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 食事をとるときも、話はしなくなった。


 話したいことはあるのだけれど、何も話せないのだ。


 彼女は、全力で機械に向かっていた。


 そんな中で、見えない希望にいつまでもすがっていたわたしが、声をかけていいものなのだろうか?


 単に勇気がなかっただけだと思う。その時にやめよう。そう思ったのだ。いい加減、空ばっかり見るのもやめようと。


 わたしも協力するんだ、空を見るのではなく、飛ぶための翼を作るための。


 彼女には、ちょっと落ち着いてから話そうと考えていた。君の研究を手伝いたいと言うつもりだった。


 そしてある日、嵐が来た。


 瓦礫を飛ばし、砂を巻き上げ、風は暴力となってわたしに襲いかかった。


 初めて体験した嵐だった。なるほど、彼女が地下に施設を作った理由はこういうことだったというわけだ。


 急いで地下に避難する。その時に、見てしまったのだ。


 この世界じゃ時間の感覚が崩壊してしまう。


 そのせいなのだろうか、状況を飲み込むのにも時間がかかった。


 彼女が倒れているのをみて、わたしは眠ってしまったのだろうかなんて呑気なことを思ってしまったのだ。


 本当にあまりに、急だった。


 急いでベットに寝かせて、容態を確認した。呼吸が荒い、熱がある。


 でも風邪じゃない、もっとひどい病だ。


 そしてこれは、今とか、ちょっと前とか、そんな時間帯で発生した病気じゃないと感じた。


 我慢していたんだ。ずっと前から、ずっとずっと、前から。


 多分、わたしが来る前からずっとだ。


 気がつかなかった。彼女が、こんな病を持っていたなんて。


 わたしが知っていた彼女は、明るくて、笑顔が眩しくて、感情表現が豊かで、一緒にいて楽しくて……。


 なによりも好きだった。


 初めて、人を好きになれた。


 一緒にいる時間は短くても、それでも好きになれたんだ。愛すべき対象となっていた。こんな幼い体で、精一杯生きている彼女が好きだったんだ。


 彼女が目を覚ました。苦しそうな表情でわたしを見ていた。


 反射的に「ごめん」と私の口から出る。彼女は辛そうにしながらも笑って「いいよ」と答えてくれた。


 尽きぬ後悔が、もっと一緒にいれば、気がつけたのかもしれない。なんて考えさせる。


 やはり、愚者はいくら経っても愚者なのだろうか。


「一緒に、行けそうにないや」


 わたしにそう言った。その言葉の意味なんて、誰にだって理解できる。


「死んじゃダメだ」


 泣きながら叫んだ。


 もう無理だ、医療器具なんてないし、そんな知識もさらさらない。


 何より、わたしが一番わかってしまう。


 寿命があと何日で尽きるのか、分かってしまう。


 わかりたくない、そんなことわかりたくなかった。でもわたしの思いとは裏腹に、彼女の寿命は正確な数値となって浮かび上がる。


 知りたくなかった。不明であるほうがわたしは希望を持てたんだ。『覚悟』なんて出来ない。


 異能は、奇跡も希望も残してはくれない。


 またわたしはなんの役にも立てなかった。


 そんな悔しくて泣いているわたしを見て、彼女はずっと笑顔だった。


「お願いがあるの」


 彼女はそう言った。大人しく耳を傾ける。








「あなたに、この船を完成させて欲しいの」







 ______________________________

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 ここまでが、わたしがしてきた多くの怠惰な罪。


 そしてこれからが、君達にしてしまった罪だ。


 どうか、運命に身を任せて欲しい。決して争わずに、私の話を聞いてほしい。




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「……つまり、この地下っていうのが、ここに出て来る『わたし』と『彼女』が住んでいた場所なのか」


 めくる手が震えていた。異常なまでの内容が脳に直接突き刺さるようで、怖い。


 それで、もしここに書かれていることが本当なのだとしたら。


 僕は……僕は……。


 何故、ここにいるんだ?


 おそらくその理由も、この続きに書いてあるのだろう。


 でも、もう分かっていた。


 自分が何者かなんてこと、とっくの昔に気がついていた。


 だからこの本は、否定するために読む。


 間違いを望む。正しさなんて、求めない。





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 わたしは、その言葉を聞いてからというもの、彼女のような知識を得るべく勉強に没頭した。


 彼女もまた、自分の限界も近いのに、わたしに知識を与えてくれた。


 これが、後世に託す。ということなのだと感じた。


 未来に希望を託す。彼女から始まった地球への帰還プロジェクト。今そのバトンをわたしが受け継いだ。


 だが、過ぎ去ってほしく無い時間ほど、早く過ぎていく。


 彼女はもう、本当に限界だった。


 体を起こすこと、ベッドから立つことも出来なくなっていた。


 寿命は、もう無い。


 あと少しで死ぬ。というところまできた。


 最後まで彼女は笑ってくれていた。わたしを悲しませないためなのかは分からない。


「ありがとう」と、言ってくれた。




 そして、彼女は帰らぬ人となった。笑っていってしまった。




 泣いちゃダメだ、繋げなければならないんだ、この意思だけは。


 そう思っても涙が止まらない。溢れ出して止まらない。わたしはまた、孤独になったのだ。


「会いたい」「会いたい!」「会いたい!!」


 彼女に会いたい。


 いなくなって気がつく。彼女がいなきゃわたしは何も出来ないということを。


 長々と泣き喚き、涙も枯れ始めた頃ようやく気がついた。わたしはとことん弱虫だということを


 ……だが、弱虫だからこそあの手段が思いつき、その禁忌とも言えるであろう手段を実行に移すことが出来たのだ。


 彼女の夢を終わらせないために。わたしは、罪を重ねる決意をした。


 地球への想いは、変わらない。でも彼女のことを好きになったことも嘘じゃ無い!


