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非道徳的交渉先入観似非同情差別

scene:英雄*

作者: 紅羊


scene:英雄


 斥候を目的に行動していたファジャールらの分隊が戦闘地域に到着してから数分。既に対異南亜連合軍からの増援も駆け付け、中規模ながら相応な探索が続けられていた。しかしながら今以て生存者の姿は見えない。恐らく数十世帯ほどの町――広大な畑が広がり、余らせた草原に無数の家畜が放牧されている町には、少なく見積もっても百人余りの住人が暮らしていたと思われる。が、辺りには死体ばかりが転がっていた。

 対異南亜連合軍異世界第三主基地に重傷の異界人が救助を求めてきたのは半日ほど前。陽が傾き始めようかと言う時だった。まだ充分な意思疎通が出来ない会話の中、こちら側の人の全てが異界人にとって有益でないと理解しつつも、彼は亜人に襲われた村を救ってほしいと申し出た。

 場所は中国異界解放軍基地と異界連邦講和局が監視の目を光らせている間。動もすれ、こちら側で内政に干渉だと言われかねない危険地帯だ。取り分け経済的に弱い立場にある南亜連合軍は、各国別に避難されれば大層な反撃も出来ない。ロシア関係は未だしも国境も近い中国系は厄介である。日本や欧州、米国は人道的な配慮を建前にすれば味方に付く可能性も高いものの、やはり異界では戦闘を慎むべきと言う暗黙のルール……勿論、ただの詭弁に過ぎないイデオロギーを掲げている国際的な風潮では、立場を危うくするかも知れなかった。

 が、人を助けるのに大儀は要らない筈。災害救助を理由に、且つ小部隊を先行して向かわせ、状況を把握する序に、突発的な戦闘に巻き込まれ、異界人の人命を優先したと言う弁は立つ。積極的な戦闘を起こした訳ではない。現に救助を求めてきた異界人がいる以上、言質は取り易い。ならば、否、そんな打算的な考えとは別に、対異南亜連合軍異世界第三主基地の将軍は、異界人の要請に従い、亜人の排除の為、部隊を出撃させた。

 決死の覚悟と言うよりも、人として当たり前の衝動が対異南亜連合軍第三主基地を動かした。最初に現場へ到着したのは、中国異界解放軍と異界連邦講和局の牽制を窺う斥候部隊のひとつ、ファジャールの分隊だった。が、そんな想いを打ち砕くほど、到着した現場は地獄と呼ぶ他ない、惨憺たるものと化していた。

 「何だ、これは……?」

 まるで食い散らかされた死体。いや、弄ばれ、粉微塵にされた死体だろうか。にも関わらず広大な草原や田畑を彷徨く家畜の姿が見える所為か、その異様なコントラストに現実感さえも狂いそうになるファジャールは、兎に角、救助を求めてきた異界人の言葉を頼りに、避難所をはじめ、堅牢な建物を探すと、生存者の有無を確認していった。

 「人の気配がありません」

 マハランの報告を聞き、ファジャールは絶望的な気持ちになる。確かにまだ草原や田畑の各所に納戸らしき小屋が見受けられるものの、町の中心と思しき辺りの捜索は終わったと言える。が、生存者が何処かに隠れている様子もない。願わくは生存者が逃げ果せており、町からは遠い場所にいる事を期待するばかりである。増援で駆け付けたヘリは捜索範囲を広げていたが、結果は同じだった。

 「D四種接近!」

 肩に掛けた無線から耳を劈く警告が叫ばれた。

 「タイプは?!」

 もはや生存者の有無を確認する事さえ一瞬で忘れ、ファジャールが無線に向かってD四種の詳細を問い質すと、Eファイアとの返事が聞えてきた。安易ながらDはドラゴン、数字は絶対的な脅威の評価、Eはエレメント、ファイアは異界人から学んだ術式の原理に基づいた属性であり、亜人の主だった攻撃方法の種別である――が、飽くまでも情報部が敵の種類を体系化したいだけの符号だ。現地で戦う兵士にとっては意味のないものだった。

 「場所は?!」

 グラールが無線から伝えられた方向を確認する。火核を見、核陽軸を測ると、分隊が今いる場所から三時方向になるだろうか。こちら側の言葉で表せば太陽に対して東の方と言うことになる。地球に於いて機能する方位磁石のような道具が存在せず、且つ今のところ、それに準拠した道具が開発されていない為、火核と呼ばれる太陽、光陽と呼ばれる月のような衛星などの黄道を頼りに方角を決めるしかない――……に従えば、D四種Eファイアは、ヘリが先行して探索している山間、畑を耕す為の水路が伸びている方だった。

 ファジャールらの分隊をはじめ、二つの分隊がD四種Eファイアの出現場所に向かう。ヘリからは機関砲の炸裂音が空気を叩き、空対地ミサイルの爆発する音が聞こえてくる。四種までになると戦車並みの装甲を持つのがDの特徴だ。ヘリほどの重火器でも簡単には満足に倒せないと言われている。ただ、幸いな事に相当な火器でなければ倒せないとされる四種以上は、単体で行動する事が知られている。

