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ハクア争奪戦?

 ジンは森の中で寝そべっていた。

 木漏れ日がジンの体にほのかな温もりを与えてくれる。

 ジンは女性に膝枕をしてもらっていた。

 女性はジンの頭を撫でている。

 慈しみを篭めて、ゆっくりと。

 ジンが着ている服は剣士隊のものではない。腰に剣もない。ただの町人の服だ。

 女性も、それは同じだった。

 女性が何かを喋る。

 ジンは笑って、女性の頬に手を伸ばす。

 そして女性の顔を見つめると、いつの間にか女性の顔が幼くなっていた。

 それは、ハクアの顔だった。

 ハクアは穏やかに微笑んでいる。

 ジンはそこで、これが夢なのだと気がついた。

 目を覚ました時の気分は最悪だった。

「どうしたんですか、師匠」

 朝食の席で、マリが言う。

 周囲には、剣士隊の服に身を包んだ男しかいない。彼らも各々のグループを作って食事をとっている。

「どうしたって、何がだよ」

「ぼんやりとした表情をしています。眠れなかったんですか? 珍しいですね」

「ああ、ちょっと性質の悪い夢を見てな」

 ハクアが悪いのだ、とジンは思う。

 昔の知人と顔が似すぎている。

 そのせいで、あんな夢を見てしまうのだ。

「それで、ハクアさんとの食事の件なんですが」

 いきなりハクアの名前を出されて、ジンは内心少しだけ動揺した。

「食事会、今日なんですよね」

「楽しみそうだな」

「師匠は来ないんですか?」

「女同士の食事会に邪魔するのも野暮ってもんだろう」

「じゃあ、ハクアさんの実力を試したいって言ってたの、いつにするんです?」

 ジンの小隊は二人の欠員がいる。早急にそれを埋める必要があるのだ。

「まずはお前が面接してからだな」

「面接、ですか」

 マリがきょとんとした表情になる。

「そ。仲間に引き入れた場合、待っているのは遺跡の中での共同生活だからな。まず一緒にやっていけるかを見極めないといかん」

「師匠。腕さえ良ければ誰でも良いって言ってませんでしたっけ」

 そういえば、そんなことを言った記憶があった。

「もしかして、師匠……」

 マリが深刻な表情でジンを見つめる。

 心の中を見通された気がして、ジンは落ち着かない気持ちになった。

「ハクアさんのこと、苦手なんですか?」

 ジンは心の中だけで安堵の息を吐いた。

「そうだよ。俺は女子供が苦手だからな」

「だからいつまで経っても町に馴染めないんですよう?」

 マリは淡々と痛い所を突いた。


「ハクア様、どういうことですか」

 苦虫を噛み潰したような顔でクロウが言う。

「どういうこと、と言いますと?」

 ハクアはすました声で答えた。

 サクマ領剣士隊宿所の一室である。

 窓の外には太陽が照っている。

 ハクアは椅子に座って、彼が運んでくれた朝食を食べているところだった。

「通り魔退治にハクア様が参加していた、という噂を聞きました」

「何か不都合があったかしら」

「あれほど余計な外出は控えるようにと申し上げたのに! それもわざわざ危険に首を突っ込んで!」

「仕方ないじゃない。退屈だったんだから」

「御身に何かがあったらどうします!」

「あら、愚問ね、クロウ」

 ハクアは唇の端を持ち上げた。

「私に何かあるわけがないでしょう。それは、この町で貴方が一番良く知っているはずだわ」

 反論が思いつかなかったのだろう。クロウは悔しげに言葉を捜す。

「ハクア様は投げやりになっているように思います。もっと御身を大切にしてください」

「大切に、ねえ」

 ハクアは机に頬杖をつく。

 大切にしようがしまいが変化がないのが我が身なのである。可愛がりがいがないではないか。

「あと、時々窓から抜け出て町に出ているでしょう、ハクア様」

 クロウがここぞとばかりに言葉を続ける。

「いけませんよ。女性の客員剣士ということでただでさえ目立つのです。男は狼、ハクア様の身に何かあったら……」

「そんなことを気にしていたら、遺跡にも入れませんよ」

 ハクアは呆れきってしまった。

