1.
金槌を振るう手を止め、薄い桜色の髪をポニーテールにまとめた少女――アリア・レムナークの鼻孔をくすぐるのは開けた窓から香る小麦の匂い。
「今年は豊作だなぁ」
ぼんやりと感想を呟き、時計――闇魔術と光魔術を混合させた珍しい術式を使った道具――を見る。針は正午を示していた。
「パンでも買ってこようかな」
行きつけのパン屋に出向く為、着けていたエプロンを脱ぎフックに掛けた。
行きつけのパン屋は村の中央広場に面しているため、村人の憩いの店でもある。
「おばさん!! いつもの」
アリアは自分の順番が回ってくると、元気に注文を告げた。常連ともなればこれで通じるのだ。
「あいよ」
優しい声でカウンター越しに返事を返したおばさんは紙袋にシャグ粉を掛けたシンプルな黒パンを二つ入れる。
「ありがとね」
アリアはお礼を言って百セル硬貨をカウンターに置き、パン屋を飛び出した。
歩きながらパンを頬張る。シャグ粉のほんのりとした甘みが口に広がる。
彼女はこのパンを本当に気に入っていた。
しばらく歩いていると何かを振っている音が聞こえてきた。
なんだろう? と疑問に思い、アリアはブンブンと音のする方へ足を向ける。
音の正体は一人の少年の素振りの音だった。少年は特徴的な漆黒の黒髪を揺らし、一心不乱に剣を振るう。
その姿を見て彼女は心の隅でカッコイイと思ってしまった。やがて視線は黒髪の少年から少年の握る得物へと移る。
「あの剣」
アリアは気付く。彼女の立場からして声を掛けずにはいられなかった。
「ね、ねぇ」
突然声を掛けられた少年は剣を振るう手を止め、キョトンとした顔でアリアを見て尋ねる。
「えっと………なんか用?」
「う、うん」
いざ話しかけるとなるとアリアは口ごもる。しかし意を決したように少年の目を見据え口を開いた。
「その剣、もうボロボロなの!」
「え?」
少年は間の抜けたような表情を浮かべ、右手に握る愛剣に視線を落とす。
「その剣、中々の業物だけどもう使えない。刃の部分はところどころ刃こぼれしてるし、鍔の部分がガタガタだと思う」
少年は改めて指摘された部分を確認して、納得した。
少年は視線をアリアに戻し、その双眸を細めた。
「君は、一体?」
アリアは一瞬で少年の剣がもう使えないと見切った。それもその筈、彼女は今まで何百本となくそんな剣を見てきたからだ。
「ついてきて」
アリアは思い切って少年の左手を握る。多少の恥ずかしさがあったが羞恥心は捨てた。
俺――リアン・ディールはピンクのポニーテール少女に連れられ、とある店に入っていた。
どうやら鍛冶屋のようだった。
「私の店。って言っても半分お父さんに借りてるんだけどね」
名称も分からない道具が沢山壁に引っかかっている。金槌や、何かを挟むの為の道具やら、色々。
「今すぐ、作ってあげる。あんたの剣」
「え、そんなの」
俺は口ごもったが、少女は勝ち気そうな雰囲気まま続ける。
「私が作ってあげるって言ってんの。いいからいいから」
「う、うん。分かった」
結局押しに負けた俺は黙って作ってもらう事にした。
「剣の種類は?」
「長さは?」
「特徴は?」
「握り柄はどうする?」
少女の質問攻めをなんとか乗り切った俺をどうか褒めて欲しい。
以前の剣と同じ特徴を言っただけだが。
「一応分かった。それと、住んでる場所は?」
「俺はこの村に住んでない。五日後には村を出る予定だ」
最後の答えを聞いてから少女はやや寂しそうな表情を浮かべたがすぐに勝ち気な笑みに隠れた。
「分かった。宿は?」
俺は宿の場所を教え、店を出ようとする。しかし少女に呼び止められた。
「待って!! 重い剣? だっけ?」
「うん、そうだけど」
少女は何かを思案するような表情を作り、
「確かウチには軽い細剣用の鉱石しか在庫無かった……筈…………」
言って少女は慌てて口を抑える。
「あ、あの……取ってくればあるから大丈夫………」
あの勝ち気そうな空気はどこへやら。慌てふためく少女をやや面白く感じた。
「分かった。俺が取ってくるよ」
「そんなの!! 悪いよ……私が行ってくる。あんまり魔獣も出ないし」
魔獣? 俺は一つのワードを聞き逃さなかった。
「そんな場所に女の子を一人で行かせられないな」
俺の答えに少女はやや俯いき、続けた。
「わ、分かった。じゃあ、あんたと私二人で行こう」
結局妥協案に決まった。