 何れにせよ、若し生存者がいなくてもD種を放置すれば周辺に被害の及ぶ可能性は高い。中国異界解放軍や異界連邦講和局の出方が気になるものの、敢えての静観を決め込むだけの理由も今更なかった。とは言え、中国系やロシア系が人命優先を理由にD四種Eファイア排除の為の戦闘が始まる可能性も否定出来ない一方で、三者が出くわし、予期せぬ衝突も起こるだろう――と、不安を感じたファジャールらだったが、向かおうとした先、ヘリがD四種と交戦している場所から一際と大きな火柱が立ち上がった。

 炎熱が突風となって地面を舐めるように吹き荒れたかと思えば、衝撃波がファジャールらをはじめとする分隊にぶつかった。黒煙が赤熱を混ぜながら膨れ上がり、焦げ臭くも鉄臭い、火薬か爆ぜたと思しき臭いが鼻を衝いた。見ればヘリが続け二機ほど撃墜されており、三機目が今まさにD四種Eファイアに叩き落されそうな状況にあった。

 「来るぞッ!!」

 三機目のヘリを地面に穿つほどに叩き付けたD四種Eファイアが羽撃き、飛び上がった。口から火焔と言うよりも激しい、例えるならば小さな紅炎のような白い炎を吐きながら、D四種Eファイアはファジャールらの分隊が屯する場所へと視線を向ける。

 まるで遠くから狙われたように、兵士らの心臓が大きく拍動した。会話さえ成り立たない上、知性と呼べるだけのものがあるのかも疑わしい恐らく食物連鎖の頂点に近い所に位置しているだろうDの類。殺意が向けられたと言うよりも、沸き起こる本能的な恐怖に足が竦みそうになる。

 「構えろッ!」

 凡その陣形を伝え、向かってくるD四種Eファイアを迎え撃った。装甲車を間に挟み、横に列を成しつつ、中央をやや下げた配列。装甲車は盾に、陣形はD四種Eファイアも取り囲める事を前提にしている。が、どちらかと言えば仲間の負傷に伴う陣形の穴を埋める為であり、相互にカバー出来る事を考えたものだ。D四種Eファイアを倒せるだけの即効性がある訳ではなかった。

 目前にまで迫ったD四種Eファイアの迫力は現実離れしていた。図鑑で見た恐竜か、映画で見た怪獣そのものだ。アサルトライフルの掃射で牽制しつつ、無反動弾を撃ち込むも、D四種Eファイアの勢いをやや押し止めるのが精一杯だった。

 「下がれッ、下がれ!!」

 D四種Eファイアを取り囲みつつ、と同時に薙ぎ払うように暴れる腕や尻尾を避ける為、一定の距離を空けた分隊。が、轍に嵌まった装甲車が犠牲になった。拉げる車体。逃げ遅れた同乗者の腕が零れ、引き切れた身体から大量の血が噴き出した。戦争に於ける死に方じゃない――だからなのか、経験の浅い兵士の何人かは足踏みした。恐怖に竦み、無駄弾を撃ち、理不尽な現実に折り合いを付けようと虚勢を張る。

 「逃げろッ!!」

 見誤った。と各分隊長は土を噛んだ。過去に遭遇したD四種と同じと見積もってしまった事は判断ミスだった。見た目こそほぼ同じだが、改めて間近で確認したDは、明らかに一回り大きく、口や腕、翼の形が違う。何よりも無反動弾でさえ傷が付かない時点で、四種の評価は不適当と言う他ない。炎も巨大で、資料映像でしか見た事のないテルミット爆弾を思い出させる熱量である。

 無数の爆炎が膨れ上がり、肌を焼く熱の籠った突風が吹き荒れる。耐え難い衝撃波に立つ事も儘ならず、何人かの兵士は倒れ、装甲車も危うく横転しかけた。恐怖に錯乱する新米は無駄弾を消費し、無意味な反撃でD四種Eファイアに形ばかりの抵抗を見せる。

 D四種Eファイアが首を擡げた。喉が膨らみ、蛇腹の隙間の薄い肉が赤く色付いたかと思えば、次の瞬間には強大な火焔が陣形の前へ注がれていた。立ち上がったそれは瀑布のように聳え立ち、零れた炎は津波のように地面を撫でながら襲い掛かってきた。恐らく何千度と言う高温の赤い津波に呑み込まれ、前線から退避の遅れた新米らが一瞬で消し炭へと変えられた。

 「撤退ッ!!」

 逃げろと言えば、各々の判断に任せた後退に聞こえる――が、撤退は命令だった。たかが数発、数分の交戦ながら、もはやD四種Eファイアを退ける事も期待出来そうにない。今は生き延び、戦力を残す事を優先するのが重要だった。守るべき人命も結果的にいなかった。守るべきは、自分の命しかない。このままでは無駄死にである。

