第四幕 第一場 オリンピックホテル フロント
午後五時。
ロビーのソファ席では遠藤と犬飼が向かい合って座っている。
外はすっかり暗くなっており、動物はおろか虫や直物の気配さえ感じられない。
犯人だと名指しされた遠藤はヘラヘラしていた。
「僕が犯人だって? 似鳥さんもそうだが、犬飼さんもね、言っていい冗談と言ってはいけない冗談というのがあるんだよ? いくら君が推理小説を好きだからといって、起こってもいない事件で、他人を犯人だと名指ししていいわけがないじゃないか。常識がないにも程があるよ。そんなことで猟銃の一件を有耶無耶になんてさせないからね。いくら親しげに話しているからって、所詮は昨日知り合ったばかりの赤の他人なんだ。僕がミステリー作家だからノリを合わせているのかもしれないが、友人というわけではないんだからさ。確かに、昨日は『犯罪の告白』という悪趣味なイベントに付き合わせてしまったわけだから、僕の方が非常識なお願いをしたことになる。でもそれは人が亡くなる前の話じゃないか。人が死んでしまっては、もう余興なんて続けられないよ。それでもふざけた会話を続けてしまったことは認めるよ。でも猟銃を持ち出すなんて、絶対にあってはならないんだ。いや、むしろ冗談の方が良かったのかな? でも似鳥さんは持って行ってしまったじゃないか。挙句の果てには『貸してもいい』だって? 犯罪なのに、どうかしてるんじゃないのか?」
犬飼は至って真面目に返答する。
「どうかしているというのは認めます。平時の精神状態ではないっていうのは、自分が一番分かっていますからね。こんな時でも常に落ち着いていられる遠藤さんがすごいんですよ。口を開けば『常識』ばかりですからね。いや、それが普通のことなんでしょうけど、閃いてしまっては、もう常識では語れません。ただ、閃きといっても、推理小説を読んで何度も騙されたから思いついただけなので、純粋な閃きとは違います。そうですね、これは本を読むことで考え方を教わったというか、思考する方法を学んだということですかね? とにかく、すべてを疑ってみたんです。疑うというのは、事実とされる物事を反対に考えてみることですね。
まず初めに疑ったのは、六人の宿泊客が本当に見ず知らずの間柄なのかということです。これが六人全員知り合いだったらどういうことになるでしょう? 僕もみなさんの会話のやり取りをすべて聞いているわけではありませんから、それが確かなことなのか断定することはできません。断片的な会話から推察しても、みなさんが昨日知り合ったばかりに思えましたし、疑いを持つキッカケとなった言葉や行動もないんです。六人が全員知り合いだとして、それであえて昨日からホテルの人間の前では他人のフリをしていたとなると、全員が特別な才能を持った役者だということになりますね。それこそ長い台詞を覚え、急なアドリブにも対応したということになります。そう考えると、六人全員が知り合いだったというのは流石に無理があると言わざるを得ません。
それなら遠藤さんだけが他の全員と知り合いだったとしたらどうなりますか? その場合は個別に他人のフリをお願いすればいいだけで、全員の意思の疎通なんて必要ありませんから、全員が秘密を明かさないように注意すればいいだけなんです。知り合いは遠藤さんだけなので、馬渡君と牛久さんが会話をしても、特に不都合なことは起こりませんよね? 遠藤さん以外は本当の初対面なのだから、何も演じる必要はないということです。もっといえば、遠藤さんと他の五人が知り合いというのも、インターネットの中だけという可能性もありますね。その場合はハンドルネームを利用していると思うので、誰が知り合いなのか、遠藤さんが裏でこっそり明かすまでは本当に分からなかった可能性があるんです。そうなると遠藤さんが秘密を打ち明けるまで、相手は当然初対面の人として接するので、誰が既知のハンドルネームを持っている人なのか見分けがつかないんです。そっちの方が可能性は高いのかもしれませんね。
遠藤さんだけが他の五人と知り合いだったと考えれば、『犯罪の告白』という即興イベントが全員に受け入れられたというのも納得できます。あらかじめイベントを行うことを示唆するか、何か余興があることを匂わせるだけでいいですからね。そうするとイベントを打ち出した時点で、他の五人は既知のハンドルネームを持った知り合いが遠藤さんだと気づきますが、遠藤さんが他の全員と繋がっていることまでは分からないわけですよ。なので問題はないと思ったんじゃないですか? 要するに他の人には初対面であると思わせるだけでいいんです。そうするだけで殺しても動機を疑われる心配はありませんからね。それに自殺ならば、遠藤さんとの秘密の関係があろうと、わざわざ結び付けて考える人はいないでしょうからね。自殺した人がまったくの他人だと思えば、過剰に警戒することもありませんし、鍵の掛かった部屋でさえフリーパスで入室できるというわけです
