第一幕 第七場 オリンピックホテル フロント
午後八時。
入って来たのは雪まみれで髭もじゃの大柄な男だった。年の頃は六十歳前後に見えるが、深い皺で年齢より老けて見えるだけかもしれない。宿泊カードの名前には似鳥和夫とある。住所は札幌で、職業は公務員とあるが、髭を生やしているので窓口業務ではなさそうだ。
「いやぁ、参ったよ」
似鳥がダウンジャケットについた雪を払う。
「終わるホテルがあるって言うんで来てみたら、この雪だろう? 電話も通じないし、遭難してもおかしくなかったな。車も走ってないし、途中で行き倒れたら凍死してたかもしれん。場所は知ってても明かりなんて見えやしないし、これでホテルが閉まってたら完全に死んでたな」
「それはよかったです」
犬飼が安堵した。
似鳥がカウンターにもたれる。
「しっかし腰まで積もる勢いじゃないか。これも温暖化の影響かね? まるで東北みたいだもんな」
「お食事の用意ができてますけど」
犬飼の言葉に似鳥が首を振る。
「それより風呂に入らせてくれ。温泉があるんだろう? こう寒くちゃ箸も持てねぇ」
「そうですね。温泉は一階の階段の奥のフロアにございます」
犬飼の説明を聞いて、似鳥は部屋番号203の鍵を持って直接その足で大浴場へと歩いて行った。
入れ替わるように階段から洋子が下りてくる。
「お客さん?」
「うん、最後のお客さんだ」
犬飼はボソッと答えた。
「思ったより賑やかになっちゃったわね」
そう言うと、洋子が哀しい顔をした。
「そうだな。でもまだ始まっちゃいない」
犬飼も同じような表情を浮かべた。
「やるんでしょう?」
洋子が念を押す。
「当たり前だろう」
犬飼の意思は固いようだ。
二人は力強く頷き合う。