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プロローグ ~ 1

 それは、築何十年経っているのだろうか。その小さなオンボロビルは、周りの巨大なで立派なビルと比べて随分と不釣合いながらも、その場にひっそりとたたずむように建っていた。


 『猫猫飯店(ねこねこはんてん)


 その小さなビルには、まるで子供がいたずら書きしたかのような、拙い字で書かれた看板が取り付けられている。

 初めて見る人は、そのビルのあまりのみすぼらしさや、表の看板の名前から10人中10人ともが、そこがオフィス街のサラリーマンをターゲットにした中華料理店だと思うだろう。

 実際に、周りのビルに入っている会社に就職したフレッシュマン達や、激務の間にせめて何か楽しみが欲しいと、貪欲に食を開拓しようとする者達が、日に何人かは昼休憩の時間に入ってくるほどだ。

 そして、中に入った10人ともが不思議そうな顔をして、あるいは照れ隠しに、『紛らわしいんだよ!』などと小声で文句を言いながら出てくる。

 彼らの先輩達も、決してそこが料理店ではないと教える者はいない。

 そしてそれは、そのビルの周りの者達にとっても恒例行事らしく、オフィスの窓から彼らの慌てぶりを、弁当をつまみながらニヤニヤと眺めているのである。

 むろん、看板が掲げられたのは割と最近のことであるから、その狂騒も一時的なものとなるだろう。

 しかし、毎年春には恒例行事となることは想像に難くない。

 

 『猫猫飯店』


 なぜ、実際の仕事内容とはかけ離れた名前が付けられたのか、それは誰にもわからない。

 そう、このビルのオーナー兼、猫猫飯店店主に問いただしてもだ。


「う~ん、わかんない。なんとなく?」


 それが、まだ高校生くらいの少女であるにもかかわらず、このビルのオーナーであり、猫猫飯店店主であり、『探偵』でもある彼女の返事だからだ。

 そう、ここは『(よろず)解決いたします』の探偵事務所。

 ただし、一風変わっているのは、そこいらによくある浮気調査や素行調査、はたまたドラマやアニメの世界のように、巷にはびこる殺人事件を颯爽と解決する探偵事務所ではない。


『不思議、怪し、妖怪、幽霊、この世の不可思議困り事、万事解決いたします!』


 そう、ここは世間の常識では計り知れない、不可思議現象の解決を請け負う探偵事務所なのであった。





「おはようございます」


 俺は住居である二階の一室から、一階の事務所へと入っていった。


「やあ、おはようヒロくん。今日も元気そうで何よりだね」


 深々と回転椅子に腰掛け、細い足をデスクに投げ出して、ブラインドの隙間に指をかけて窓の外を眺めていた彼女は、こちらに向かい微笑みかけてきた。

 もっとも、細いと言っても、今は全身真っ黒のスーツに身を包んでいるため、足は見えないのだが。


「『銀華(ぎんか)』さん、いえ、店長。女の子がみっともないですから、机の上に足を乗せるのは止めてくださいって、何回も言ってるでしょ。それにお客さんが見たら、結構印象が悪いと思いますよ」

「うっ……、わ、わかってるよ。ヒ、ヒロくんこそ、僕のことは『ボス』って呼べって、何回も言ってるでしょ!」


 図星を付かれたのか、論点をずらして少しばかりムキになって反論してくる。それにしても、彼女の懐古趣味にも困ったものだ。

 最近はもっぱら、随分と昔に流行ったらしい、なにやら登場人物がひたすらに走りまくる熱血刑事ドラマにハマっているようだ。

 しかもそのドラマの中では、しょっちゅう登場人物の刑事が亡くなるらしい。見る度に、モニターの前で号泣している。

 その都度ティッシュを差し出し、時には鼻をかませてやっているのはどこの誰だと思っているのか……。

 『ボス』の呼び名も、どうせ隣のビルの壁しか見えないのに、外の景色を眺めているのも、大方そのドラマの影響からきているのだろう。

 もっとも、それ以前に彼女にとっては永遠のヒーローがいるのだが……。

 現在ハマっている刑事ドラマも、元々はその、若くして亡くなった俳優が刑事役として出演していることから見始めたらしい。

 

 そのヒーローは、彼女の姿を見れば一目瞭然だ。


 本日の彼女の姿は、とても堅気には見えないか、もしくは少々イタい人かと思わせるような全身真っ黒のスーツに、派手な原色のシャツとネクタイを身に付けている。何より室内だというのに、特徴的な山高帽を被っている。

 今は黒だが、これが日によって、純白のスーツに真っ赤なネクタイになったりする。

 本人は否定しているが、最近突然購入した主人公の愛車と同じ型のイタリアンスクーターが、雄弁にそのことを物語っている。


 まあ、そんなことで推測せずとも、自室の床の上に散らばっている、探偵物のブルーレイ全巻セットを見れば誰にでもわかるのだが……。


「ま、まあそれよりもヒロ君。ここの生活には慣れてきたかい?」


 叱られたバツの悪さをごまかすように、唐突に銀華さんは話題を変えてきた。

 別に俺も本気で叱ったわけじゃないし、わざとらしくとも、ここは素直にノっておくとしよう。


「はい、おかげさまで助かっています。宿無し文無しの俺を銀華さんが拾ってくれなかったら、とっくに野垂れ死んでいたでしょうしね」

「あ、いや、そんなつもりで言ったんじゃないんだ。そ、それにヒロ君の仕事ぶりなら、きっとどこでもうまくやっていけただろうし」

「ああ、変な意味じゃないんです。俺は本当に銀華さんに感謝してますし、何より田舎から出てきて、世間のことを何も知らなかった俺じゃ、どこも雇ってなんかくれませんでしたよ」

