五
「ふあ~あ……」
往来のど真ん中で大きなあくびをするのは若い男。ぼさぼさの髪を適当に結わえ、質素な着物を身にまとい、腰に長脇差だけを佩く。平凡な顔つきで中肉中背のどこにでもいる町人のようだが、彼も立派な武家の人間であった。
歩きながらぐっと伸びをして、ぽりぽりと首を掻いた。
「モモ様のお使いは良いけど、ついでにイヌ探しとかないわー」
猿田五右衛門はぼやく。
つい先刻、主にお使いを頼まれたとき、主はその足で城下にいる忠治も探してきてほしいと頼まれたのであった。背負う竹刀袋には主の愛刀が入っている。それの手入れのために五右衛門は鍛冶屋へ向かう途中であった。
別に忠治が嫌いなわけではないが、昔から気に食わない。自分が一番だと思っているし、鼻に掛けた態度だし、女にもてるし……。美羽が犬猿の仲と笑っているが、そんなことで片付けられるものでないと五右衛門自身は思っていた。
「ま、忠治がいねえといろいろめんどくさいし……モモ様のためだかんな」
五右衛門は不機嫌に石ころを蹴った。
「――おや、今日は若殿はいらっしゃらないので」
城下の南西には商家がたくさん立ち並んでいる。
鍛冶屋のおやじが珍しそうに言うので、五右衛門は苦笑した。
「モモ様もお忙しいんだ。残念そうに言うなよな」
「これは失礼致しました」
竹刀袋から太刀を取り出し、おやじはそれを丁寧に受け取って刀身を検めた。おやじはたちまち眉間にしわを寄せた。
「これはまた、何をしたのやら」
刀身は物打から刀区にかけてまで刃が毀れて落ち、刀身自体も若干歪んでしまっていた。
「い、いや~、鷹狩りというか……『鬼』狩りというか」
おやじの呆れた声に、目を背けて五右衛門はぼそぼそと言う。十中八九、それを言っても信じてもらえないし、彼がもし本気にしたら余計面倒なことになる。だからごまかすしかない。
おやじはしばし訝しむ視線を送っていたが、諦めたようにため息を吐いた。
「まぁ、若殿も元気が有り余っているでしょうから。しかしこれは打ち直したほうが早いですな」
「すまねぇな。また頼むわ」
「お安い御用ですよ」
おやじはにっこりと笑って店の奥へ下がる。それを目で追っていると、のれんの下に小さな女の子を見つけた。目が合うと女の子はびっくりしたように顔を引っ込ませた。おやじもその子を見つけて、眉をひそめた。
「こら、店に出るなと言ったぞ」
「見かけない子じゃん」
「はい。親戚の者でして、若い衆は鍛冶に忙しくて相手する人がいないんですよ」
少々困っております、とおやじは苦笑した。
五右衛門はふーんと興味なさげに相槌を打ち、背中を叩かれて奥にやられる女の子を見ていた。なんだか寂しそうな顔をする女の子に五右衛門はふと口を開いた。
「……おれ、相手しましょうか?」
「ええっ?」
思わずと言った風におやじは振り返った。五右衛門はニッと笑って、おどけて人差し指を回す。
「一色様馴染みの刀鍛冶が童一人に狼狽えててどうすんすか」
「だったらお願いしますか。……今日は一段と人が足りなくて、親方が焼き入れをしていますから」
「いいですよー」
五右衛門は気晴らし程度に軽く承諾した。イヌを探さないといけないが、どうでもよかった。主のお使いは済ませたことだし、自由行動である。
にこにこと笑顔を振りまくが、女の子は怯えておやじの背中から出てこない。
「せっかく遊んでやってくださるんだ。ほら、行きなさい」
おやじは急かすが女の子は一向に動かなかった。
「遊ぼ? おれ、今日すげー暇なんだ」
五右衛門は腰をかがめ、女の子と目線を合わせて笑う。そして袖から、かざぐるまを出して、ふーっと息を吹いて、くるくると回して見せた。
「……」
だんだんと女の子の表情が和らぐ。大きくてまん丸の瞳が開いていき、小さな手がかざぐるまに伸びていった。
それが嬉しくて、五右衛門は締まりのない笑顔をみせた。
鍛冶屋の店の裏は広い庭になっている。奥に家屋があり、その横に鍛冶場と呼ばれる鍛冶作業を行う建物があった。その中からは鉄と鉄を叩く音がひっきりなしに鳴り響いていた。おやじが焼き入れがどうとか言っていたが、残念ながら五右衛門に鍛冶の知識はない。
そんな庭で五右衛門は地面に放りっぱなしの細い薪を削っていた。
鼻歌交じりに合口で薪を削る。そんな姿が興味深いのか、女の子はかざぐるまを握ったまま、まじまじと五右衛門を見つめていた。
「ほら、できたぞ」
板のように薄く薪を削り、竹串に刺す。即興の竹とんぼだが、竹を使ってないので竹とんぼと言えない。
差し出すと女の子が訊く。
「飛ぶの?」
「バッチシだって。おれの計算に狂いはない。いいからやってみろ」
「うん」
無造作な手つきで竹とんぼを宙に投げ出すと、それは思った以上に空を舞った。女の子はぱあっと輝くように笑顔を見せて、興奮し切った様子であった。
「すごい、上手!」
「そりゃどうも」
自慢げに笑うと女の子は竹とんぼを追いかけて行った。
五右衛門はもう一個作ろうと、再び薪を削る。
手先は器用だ。昔から剣の腕を磨くよりも、物をいじるほうが好きだった。刀をバラバラにしたり火薬を調合したり、最近は鉄砲を解体するのが何よりも楽しい。医術も、美羽の親族から教えてもらってそれなりにできる。
忠治のように前線で軍功を上げらない。美羽のように主の背中を守れない。
でも、猿田五右衛門には猿田五右衛門の戦いがある。
「モモ様の影――猿田五右衛門様ってのはおれのこと、ってね!」
出来上がった竹とんぼをくるっと回して空に飛ばした。空に高く上がる竹とんぼを、五右衛門は目を細めて見つめていた。
「ねえ。他にも、作って」
くいくいっと袖を引っ張られて五右衛門は顎を引く。目を輝かせる女の子に満足いただけて、安心した。
「よし。おやじさんから道具借りてコマでも作っか!」
五右衛門は意気揚々と膝を叩いた。
辞書で調べたところ竹とんぼは江戸時代からのものらしいw 調べていないが多分に独楽も無いと思われる。かざぐるまも然り。15~16世紀の娯楽とは? やはり江戸幕府260年の平和は偉大か。