7.
朝特有の爽やかな風が俺の頬を撫でる。
アリアの店へと歩を進める。
歩いていると、例のパン屋が俺の目に留まった。
(あれ、買ってこうかな)
以前食べたあの黒パンを食べたくて、店に入店する。
装飾は無いが綺麗に手入れされた扉を開けると、ほんのりと芳ばしい香りが俺の鼻頭に付く。
店内には三、四人がパンを買うためにカウンターに並んでいた。
(全員済むまで、他のパンでも見てようかな)
フールの実のジャムを塗って焼いたパン。ククル茶風味のパン。家畜の肉を挟んだホットドックまであった。
(どれも美味しそうだな。あ!! 黒パン発見)
どうやら目的の黒パンは最安値だったようだ。他のパンは黒パンに比べ、二十セルくらい高い。
まだ約束の時間まで結構あるし、ここで時間でも潰そうかな。と、考え色々なパンを見ていた俺だが、新たな来客があった。
「いらっしゃい!!」
おばさんの挨拶が店内に響く。挨拶を向けられた人物に強烈に見覚えがあった。
「「あ………………」」
遥か極東に位置する“倭国”に咲き誇る、桜のような薄ピンクの髪をポニーテールで束ね、見たことあるシャツに羽織ったカーディガンを着たその人物は――
「アリア?」
俺はその人物の名前を自然と発していた。
「リアン!? もう大丈夫なの?」
少女も自然と言葉を発する。
「お、おう。もう平気」
「良かったぁ」
アリアは胸を抑え、目を伏せた。左腕に下がるバスケットが気になるので訊くことにした。
「それより、その籠は?」
「これ?」
アリアはバスケットを持ち上げてみせる。
「まぁいいから」
アリアは、はぐらかし、店のおばちゃんのもとへ向かう。
「はい!! 今週の分」
元気な声と共に手に持ったバスケットをおばちゃんに差し出す。
「ありがとね。毎週毎週世話になってるよ」
「これで美味しいパンを作ってね」
「あいよ」
なるほど、言わなくても分かるということだから言わなかったのか。俺は一人で納得していた。
「そだ、アリアちゃん。なんか買ってく?」
う〜ん。と考える素振りを見せた後、元気な声で彼女は言った。
「じゃあ、いつものやつで!」
「りょ〜かい」
おばちゃんは手慣れた手つきで黒パンを取り出し、シャグ粉をふりかける。
「ありがと!!このままでいいよ」
アリアはパンを受け取ると店を出ようとした。
「行こ!!」
「えっ!?」
アリアの左手に掴まれて店を飛び出した。
(ちょっと待って!! 俺まだ何も買ってない!!)
言葉にはしなかった。
「ゴメン!! てっきり買い終えた後だと……」
アリアが合掌して謝っているので許さざるをえない。
「別にいいって言ってるじゃん」
「分かった。じゃあこれあげる」
差し出されたのは、アリアが買った黒パン。
「だからいいって――分かった、じゃあ半分こで」
受け取った俺は黒パンを半分にした。シエルのようにきっちり半分に出来たのでホッと一息。
「はい」
俺はアリアに差し出す。
「ありがと」
アリアは受け取ると小さい口でちょこちょこ食べ始めた。
「そういえば俺の剣出来たんだろ?」
アリアの工房に歩を進めながら問いかける。
「うん。あとは渡すだけ」
「そっか。楽しみだなぁ」
他愛もない話を交わしながら工房へ歩いてった。
アリアが扉を開き、俺が部屋内に入る。
注文をとった部屋の奥の部屋――工房に足を踏み入れる。鉄臭さと油臭さが混じった匂いだが不快感は無かった。しかしこの中で作業しているのに、アリアからは良い匂いが漂ってくるのが少々疑問だ。
「これだよ」
俺は差し出された剣を受け取る。中々に重い。前の剣と同じかそれ以上だ。
剣の鞘は黒い革製。鍔は飾り気が無いシンプルな作り。柄にも握りやすいように茶色の革が巻かれていた。
「抜いてみるよ」
アリアは無言で頷いた。彼女なりにも緊張しているのだろうか。見ると彼女の手は傷ついていたり、それを手当した跡があったりした。
俺は彼女の努力に胸を温めつつ、柄を握る。
剣はとても握りやすかった。革を何回も巻いては解いてを繰り返し、握りやすいようにしてくれたのだろう。
俺は、鞘から剣を一気に引きぬいた。右手に頼もしい感触がよみがえる。
刀身は全ての光を集めたような眩い純白。刃の部分を軽く指でなぞってみると、指の腹が切れた。
(軽く触っただけなのに……)
驚いた。これほどの切れ味は中々出せない。これも彼女が研いでくれたからだろう。
「振るから、離れて」
「分かった」
俺は我慢が出来なかった為ここで振る事にした。
アリアと十分に距離をとって俺は構える。
「ハッ!!」
短い気合と共に剣を一閃。なんてこともない垂直斬りだ。それは確かな感触を俺の全身に残した。
「凄いよアリア。こんな剣初めてだよ」
「そう……良かったぁ………」
アリアはペタリと地面に座る。
俺は剣を鞘に戻して背中に背負う。その後アリアに駆け寄った。
「ありがとな。こんな素晴らしい剣作ってくれて」
「いいの。あんたとの冒険も楽しかったし」
アリアは首を小さく横に振った。
「あっ!!」
俺は一つ、思い出した。
「お値段は…………お幾らなんでしょうか?」
こんな業物は相当な値がするだろうが。鍛冶師アリアは決めていたように、確固たる決意を秘め、首をゆっくり横に振った。
「お金は要らない。楽しかったあの冒険で十分よ」
「そ、そっか………」
俺は鞘から剣を僅かに引き抜いて純白の刀身を背中越しに見た。
「ほら、明日ここを発つんでしょ? 準備しなきゃ」
「それもそうだな。分かった」
俺は刀身を鞘に戻す。“チン”という歯切れの良い、心地良い音が工房内に響いた。