 異世界はまだ未知の部分が多い。ほぼD四種Eファイアと同じ姿にも関わらず、全く性能の異なるD。まるで昔のゲームのようだ。色だけ変え、性能を倍ほどに違えるモンスターのようだ。だが、これは現実だ。ゲームオーバーになったらチェックポイントから再開出来る訳ではない。死んだら終わり。しかも無駄死にだ。

 目の前で迫ったD四種Eファイア……否、レッドドラゴンがまた首を持ち上げ、ファジャールに狙いを定めた。口から炎を溢れさす様は、まるで獲物を前に涎が垂れているようだ。巨大な腕が頭上を覆い、今まさに振り下ろされそうとしている。

 死。。

 そう諦めたときだった。レッドドラゴンの顎が下から打ち上げられたように跳ね上がった。口の中に溜めた炎がレッドドラゴンの鼻から噴き出し、耳や目、僅かでもある顔の穴から火花が迸った。何事かと見れば、異世界でも珍しいだろう伝統的な貫頭衣を被った何者かが、レッドドラゴンの足元に着地しようとしていた。

 「誰だ?」

 困惑するままに訊ねたファジャールに何者か…武人らしき風貌の者が睨みを返しながら、耳慣れない現地語で応じる。

 「でぃすちゅるびんぐひふん、えこいぱだせひん!」

 手の平の表を見せ、語調も荒く何かを怒鳴り付ける様子から、どうやら戦いの邪魔だと言っているのだと分かったものの、身体は言う事を利かなかった。

 「あれじょ、おろあいもかん、ふんそけ!」

 舌打ちした武人が首を戻したレッドドラゴンに向かって行った。手には不思議な形状の刀……否、両刃である事から剣と言った方が適当だろうか……を握っている。手甲と一体化したような柄に、幅広で短い刀身だ。が、近代兵器でも相手にされないレッドドラゴンを前に随分と心許無い装備である。やまり文化水準の低い現地人だ。思わず逃げろ、と忠告したくなる。

 「大丈夫ですか!?」

 気付けば腰を抜かしていたファジャールに同部隊のアジタとグラールが駆け寄って来た。

 「す、すまない」

 情けない所を見せてしまったと、部下に謝ろうとしたファジャールの目の前で、レッドドラゴンの腕が武人に目掛けて振り下ろされる。大きな地響きを鳴らし、地面を撓ませるほどの威力。衝撃波に当てられ、また転びそうになるのを耐えながら、犠牲になったであろう武人に向け、心の中で小さく十字を切りつつ、逃げきれないであろう現実に再び恐怖した。

 そんな杞憂の中、突如、レッドドラゴンが雄叫びを上げた。かと思えば、翼を広げ、弾けるように飛び上がった。が、その腕が不意にずるりと零れ落ちる。滝のように噴き出す血も、涎から引火したのか激しく燃え始めた。

 「な、何が起きたんだ?」

 地上に落ちた燃える血が草原を赤く歪ませる中、レッドドラゴンに叩き潰されたかと思われた武人が姿を現した。

 「お、……女?」

 先ほどはあまりにも耳慣れない言葉だった為、声色までは分からなかったが、炎の中から現れた武人は明らかな女である。否、少女と表しても過言ではない華奢なシルエットだ。熱風に扇がれ、はためく貫頭衣の下は、割と露出の多い恰好だ。拘束具と例えても良い奇抜で、だが、宗教的な装飾の服に見える。

 「あれって」

 アジタが思い出したように口を開いた瞬間、武人が剣を掲げた。剣の刀身は黒く、剥げている……否、擦れた墨で紙に書き殴ったような独特の色味である。炎に焼かれ、装飾が焦げたのか。――違う。それ自体が特別な刀身のようだった。

 正確に表現するのは難しい。が、起きた事をそのまま言うならば、刀身が増殖したのである。黒い墨状の刀身が叫び声を上げるように震えながら、劇画的な演出宜しく増殖し、扇状の刀身へと変化した。それを見たレッドドラゴンが紅炎を吐き出し、先に攻撃を仕掛けるも、刀身の一閃に容易くと薙ぎ払われる。

 「多分、KUROですよ、あれ」

 「KURO?」

 グラールが聞き返すと、ファジャールが答える訳でもなく、ひとり確認するように口を開いた。

 「あれが、……神具。異界人が神の業物と言っていた」

 「はい。数えるほどしかないが、亜人の使う禁忌の術式に対抗出来る数少ないものだと」

 「あんな原始的な物にどれほどの力があるんだ?」

 日本のアニメや漫画のように、武人は人間とは思えないほどの跳躍を以て飛び上がると、滞空しつつ、炎を撒き散らしていたレッドドラゴンの頭の更に上から巨大なKUROを叩き付けた。

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