 この男は結局過保護なのだ。

「貴方は私を籠の中の鳥にして可愛がりたいみたいね」

「そういうことではありません」

 クロウは不服げに言う。

「ただ、ハクア様の身を案じているだけです」

 この男のことをハクアは嫌ってはいない。

 ただ、愛情が重いと感じているのも確かだった。

「あ、今度出かける予定が入ったから、乱入されても鬱陶しいから先に言っておきますね」

「予定、と言いますと?」

「女友達との食事会です」

「食事会、ですか」

「護衛をするのは構いませんが、邪魔だてはしないようにお願いしますね」

「はい、わかりました」

 クロウは褒められた犬のように顔を輝かせた。

 ついて来て良いと言われたのが嬉しかったのだろう。


 外に夕焼けが輝き始めた。

 ジンは手紙を書いている。

 あの遺跡には、一度に入れる人数に限度がある。だから、剣士隊に所属していても、遺跡に入らない日というのも自然に多く出てくる。

 だから、普段は暇なものである。

 部屋の扉がノックされて、ジンは振り向いた。

「入っていいぞ」

 部屋の扉が開いて、マリが顔を覗かせる。

「そろそろ時間なんで、行って来ますね」

「おう、良いデートになるといいな」

 マリが恨みがましい顔になる。

「私、女ですからね」

「ああ、お前の男装があまりにも似合っているから……」

「すっかり忘れていた、ですね。聞き飽きました。じゃ、行って来ます」

 マリは苛立たしげに言うと、ドアを閉めて出て行った。

 ハクアとマリが食事をする。

 そこにさり気なく混ざることは簡単だろう。

 それを思うと、ジンは落ち着かなくなってしまった。

 手紙を書く手が動かなくなる。

 ハクアのことが気にならないと言えば嘘になる。

 ただし、それは色恋の感情ではない。

 ある人に似たハクアが、どれほどその人と違っているか確かめたい。

 そんな好奇心に根付いた興味がジンにはある。

「今日は外食するかな。たまには違ったものを食べたいし」

 誰かに言い訳するかのように、ジンは呟いた。


 暗くなってから外を歩くと、彼女達は簡単に見つかった。

 剣士隊の同僚達がいては気楽に話せないだろうからと、宿舎から離れた酒場に向かうと簡単にその姿が見つかった。

 二人は意気投合したようで、熱心に話し合っている。ジンにも気がついていないようだ。

 ジンは、二人から離れたテーブルに座ると、サラダと酒を注文した。

 周囲を眺めていると、ふと気がつくことがあった。

 二人のテーブルをじっと凝視している男がいる。

 若い男である。

 サクマ領の剣士隊の服を着ている。

 彼は時たま自分の食事に視線を落とすが、ハクアとマリを観察し続けている。

 それは、異様な光景だった。

 賑やかな酒場で、彼の周囲だけが静けさに包まれている。

 ジンがサラダを食べ終わっても、彼の挙動は変わらない。

 いい加減に、ジンはそれが不快になってきた。

 ハクアとマリを注視されていることが、気に触ったのだ。

 ジンは酒を片手に持つと、視線を遮るようにして男の向かいの席に座った。

「うちの連れになんか用かな」

 男は、不快げな表情になる。

「うちの連れ、とはどういう意味だ」

「あそこの男女だよ。剣士隊のな。俺の連れだ。遺恨か? 色恋か?」

「ふざけるなよ。お前如きがあの人のなんだと言うのだ」

 男は呆れたような表情でそう言ってのけた。

 どうやら話の通じない手合いらしい。これは追い払う必要がありそうだった。

「表に出ろや兄ちゃん。知り合いに変なのが付きまとうのは鬱陶しい。俺が叩きのめしてやる」

「同感だな。お前みたいな男が下心を持ってあの人の知人を名乗る。非常に不快だ」

「ようし、負けたほうが去る。これで問題はないな」

「ああ、良いだろう。その酔った体で私に勝てるならな」

「これぐらいの酒、水と一緒だ」

 ジンはそう言って、酒を煽ってコップをテーブルに置いた。

 表に出て、ジンは剣を鞘から抜く。剣を右手だけで持ち、左手は下ろしている。

 男も、剣を鞘から抜いて、柄を両手で握り締めた。

(……こいつ、案外やりそうだ)

