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「ふむ、なるほど。女の子ばかりが襲われ、血を吸われると……」
「は、はい。別に命に関わったりだとか、怪我をしたりその後に病気になったりするわけではないんですが……」
「いや、それでも襲われた女性にとっては、たとえその後に何事もなかろうと、決して愉快な出来事ではないからね」
まったく、なんてエッチな犯人なんだと、銀華さんは一人で憤慨している。でも、正直エッチな奴かどうかはわかんないんじゃないのか?
まあ、女生徒ばかりを襲う時点で、そういう趣味のある奴かもしれないが……。
彼女から聞いた話をまとめると、こういうことだ。
最近、彼女の通う女子高に、何やら得体の知れぬ『モノ』が出没するという。
初めは、夕暮れ時になると、校内で貧血を起こし倒れる生徒が頻出した。
保健室に運ばれた彼女達に状況を聞いても、突然気分が悪くなった、はたまた急に意識が遠のき、気付いたら保健室のベッドに寝ていたという。
皆少し休んだ後、何事もなかったかのように帰宅したし、念のため病院に行った者も、医者から立派な貧血の太鼓判を押されて帰ってきた。
そもそも貧血は女性に多く見られる症状であるし、ほとんどの者がそれを気に留めることはなかった。
ただ単に、校内に『朝食はしっかり取るように』、『食事は栄養バランスを考えて』という御触れが出ただけであった。
事態が一変したのは、とある日の夕方からだった。
それは、美術部の女生徒が、部活動を終えて帰ろうとしていた時だった。
辺りはすでに薄暗くなっており、グラウンドから聞こえていた運動部の掛け声
も、いつの間にか止んでいた。
こんな時間まで彼女が残っていた理由は、ひとえに筆が進んで仕方なく、切り上げるきっかけが掴めなかったからだ。
もっとも、彼女が向かっていた先は、イーゼルに固定されたカンバスではなく、コマ割りをした原稿用紙だったのだが……。
なんでも彼女が趣味としている、ボーイズが青春でラブな漫画の原稿が、絶好調で止まらなかったらしいのである。
あまりの絶好調ぶりに、美術部の友人達が先に帰ると声をかけたのも気付かず、彼女は一人、ひたすらに腐っていたのだった。
下校時間が迫っていることに気付いた彼女は、廊下を小走りに駆けながら、急いで帰宅しようとした。
しかし、小走りに廊下を進む途中、ふと漂ってくる甘い匂いに足を止めた。
それは、今までに嗅いだことのない、なんとも言えぬ不思議な香りだった。
その匂いは、一つ先の1年生の教室から漂ってきていた。
『なに?誰かがお菓子でも作ってるの?それにこの香り……。気持ちいい……』
彼女は、何やら頭がボーッとなり、眠気を感じたが、フラフラと匂いのする教室へと歩いて行き、引き戸を開けた。
普段の彼女なら、自分のクラスでもない、誰かがいるかもしれない教室の扉を、いきなり開けることなどありえなかっただろう。
だが、朦朧とした彼女の意識は、そんなことを考えさせなかった。そこで彼女が見たものとは……
「ふむ、女生徒の上に、何やら黒い影が覆いかぶさっていたと……」
「は、はい。そうなんです」
覆いかぶさっていた黒い影は、彼女の姿を見るとムクリと起き上がったそうだ。そしてその下に倒れていた女生徒の首からは、血が流れていたという。
ショッキングな光景に意識を覚醒させた彼女だったが、薄暗い教室の中で黒い影の光る目を見た途端、気を失ってしまったのだという。
気付いた時には、見回りの用務員に救急車を呼ばれていた。
すわ、校外の変質者が入り込んだか、もしや男性教諭が女生徒を……。
学校内は一時騒然となり、教諭から警備員まで男性が全て集められ、警察の事情聴取を受けたという。たが、病院での診察結果から、幸いなことに危惧された性的な事件ではなかった事は判明した。
しかし、襲われていた女生徒の証言は、これまで貧血で倒れた者たちと何一つ変わらなかった。
首から血を流し、首筋に二つの小さな傷跡があるにも関わらず、である。
