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第二幕 第二場 オリンピックホテル レストラン

 午前零時。

 猪俣はロビーにいる牛久と似鳥に捕まったため、馬渡の遺体にシーツを掛ける安置作業は犬飼と遠藤の二人で行われた。シーツで覆う前に、遠藤は買ったばかりの自前のデジタルカメラで遺体や周辺を撮影することも忘れなかった。

 現場の状況を見た遠藤が意見を述べる。

「やはり食事はロビーか部屋でった方がいいね。ここは立ち入り禁止にして、厨房は犬飼さんと奥さんと猪俣さん以外は入れないようにしないと。特にお子さんには注意しないといけませんね。どうしてだろうな? そんなことは初歩的なことなのに、どうにも頭が回らない」

 犬飼が深く頷く。

「本当ですね。子供が眠っていたので良かったけど、出入りする際はきっちり施錠すべきですよね。緊急事態に備えているつもりだったんですが、あまりに突飛な出来事だったので。いや、言い訳してはいけないんでしょうけど、僕も頭がぼうっとしています」

「すいませんが、水を一杯いただけませんか? 水道水で結構です」

 遠藤の要望に応えるように、犬飼が厨房へ行き、すぐに水の入ったコップを持って戻ってくる。

 遠藤がこめかみを押さえる。

「すぐ頭が痛くなるので頭痛薬を携帯しているんです」

 その言葉に、犬飼が一瞬だけ固まる。

 それを見て、遠藤が笑う。

「大丈夫ですよ。僕はここで死んだりしませんから」

「すいません」

 と言って、犬飼がコップを手渡した。

 遠藤は薬を飲むついでに、一気にコップの水を飲み干した。

「そうだ」

 と遠藤が思い出す。

「馬渡君のご家族には連絡したんですか? ずっと気になってたんだ。もう、報告済みでしたっけ?」

 犬飼が神妙な顔つきで説明する。

「ああ、それが繋がらなかったんです。留守番電話にもなりませんし、朝になったら、もう一度掛けてみないといけませんね」

 遠藤が考え込む。

「それって宿泊カードに書かれてある番号ですよね? だったら実家の番号じゃないかもしれないな。ひょっとしたら一人暮らしのアパートの番号かもしれませんよ。良くないって分かっているんですが、僕も緊急の連絡先は持ち歩かないタイプなので。いやぁ、こういう時に迷惑を掛けちゃうんですけどね」

「ということは、つまり」

 犬飼は自分で結論を言いたがらなかった。

 遠藤が頷く。

「ええ、やっぱり部屋の中を調べた方がいいでしょうね。財布が部屋にあると思うので、そうすれば実家の連絡先も分かるかもしれない。それと、遺書ね。計画通りの自殺なら、部屋に遺書を残しているかもしれませんよ。警察がすぐに来てくれるなら、そんなことする必要はないんですが、この大雪じゃ仕方ありませんからね。我々も状況に応じて、その都度考えて行動する必要がありますよ」

 犬飼がニヤッとする。

「でも、大丈夫ですか? さっきは部屋を調べるのは止めようって言ったのに、もしそんなところを見られたら、いくら正当な理由があろうと、また白い目で見られますよ」

「犬飼さんなら大丈夫ですよ。ホテルマンだし、業務の一環ということで方便が成り立ちます。それに嫌われたのは僕一人のようですからね」

 犬飼が驚く。

「え? 遠藤さんは一緒に来てくれないんですか? 僕はてっきり、遠藤さんが調べたいと切望していると思っていましたけど」

 遠藤が首を振る。

「いえ、僕は遺書があるかどうか報告してくれるだけでいいですよ。周りの目もありますからね。部外者が立ち入るべきではないというのは、もっともな意見だと思います」

「馬渡君の火傷の痕を確認したのを見て、僕はてっきり遠藤さんが探偵のように振る舞ってくれると期待してたんですが、これは当てが外れたということですかね?」

 遠藤が困惑する。

「あれは僕がどうかしていました。宇佐美さんが指摘したように、ああいうことはすべきじゃなかった。ただ、どうしても服用した薬品以外に、まだ毒物を持っていたらと思いまして、所在の有無だけは確認しておきたかったんですよ。そのついでというわけじゃないが、好奇心にてなかったんですね。でも、今はもう反省しています」

 犬飼の声に力がこもる。

「反省する必要なんてないじゃないですか。実家の電話番号を探すことだって、遠藤さんが言わなければ思い付きもしなかった。こういう時に、どう行動すべきか指南してくれているんですから、反省なんてしないでくださいよ」

「そう言ってくれるのはありがたいんだけどね。でもやっぱり遺体には触れるべきじゃなかった。もう二度としません。こうして亡くなったばかりの遺体のそばで雑談しているだけでも不快に感じる人がいるんだ。だから我々もそろそろ引き揚げた方がいいかもね」

 犬飼は遠藤の答えに納得がいかない様子だ。

「いまさら誰が気にするっていうんですか? 遺体にシーツを掛けるついでに立ち話しているだけじゃないですか。ちょっと神経質というか、気にしすぎですよ。誰に見られているわけじゃないんだし」

 遠藤が困り果てる。

「僕が見て、僕が気にしている。むしろ他の人の目は気にならない方だ。色んな事に抵抗を覚えてしまうんだな。それでいて好奇心を捨てきれないから、さっきみたいな間違いを犯してしまうんだ。それがミステリー作家と探偵の違いなのかもしれないね」

 犬飼は納得しない。

「似たようなもんじゃないですか。探偵小説を書くってことは、頭の中に探偵が存在しているっていうことでしょう? 作家と探偵って、どう違うんですか?」

 遠藤が顎をさする。

「それはね、探偵と違って、ミステリー作家というのは常識人なんですよ」


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