3.
今は無き、とある戦場から離れた場所。そこに一枚の、色素が抜けて色褪せた薄布が一枚。そしてその薄布の上に横たわる少年が一人。
少年は体のいたるところに青紫の黒いアザを作っていた。
少女は少年の力無い手を両手でしっかりと握りしめていた。
そして少年は目を開ける。
「シ……エル?」
掠れた声は確かに少女の名前を呼んだ。
「リアン!!」
少女の目から雫が一筋零れた。自然と少女が握る両手に力がこもる。
「はは………………あばらが数本………折れてるみたいだ…………それにしても……………君が無事で………良かった……」
少年は小さく笑いながら言った。しかし少女はかぶりをふった。
「全然良くないよ!! リアンがこんなんになって……あたし」
少女は言葉を紡ぐ。止めどなく流れるのは涙。
「すぐに治すから。待ってて」
少女は両手を離し、少年の体に向ける。しかし少年はその手を力なく抑えた。
「いいんだ………この痛みは……一人の命を…守れなかった……痛みだ」
少女は少年の胸にしがみつきながら声を上げて泣いた。溢れ出る思いは止まらなかった。
少年は頼りない力で静かに少女の頭を撫でた。何度も何度も。
横たわるリアンにシエルが付き添ってくれている頃、アイゼンは王国軍軍団長と会っていた。
「あっ!! お前ぇは!?」
第一声はそれだった。
「確かにお前ぇさんとは一度会ってるみてぇだな」
その男は、無精髭を蓄え、髪もボサボサ。その男は――
「あの時!! 酒場で!!」
そう。暗黒神やネザー教団についての情報の片鱗をくれた男だった。
今は立派な鎧に身を包んでいる。正直、その風貌とは釣り合いがとれていない。
「久しぶりだな。元気にやってるみてぇだな。そうだ! お前ぇさんたちの名前は?」
「俺か? 俺はアイゼン・グリッダ。んで、そこで寝てるのがリアン・ディール。そして付き添ってくれてるのがシエル・ラーグナーだ」
「分かった。俺はマグナ・ザクロフ。一応軍団長やってる」
軍団長――マグナは笑いながら続けた。
「報告は受けてる。ドラゴンの討伐に向かってくれたのがお前ぇらだな? その調子だと無事に討伐出来たみてぇだな」
「ドラゴンはな。しかし、あいつらに……」
謎の武装集団の襲撃に合い、アイゼンたち(主にリアンと運用手)が大打撃を受けたのだった。
マグナが口を開く。
「あいつらは、ネザー教団の連中か――」
そして彼はネザー教団についての話を語り出した。
「つい先日、政府に宣戦布告が送りつけられてきた。内容はこうだ“三ヶ国に対し宣戦布告を行う。我らはウィーナ神山にて一週間の時を経たのち大陸中に向けて無差別攻撃を行う。交渉は無駄だ、我らの目的は破壊だけであり、混迷する世界の創造が目的だからだ”ってな具合にな。キナ臭ぇ話だろ? おまけにウチの術者の報告で、ガラン山脈の中心のウィーナ神山の中腹に膨大な魔力量を感知したらしい。なんでも大規模術式を展開して準備中なんだとよ。その事態を重く見た各国首脳たちの会談が今夜、グローザ帝国の帝都で開かれる。そして俺たち先遣隊は道中の脅威を排除して、後々到着する王国軍本隊の進行をスムーズにすることが任務だ。戦力は本隊の十分の一程度だがな」
アイゼンは驚きに目を見開いた。
「そんな……事が!? だが、戦争中なんじゃ?」
アイゼンの疑問はマグナに一蹴される。
「そんな事やってる暇無ぇんだよ。それに戦争の原因も奴らの仕業だったみてぇだしな」
「それは? どういう事だ?」
「簡単な事だ。奴らによる被害だったのに、互いの攻撃だと勘違いしたって寸法だ。間抜けな話だろ?」
マグナは苦笑混じりに言った。
そうか。まだまだ世界は平和なんだな。アイゼンは思う。
(許せない)
人々の安寧を乱そうとする教団という存在を許せなかった。
少し落ち着いたシエルは顔を上げて、リアンの顔を見つめる。
彼は薄く笑い、シエルの濡れた頬を撫でた。
シエルは頬を染めて、涙を拭う。
「リアンさん?」
突然名前を呼ばれたリアンは顔を声の主の方へ向けた。シエルも同じ様に顔を向ける。
そこにはシエルと同じくらいの歳の少年が立っていた。少年は優しそうな雰囲気を纏い、金髪の髪は先の方でカールを巻いている。服装は周囲の兵士とは違う布の物。妙な事に腰のベルトには大人の、指先から肘までくらいまでの長さの小枝(のようなもの)を差していた。
「その怪我――」
「みっともねぇだろ?」
リアンは苦笑気味に笑う。
金髪の少年はシエルの方を向いて、ペコリと頭を下げた。
「どうも。リーフ・トロンベです」
「あ、どうも。シエル・ラーグナーです」
リーフに習い、シエルもお辞儀。
続いて口を開いたのはリアンだった。
「それにしても、リーフがなんでここに?」
リーフはやや誇らしげに笑った後、続けた。
「あきらめないで続けたんだ。練習。そしたら、どんどん上達してって、一流の魔法術士のレベルまで上がったから、スカウトされたんだ」
「ほぇ〜負けてらんねぇな」
リーフは大陸の情勢、暗黒神率いるネザー教団の脅威が始まったばかりである事をシエルとリアンに伝えた。
「そんな事が……」
シエルは最初疑問に思ったがどうやら嘘じゃ無いようだった。
リーフの話に驚愕した後、俺の頭の中に一つの言葉が響いた。
(よう、“聖剣に選ばれし者”。無様に尻尾巻いて逃げたって感じだなぁ? そういや名乗ってなかったなぁ。俺の名前はゼノだ。ゼノ・レーク。てめぇの名前は……まぁいい、あとで下界監視士にでも聞いてみるか。せいぜい、愉しませてくれるまで強くなれよ!!)
上等だ。俺は誓った。
仲間を守れる強さを手に入れる為に。絶対に強くなって、仲間を守れるように。
「俺は弱い。だから、強くなってみんなをこの剣で守る」
シエルは俺に抱きついてきた。若干(というより、かなり)動機を速まらせた俺の耳に優しい声音でシエルは囁いた。
「(私もリアンを守れるくらいに強くなるから。もうなにも出来ないなんて嫌だ)」




