①
六月も終わりにさしかかろうとしているというのに、今日もまた雨が降っている。
朝から夜10時の今もなお降り続いてる雨は水たまりとなって私の足を冷たく濡らす。鬱陶しい。
雨が傘にあたる音、地で弾ける音、車がその溜まった水を引き飛ばす音。雨の日に趣を感じていた日本人が本当にこの世に存在したのかと思うほど、今日の夜はうるさかった。
しかし、うるさいとは『五月蝿い』と書くという。そう考えると心底むかつく。五月の癖に六月の終わりまでうるさくしてるんじゃない蝿の分際で。
今の発言最高に頭悪い。
本当ならこんな雨の日に外になんて出かけはしない。でも今日はよりによって用事が出来てしまった。
なんと今日は弟が修学旅行から帰ってくる日、しかも不幸にも今日は両親が不在。不幸が右フックから左ストレートで飛んできた。精神がノックアウト寸前である。
それだけならまだタオルを投げてもらう必要もないけど、そこに雨と風が強く吹き荒れているとかいうスカイアッパーを叩き込まれ、ノックアウト。
なぜこんな日に親がいないのか、というと、原因は弟の学校にあった。
なんと、修学旅行中にある女子生徒が死んだというのだ。
遺体は、首だけが無かったという。想像したら怖い。
流石にこんな状況で修学旅行を続けられる筈もなく、1日早く、暗すぎる雰囲気で修学旅行はお開きとなったらしい。
携帯電話で『お前一人で帰ってこい』と連絡を入れた。
数秒で『この発言のせいで死んだらどうするんだよクソチビ姉貴』と帰ってきた。
死ね。あぁ死ね。でも死んだらそれはそれで面倒だから保険入ってから死ね。そして是非私には関係ない場所で死んでくれ。さしたらお前の臓器を安く売ってやる。てかこいつが死ねばよかったのに。
はぁ、何言っても無駄だ。もう迎えに行くしかないのです。
諦めよう。そして今私は傘を二つ持って、弟の待つ学校へと向かっている。
しかし今日は本当に雨が強い、こんな雨の日の夜に出歩くのは初めてだ。どうか二度とこんなことにならないことを願いたい。
雨は嫌いだった。体が濡れるというのが気に入らない。昔はそうでもなかったのだけれども、最近妙に嫌気がさすようになったのだ。原因はわからないけど、思春期のあるあるだと思ってる。
弟は雨が嫌いなわけじゃないけれど、この雨で傘がないのは致命的だろう。そもそも私はちゃんと折り畳み傘を持っていけと何度も言っておいたのだ。この事態を招いたのは弟の不注意が始まりであると私は考える。
ならなおさら弟が悪い。自分の罪を他人に拭ってもらうなんて、男らしくない。家まで約2キロほど、男なら走ってそれぐらい行け。
しかも、うちの弟はなんかこう、男らしくない。へなへなしてるし、体も弱い。腕も足も細っこいから時々エイリアンなんかじゃないかと思うほど。
弟にエイリアンは流石に酷すぎた。別に私は弟が嫌いというわけじゃない。でももうちょっとでいいから自分で物事を片付けられる人間になって欲しいのだ。
いつまでも私や、両親がいるわけじゃない。弟はいつも私を頼ってくるけれど、一人で色々出来るようになってもらわないと将来絶対不味い。
私に出来て弟にできない筈がない。なんだって私の弟なのだから。
ぐちぐちと独り言を言っているうちに学校の近くまでついた。でっかいバスがあるところを見ると既についているに違いない。人影が見えないのは暗いからというのもあるが、雨だからなかで最後の集まりをしているのだろう。
となると、暇でしかない。ケータイをいじろうにも雨の中やるのは色々と怖いし、コンビニで立ち読みしようと思ってもこの学校の約1キロ以内にコンビニはなく、もし言ったとしても時間をロスするだけ。しかも雨に体を晒したくないのだ。
取り敢えず、待機だ。昇降口の雨宿りができる屋根に入り一息ついた。しかしまぁ、2キロほど歩いただけだと言うのに、足がぐしゃぐしゃだ、靴下にまで染み込んでいて冷たい。
「……って、んん?」
靴を見ようとして視線を下に向けた時。そこにはノートの切れ端のような紙が落ちていた。
ただのゴミと一纏めに限って仕舞えばそれまでなのだが、いかんせん今のわたしは暇中の暇。
こういった気に止まった出来事を無視する程忙しい私じゃない。
しゃがみこんで拾い上げる。
「おかしい、この紙」
奇妙なことに、その紙は少したりとも濡れていなかった。こんな大雨でカサカサの紙なんて存在するのだろうか、いや偶然と言う言葉が存在する以上あるのだろう。
その紙は丁寧に二つ折りにされていた。ここで私は暇つぶしの一興として自分で賭け事をする。
何も書いてないか、書いてあるかの二択。私は当然書いてある方を選ぶ。暇つぶしにならないからと言う理由ももちろんあるけれど、なんといっても綺麗に折りたたまれてる紙に何も書かれてない方がおかしい。
でもこれがもし、何処かの誰かの住所だとか、電話番号だと言うのであれば私は容赦なく破り捨てる。そこまでの外道にはなりたくない。
さぁオープン。さぁちっぽけな切れっ端、私を何処かへ連れていってくれ。
ちょっとワクワクした気分で、ドキドキした思いで、切れっ端の間に指を入れる。
そっと開いて中身を見た。
……住所?
「……何してんの姉さん」
「ひゃおっ!?」
その今しかない、と言うタイミングで弟に後ろから話しかけられた。心臓が飛び出すところだった……。
「な、ななななによあんたぁ!?」
「いや今終わったから来たんだけど……どったの」
呆れた声で私にそう言った。しかしなんだその口は、終わったから来た? 舐められたものだ、私が来てやったんだよ。ありがとうと感謝されることはあっても呆れられる筋合いなんざ全くない。
でも、私の弟はいつもこんなんだ、いちいち怒ってもいられない。
「なんでもない、ほら帰るよ」
「サンキュー姉さん」
機嫌よく私の手から傘をぶんどり、傘をさしてさっさと歩いていった。なんとまあ姉をムカつかせることに特化したヤローだ。
そのまま事故死していいよ、と思った。これまで冗談にしてもそんなことを思ったことはないけれど、今日の私は相当キレてる。
ただでさえ雨、迎え、のワンツージャブからのスカイアッパー食らってんのに、弟がウザイときたらもうこれは武器解放が許される。そしてマシンガンでもぶっ放してやりたい。
そんな思いをどうにか耐えさせているのは、右手に握りつぶしている謎の紙切れがあるからだ。
私の興味は既にそちらに振り切れている。弟のことなどどうでもいい。
でも面倒ごとになるのは本当に面倒だから、ちゃんと弟の後ろについこうと、傘を開いて歩き出した。
その時、雨宿りをしていたからか、ほんの少しだけ豪雨の強さを履き違える。安置から出た瞬間に、私は針のように鋭く強い攻撃を真上から受けた。
殆どは雨で守れたけれど、その衝撃は確かに響く。情けなく「ひっ」と声を上げてしまうほど。
でも弟はそんなビビってる私を放っておいて、スタスタと歩みを進めていた。こういう時、私は図太さが欲しいと思う。
握りしめた紙切れをポケットに入れて、ようやく帰路につく。
……しかし、うちの弟もずいぶん神経が太くなったものだ。