 ただの変質者かと思いきや、その構えの安定感は大樹を連想させる。

 こちらに闇雲に撃ちかかってくる気配もない。

 ただ、お互いの力量を見切ろうとじっと観察している。


 クロウは酒場で男に絡まれ、外でその男と対峙していた。

 クロウは剣を両手で握り締め、男は左腕を下げて右手に剣を持っている。

 クロウは動けなかった。

 クロウの動きを止めているのは、悪寒だった。

 何処へ打ち込んでも反撃の一撃で倒される気がする。

 そんな予感があった。

 認めたくない事実だが、目の前にいる男は自分と同等かそれ以上の実力を持った相手のようだった。

 剣の位置を少し右に逸らす。

 すると、相手も立ち位置を微妙に変えてくる。

 どうやら相手は、的確な反撃を行なうことに全ての意識を集中しているらしかった。

「打ちかかってこないのか」

 相手が揶揄するように言う。

「そちらこそ、威勢が良いのは口だけか」

 クロウも言い返す。

 二人は動かない。


 自分から動くという手ももちろんジンにはあった。

 相手に隙は見えないが、それを崩せる自信がジンにはあった。

 ただ、勝率を百パーセントに近づけるには、相手の行動を待ったほうが確実だった。

 相手の動きを読み、攻撃の動作に移った瞬間にできた隙を突くのがジンの流派が得意とする勝ち方だった。

 ウラクの例もある。

 相手の剣があまりにも速ければ、まずは回避に集中しなければならない。

 念には念を入れる必要がある。

 だからジンは動かない。勝利を磐石のものとする為に。

 そして、勝利したその時には、ジンはハクアと一緒に卓を囲むのだ。


 クロウの頭にあるのはハクアのことだけだった。

 ハクアは今どうしているだろう。悪い男に絡まれていないだろうか。もしもその男がハクアより強かったらハクアはどうなってしまうのだろうか。

 そんな不安がクロウの心を縛り付けている。

 そして、ここで負けたらどうなるのだろうとクロウは思う。

 今後、ハクアを守る存在がいなくなってしまうのだ。

 それはクロウにとってとても困ることだった。

 そもそも、この目の前にいる酔っ払いすらクロウにはハクアに纏わりつこうとする悪い虫に見えるのだ。

 ハクアを守らなければならない。

 だから、目の前の男に負けるわけにはいかない。

 そして、相手が先に行動を起こした時こそクロウはこの戦いに勝ち目があるかどうかが見えるのだ。

 だからクロウは動かない。勝利をこの手に掴む為に。

 そして、勝利したその時には、クロウはハクアの護衛に戻るのだ。


「で、お付きの人が言うんですよ。ハクア様は狼の巣に入れられた羊のようなものなのです。だから一人でうろついてはいけません! なーんて。こっちはたまったものじゃないんですけれども」

