7
「う~ん、何アレ!?やばいよ、ちょ~可愛いよ。まさに天使だよ!ああ、家にも凛子ちゃんが1人ほしいなぁ」
きっちり1時間後、ニヤニヤとだらしなく相好を崩し、映像を満喫した銀華さんが戻ってきた。
その表情は、久しぶりに孫に会った老人のようだ。もしもこの場に凛子ちゃんがいて手を差し出せば、あっさりとお小遣いを与えてしまうだろう。
「そうだろそうだろ?大きくなったらどれほどの美人になるか。そしたら周りの男共が放っとかないだろうな。男かぁ……。男……、ちくしょう!凛子は誰にもやらんぞ!緋色、たとえお前さんにもだ!」
なにやら未来を想像して興奮する成田警部を無視して、俺は話を進めることにした。
「それで警部、今日ここに来たのは、何か銀華さんに話があるからじゃないんですか?」
「ん?お、おお、実はそうなんだよ。いや~、なかなか鋭いな、緋色」
成田警部は俺の前フリに、普段の優秀さはどこへやらというほどの大根役者ぶりで、話を合わせてきた。
「なるほど、またぞろ僕の頭脳が必要になったわけだね?ふふふ、しかし、僕の依頼料は高額だよ」
「ああ、そいつに関しちゃ心配ない。なんたってギャラは天下の血税から支払われるんだからな。庶民にとっちゃ、まさに『死払い』ってか?わはははは」
「…………」
成田警部はくだらないオヤジギャグをかますが、昨今の増税ラッシュや物価高で本当にそういう人もいるかもしれないし、正直笑えないんだが……。
「ま、まあ、とりあえず依頼の内容を……」
話し始めた時、ノックの音と共に、おずおずと扉が開いた。
「あ、あの……、銀華さん……、いらっしゃいますか?」
そこには、数日前に蛭から解放された弘美ちゃんが立っていた。
「それで、今日はいったいどうしたんだい?」
「あ、あの節は本当にありがとうございました。お礼と、お支払いしてなかった依頼料を……」
「ん?あ、あ~!依頼料ね。うんうん、じゃあいただこうかな」
多分銀華さんは、依頼料のことなどすっかり忘れていたのだろう。まあ、この執着心のなさが、彼女のいい部分でもあるのだが。
すでに銀華さんには、弘美ちゃんが正体を知っていることは伝えてある。そして彼女がそれをどう思っているのかも。
しかし、目の前の2人の態度は、以前と何も変わらない。何より、銀華さんの山高帽は、デスクの上に置かれたままだ。
まるで家族や友達を迎えるかのごとく、当然のように……。
「あ、あとこれ、よかったら皆さんで食べてください」
「ありがとう。お、これ『満月庵』のお饅頭じゃないか!いや~、僕これ大好きなんだよ。わざわざありがとう」
受け取るが早いか、早速銀華さんは包みを開け始めた。そこには、高級そうな桐箱に、金粉を張り巡らされたり精巧な細工を施されたりした、これまた高級そうな饅頭が詰められていた。
「ちょっと銀華さん!こんな立派なものをいただくわけには……」
満月庵って……。俺でも知っているくらいの老舗の和菓子屋、超高級店だぞ。安い饅頭一つでも、今の俺の時給よりも高いはずだ。
いや、決して俺の時給が、この都市の最低賃金をはるかに下回っていることに文句をつけているわけではない。三食住居付きでお金まで貰っているのだ。むしろ感謝すべきである。
もっとも銀華さん曰く、三食住居『美少女』付きらしいが。まあ、それについては否定はしない。
だが、俺の中の美少女のイメージは、もっとおしとやかで家事もできて……。決して脱いだ下着を、そこら中に脱ぎ散らかす人ではないんだが……。
だが、その高級品の饅頭といえども、昔はバカスカと食べていたわけだ。親父にへつらう人達からの、手土産として……。
しかし、数からしても、間違いなくこれは依頼料よりも高いだろう。おそらく、あまりの安さに彼女なりに気を使ったのではないか?
