6.
それは、暗い通路だった。
煉獄へと続くかのような暗い一本道。
俺は哨戒兵に気づかれないよう、足音を忍ばせ進む。
灯りはある。しかしその光源は弱い。
儚いというイメージではない。むしろおどろおどろしい感じがする紫の灯火。
灯火が照らす通路だが、柱の影や壁の凹凸が、必ず闇が生まれる構造を作っている。
足音が反響する。すぐに紫鎧が駆けつけてもいいのだろうが、どうやら音には反応しないらしかった。
(どこで敵を感じているんだろう)
少し考えたが、すぐに止めた。深く考える必要も無かったからだ。
ふと足を止める。そこには巨大な間の全貌が見える通路だった。
「あれは!?」
巨大な間の空間の中央を貫く真っ黒の樹の幹。その下部の辺りに広がっていた惨状は、筆舌に尽くしがたいモノだった。
そこには風化のために、もはや個体となった赤く鉄臭い液体。そしてそこに転がるのは、
「人の…………死体!?」
それは一人分だけじゃなかった。何人も、何十人も、ヘタすれば何百人と居ただろう。
俺は血が滲むほどに歯を噛みしめた。身の内で湧き上がる憤りを抑えこむように。
――止めなければ――
切実にそう思った。
俺は階段を駆け下りたその先、巨大な扉。そこに待ち受けていたのは彼だった。
「よぉ、待ちくたびれたぜぇ。勇者サンよぉ」
彼は剣を肩に担ぎ、楽しそうに笑う。
彼の名はゼノ・レーク。争いを、破壊を楽しむ者。
「さぁ、おっ始めようぜ?」
ゼノは切っ先を俺に向ける。そしてより一層笑顔を深くした。
俺も背中の剣を引き抜き、体の右側を引いて構える。
「この先に大将だ。お決まりのセリフだが、ここを通りたければ俺を倒してからにしな!!」
ゼノは争いによる興奮を更に際立たせ、剣を構える。
「望む所だ。絶対に負けるつもりは無い」
「抜かせ」
一瞬の静寂。俺たちの間にそれ以上言葉はいらなかった。
放たれた斬撃はゼノの急所を確実に捕らえる軌跡を描く。
しかし、ゼノの反応も素早い。
俺の剣を盾で弾いた後、すかさず袈裟斬りを放つ。
俺とて伊達に修行してきたわけではない。
ゼノの右手。すなわち剣を持つその手の部分を左手で殴る。剣のコースはそれ、あらぬ方向へ流れる。
ガラ空きのゼノの体に斬撃を繰り出す。
ゼノは驚異的な速度で剣を引き戻しこれに応じた。
俺たちは一度距離を取る。口火を切ったのはゼノ・レーク。
「少しはやるようになったじゃないか。それに未だ“チカラ”は使っていないしな」
ゼノの言葉を受け、俺は僅かな笑みを作って言った。
「心配するなよ? まだまだ闘れるぜ?」
「ふっふ………だったら俺から見せてやるよ……」
ゼノは俯いて薄く笑う。そして告げた。
「てめぇが選ばれたように、俺も邪剣に選ばれたんだぜ!!」
大きく咆哮をあげた。そしてゼノの体から紅い光が染み出す。それはゼノを包み込み、一気に拡散し放出し続けられている。
「俺は、邪剣に選ばれたんだよ。さぁ伝承の続きを作ろうぜぇ!!」
ゼノはキッと俺を睨み、駆ける。中々の距離があったが、それを一瞬で走破してみせた。
「くっ」
俺は剣を掲げ、必死に受け止める。その速度についていくのが精一杯だった。
「んだぁ? さっさと開放しろよぉ、なぁ!?」
ゼノは高笑いと共に剣を連続で打ち付ける。実際、その驚異的な速度に俺は段々と遅れを見せ始めていた。
「つまんねぇなぁ。まったく、とっととチカラを使えよぉ!!」
ゼノは大きく振りかぶり斬撃を叩きつける。
俺は衝撃を受け止めきれず後方に飛ばされる。
「ご、はぁ……」