ここにきて、さすがにおかしいと感じた学校や親達は、過去に貧血を起こした生徒達を無理やり病院へ連れて行った。
そこで、ほとんどの生徒が治りかけの差はあれど、首筋に二点のわずかな傷跡が見つかったのである。
「なるほどね……」
銀華さんは、うつむき加減でしばらく考え込んでいたが、ふいに顔を上げた。
「ふふふ、謎はすべて解けたよ」
「ほ、本当ですか!?」
何となく、嫌な予感がする……。
「ああ、この事件の真相……、黒幕は『吸血鬼』だ!ヴァ・ン・パ・イ・アさ」
やっぱりか……。
確かにそう思わせるものが、そこかしこに散りばめられてはいる。しかし、さっきから感じるこの『臭い』は、もっと別なものだ……。
大恩ある銀華さんに向かって言いたくはないが、この人は基本的に無能である。出会った時に感じた、あの異質なモノは何だったのかと思うほどに……。
正直、この人が解いた事件は、およそ自力で解決したとは言いがたい。
しかし、なぜだか銀華さんは、異常に運がいいのである。そして、もう一つ彼女の持つ能力。
「ああ、それと依頼料だけどね……」
「は、はい……」
ゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。それも当然だろう。
学校の依頼を伝えに来たならともかく、彼女は個人的にここに来たのであろう。お世辞にも裕福な家庭の子には見えないし、大金を持っているようにも思えない。
「こんな金額でいかがかな?」
銀華さんは机の上のメモを破り、数字を書いた紙を彼女に差し出した。
恐る恐るメモを手に取る彼女だったが、
「え……!?」
「どうしたんだい?その依頼料に不満でも?」
「い、いえ。でもこんな程度で……」
やれやれ……。
銀華さんのもう一つの能力。それは、異常に感が鋭いのである。その運の良さと感の鋭さで、何だかんだと事件を解決してきたのだ。
おそらく今のメモにも、きっちり彼女の一ヶ月分の小遣いの金額が記載されているのだろう。
まったく、そんなお人良しで、よくこの猫猫飯店を維持出来ているものだ。
だが、そんなお人良しの銀華さんだからこそ、俺は今ここにいるのだろう。
それから、吸血鬼退治のための準備をするからと、彼女に夕方よりも少し前にもう一度来るように伝えると、銀華さんは慌しく動き始めた。
「ヒロ君、彼女をお見送りしてあげて。あ、エッチなことをしようとしちゃダメだぞ!」
「え!?」
彼女が、露骨に俺から距離を取るのがわかる。
「いやいや、そんなことするわけないでしょ!」
「あはは、冗談だよ。でも、ヒロ君も年頃の男の子だしなぁ」
さらに彼女が俺から距離を取る。
もういいです。好きにしてください。
玄関先まで彼女を見送って行くと、
「あ、あの。もうここで結構ですから……。それじゃあ、夕方にもう一度お伺いします」
そう言うと、俺から逃げるように、小走りに去って行った。
その姿が見えなくなった頃、俺の胸元から囁くような声が聞こえた。
「よろしいのですか?このまま行かせてしまって。あのような小物、緋色様からすれば虫けら程度のモノでしょうに。何なら私が追いかけて、今すぐ喰らって参りましょうか?」
「いや、今のままでは『彼女』にも害が及ぶ。そんなことはしたくないからこそ、俺は『御門』を出たんだ。それに、あいつが何をたくらんでいるのかも知りたいしな」
「わかりました。しかし、あの猫又も、このような露骨に不快な『臭い』を撒き散らす『モノ』にも気付かぬとは……」
「銀華さんを悪く言うのはやめてくれないか」
俺の口調に、多少の苛立ちが混じるのを感じたのだろう。声は少しばかり元気をなくしたようだった。
「も、申し訳ございません。僕たる私が、緋色様を不快にさせるなど……」
「いや、こちらこそすまない。お前がどれだけ俺のことを考え、尽くしてくれているかなど、わかりきっているのにな」
「い、いえ。もったいないお言葉にございます!」
俺は、気を取り直し胸元の声に告げる。
「とにかく、彼女が戻ってくる夕方にケリを付ける。少しばかり考えもあるしな。その時には。存分にお前の力を借りるぞ。頼んだぞ、『クーコ』」