「そ、そんなことはないと思うけど……。ヒロ君の料理や掃除の才能は、一級品だと思うし……。」


 いや、料理や家事は多少の自信はありますが、そもそも俺の腕を褒める以前に、あなたの腕が壊滅的なだけなのでは……。

 喉から出かかる言葉を抑える。

 それに、銀華さんは少々買いかぶっているが、前者に関しては、おそらくはその通りだと思っている。あの山奥の『御門(みかど)家』から飛び出してきた俺は、世間のことなど何一つ知らない、知る必要のない生活を送っていたのだから。

 たった一つのことさえ優れていれば、英雄と称される世界の生活を……。


「確かに、ヒロ君は随分と世間知らずだったかも知れないけど、驚くほど早くいろんなことを覚えたからね。頭もいいし真面目だし、きっと大丈夫だよ」


 俺は、自分より年下の少女から発せられる言葉に、胸の内が暖かくなるのを感じていた……。


 『御門(みかど) 緋色(ひいろ)』それが俺の名だ。銀華さんは簡略して、ヒロ君と呼ぶ。

 『英雄(ヒーロー)』みたいで格好良いからと。

 ヒーローか。でも、俺にそんな資格があるとは思えない。ただ、一つの事を繰り返してきただけの俺には……。




 あれは、2ヶ月ほど前。とある事情から、17歳の誕生日に山奥の家……、屋敷というべきだろうか、を飛び出した時だった。

 何とか町に辿り着いたはいいが、何をしたら、どこへ行ったらいいのかもわからず、途方に暮れていた。やっぱり戻るしかないのか、そんな事を考えていた時だった。


「やあ、どうしたんだい?何か困ったことでもあるのかい?」


 誰もが都会には不釣合いな、少しばかり時代がかったみすぼらしい格好をした俺を見て見ぬ振りをして避けていく中、ふいに声をかけてきたのが彼女だった。


 それは、生まれて初めての衝撃だった。それ(・・)は、俺にとっては見慣れているはずの『モノ』だったのに……。

 男物のスーツに身を包んでいるが、透き通るような白い肌に、帽子で全体は隠れているにも関わらず、一目でわかる美しく伸びた銀色の長い髪。金色に輝きキリッと吊り上がった精悍な瞳。

 美しい少女だった。

 しかし、一目見ただけで、俺は彼女が何者であるのかわかってしまった。


「……っ!」


 俺は反射的に、上着のポケットの竹筒を掴む。何度も何度もしてきたことだ。しかし、そこから先の行動をとることは、どうしても出来なかった。

 実際、彼女と同等の美しい『モノ』には何度も遭遇したことはある。

 そんな『モノ』にだって、俺は冷静に対処してきた。

 ただ、彼女はそんな『モノ』とは違う、異質な『者』であった。

 そして、俺が遭遇したどんな『モノ』よりも、美しかった。

 姿形だけなら、彼女よりももっと美しい『モノ』はいただろう。

 人を惑わし、殺し、捕食するための手段として得た姿だけならば……。

 しかし、彼女の美しさは、外面ではない、内面から発せられるものだった。

 それは、純粋な『心』から滲み出てくるもの……。

 そうして銀華さんに声をかけられた俺は、助手として住み込みで働くことになったのである。


 若い女性が、得体の知れない男を同じ建物に住まわせることにも驚いたが、このビルが彼女の持ち物であること、そして彼女がまだ16歳であることを知り、さらに驚いた。

 いくら世間知らずの俺とはいえ、こんな都会でビルを持ち暮らして行くことが、どれだけの苦労があり金が掛かるかはわかる。


「う~ん。まあ、そのへんは……ね」


 あまり聞かれたくないことなのだろうか?言葉を濁す彼女に、それ以上の事情を聞くのは止めた。

 そしてもう一つ。初対面の時に、とある事情により気付いていたことだが……。


「あ、それとね、驚くかもしれないけど……。実は僕……、猫又なんだよね」


 山高帽を取り、ジャケットの背中をめくった彼女の頭には、猫の耳がニョッキリと、そしてお尻のあたりからは、髪と同じく銀色に輝く二股に割れた尻尾が生えていた。

 そう、彼女は『(あやかし)』だったのだ。



「その……、怖かったら、別に出て行ってもいいんだよ」


 彼女は微笑みながら言うが、その笑顔はどことなく寂しげだった。


「あの、俺行くトコないですし、あんまりそういうの気にならないんで……」


 そんな俺の言葉に、彼女は歳相応であろう、とびきりの笑顔を見せた。


「そ、そうかい!?じゃあ、これからよろしくね。僕の名は銀華!あ、でもいくら僕が可愛いからって、エッチなことをしようとしちゃダメだからね!」

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