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「いよう!聞いたぜ。何やらご活躍だったみてぇじゃねえか」


 蛭退治から数日後、その男はノックも無しに勢い良くドアを開け、不躾に猫猫飯店へと入ってきた。

 細身の体にボサボサの髪。顎には無精髭を生やし、灰色のスーツの上着を肩に掛けている

 年齢は、30歳を少しばかり過ぎたところだろうか。

 元々の顔立ちなのか笑っているのか、少しばかりニヤけた口元に紙巻煙草を咥えているが、なぜか火は点いていない。

 だが、身なりはこざっぱりとしており、決して不潔な感じを漂わせているわけではない。顔立ちとて、じゅうぶんに二枚目と言えるだろう。

 軽薄そうな雰囲気を醸しだし、ヘラヘラとした態度を取っているが、よく日焼けした顔つきに鋭い目つきをしており、ワイシャツをめくり上げた袖から覗く腕は鍛えられ、筋肉質で引き締まっている。

 見る人が見れば、すぐに見かけどおりの優男ではないと気付くだろう。


「いらっしゃい。相変わらず情報が早いというか、地獄耳ですね」

「そらそうよ。こちとらそれが、飯のタネだからな」


 彼の名は『成田(なりた) 三樹夫(みきお)』。確か今年で33歳になるんだったか。


「おっ!成田っちじゃないか。早速僕の活躍が、世間に知れ渡ってるんだね」


 少し遅れて、銀華さんが事務所に入ってきた。


 銀華さんは、彼の名が自分の『お気に入りドラマ(バイブル)』に出演している俳優と同姓同名であることからか、彼を随分と気に入っているようだ。

 もっとも、俺の見るところでは、単にお互いのいい加減な性格がマッチしているだけの気もするのだが……。

 ちなみにこの人が、銀華さんに50ccスクーターの2人乗りが合法と思わせた犯人だ。

 ついでにもう一つわかったことは、この数ヶ月で俺の一般常識の知識は、おそらく銀華さんを超えたであろうということだった。


「おっ、銀華嬢ちゃん。相変わらず美人だね~。いや~、ホント、世界で2番目に綺麗だよ!」


 ヘラヘラと笑いながら、歯の浮くようなセリフをさらっと言ってのける。いつ見てもこんな感じだが、そのルックスや明るい性格から、若い頃は随分とモテたらしい。

 しかし、その言葉を受けた銀華さんも、いつものことという感じに笑い飛ばす。


「あはは、ありがとう。でもどんなに頑張っても、世界一の座は永遠に凛子ちゃんのものなんだろう?」

「おっ、わかってるじゃない!」


 彼の言う、世界一の美女とは……。

 その名は、『成田 凛子(りんこ)』若干5歳。つまりは、彼の娘である。

 娘を溺愛する彼の言動は、まさにバカ親……、いや、親馬鹿そのものである。

 随分なモテ男で奥さんも苦労したらしいが、娘ができてからというものは、まさに娘一筋に変身したそうである。

 ちなみに、世界で3番目は奥さんなのかと何度か尋ねたことがあるが、その度に彼は遠い目をすると、


「そういや、この前の事件だけどな……」


 と、露骨に話題を変え始める。おいおい、家庭内は大丈夫か?いらぬお世話とはいえ、少しばかり心配になる。

 奥さんの名誉のためにも補足しておくと、俺も銀華さんも何度か会ったことがあるが、美人で優しい奥さんだった。


「そうそう、この間遊園地に行ったんだけどな、いや~、凛子のはしゃぐ姿が可愛くて可愛くて、天使ってのは、まさにああいう姿を言うんだなって」

「うん。わかるわかる。凛子ちゃん可愛いからね~」


 銀華さんも同意をしている。実は彼女も、凛子ちゃんの大ファンなのである。

 たまの休みに、彼が凛子ちゃんを連れて遊びに来た時など、まさに猫可愛がりしている。

 その可愛がりようは、どちらが猫かわからないほどだ。

 凛子ちゃんも、銀華さんの姿を怖がることもなく、『にゃーにゃ』と呼んで懐いているから、余計に可愛いのだろう。

 ちなみに凛子ちゃんの前では、銀華さんは山高帽もジャケットも身に着けていない。

 一方で俺はと言えば、何か少し離れた所からじっと見つめられるだけで、好かれているのか嫌われているのかも、さっぱりわからない。

 近付こうとすれば離れていくのだが、離れようとすると一定の距離まで近付いてくる。いったい何なのだろうか?