証拠集めは警察に任せるとして、馬渡君を殺した手口は明白です。それは『犯罪の告白』の中にヒントがあったんじゃないかと思いました。それはズバリ『告白した犯罪の交換』です。つまり、おじいさんに塩を盛ったのが馬渡君で、お医者さんの父親を殺したのが遠藤さんだったんだ。いや、この告白自体は本当かどうか分かりません。塩の話はいかにも作り話っぽいし、父親を殺してきたというのも疑わしい。それより大事なのは、その場にいる者全員に馬渡君の実家が病院だと思わせることが重要だったんです。
なぜなら、せっかく入手した毒でさらなる殺人を繰り返すことができるわけですからね。そのために遠藤さんは馬渡君の太ももにある火傷の痕を確認するという非常識な行動をしたわけだ。これは以前からの知り合いで、たまたま知り得た身体的特徴を利用したわけですよね。もし馬渡君の身体に特徴がなかったら、他の人が医者役として最初に殺されていたのかもしれません。とにかく最初の犠牲者は特徴があれば誰でも良かったんだ。
即席イベントの『犯罪の告白』は自殺動機を裏付ける絶妙な装置になりました。誰も遠藤さんと馬渡君が知り合いだなんて思いませんし、その上で無茶苦茶な告白をして服毒死したんですから、誰が見ても自殺と思うじゃないですか。一人でチェックインして、他人のフリをされたら、遠藤さん以外は何が起こったのか分かりませんよ。その時点で次の殺人を食い止めるなんて、どんな名探偵にだって不可能です。
それから牛久さんと根津さんを同時に殺すことは、遠藤さんにとって難しくなかったでしょうね。二人は馬渡君が勝手に自殺したと思っているわけで、遠藤さんが毒の持ち主だなんて、これっぽっちも思っちゃいませんからね。コーヒーに仕込んで、三人で乾杯でもすれば疑わずに毒を飲みます。もし二人のうち一人しか殺せなかったら、その時は首でも絞めて、やっぱり偽装していたかもしれません。それとも誰かに殺されそうになったと、自分も被害者のフリをするつもりだったのかな? それだと連続殺人の難易度は上がりますが、色んな状況を考えていたことでしょう。結果としては二人を心中に見せ掛けることができたので大成功です。ここでも牛久さんの『犯罪の告白』が役に立ちました。というより遠藤さんがすべて用意した台本だったのでしょう。心中の前科というのは、あまりにも出来過ぎていますもんね。自殺に見せ掛けたのは、なるべく殺人で騒ぎになるようなことは避けたかったからですよ。
それでも四人目の宇佐美さんは難しかったんじゃないかと思います。流石に毒殺は使えませんし、刺殺もまずいですよね。浴室で手首を切ったということは、睡眠薬でも飲ませたんでしょうね。眠らせることができれば、自殺に偽装することも可能です。途中で目を覚ますようなら、殺人に切り替えてもいいわけだ。残りが酔っ払いの似鳥さんなら、後でなんとでもなりそうですもんね。結果的に自殺の偽装が成功したので、すべてが計算通りにいったわけです。
唯一の誤算は、似鳥さんを風呂場で溺死させられなかったことです。息子の健太が浴場に現れたから、慌てて助けたということにしたんでしょう。もし健太の目がなかったら、そのまま事故死を装ったわけですよね。当初の予定では、それで自殺や事故に見せ掛けた連続殺人は完成できたはずだ。でも失敗に終わったわけですから、新しいシナリオを練る必要があるわけです。それでパソコンを開いて考えていたんじゃないですか? それとも失敗することを見据えて、すでに次の殺害方法を用意しているかもしれませんね。でも似鳥さんには猟銃がありますし、そのために手渡したんですが、それも僕に見抜かれた時点で、この計画は終わりなんです。遠藤さん、この仮説が確かなら、大人しく罪を認めてくれませんか?
どうしてそんなことをお願いするかって、一つ気掛かりなことがあるからです。それは似鳥さんを事故死に見せ掛けて殺したとして、遠藤さんは生き残って警察の取り調べを受けるわけですよね? そうなるときちんと言い逃れできるのか不明なんですよ。そこが上手くいかなければ自殺や事故を偽装しても意味がありませんからね。まぁ、遠藤さんのことだから、毒の入手経路などは抜かりないんでしょうけど。たとえば生前の馬渡君や牛久さんに毒について調べさせたりね。そういう細かな痕跡を残してはいるんでしょうけど、目撃者の証言だけはコントロールできませんよね。ホテル側の人間の証言を警察が掴んだら、必ずおかしな状況に気がつくはずです。それで心配になるのが、似鳥さんを殺した後に、僕たちホテル側の人間の口も塞いでしまおうと考えるんじゃないかということです。
いや、これは必然が起こる前兆なんだな。僕はここではっきりと予言します。もし、次に似鳥さんが死ぬようなことがあったら、十人の中で最後に生き残るのは遠藤さんです。遠藤さんが最後に生き残った場合、僕も死んでいるということなので、確かめられないのが残念ですが、この予言だけは覚えておいて下さい。どのような状況で似鳥さんが死ぬのかは分かりませんが、遠藤さんが死んで似鳥さんが生き残るということはないでしょうね。どうです? 僕の推理は合っていますか?」
遠藤が答える。
「全然違うね」




