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第三幕 第五場 オリンピックホテル レストラン

 午後零時。

 窓際のテーブルで昼食を摂る洋子。

 白飯と味噌汁と焼き魚と漬物の簡素な食事だ。

 外の真っ白な世界を見つめながら、ゆっくりと噛みしめている。

 傍らには馬渡の遺体もある。

 しかし、背を向けるように座っているので気にならない様子だ。

 そこへロビーから犬飼が戻ってきて、洋子に声を掛ける。

「なにもそんなところで食べなくてもいいだろう」

「どこで食べようと私の勝手でしょ」

 洋子は意に介さない。

 犬飼が馬渡の遺体に視線を落とす。

「遺体の側で食事なんて、他人の目があるんだから、俺までおかしいと思われるだろう」

「どこなら良かった?」

 洋子が微笑む。

「厨房の中で食べれば不満はない? 遺体から三メートルはダメで、十メートル離れればそれで良いんだ。それとも壁がなくちゃダメ? 壁で仕切られていたら問題がないんだ。でもそれって、見えているか見えていないかの違いでしかないじゃない。見ないようにすれば、それで存在していないということにはならないのよ」

「そんなことじゃないだろう」

 犬飼は辟易した様子で続ける。

「お客さんの目があるんだから、もっと他人の目を意識しろって言ってるんだ。厨房の中で食べれば済む話なのに、突っ掛かってくるなよ」

 洋子は余裕の表情だ。

「そんなにお客さんの目が気になるなら、少しは子供と遊んであげればいいじゃない? どうせ茶番だってバレたんだし、そっちの方が印象が良いと思うわよ。さっきまで猪俣さんと雪かきしてたんだけど、あれじゃ、どちらが肉親か分からなくなるわね。そういう家系と言ったらお終いだけど」

「懐かないものは仕方ないだろう」

 犬飼は諦めているようだ。

 洋子が冷徹に言い放つ。

「あなたのお義父さんも同じ気持ちだったのかもしれないわね。それほど知ってるわけじゃないけど、似た者親子で、まるっきりそっくりだったんじゃない? 父親は子供が懐かないと思い、子供は父親から愛情をもらえず、代わりに猪俣さんの周りをうろちょろして遊ぶのよ。父親はそれを見て、息子は自分よりも赤の他人の方を慕っていると思い込む。それで一緒に食事をしない仲になり、まるっきり顔を合わせない日も珍しくなくなるわけね。そういう風に育ったから、あなたも同じようになり、あなたの子供も同じようになるのよ」

 犬飼が首を振る。

「親父とは全然違うよ。知らないからそう思うんだ。親父は猪俣さんにコンプレックスがあったからね。それだけでも俺とは違うって分かるだろう? 根本的に違うんだよ。まるっきり似ていない。健太と俺だって違うよ。子供と一緒にご飯を食べることができる仕事じゃなかったんだし、それを今さら責められるとは思わなかったな。健太が喋らないのだって、俺の責任じゃないぞ。第一、口数が少ないだけで病気みたいに思うことないんだ。子供が幼稚園に行かなくなったのも俺の責任か? 違うだろう? 幼稚園に行きたくないのは健太じゃなくて、お前だったんだよ」

 洋子は反論せず、味噌汁をすする。

 犬飼は気詰まりを感じた様子だが、何かを口にすることはなかった。

 それから話が続かないと見るや、その場を離れようとする。

 そのタイミングを待っていたかのように、洋子が捨て台詞を吐く。

「昨日の『犯罪の告白』だけど、健太があなたと同じことを願っていないと良いけど」

 聞こえているはずだが、聞こえない振りをして、何も言わずに、犬飼はその場を去るのだった。


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