警部の話を聞き、さすがに女性陣の饅頭を口に運ぶ手は止まっている。

 そして成田警部は、再度煙草をゴミ箱に放り投げ、もう一度咥えなおす。


「ああ、こいつにゃあ、まだ続きがあるんだが……」




 事件の内容を聞き、警察上層部は大いに困ったのだろう。

 結局詳細を伏せ、容疑者は自殺したとして、表向きの事件を終結させた。

 そして当然のごとく、『特殊犯罪超常現象対応特別捜査課』へと捜査命令が下ったのである。


 なんの手がかりも無いまま、再び事件が起きたのは、それから1週間ほど後のことだった。

 強盗殺人・婦女暴行などを繰り返して逃走していた凶悪犯に、よく似た男がいるというタレコミを受けた警察は、内偵の末にそれが本人に間違いないことを確認して、大挙して男の逮捕に向かっていた。

 しかし、警察が踏み込むよりわずか前に異変を察知した男は、アパートのベランダ沿いに隣の部屋に押し入ると、包丁を片手に部屋の住人の主婦を人質に取った。

 必死の説得にも応じず、また警察が踏み込む隙も与えず、男の篭城は6時間にも及んだ。そして機動隊がアパートを取り囲み、近隣に避難命令が出される異常事態に、付近は騒然となった。

 だが、男の気力も徐々に萎えてきたのだろう。それ以前に、普通の主婦がこの異常な状態に長時間耐えられるはずがない。

 ぐったりとした状態の彼女を見た男は、この女に何かあれば人質の役目にならんと思ったのだろう。強引に脱出を試みた。


 そしてさらに2時間後、自らが要求した車が到着し、主婦を盾に乗り込もうとした男は、死角からの銃弾に貫かれ、あっさりと射殺されたのである。

 射殺については弁護士会や人権(・・)団体、マスコミなどからまるで加害者を擁護するかのように、さまざまな批判が沸き起こった。だが、大多数の国民は被害者と加害者、どちらを優先して守らねばならぬのかはわかりきったことだと、警察の行動を支持する声がほとんどであった。


「で……、だ。緋色、少し前にあった、パチンコ店の景品交換所強盗事件を覚えてるか?」

「ここからそう遠くない、あそこで起きた事件ですよね?確か、刃物を手に店員を人質にした身元不明の犯人は、射殺されたってニュースで……」


 それについても、警察が連続して人を殺したと、随分とメディアなどは騒ぎ立てていたようだった。


「ああ、表向きはな」

「ん?成田っち、表向きって……、もしかして……?」


 成田警部の微妙な物言いに、銀華さんも何か感づいたのだろう。


「正確には犯人の身元も判明してる。それに、死んだのは確かだが『射殺』されたんじゃねえ。そもそも、余程のことがないかぎり、日本の警察がそうポンポンポンポン発砲なんかしねえさ。捕り物の最中に、単に『動かなくなった』だけだ。元の『死体』に戻ってな」

「つまり……」

「そう、その射殺されたはずの男が、景品交換所を襲いやがったのさ」




「しっ……、死体がありません!」


 警察署の遺体安置所から、若い警官が飛び出してきたのは、射殺された男が運び込まれてから1時間ほどした頃だった。

 何を馬鹿なと、皆呆れ顔でその警官をからかいながら地下の安置所に降りていったが、彼の言うとおり、まさにそこはもぬけの空であった。

 署内は騒然となり、建物や敷地内の捜索が行われたが、死体はおろかその形跡さえも見つけることはできなかった。

 そして、それから1週間の後に景品交換所の強盗事件が起き、『射殺』された犯人はその男に間違いなく、そして検死結果は、死後1週間ほど経っていた。




「で、これが極めつけなんだがな……」


 その後に成田警部が語った内容は、つい先日、大々的にニュースにもなった銀行強盗事件である。

 こちらも身元不明の犯人が、逃走中に通行中の車に跳ねられ、死亡したと伝えられたニュースである。


「も。もしかして、その人も……」

「ああ。そのとおりだ、お嬢さん。その数日前に、盗難車で警察の追跡から逃走中に、事故を起こしておっ死んだヤツの死体が、遺体安置所から消えた。後はお察しのとおりさ。そして、自分達の力だけでは無理と判断したお偉いさんがようやく重い腰を上げ、俺がここに来たってわけだ」

「つまりは、死体が勝手に出歩いて、悪事を繰り返してるってことだね」

「まあ、そういうことになるのかな。銀華嬢ちゃん、何かわかったことでもあるのかい?」


 そう言いながら、成田警部はチラリと俺を見る。


「あ、あの……」


 だが、ふいに弘美ちゃんが口を開いた。


「どうしたんだい?お嬢さん」

「あの、お話をまとめると、3人とも、あるはずの場所から死体が消えてしまったと……。それに全員、犯罪を犯した悪い人だったんですよね?」

「ああ、そうだが……」

「もしかしたら、死体は自分から動いたり、消えたりしたわけじゃなくて、盗まれたんじゃないでしょうか」

「死体を盗むだぁ?」

「ふふん、つまりは、『火車(かしゃ)』の仕業だね!」


 唐突に口を開いた銀華さんが、ドヤ顔で弘美ちゃんよりも先においしいところを持っていった。

 お馬鹿さんのようで、当然だが仕事柄、怪異の知識はそれなりにあるのだ。


「火車っていや、あれか?人間の死体を盗み出すって言う妖怪……」

「そう。そして火車が最も好むものは、悪人の死体なのさ。そうでしょ?弘美」

「は、はい。そうです」


 別に弘美ちゃんも、格好付けたかったわけでもないようだし、おとなしく銀華さんに手柄を譲っているようだ。

 ただ、この子もずいぶんと博識のようだ。まあ、ファンタジー方面に偏っているのかもしれないが。


「ただ、火車の正体は……、ね、猫の妖怪とも……」


 言いながら、弘美ちゃんは銀華さんの様子を伺っている。同属が疑われて嫌な思いをしているのではないかと、気にしているのだろう。

 だが、本人はそんな弘美ちゃんの心配は、どこ吹く風の様子だ。


「ふふふ、相手が火車なら、秘密兵器が……。ちょっと待っててね!」


 言いながら銀華さんは、部屋を飛び出していった。


「おい、緋色。お前さんの見立てはどうなんだ?」

「死体を調べてみないと断定はできませんが……。死体が消えた状況からも、可能性はあると思います。ただ、断言するには少しばかり違和感も……」

「違和感?」

「はい、火車はあくまで『盗み』、『喰らう』モノ。死体を盗んだ後に操り、まして人の世で悪事を働くなど……。それに、犯罪の規模がだんだん大きくなっているみたいで。まるで、テスト?いえ、実験をしているような……」


 しかし、俺の言葉は勢いよく開いた扉の音に遮られた。


「やあ、待たせたね。火車退治の秘密兵器を持ってきたよ!」


 そこには、満面の笑みで立ちはだかる銀華さんがいた。

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