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続き

 牛久が真顔になる。

「いや、面白いと思ったんだよ。だから笑ったんだ。君だって面白ければそれでいいって言ってたろう? 『ミステリーにうってつけの夜』なんて最高じゃないか。それで俺たちは何を語ればいいんだ?」

「それは……」

 と、そこで馬渡は言葉に詰まり、今度は開き直る。

「そこまでは考えていませんよ。僕はくだらない話をやめさせたかっただけですから」

「それはひどい言い草ね」

 たしなめたのは優子だ。

 馬渡が取り繕う。

「でもほら、あるでしょう? 土地にまつわる伝説を語る人がいたり、たまたまラジオから臨時ニュースが流れたりっていうのが」

 牛久が笑う。

「ハハッ。君の方がよっぽどマンガチックじゃないか。いや、それも悪くないんだよ。あるなら聞いてみたいもんだ」

 遠藤が思い返す。

「いや、無いことはないですよ。ほら、少し前に横浜で宝石店強盗があったでしょう。白昼堂々の犯行で、防犯カメラの映像も公開されましたが、犯人グループは今も捕まらずに逃走を続けている。すでに風化しつつありますが、未解決事件が存在していることは事実です。でも、それだけです。手際が良すぎるし、国際的な犯罪グループの仕業でしょうよ。まさか、こんな日に犯人の一味が落ち合う理由はない。うん、現実的に考えてね」

「その犯行グループの一味が私たちならミステリーなんですけどね」

 優子がチャーミングな笑顔を振りまいた。

 遠藤は解説者のように話し始める。

「そうそう。雪に閉ざされた山荘で複数の登場人物が一夜を過ごすというのは、ミステリーでいうところの『クローズド・サークル』です。他にも絶海の孤島とか、海上の豪華客船とかもありますね。しかし確立されたジャンルにもかかわらず、こういった作品が年間を通してコンスタントに発表されることはないんですよね。それはおそらく、あまりにも条件が限定されすぎているため、応用が難しいからでしょう。神経質な読者だと、絶海の孤島というシチュエーションだけでも盗作だと騒ぎかねない。そこに見立て殺人を組み込んでしまうと完全にアウトです。そういう一部の読者は、盗作作家というレッテルを貼ってえつるんですよ。反対に作者が潔癖すぎるというか、神経質すぎるというのも考えられます。いくら細かい部分で違いを生み出しても、全体の構造が前例に引っ掛かれば手を出そうとしない。『クローズド・サークル』というジャンルを心から愛している読者にとっては、雰囲気を味わえるだけで幸せだっていうことを分かってくれないんです。閉鎖空間による、あの独特の息苦しさ、夜の孤独や、物音がするだけで縮み上がるような恐怖感、それを『貴方の作風で味わいたい』っていうだけなのに、作者には届かないんですよね。綾辻行人や有栖川有栖がいてくれなかったら、僕が読みたい本なんて、この世に一冊もなかった」

 牛久が感嘆する。

「いやぁ、遠藤さんがそんなに熱い人だとは思わなかったな。どうして貴方がここに来たのかっていうのは充分伝わりましたよ。残念ながら現実では殺人なんて起こらないでしょうけどね。でも、いつかその『クローズド・サークル』を書くときには、参考になるかもしれませんね。なんたって今日は『ミステリーにうってつけの夜』なんですから」

 しかし優子は不満げだ。

「でも、宝石強盗のニュースだけじゃ物足りなくありません? 所詮は泥棒でしょう? 人殺しとは違うんだから。それなら例えば熊が出る話の方が怖く感じると思うけど」

「ハハ、熊さんは今ごろ冬眠でおねんねしているよ」

 牛久はのんきに笑った。

「そうとは限らないですよね?」

 馬渡が深刻そうな顔で遠藤に訊ねた。

「うん」

 とは答えたものの、遠藤は自信無さげに続ける。

「僕も詳しい方じゃないけど、雪山でも熊の足跡が見つかるなんて話は聞くので、冬だから安心できるなんて感覚はないですね」

「そうだ」

 優子が厨房を見つめる。

「犬飼さんの奥さんに聞けば、もっと詳しい話が聞けるんじゃないかしら?」

「それはいい」

 早速、牛久が洋子を呼び出した。

「お仕事中に度々すいません」

 と牛久は断りを入れてから尋ねる。

「会話の流れで熊の話が出たもので、それで地元の人に訊いてみようということになってお呼びしたんですが、ここら辺って、熊とか出没したりするんですか?」

「熊ですか?」

 洋子はついでにコーヒーを注いで回りながら答える。

「熊は出ますよ。私は山菜採りに出ないので遭遇したことはありませんが、いるのは確かです。でも一番危険な時期は過ぎましたけどね」

「でも、冬場も出歩いているって聞きましたけど」

 訊ねたのは遠藤だ。

 洋子が小さく頷く。

「そうですね。エサが充分じゃない熊が十二月に入ってもウロウロしちゃうっていうのはありますね。地域によって違うって言いますけど、ここら辺はテーマパークやゴルフ場を作ったので、それから被害が大きくなったって言うのはよく聞きます。餌場を奪ったので、本当の被害は熊の方なんでしょうけど、やっぱり怖いですからね」

「いくら熊でも、大雪の日は大丈夫ですよね?」

 優子が不安げに訊ねた。

「迷子になっていなければ大丈夫でしょうけど、心配要りませんよ。熊が出ても猪俣さんがいるので。猪俣さんはマタギをやっていたので、出たら猟銃でズドンです。射ち殺したら、みんなで熊鍋でもして、みんなで食べましょう」