 銀華さんに聞いても、『ふふん。幼くても、それが女心ってものさ!』と、良くわからない返事が返ってくる。


「そこでだ、今日はいいものを持ってきたんだ。遊園地ではしゃぐ凛子の姿、全6時間スペシャルだ!とはいえ、後半2時間は疲れて寝ちゃったから、寝顔なんだけどな。でも、その寝顔が可愛いのなんのって、何時間でも見てられるんだよ」

「う……。見たいけど、6時間はさすがに……」

「ははは、まあそう言うと思って、1時間のダイジェストにまとめておいた。どう

せなら2階のモニターに繋いで、大画面で見てこいよ」

「いいのかい!?あ、でもお客さんを放っておくわけには……」


 映像は見たいが、客を放置しておくわけには……。銀華さんの中のそれほど大きくはない常識が、彼女を葛藤させているようだ。


「ああ、それなら心配ないさ。俺はここで緋色にお茶でも入れてもらって、最近の嬢ちゃんの活躍でも聞かせてもらってるさ」

「それなら!あ、でも、僕の活躍が1時間の話で収まるかな……?」


 見当違いの心配をしながらも、銀華さんは嬉しそうに2階へと上がって行った。


「もう、2ヶ月ほどになるのか?しかし、世間は狭いもんだな。お前さんが家出したって親父さんから聞いたときゃ驚いたが、まさか銀華嬢ちゃんのとこに潜り込んでいたとはな」

「それはこちらもですよ。まさか2人が知り合いだったとは。いえ、銀華さんの仕事を考えれば、もしかしてというのはありましたが」

「まあ、蛇の道はなんとやらってやつだ」


 言いながら、彼はソファに腰を下ろした。


「それで?わざわざ銀華さんを遠ざけたってことは、俺に話があるんでしょう?」


 俺は、彼の前にコーヒーを置きながら訪ねた。


「はは、正解だ。お前さんは相変わらず鋭いな」

「ま、長い付き合いですからね。それに、『仕事中』にあなたがわざわざここに来るってことは、そういうことなんでしょ?成田警部(・・)

「やれやれ、相変わらず可愛げのない……、いや、ガキの時分と比べると、随分と人間らしくなったのかもな」

「…………」


 彼の職業とは、俺が『警部』と呼ぶとおり、現職の刑事だ。

 軽薄そうな見た目からは想像できないが、現場からの叩き上げであるにも関わらず、この年齢で警部になっていることからもわかるとおりに、かなり優秀な人である。

 ちなみに、くどいようだが刑事のくせに、未成年の銀華さんとスクーターに2人乗りでコンビニまで行ったのだが……。 


『警視庁 特殊犯罪超常現象対応特別捜査課』。通称『特犯課』。


 妙に長ったらしい、とりあえず仕事内容を全部詰め込んでおけ、みたいな名前の組織に所属する彼は、その名の示すとおり警視庁の刑事である。

 一般的にはなじみの無い部署に所属しているが、それもそのはずだ。

 彼らが動くのは、事件の犯人や被害者が『普通の人間』ではない場合。はたまた事件の内容が、普通の人間ではひき起こせない疑いがあるときだ。

 古くから警視庁にあった組織ではない。10年前のあの法令にあわせて、急遽設立された部署だ。

 設立に当たっては、野党や諸外国の政治的な思惑を抱えた人物が組織する、『人権(・・)団体』から随分と嫌がらせや横槍が入ったらしいが、与党は数に物を言わせ、そして何かを焦るかのように、強引に法案を成立させた。