数回バウンドした。肺の空気を一気に吐き出してしまい、軽い呼吸困難に陥る。
「拍子抜けだなぁ? 勇者サマ。チカラの開放も出来ないとは。一体何のためにここに残ったんだが」
酸素の足りない頭にゼノの言葉が浴びせられる。
ゼノは左手を腰にあて、やれやれといった具合に溜め息をついた。
俺は立ち上がる。全てを背負ってとかそんな大層な理由では無い。ただ純粋に負けたくなかった。
剣を突き立ててそれを杖にし、立ち上がる。
「あぁ?」
ゼノは苛立った視線を俺に向ける。
「負けねぇよ。てめぇなんかに。見せてやるさ。俺に与えられたチカラを!!」
修行中で、意図的に発動できた事は一度も無い。しかし今の俺には出来る気がした。
視界が蒼く染まる。感覚が研ぎ澄まされ、思考が冷める。
「やっとか? やっとだなぁ? やっとだぜぇ!!」
ゼノは狂喜し、叫ぶ。更に彼は駆けた。俺に斬撃を浴びせるために。
ゼノの斬撃を受け止める、今度は反撃に転じるだけの余裕がある。
「左がガラ空きだぞ」
俺はゼノの右脇腹に刺さるような蹴りを刺した。
「ぐ、ぼぁ」
ゼノは唾液を吐き、顔をしかめる。
「遅いな」
俺は小さく呟き更に斬撃を加える。
今度はゼノも対応してきた。盾で数回弾くが、衝撃をいなせず後ろに下がる。
「やるねぇ、いいねぇ…………こういうのぉ待ってたんだよぉ!!」
激しく咆哮する。それに呼応してゼノの紅い闘気が大きく膨らむ。
「俺が龍剣って呼ばれている理由、教えてやんよぉ!!」
ゼノは盾を投げ捨て、両手で剣を持ち掲げた。そしてその口が不気味に動く。
「大地を食らう竜族の王よ、顕現せよ!! そして俺の敵を存分に食らいやがれ!!」
ゼノの詠唱が高速で行われた。闇属性の魔法力がゼノの剣に集まり大きくなっていく。
それはどんどんと大きくなり人の背丈の数十倍にまで巨大に膨らんだ。
「形は蛇。用途は燃焼。今、俺の手によって使役されろ!!」
俺は剣を振りかぶり叫んだ。その術式はチカラ開放状態の俺なら詠唱なしで発動させられる事が出来た。しかしそれを行わず、わざわざ詠唱をおこなった。なぜならそれは威力を上げるためだ。
巨大な術式同士がぶつかり合った時、威力が高い方が勿論勝つから俺は威力の底上げを図った。
紫の光が大きく閃いた後、それは凶悪な竜を形作った。獰猛なアギトを少し開き、時折そこから紫の閃光がチラホラ見える。
俺の剣に纏う赤の光が輝きを増す。魔法力を圧縮した光だ。
離れた距離のまま、お互い己の剣を一閃。
一方からは巨大な竜が。
一方からは赤く光る巨蛇が飛び出した。
両者は激しくぶつかり、文字通り火花を散らした。
紫と赤の光が交錯する。瞬いては消え、瞬いては消え、を繰り返す。
激しい激突の末、最後に立っていたのは俺だった。
ゼノは魔法力が尽き、倒れ伏している。紅い闘気はもう無い。
「悪いが、ここは通らせてもらうぜ」
俺の視界の蒼も消えた。
気を失っているゼノに語りかけ、俺は横を通り過ぎようとする。
その時、一本の黄金の剣を視界の端に捉えた。
「これは?」
黄金の剣は地面に突き刺さっている。
それの容姿はまるで、伝承に出てくる聖剣のよう。
「まさか!?」
これが、これこそが聖剣!?
俺は吸い寄せられるように聖剣へ手を伸ばし、引き抜こうとした。しかし固く地面と縫い止められているかの如くビクともしなかった。
「抜……け…………ろ」
俺は歯の隙間から呻き声を漏らしつつ、踏ん張る。
その時、横から二つの手が伸びて俺の両手を優しく包み込んだ。
見ると、そこには……………………