 彼女の「意思」を、必ず地球に持ち帰る。


 だからわたしは、彼女から貰った、「船を作る知識」を別のことに使うことにした。




 わたしは彼女の亡骸を改造し。わたしは、『彼女』を作ってしまった。




 彼女から受け継いだ知識を使えば、もしかしたら船を自分の手で完成させることができたのかもしれない。


 だが、そこに彼女はいない。彼女のいない世界に、わたしが戻ったとしても、意味はない。そもそもわたしが戻ったとして、何かを成し遂げたいわけじゃない。


地球へ行くべきなのは彼女なのだ。


 だからわたしは新しい彼女に全てを託したいと思った。


 その思いのまま、長い時間をかけてわたしは最初の彼女を作り出した。


 だが、彼女には記憶がなかった。わたしと居た日々を。話を忘れていた。


 でも、そんなことは気にならない。彼女がいるだけで、わたしにとっては良かったのだ。


 今度は船の作り方をわたしが教えるのだ、彼女を地球へ向かわせるために。


 ……しかし、その教育も長くは続かない。


 彼女は、すぐに壊れた。


 その度にわたしは彼女を作り直した。二人目は最初より長く生きてくれたが、すぐに壊れた。


 次も壊れて、次も壊れて、次も壊れた。


 そのうちに気がついた。意思を持った機械など作れるわけがないということを。


 ロボットは作れても、人間を作ることはできないのだと。


 そのことを理解した瞬間に、わたしの中でも、何かが壊れた。そして目的の崩壊が始まった。


 船を作ることはすでに頭から無くなっていた。彼女に会いたい、触れ合いたい。話したい。その思いが、壊れるたびに強くなっていく。


 でも、それは無理なのだと、理解はしていたのだ。認めたくないだけでちゃんとわかっていた。


 人は、死ぬから人なのだと。


 そう結論付けた時に、人間を辞める覚悟を決めた。幸い時間ならあった。今回の『覚悟』は、生半可なものでも、捨ててしまうほど弱いものじゃない。


 話すことは出来なくても、触れ合うことができなくても、ただ彼女と一緒にいたい。


 歪みきったその思いが、わたしの手を動かした。


 わたしは、わたし自身を改造し、ロボットにした。


 ロボットと言っても、そんな大層なものじゃ無い。体は人だ。人造人間と言った方が正しいのかもわからない。とにかく今のわたしにそれを言葉にすることは出来ない。


 そしめその機械となったわたしの肉体に、彼女を融合させ、わたしは『彼女』と一つになった。


 これで、彼女の願いを果たすことが出来る。


 生きて、地球に向かうことが出来る。わたしは、このダメな人生で、なにもなし得ることのできなかった人生で、ようやく一つのことを成し遂げたのだ。


 ……だが、それに欠けた時間はあまりにも大きすぎた。わたしの体は機械になったのはいいが、永久機関など作れるよしもなかった。すべてのものには寿命がある。それをわたしは感じていた。


 この体では、精神では、もう船を完成させることなどできない。


 ただ、一つだけ作れるものがあった。


 何度も何度もしてきたことだ。もう覚えたわたしの力。


 ロボットを作ることだ。


 そしてわたしは、すでに限界の近い中、手を震わせながら、ついに『器』を作り上げた。


 わたしと彼女の融合体を受け入れる、若いからだ。


 わたしの『核』となっている心臓を、この体に埋め込めば、完成する。


 今、それを行おうとしている中、これを書いているというわけだ。


 ……さて、ここまで聞いていかがだっただろうか。


 愚かと笑ってもらえるだろうか。


 それとも悲劇と泣いてくれるだろうか。


 はたまた何も思わないだろうか。


 それは君の自由だ。なぜならわたしはこの『器』に記憶を受け継ぐことは一切しないからだ!


 もし受けつぐなんてことをすれば間違いなく君は一瞬で死ぬ!


 わたしと彼女の知能の合計を一気に脳に叩き込むなど、パンクするしかないからだ。しかも記憶を引き継いだら、寿命もそのまま襲いかかってくる。体は若くても、記憶が年を取っていては死ぬのだ。


 だから君はその若い体と若い知能で、再び学んで、船を作って欲しい。


 最後に、本当に済まないと思っている。


 君は、孤独に耐えなければならない。


 わたしは彼女がいたから頑張れた。だが君は一人で頑張らなければならない。


 それでも、頼む。お願いだ。


 この次のページから、わたしが得た知識、そして彼女から受け継いだ知識の全てを記す。


 だから、どうか、どうか。


 わたしたちを。地球に連れてってください。


 押し付けがましいかもしれない。


 勝手だと思うかもしれない。


 わたしみたいなクズのためじゃなくていい。ついででいい。


『彼女』にもう寿命が残されていない地球を見せてやって欲しい。もし地球がまだ残っているならば。


 あの日から、何年経ったかは分からないけど。地球が今どうなっているかも分からないけど。


 可能性がある。残ってる可能性は絶対にある。


 憶測、可能性。この範囲なら十分だ。希望を持ってくれ。


 無いかもしれないは、きっとある。


 絶対ないと言い切れないなら、それ以外を信じて進める。


 希望は、未知でも可能性として残されている。


 ……最後に、もう、一人称が『わたし』になってから、一体どのくらいの時間が流れたのだろうか。


 君に『ぼく』と『わたし』の希望を託す。


 これを読んだ君に、バトンは受け継がれている。どうか捨てないで欲しい。




 わたしたち二人の思いが、永久の希望であることを。望みます。









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