3.
カーテンの隙間から差し込んだ陽光のラインが俺の目元に当たり、俺は目を覚ました。朝の陽の光が寝起きに最適とは本当だったらしい。俺は未だ覚醒しきってない頭を持ち上げた。
隣のベッドにはシエルが寝ている。かわいい寝顔だなと思った。シエルの寝ているベッドの更に向こう側、入り口付近のベッドにはアイゼンが寝ている。
恐らくグースカ寝ていることだろう。昨日の夜に沢山の酒を飲んでいたし……
俺はベッドから体を起こす。まだ早い時刻だと思うので軽い散歩に行くことにした。
一応剣を背負って宿屋を出た。
勿論書き置きをしてある。昨日の一件もあったからだ。
軽い散歩に行く旨を書き記し、小さいデスクに置いてきた。
朝の風は心地よく、髪を揺らして俺の頬を撫でる。
昼間や夜間の喧騒とは打って変わり、早朝の静寂が珍しく見える。辺りには音を立てる物は無く、俺の足音だけがガランとした大通りに響く。
たまには一人でぶらりと歩いてみるのもいいもんだな、とぼんやり考えつつ静寂に包まれた街を一人歩く。
どれくらい歩いただろうか。宿屋からはずいぶんと離れ、見知らぬ街並みが広がる。人々も朝の営みを始めた頃だ。
(そろそろ帰ろっかな。シエルやアイゼンも起きる頃だろうし)
俺は歩いてきた道を引き返した。
早朝の静寂が嘘のような騒ぎだった。
俺が宿屋に帰る途中の大通り――レストランや商店が軒を連ねるメインストリート――に、人だかりができていた。
中心は昨日俺がリーフと魔法術の練習をした公園だ。
「なんだろう?」
俺は人の輪に入っていった。
そこには荒ぶる巨漢が、筋骨隆々な上半身を露わにし、両戦斧を地面に突き立てて座っていた。
「この俺に勝てる奴に十万セルをやる!! 挑戦したい奴は前に出ろ!!」
猛獣を思わせる野太い声が場の空気を揺らす。筋骨隆々男は続ける。
「ただし、挑戦料は一万セル。痛い目見たい奴だけかかって来い!!」
男は言い終えると、2メートルはある身長と同じくらいの斧の柄を地面に突き立てる。
それだけで石畳の一枚が割れ、大きな音が響いた。
「誰か、挑戦したい奴はいないのかぁ!!」
男は見回す。視線を合わせた一般の人は萎縮するばかりだ。
しかし手が上がった。男は『お!?』という表情を作ったが、すぐにもとの仏頂面に戻る。
手を上げて出てきた男は筋骨隆々男と同じくらいの背丈で、金髪のオールバック。背中に長大な鉄製の鎌を背負っていた。俺は鎌を見た途端、以前あった事を思い出し、身震いした。
「一万セルだな?ほらよ」
金髪は一万セル硬貨を置かれた籠に納める。一枚目だ。
「痛い目見るのはそっちかも知れねぇぞ」
「よく言うわ」
金髪と筋骨隆々は互いを威嚇しあう。良い試合が見れそうだな。思ったのも束の間。
金髪が走りこんだ次の瞬間、斧の側面で吹っ飛ばされてた。
「ありゃ?」
おもわず俺の口から声が零れる。
「へへへ」
まるで悪人がするような笑みを浮かべた筋骨隆々男は斧を地面に突き立てた。
「他にはいねぇか!?」
金髪オールバック男を一撃でのした筋骨隆々の巨漢は笑う。
見ていた人々は互いの顔を見合う。
(俺、行こうかな)
さっきの一撃は重いだろうが、さほど速くなかったし。金稼ぎになるし。
結論は出た。
「俺やりま〜す」
迷ったが挑戦することにした。
「なんだぁ?このガキ? 俺様と勝負しようってのか?」
周囲の目が一斉に俺を注目する。不安げな視線。憐れむような視線等が入り混じっていた。
「ちょっと、やめた方がいいんじゃない?」
俺を見た貴婦人が制止の言葉をかけてくれた。
「大丈夫ですよ。俺だって一応場数踏んでるんで」
俺は貴婦人に言い返してから、人混みを掻き分け中央に入る。
「手加減しねぇぞ」
男は俺を睨みつけ、野太い声を震わせる。
俺はポケットから財布を取り出し、籠に一万セル硬貨を納めた。これで二枚目か。
「俺様に勝つ気かぁ?」
「あぁ……そうだよ」
俺は抜剣し力を入れずに刀身をだらりと下げる。
男は猛獣のような視線で俺の体を舐めまわした。まるで獲物をいたぶるように。
「俺はいつでもいいぜ。かかってきなよ。お・っ・さ・ん?」
俺は最後の言葉を強調した。こめかみに血管を浮き上がらせ、男は顔を真っ赤に染める。眉間にシワが寄る。
「てめぇ。俺様をおちょっくてるのか?」
「さぁ?」
いよいよキレたとばかりに筋骨隆々男は突進する。自分より遥かに小さい俺に向かって。
斧が振り下ろされる。刃を俺に向け。
俺は軽く横に移動。男の持つ斧が石畳にめり込む。
「このぉ!!」
筋骨隆々男は力んで斧を横に振るう。腕や足の筋肉は、見た目通りの性能を発揮して凄まじい速度で俺に迫る。
確かに鍛えてある。しかし攻撃が一辺倒だ。これなら狼型魔獣の方が苦戦するだろう。
俺はぼんやりと頭で考えつつ体勢を低くしてしゃがむ。獲物を捉えそこなった斧は慣性に従い虚空を切った。
大きな隙が生まれた。
一対一の接近戦では致命的と言われる隙が筋骨隆々男に生まれた。
それを見逃す程俺は甘くない。
俺は一気に距離を詰め、剣先を男の鼻先で静止させた。男のこめかみを冷や汗が伝う。
「終わりだ」
告げた。冷ややかな声で。
男は斧を地面に落とした。ガシャン。と、大きな音が静まり返った大通り沿いの公園に響いた。
「ふぅ」
俺は剣を背中の鞘に納刀した。
チンッ。確かな感触を愛剣は俺の右手に伝えてくれる。
一瞬の静寂の後、誰かの拍手が鳴り響いた。やがて小さな拍手は伝染し、大きな拍手となった。
「いいぞ〜兄ちゃん!!」
「すげぇよ!! カッコ良かったぜ〜」
賞賛の嵐が俺を包む。ちょっといい気分だなと考え、男を見やる。
先ほどまでの威勢はどこへやら、礼儀正しい態度で十万セル札を手渡した。
「負けました」
深々と頭を下げた。俺も軽く頭を下げ、十万セル札を受け取った。その時、周囲の歓声が最高潮に上がった。
しばらくして、観客の足はそれぞれの目的地へと向かうようになった。
俺は筋骨隆々男に手を差し伸べた。
「いい勝負だったぜ」
「完敗だ」
「もっと、手数とか増やし方がいいと思うよ」
「アドバイスありがとな」
俺と筋骨隆々男は握手して別れた。
俺は宿屋へと向かう。建物の路地から見ている人影に俺はその時気付かなかった。