 成田警部は、咥えていた火の点いていない煙草をゴミ箱に放り投げると、胸元から新しい1本を取り出して咥え直した。

 だが、相変わらず火は点けないままだ。


「この前の事件だって、お前さんは早々に犯人の正体が解ってたんだろ?でも、憑かれた女の子を助けるために、ギリギリまで我慢した」

「…………」

「『御門』の考えであれば、『見つけしだい対象を殲滅せよ』、『災いは種から潰せ』だろうな。その娘1人を助けるために、その後に幾人もの犠牲を出すくらいなら……。確かに、1人を助けようとしたがために、後に何十人、何百人の被害者が出る可能性もある。特に『感染』する怪異なんかはな。1人の命でその他大勢が救えるなら……、だな」

「俺は……」

「わかってる。どっちが正しいかなんて話じゃねえ。御門の頭領(おやじさん)の言うことも間違いじゃないし、お前の誰も傷つけたくないって考えも間違っちゃいねえ。こればかりは、答えのあるもんじゃねえ。結果を見るしかないんだ」

「…………」

「ま、気にすんな。少なくとも、俺はあの頃の、ガキのくせに無表情に怪異を殺していたお前より、ここで銀華嬢ちゃんと馬鹿面して過ごしてるお前のほうが、ずっと好感が持てるぜ」

「馬鹿面は余計ですよ……」


 ま、親父には親父の苦労があんのさ。こればっかりは、親にならねえとわかんねえがな……。

 そして、小声でそうつぶやくと、目の前のコーヒーをグッと飲み干した。


「まあ、それはともかく、お察しのとおり毎度の話だよ。これは十中八九、お前さん達『拝み屋』の領分だ」


 成田警部が言い終わった瞬間、俺の胸元から低い声が聞こえた。


「人間!由緒正しき陰陽師の家系、御門家直系の血を引く緋色様を『拝み屋』呼ばわりするか!」

「よさないかクーコ。それに俺は、もう御門とは縁を切った」

「しかし!」

「いやいや、すまんね。悪気は無いんだよクーコちゃん。それにしても、相変わらずクールだねぇ。そんなトコに隠れてるのはもったいないよ。ホント、世界で2番目に美人なのに。いつもあの姿でいればいいのにねぇ」


 おいおい、世界で2番目は銀華さんじゃなかったのか?

 今わかったが、基本的にこの人は、凛子ちゃん以外の女の子はどうでもいいのだろう。


「グッ……。何を戯言を。それに、以前にも気安く呼ぶなと言っただろう!」

「いや、ホントだって。緋色も、クーコちゃんのあの姿は可愛いと思うだろ?」

「まあ、確かに。あの姿は、テレビで見る女優やアイドルなんか、足元にも及ばないほど綺麗だと思いますが……」

「なっ!ひ、緋色様まで、何をお戯れを……」


 胸元の竹筒が、物凄い勢いで振動している。おいおい、大丈夫かこれ!?

 

 ほどなく振動が収まったと思ったら、クーコがポツリとつぶやいた。


「ひ、緋色様がお望みなら、少々窮屈ですが、常に『あの姿』で付き従うのもやぶさかではありませんが……」

「ククク、お前さんモテてんな~」


 成田警部は可笑しそうに笑っているが、いったい何が面白いのだろうか。

 とはいえ、あまり無駄話に時間を費やすわけにはいかない。1時間なんてあっという間だし、銀華さんのことだ。途中で飽きて降りてくる可能性もある。


「それで?今日来た本当の目的は、何なんですか?」

「ああ……」


 成田警部は、先ほど咥えなおした火の点いていない煙草を、再びゴミ箱に放り投げ、新たな一本を咥え直した。

 当たり前のように、火は点けない。


「死体が消えちまった後に生き返る、蘇るって話なんだけどな。ましてやそれが、犯罪を働くとなると……」

「なるほど。確かにそれは、我々『探偵(・・)』の領分ですね」

「何か心当たりがあるのか?」

「まあ、もう少し詳しい話を聞かないとわかりませんが、死体に関わる『モノ』には、いくつか心当たりは」

「ありがてぇ。お前さんがそう言うなら、何とかなりそうだな」

「いえいえ、違いますよ成田警部。俺が解決するんじゃなくて、『俺達』が解決するんです」


 俺は大きく息を吸うと、一息に言い放った。


「わかりました。不思議、怪し、妖怪、幽霊、この世の不可思議困り事、猫猫飯店店主『銀華』と、その助手『緋色』、そしてその式『クーコ』の名にかけて、万事解決してみせましょう!」

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