1.
馬車は揺れる。
桜色の髪の少女からもらったパンも早々に底をついた。
やる事が無い。暇だ。
動けるなら体を動かしていたいが狭い車内だ。出来るワケもない。
濃い紺色の髪の少女―シエル・ラーグナーは窓へ、ボーっと視線を投げ、短い金髪でガタイの良い、アーマーナイト―アイゼン・グリッダはこっくりこっくりと船を漕いでいる。
馬車の車輪が粗い石畳を蹴る音のみ、一種の静寂が車内を覆う。
俺――リアン・ディールは一つの疑問を胸に抱いていた。
(以前発現した、あの光は何なのだろう?)
大型魔獣を討伐する際、死霊騎士――デュラハーンとの死闘の際。例外無く、感情が爆発した時に発現する謎の力。
視界が透き通る蒼に染まった後。まるで相手の動きが分かるような気がしたり、体の深層から力が湧き出てきたり、不得意だった筈の魔法術を――しかも得意属性である炎以外の魔法術まで――詠唱無しで顕現させる事が出来たり。
(やるべき事が分かるような気がしたんだけど……)
考えれば考える程謎だ。やはりアルバート王立図書館で調べないとなぁ。
俺が決意を新たにしたところで車内に衝撃が走った。
巨大な爆音と共に馬車は転倒、俺たちは外に放り出されてしまった。
「なんだってんだ!?」
休息モードから戦闘モードへと切り替わったアイゼンが呟き、辺りを見渡す。
「二人共、見て!!」
いちはやく異変に気付いたシエルの指し示す方を見ると、この前に俺やアイゼンが死闘を繰り広げた紫鎧が四体。そして今まさに運用手が剣を向けられている所だった。
「ックソが!!」
アイゼンが毒づき、抜剣。そのまま突っ込む。俺とシエルも続く。
「間に合って!!」
シエルの、俺たちの願い虚しく紫鎧は躊躇無く、手にした大剣で運用手をめった刺しにした。
「う、うぁぁああああああああああああああああ!!!!」
唯一つの悲鳴を残して、一人の儚い命が失われた。
「クッ!!」
俺は血が出るほど、奥歯を噛みしめた。悔しさをそこに吐き出すように。
「酷い……」
シエルは口元を両手で覆い、うっすらと涙を浮かべる。アイゼンは紫鎧たちをその厳しい双眸で睨み続けている。
大剣による攻撃は続く。誰が見ても生死が確認出来る状態なのに、紫鎧たちは禍々しい大剣を振るい続ける。
「その辺にしておけ」
しかし、その止まぬ斬撃は知らない男の声によって、ひたと止まった。
紫鎧たちは血にまみれた剣を地面に向かってだらりと下げる。
「おもしろそうな連中だと思って来てみたが…………どうやら下界監視士の思い過ごしだったようだな。試しにこいつを殺してみたが、守る事すら出来ないではないか」
獣じみた笑みを浮かべ、紫鎧たちの奥から出てきた男は俺たちを見据え言い放った。
「暗黒神が試しにだが召喚したという竜を討伐した者たちだ。どんな奴らかと思えば、ただのヒヨッコではないか?」
男は紫鎧に似た鎧を着ていたが、ところどころに違いが見えた。それに武装が違う。武装は俺と同じ片手直剣と小盾だ。小盾は不気味な装飾が施されており、さながらドラゴン・ゾンビといった顔のようなモノが見て取れる。俺たちを見据えるその瞳は真紅の赤。髪は紫がかった黒に、前髪の辺りで軽く切ってある。
男はその真紅の双眸で俺たちを見据えると軽くフッと笑った。
「あんだよ? たかが一人殺したくらいで、何カッカしてんだ?」
その言葉は俺の中にある不安定なストッパーを外すのに十二分な効果があった。
俺は無我夢中で抜剣。視界が蒼く染まる。
(まただ、感情が爆発した後)
俺は思考を止めた。自らの剣と自分とを一体化させ、目の前の敵を斬る事にのみ集中する。
「な……んだ!? その光!?」
俺は垂直斬りを繰り出す。目標の敵唯一人を凝視して。
しかし相手の反応は速かった。
「だが、まだ甘ぇ」
俺の剣は男の左腕に取り付けられた小盾に受け止められた。
「そいつは“聖剣に選ばれた者のチカラ”だな!? 闘りがいあるじゃねぇか」
男は剣を抜剣。禍々しい漆黒の刀身が姿を表す。全ての光を断つような漆黒の黒。
俺は相手の脳天めがけて純白の剣を振り下ろす。相手は難なく右手の剣で受け止めた。
「単調なんだよ!!」
瞬間、鈍い痛みが顔の右部に走った。
「…グッ…………」
口の中に鉄臭い血の味が広がる。どうやら小盾で殴られたのだ。
「んだぁ? その程度かよぉ? ぁあ!?」
俺は腹部に鋭い蹴りを入れられ、数歩後ろによろめいた。
「そろそろ、殺るぞ?」
その表情はまるで快楽に身を堕とした人間のような笑みを。そんな恍惚とした表情を浮かべていた。
(今は…………逃げ……ないと…………殺され…………る………)
コイツはヤバイ。俺は薄れる意識を必死につなぎとめ、立ち上がる。
足はフラフラ、腕に力は入らない。おまけに視界の蒼がかった光は既に消えていた。




