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第四幕 第三場 オリンピックホテル 二階廊下

 午後七時。

 猪俣が階段を上がりきった時、遠藤は似鳥の部屋の前で立ち尽くしていた。

「ダメです。ノックをしても反応がありません」

 遠藤が猪俣に説明した。

「銃声があったのは似鳥様のお部屋で間違いございませんか?」

 猪俣が冷静に訊ねた。

 遠藤が慌てた口調で訊き返す。

「そうですよ。犬飼さんから聞いてないんですか? 似鳥さんは猪俣さんの猟銃を持っているんです。犬飼さんがあなたに許可なく渡してしまったんですよ。発砲があったのは隣の部屋で間違いありません。僕はずっと部屋にいて、この耳で聞きました。それより犬飼さんは見掛けませんでしたか? それと鍵は?」

「鍵は旦那様が持っているので、捜してきましょう」

 猪俣は落ち着いた話し振りで、廊下を走ることなく階段を下りて行った。

 遠藤は猪俣の背中を目で追う途中で違和感を覚える。

 廊下の端から一番遠くにある部屋の方に目を凝らす。

 犬飼の部屋のドアに隙間ができているのが目に留まったようだ。

 部屋の中に人の気配を感じたようで、ゆっくりと近づこうとする。

 しかし、足を踏み出した瞬間に部屋のドアが閉じられた。

「遠藤さん」

 そこへ浴衣姿でずぶ濡れのままの犬飼が階段の下から駆け上がってきた。

 その後ろから猪俣が歩いてくるが、遠藤は気に留めなかった。

「すいません。温泉に入っていました」

 犬飼が頭を下げた。

 遠藤が急かす。

「それより鍵を」

 犬飼は返事をせずに似鳥の部屋のドアを開けるが、開けた瞬間、顔を背けた。

 身を引こうとする犬飼と体を入れ替えるように、遠藤が部屋の中を覗き込む。

「ああ、これは酷い。脳天を撃ち抜かれている」

 猪俣は好奇心が起こらないのか、微動だにしなかった。

「一度、閉めていいですか?」

 と訊ねたものの、犬飼は勝手に押さえていたドアを離した。

 遠藤は気分が悪そうな犬飼を気遣い、閉まるドアを押さえなかった。

 犬飼が口元を押さえる。

「すいません。僕の責任です。まさか、こんなことになるとは思ってもみませんでした。いや、何を言っても言い訳になりますね」

 遠藤は意を決したように告げる。

「こうなっては、いつまでも除雪車が来るのを待っているだけではいけませんね。明日の夜明けとともに、町に下りてみますよ。みなさんはここに残っていて下さい。入れ違いになるといけませんからね。三、四時間で着けばいいですけど、道なき道なら倍の時間が掛かるかもしれませんが、それも仕方ないでしょう。重装備で出発すれば問題ありませんし、気をつけなければいけないのは、道に迷わないことだけです。僕がいなくなっても、どうか猟銃を隠すようなことだけはしないで下さいね。起きてしまったことは仕方ないんですから、後は罪を重ねないことです」

「……すいません」

 犬飼が意気消沈した。

 遠藤は猪俣の方に向き直る。

「猪俣さんも銃の管理で罪に問われるかもしれませんが、見苦しい真似だけはなさらないようにお願いします。もちろん、猪俣さんのあずかり知らぬところで起こった事だというのは、僕が一番分かっていますから、その点だけは保証します。ですから、重ねてお願いしますが、猪俣さんも僕がいなくなったからといって銃を隠したりしないで下さいね」

 猪俣はコクリと頷くが、その様子からは感情が読み取れなかった。

 しばらく間ができ、遠藤がハッとした顔をする。

「あれ? 奥さんは?」

 そう言って、犬飼と猪俣の顔を交互に見やる。

 遠藤は気が動転したように喋り出す。

「おかしくないですか? あれだけの銃声が響いて、一階の大浴場にまで聞こえたわけでしょう? それなのに、この場にいないんですよ? すぐに駆けつけてもおかしくないですよね? それなのに、どうしていないんです? いや、ケンタ君は部屋にいるのは分かったんです。おそらく怖くて出てこられないんでしょう。でも、奥さんまで出てこないのは変ですよ。どうしたんです? 気にならないんですか?」

 犬飼は言いにくそうに話す。

「それが、その、いや、お見せします」

 と言って、空室扱いとなっている二○二号室の前まで歩き、鍵を差し込み、ドアを開けて、遠藤に入室を促すのだった。

 遠藤は察しが早く、すぐに二○二号室に入ろうとするが、奥まで入る必要はないと判断したのか、とっさにきびすを返して、廊下にいる犬飼と対峙たいじするのだった。

 猪俣はその様子を離れた場所から静観していた。

「一体、どういうことなんですか?」

 遠藤は驚きを通り越して、抑揚のない口調になっていた。

 犬飼が静かに告げる。

「お昼過ぎに首を吊って死んでいるのを確認しました」

 遠藤がポカンとする。

 犬飼はそれ以上説明しようとしなかった。

 遠藤が腹立たしげに詰問する。

「それで、どうしてベッドに横たわっているんですか?」

 犬飼が抗弁こうべんする。

「首を吊ったんですよ。むしろ、それでどうしてそのままでしていられるんですか? 僕の気持ちだって考えて下さい」

 遠藤が息を吐き捨てる。

「まずは着替えてからにしましょうか。風邪を引きますよ。話はそれからにしましょう」


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