 酒場の中で、ハクアは苦笑しながらそう言った。

「一人でうろつけないなんて酷いな。まあ、うちの師匠は逆に放任主義ですけどね」

 そう答えるのは、マリだ。

「うらやましいな。けどあの人は確かに、そんな感じでしたよね」

「一日ぐらい交換してみる? 私もたまには心配されたいよ」

「放任するのは信じている証拠ですよ。束縛するのは信じていない証拠」

 ハクアはそう言って、悪戯っぽく笑った。

「信じてるのかなあ。どうでも良いって感じに見えるけれどなあ。適当なんですよ、あの人」

「ああ、適当なのはわかります。私の名前を何度教えてもお嬢さん呼ばわり」

 おや、とマリは思った。

 ジンは面倒臭がりな性格だ。だからこそ、大抵の相手にはそつなく相手をする。

 それがわざわざ相手を挑発するようなことを言っている。

 案外、この少女に興味があるのかもしれない。マリはそんなことを思って、少しだけ感動してしまった。

「あの人、女に興味があったんだなあ」

 思考が、思わず呟きとして漏れた。

「どういう意味でしょう?」

 ハクアが不思議そうな表情をする。

「ううん、こっちの話。じゃあ、これからは私が一緒なら普通に町をうろつけるんじゃないかな」

「ああ、良いですね」

「私、この辺りの子供に読み書きを教えてて……」

 女二人の会話は、和やかに進んでいく。


 何人もの客が、剣を抜いている二人を店から出てきてはぎょっとした表情で眺めた。

 そのうち、二人を見物する観衆が集まり始めた。

「何やってんだこの二人」

「どちらもビビッてやがるのさ。打ち込んでいかねえ」

 主に町人の利用する酒場である。剣士相手に遠慮があってか、厳しい野次はあまり飛ばない。

 皆、はやし立てることはせずに二人の動きを見物している。

「お、右の兄ちゃんが剣を水平に構えたぞ」

「左の兄ちゃんが対応して半歩後退したぞ」

 ざわめきが、戦う二人の間を支配している。

「これは勝負は一瞬で決まるな」

「わかったようなこと言いやがって」

「賭けるか? 俺は一瞬で決まるほうに賭けてやるよ」

「じゃあ俺は泥仕合に賭ける」

 戦う二人は距離を保ったまま、睨み合っている。


「打ちかかって来いよ、そろそろ飽きてきただろう」

 ジンが言う。

「そちらこそ、打ちかかってくるが良い」

 男が言い返す。

「生憎、こちらは反撃を得意とする剣術でな」

 ジンは、やけになって手の内を晒した。

「そうか。生憎、こちらは守りを主体とする剣術だ」

 男も、もう疲れたのだろう。正直に答えた。

 沈黙が場を支配する。

 それはつまり、どちらも先に打ちかからないということだ。

「ああ、もう、良いだろう。こっちから動いてやるよ」

 ウラクのような手合いはそうそうはいないだろう。そう考えて、ジンは博打に出ることにした。

 右手だけで持っていた剣を、両手で握り締める。

 負けたなら、相手が自分より強かっただけのことだ。

 ただ、守りの剣術を自称するだけあって、相手には一分の隙もない。

 ならば、それをいかに崩すかだった。

「おお、動くぞ!」

 町人達が興奮したように身を乗り出す。

 ジンが一歩を踏みしめ、足に体重を乗せた。

「何やってるんですか、師匠」

「何をやっているのです、クロウ」

 呆れたような声が、酒場の入り口から飛んできた。

 ジンが動きを止める。

 男も動きを止める。

「不審者を成敗してるところだ。止めるんじゃねえ」

 ジンが言う。

「ハクア様に付きまとう害虫を排除しようとしているところです」

 男も言う。

 そして、二人の顔に疑問譜が浮かび上がった。

「おい、お嬢さん。この男、あんたの知り合いか?」

「残念ながら、知り合いですね」

 ハクアは苦笑顔で答える。

「あんたのことを観察してるみたいだったが」

「護衛のようなものと考えていただければよろしいかと」

「あー……そー……なるほどねー……」

 ジンは脱力して、剣を鞘に収めた。

「クロウ。この方はこの前の通り魔退治で協力してくださった方です。私の恩人ですよ」

 クロウと呼ばれた男も、ハクアのその一言で慌てて剣を鞘に収める。

 ジンとクロウは、互いの顔をまじまじと眺めた。

 クロウは疲労の色濃い顔をしているが、ジンもまたそうなのだろう。

「つまり、俺達……何してたわけ?」

「言うな。なんだか情けなくなってくる」

 こうして、二人の戦いは終わったのだった。


「間抜けな話ですね。互いに互いを不審者と思って追い払おうとしていたとは」

 ハクアが、全ての話を聞いて呆れたように言う。

「いや、不審者ですよう。師匠、何しにここに来てたんですか」

 マリとハクアは酒場の椅子に座り、ジンとクロウは立った状態で二人の話を聞いている。

「まあ上手くやってるかちょっと見ていこうと思ってな。お前は抜けたところがあるから」

「こんなことをやらかした師匠に間抜けと言われたくないですねえ」

 心底呆れきった口調だった。

 どうやら知己を得て図に乗っているらしい。

「クロウ。これで貴方がいかに心配性か身にしみてわかったでしょう。今後はその症状の改善に努めることです」

「面目次第もございません」

 クロウも言い返す言葉がないようだ。

「ま、けどこれで集まりましたね」 

 マリが言う。

「そうですね。このメンバーなら安定するでしょう」

 ハクアも言う。

「なんの話しだ?」

 ジンは薄々その答えを察しながらも、質問していた。

「このメンバーで、遺跡を調査しましょう!」

 マリが言う。

「ええっ」

 クロウが大きな声を上げる。

「大丈夫。お互いの腕なら確認したところでしょう?」

 そう言ってハクアが微笑む。

 間抜けな一幕を演じた自分達に拒否権はなさそうだ。

 ジンとクロウは顔を見合わせて、溜息を吐いた。

 こいつと一緒かよ、とどちらも言いたげだった。



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