 そう言って、洋子は笑顔で厨房へ戻って行った。

 遠藤が苦笑する。

「これも誤解しないでほしいんですが、北海道の人間でも熊を食べたことがある人には滅多に出会わないですからね。鹿肉も珍しいですし、どちらも日常的ではありません。でも、もし食べられる機会があるとしたら、ラッキーとは思うでしょうけどね」

「その辺の感覚は人によるってことかな」

 牛久も地元の人間の感覚を理解し始めている様子だ。

 優子が小さく笑う。

「ふふ。ミステリーというより、グルメ番組みたいになっちゃいましたね。熊鍋の感想で盛り上がるミステリーなら、コメディタッチの二時間サスペンスにピッタリかしら?」

 話に乗ってこない馬渡を見て牛久がこぼす。

「若い人にはウケないみたいだね」

 馬渡が思い出したように言う。

「いや、そんなことないですけど、別のことを考えてたんです。さっき遠藤さんが『見立て殺人』って言ってましたよね? あれは『金田一少年』でもやってたなと思って」

 遠藤が補足説明する。

「ああ。『見立て殺人』もミステリーの王道だからね。一番有名なのはアガサ・クリスティによるマザーグースの見立てで、国内だと横溝正史の『悪魔の手毬唄』かな。でも、見立ては明確な殺意を持った人物が仕掛けるものだから、今日は期待できないね」

 牛久が嬉々(きき)として語る。

「『見立て殺人』も面白いんだよな。なぞられて殺される滑稽さとか、標的に魔の手が忍び寄るハラハラ感とかさ。ちょっとずつ真相に近づいていく感じがたまらないんだ」

 優子が話に乗る。

「それもあるけど、まったく動機が分からない方が怖くない? なんで殺されたのか分からないまま話が進んでいく方がずっとドキドキできる」

「『ミッシング・リング』ですね」

 遠藤が説明する。

「それもミステリーの七つ道具の一つみたいなもんです。互いに無関係だと思われていたものが、実は一つに繋がっていたっていうね。でも、それも今日の面子めんつじゃ考えられない。謎の招待状を受けたわけじゃなく、みんなネット検索して、自発的に予約を入れたわけでしょう? だったら我々に一つの繋がりを持たせるのは不可能だ」

「何かあるかもしれないじゃないですか」

 馬渡はあきらめずに考える。

「初めから怪しいなら『ミッシング・リング』になりませんよ。そうだ。みんな名前に動物が入っていますよね? 僕は馬で、牛久さんは牛、フロントの犬飼さんは犬で、コックの猪俣さんは猪だ」

 それに牛久も乗っかる。

「犬飼さんの奥さんは『ようこさん』って言ったから、羊が入っているかもしれない」

 馬渡が尋ねる。

「牛久さんの奥さんの下の名前は?」

 優子が躊躇ためらいつつ答える。

「私はこの人の奥さんじゃないの。離婚したばかりだから、今は旧姓の根津ね」

「根津ならネズミだ」

 馬渡が興奮する。

「よし、繋がった。すべての人の名前に干支が隠れているんです。……ということは、ひょっとして、エンドウさんの『エン』は、猿じゃありませんか?」

「猿って」

 と遠藤は笑いつつ答える。

「そんなわけないじゃないか。どこにでもある遠藤だよ。ちなみにペンネームにも干支は含まれていない。第一ね、今日の予約は六人で、従業員がいないって言うし、ホテルの人間を併せても干支には足りないんだ。十三人集まって、そこに猫が一匹紛れ込むっていう話なら面白いかもしれない。でも、僕を猿呼ばわりするのはやめてくれよ」

 牛久が楽しそうに語る。

「いやいや、干支殺人なんて、いいじゃない。いや、殺人じゃなくても面白いな。十三人の中から仲間外れの猫を探すんだ。誰が裏切り者か仲間内で疑う展開でもいいかもよ」

「……また、テレビや映画の話ですか」

 馬渡はうんざりした様子だ。

「君が干支の話を始めたんじゃないか」

 牛久がムキになって言い返した。

「もう、たくさんだな」

 馬渡はため息をつく。

 その態度に牛久が腹を立てる。

「なんだその態度は。自分から話を広げることもできないクセに、文句だけは一人前なんだ。なにもできないくせに他人を批判する時だけは頭が回るんだよな。そういう奴に限って自分が批判されたら頭に血が上るんだよ」

「まあまあ」

 と遠藤が牛久をなだめる。

「初対面の人に、それは言い過ぎですよ。こんなんじゃ、せっかくの夜も台無しだ。こうしましょう。お酒を飲んで語り合うにはまだ早すぎる。それまでに僕が今日の夜に相応しい余興を考えておきますよ。これでもプロのミステリー作家なんでね」

「あら、楽しそう」

 優子が場を明るくしようと高い声を出した。

「だったら僕も何か考えますよ。怒られないようにね」

 馬渡はイヤミったらしく呟いた。

「怒ってるわけじゃないんだけどな」

 牛久が苦笑いを浮かべた。

 遠藤が困り果てる。

「もう、いいじゃないですか。夕食まで時間がありますから、一緒に温泉でもどうですか? 露天風呂もあるそうですよ。お願いすれば雪見酒もできるそうです」

 牛久が上機嫌に答える。

「いいね。先に一杯やりますか」

「あまり飲み過ぎないでよ」

 優子が真顔で注意した。

「僕はやめておきます。からまれたくないんで」

 と馬渡はニカッと笑う。

「冗談です。本当は飲めないんですよ。未成年なんで」



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