10.
少しばかり舗装された道を馬が駆ける。
俺は肌で風を感じ、馬車が進む先を見つめた。
「もう少しかかりそうだな」
疾走する馬を操るアイゼン・グリッダが声を張る。
「頼む。急いでくれ」
空気は張り詰め、ピリピリした感覚を俺に与える。
今日は決戦前日。俺たちは早朝に“シルフの里”を飛び出し、南下中。
修行は終えた。明日の為に各々実力を上げてきた。準備は万端。そして今日、教団討伐軍に加わり作戦を練る。
「明日には、敵の大規模術式が展開するんだよね?」
不安気な表情で見上げるシエル。その目はまさに“不安”の色を湛えていた。
「止められるのかな。あたしたちに」
俺はシエルの問いを受け、正直に気持ちを伝えた。
「分からない。でも……止めるしかないんだ。このままじゃ罪も無い大勢の人たちが殺されてしまう。だから俺たちが体を張って止めるしかないんだ」
シエルは瞑目し、その小さな口を小さく動かした。
「……そう…………だね…」
俺にはその顔に浮かんだ表情は読み取れなかった。
「なんだぁ? あの三人はまだ到着してねぇのか?」
司令室となる天幕の中でマグナ・ザクロフは舌打ちと共に苛立ちを抑える。
もう戻っていい。と報告に来た兵に告げると、兵は勢い良く敬礼して天幕を出て行った。
今回の戦では『あの三人が鍵になる』とマグナの歴戦の勘が告げていた。
(一応)全軍指揮官を務めるマグナは、集まった各国軍団長をそれぞれ見た。
コット・ルーチン
共和国側の軍団長。緑の色調のローブを身に纏い、装飾は控えめだ。
丸眼鏡の奥にある細目は何を考えてるのか分からない。
いかにも頭脳派といったタイプだ。
猛令甲
帝国側の軍団長。東方の甲冑を装着し、はちきれんばかりの筋肉が半袖のシャツをパンパンにしている。
いかつい風貌に濃い髭。黒光りする長い髪は後ろで一本に束ねられている。
先ほどとは真逆、見て分かる通り完全に武闘派である。
三人の中央に置かれたテーブルには一枚の大きな羊皮紙が置かれていた。そしてその上に置かれたのは複数の駒。
駒は一列に並んでいる物と一つだけ離れている物があった。
「ん〜僕たち、特にすること無いし、もう一回作戦内容を確認しときますか?」
唐突にコットが口を開いた。応じたのは猛令甲。
「よかろう。先ずはどこからだ?」
「ここからですよ」
コットが指し示したのは羊皮紙に描かれた地図に写る山脈の北東側。のちょっと手前。
「先ず僕たち、教団討伐軍がいるのがココ」
「そしてココが目的の敵城」
コットは山の中腹辺りに城を示す駒を摘んでみる。その後に地形図を指差して言葉を紡ぐ。
「その間に伸びるのがこの渓谷。あんまし幅は広くないので大規模に部隊を展開出来ません」
「そこでだ。俺の考えた作戦なんだが――」
続けたのがマグナ。
マグナは潰れた二等辺三角形の駒を集める。
「この渓谷に全軍を配置する」
二等辺三角形の低い頂点が城を向くように渓谷に一列に置いた。
「そして、少数精鋭の一小隊だけが、この密林から急襲をかける」
マグナの手に残った小さい三角形の駒が山脈東部の密林地帯に置かれる。
「相手の戦力は未知数である。この一小隊のみで勝敗が決するモノだろうか?」
猛令甲は作戦についての疑問を呟く。こういう発言が作戦会議の時には重要になってくるものだ。
「大丈夫。そのための少数“精鋭”だからな」
「続いて、僕たち軍団長の配置だね。僕は見ての通り魔法術士を指揮するから、本隊後方」
「儂は本隊最前線の指揮を執るからして。ぬしは?」
「俺は、この小隊に就く………のが提案者として相応しいのだろうけど、作戦の確立を少しでも上げるために本隊中央に就く」
「ほう? それはまたどうしてだい?」
コットは眼鏡のブリッジを押し上げ、薄い笑みを浮かべる。
それに対し、マグナは淡々と答えた。
「簡単な事だ。軍団長ってぇのは目立つだろ? 今回の作戦を考えれば、一小隊に司令官が一人もいれば目立つ。ましてや俺は軍団長だ。だからそれはあまり得策ではないと判断したまでだ」
「なるほど。おぬしの考えにも一理ある」
「確かに、そう考えるとそうですね」
二人の同意も得られた事でマグナの配置は渓谷進軍本隊中央に決まっていた。
坂を越えて見えてきたのは白い天幕群。続いて目に入ってきたのはその偉容を誇る、神山ウィーナ。
馬車は更にスピードを上げる。
「見えてきたね」
シエルは穏やかな表情を浮かべ、呟いた。
「決戦の地……………ウィーナ」
無意識のうちに両拳に力がこもる。
「お前ぇら!!もっと飛ばすぜ」
アイゼンが声を張り上げる。その声に応じて、俺とシエルは馬車にしっかり掴まる。
すぐに馬車は速度を上げた。