銀華さんの気遣いが、かえって悪いことをしてしまったかと思っていた矢先、弘美ちゃんの口から衝撃の発言が飛び出した。
「い、いえ。実家で作ってるものですし、それに家のお店の商品を、おいしいって言ってもらえるなんて、嬉しいです!」
「え!?てことは、弘美ちゃんの家って……」
マジですか……。いや、裕福そうに見えないなんて思ってしまってすみません。
弘美ちゃんは本物のお嬢様だった。
お小遣いが少ないのや質素な身なりをしているのは、親御さんの教育がきちんとしているからなのだろう。
その時になって、弘美ちゃんはようやく、ソファに埋もれている成田警部に気付いたようだった。
「あ、お、お客様だったんですね。すみません、お邪魔をしてしまって……」
「ああ、大丈夫大丈夫。成田っちは僕らの身内みたいなもんだからね。全然気にしないでいいよ」
成田警部は彼なりに、楽しげに話す若者達に気を使っていたのだろう。ゆっくりとソファから立ち上がると、弘美ちゃんに挨拶をした。
「やあ、初めまして。君が例の事件に関わった子だね?飾り気のない感じとその眼鏡が知的さを醸し出し、実に清楚で美しいお嬢さんだ。うん、世界で2番目に美しい少女だよ」
弘美ちゃんはそんなキザなセリフに、挨拶も忘れ熱い視線で成田警部を見つめている。
そんな視線に気付いたのか、
「おっと、すまないね。どんなに思いを寄せられても、俺には家で帰りを待っている、世界一の女がいるんだ」
一瞬、弘美ちゃんがチャラい中年オヤジに一目惚れでもしてしまったのかと心配したが、俺は気付いてしまった。
いや、この視線は違う!と。
俺は、セーラー服の一件の時に感じた、あのギラギラした目を思い出した。今の弘美ちゃんの視線は、まさにその時のものだった。
彼女は、何やら品定めをするように俺と成田警部を交互に見ると、ニヤリと笑った。
「うふふ……。やっぱりニヒルなおじ様が、まだ何も知らない少年を、優しく責めるのが王道……。いえ、ここであのセーラー服を……。そう、セーラー服を着て、本心は女であることを望む少年の心を知って……。激しく……。でも、ここは敢えて、強気な少年がおじ様を責めるというのも……。ふふ、うふふふ……」
恍惚の表情で、何やら聞いてはならないと思われる言葉をつぶやいている。
「お、おい緋色?なんか彼女の様子が変なんだが!?まさか、また何かに憑かれているんじゃ……!」
「いえ、大丈夫です。まあ、とり憑かれてるといえば、とり憑かれてるようなものなんですけど……」
「ヒロ君?弘美はいったいどうしたんだい?」
「気にしないでください。銀華さんは、一生知らなくていいことですので」
銀華さんが興味を示すかはわからないが、これ以上ゾンビのごとく、腐った仲間を増やされてはたまらない。もしかしたらコレは、感染する怪異並みの脅威かもしれないのだから。
とにかくここは、花園へとトリップした弘美ちゃんを連れ戻さなければ。
「せっかくお菓子もいただいたことですし、皆で成田警部の話を聞こうじゃありませんか!」
5分後、4人の前にはお茶菓子とコーヒーが置かれていた。銀華さんの前にのみ紅茶が置かれている。
これは、甘い饅頭にさらに砂糖とミルクを入れたコーヒーは、健康上よろしくないとの俺の配慮だ。
そんなことをしていたら、成人病まっしぐらである。もっとも、怪異がそんな病気にかかるのかは不明だが……。
子供扱いされた銀華さんは不服そうだが、それでも前回のリバース事件を反省しているのか、おとなしく紅茶をすすっている。
「な、なあ、お嬢さん。本当に大丈夫なのか?やっぱりまだ怪異に憑かれた後遺症が残ってるんじゃ……」
「い、いえ……、大丈夫です。ちょっとだけ考え事を……」
「大丈夫です。心配いりませんよ、成田警部」
俺は成田警部の言葉を遮る。大丈夫です。彼女が取り憑かれているのは、ボーイズの青春です。愛です。ラブです。これ以上踏み込んではいけません。
「それよりも、本題に入りましょう。弘美ちゃんがいても支障はありませんか?」
「あ、ああ。お前さんたちも信用している子のようだし、他言さえしないと約束してくれりゃ、それは構わんが……」
そう言うと、成田警部は新たに煙草を咥えなおし、今回の事件について語り始めた。