4.
「ふぅ〜」
気持ちを落ち着かせる。ツルハシを握ったグローブと自分の手の間に汗が生じた。しかしそんな雑念は遮断する。ツルハシと自分が一体になったかのようにイメージする。
「ハァ!!」
短い気合と共にツルハシが一直線に振り下ろされる。
ミスリルの原石は砕ける。大きい破片を残し四散した。
「やった」
「アリアやったな!!」
黒髪の少年も――知識は無いが――アリアに賞賛の声をかける。
それに対して、アリアは笑顔で頷いた。
「うん!」
アリアはバッグから原石を収納する巾着袋を取り出し、丁寧に入れる。
収納した原石を引っさげ、立ち上がった。
「帰ろっか」
「おぅ!!」
向かっていた方角に歩を進めると案外簡単に外に出れた。入り口が山の上の方だったのに対して出口は山の麓だった。しかし草木が生い茂っていたため、出るのに苦労したが。
村に向かう途中の事だった。出発したのが昼過ぎだったからか、辺りはもう暗くなり始めていた。
夜は魔獣たちの領域だ。侵さないうちに人の領域に帰るべく足を急がせる。
しかしリアンが突然立ち止まったので、アリアは少年の背中に鼻の頭を強く打つ。
「痛ったぁ。なんで急に止まるのよ!!」
どうやらリアンはアリアの言葉が聞こえていないようだった。
「どうしたの?」
アリアは気になってリアンの隣に立つ。居たのは顔の無い鎧騎士。それを見たリアンの表情が強ばっている。それだけでアリアは尋常じゃない状況だと悟った為後ろに下がった。
「デュラハーン!? …………何故こんな所に!?」
デュラハーン、通称―死霊騎士。強大な悪意を持った罪人が死んだ時に憑依する。夜中に徘徊し、強者と認めた者を狩る。
『キ………サマヲ……コ…………ロス』
途切れ途切れに声が聞こえてくる。金属を引っかいたような不快な声が目の前に佇む敵から発せられる。
デュラハーンは首から上が無く、全身を鎧で覆っている。右手には長剣――リアンと同じ武器種――を掲げ、左手には男性とも女性とも捉えられる人間の顔の模様をした盾。
「アリア、絶対近づくんじゃねぇぞ!」
リアンは抜剣し、振り向かずに告げた。
鬼気迫る彼の様子から、アリアは一言の言葉もかけることが出来なかった。
「う、うん」
一つ頷き、アリアは更に数歩下がる。
『ショ………ウブ』
デュラハーンは剣を上方に掲げリアンに突進した。
「シッ!!」
リアンは気合をかけ、一歩を踏み出し一気に距離を詰めた。盾の範囲の中にリアンが潜った。
(取った!!)
アリアは思うがすぐにその考えを否定される。
「…ご、はぁ……」
アリアのすぐ横にリアンが倒れ伏している。
「え!?」
リアンは厳しい双眸のままアリアに視線を向け、怒鳴った。
「何してんだ、もっと離れろ!!」
鬼気迫る形相に気圧され、アリアは更に下がる。
何も見えなかった。
デュラハーンの攻撃もリアンの剣戟も。レベルが違う。勝敗は一瞬で決まるし、拮抗すればずっと戦闘は続く。
リアンはすぐに立ち上がり、剣を振るう。その斬撃の速度には舌を巻くが、デュラハーンは全ての斬撃を必要最低限の動きで躱していた。
(リアン。お願い。勝って、生き延びて)
アリアは祈る。祈る事しか今の彼女には出来なかった。
リアンは剣を水平に薙ぐ。しかしデュラハーンは難なく盾で流す。その際、盾で弾くようにいなすため、胴ががら空きになる。
リアンはそこに潜り込んだ。
体を回転させ、勢いを殺さずにもう一度水平斬りを繰り出す。
デュラハーンはリアンの剣撃を弾いた。余った右手の直剣で、その時戦場に、儚いながらも芯がある甲高い音が響いた。
―ガッキィン―
アリアは目を見開く。目の前で起こった現象をしっかりと確認するために。
そこには直剣を振った後のデュラハーンと、半ばまでの剣を持った黒髪の少年リアンがいた。
(折、れた?)
全ての音が消えた。聞こえなかった。
そして全ての事柄をスローモーションに感じる。少年が斬り伏せられるところを、斬られた少年が倒れることも、標的を自分に移したデュラハーンが自分に向かって歩いてくるところも。
「………嘘…………………………………」
アリアは膝をついて、ペタリと座り込んだ。
彼女の瞳はデュラハーンなど捉えていなかった。
その瞳は意味も無く虚空を見つめ、焦点は合っていない。
デュラハーンはアリアの前まで来ると右手に握られた直剣を振りかざした。
『オワ…………リ……ダ』
金属質の不快な声がアリアの耳に入る。しかしアリアは聞いていなかった。避けようとも考えていなかった。
アリアの眼から一筋の雫が落ちる。アリアはぼんやりと騎士を見上げ、振り下ろされる剣を待った。
剣は、振り下ろされなかった。
「え!?」
そこには少年が立っていた。淡く蒼い、儚い光を全身から発して。
『キ…………サマ、ナゼ……イキテ………………イル』
リアンは振り下ろす寸前のデュラハーンの右手首を片手で止めていた。胸部に負った深い傷から血を吹き出しながらも。
両刃直剣はリアンの肉を深々とえぐっていた。
傷は左下から右上に沿って走っており、鉄臭い赤い液体がドロドロと流れ出ている。
「てめぇの相手は俺だ!!」
リアンは折れた剣をおもいっきり引く。
(そんなんじゃ、まともな攻撃が出来ないのに)
リアンは剣を閃かせる。デュラハーンの腹部に当たる直前、剣は眩い光量を発する。剣は折れ目の続きに白い光の刃を形成していた。
しかしデュラハーンの体は真っ二つにならなかった。
見ると剣と体の間に盾が挟まっていた。
『ソ………レハ……………マホウジュ……ツカ?』
「答える必要はねぇな……」
リアンは左足で回し蹴りをした後、左手の平を向ける。デュラハーンはリアンに飛ばされた後、壁に激突する。
『………………ナ…………ニ………』
壁だ。リアンが大地を隆起させて作った壁はコの形をしており、デュラハーンに逃げ場は無い。
「これで終わりだ」
リアンの左手に濃い紫の直剣が出現した。闇属性の魔法術で作った剣だろうか。とアリアは推測する。
リアンは駆け出し、右手に握られた剣と左手の紫の剣を……黒白の魔法剣を突き出した。
デュラハーンは盾を構え、地属性の術式で魔装する。
リアンの刃はデュラハーンの装甲をいとも容易く貫き静止した。
二方は倒れる。術者の意識が落ちた事により地属性の壁は元の位置に戻った。
「リアン!!」
アリアはリアンの元へ駆け寄った。リアンを仰向けにする。むごたらしい傷が胸部を走っていた。
絶えず血が流れ続けている。
「酷い」
アリアは上着を脱ぐ。薄手のシャツで若干寒いが、全く気にならない。
手頃な布になったそれを破り、リアンの胸部に巻きつけた。
(包帯の代わりになればいいけど……)
案の定、血の量は少なくなった。
(急がなきゃ!!)
アリアはリアンを背負って村へと向かった。




