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通り魔騒動 ハクアという少女2

 ソウフウ隊の講堂には、人がひしめき合っていた。

「まあ、たくさんの人」

 ハクアが、感心したように言う。

 ソウフウ隊の面々だけではない。三大領主の剣士隊も、各々の目論見を持ってこの場に集まっているらしい。

 集まった人数は五十人は下らないだろう。

 どうやらジンは、出遅れてしまったらしい。

「今から混ぜてもらっても良いですかね」

 ジンが片手を上げる。

 段の上に立っていたソウフウ隊の隊長サキリが、無表情に頷く。

「我々で夜の街を警備しようと相談しあっていたところです」

「なるほど」

「我々は我々で小隊を作る。三大領主の配下の方々も小隊を作っていただけますかな。配置はソウフウ隊に任せていただきたい」

 ざわめきが講堂の中に広がる。

「私と貴方で二人は集まりましたね」

 ハクアが言う。

「まあ、どうせ組むなら頼りになる相手だな」

 ジンも異論はなかった。

 それぞれ、同じ領主のシンボルを縫った服を着た者同士がグループを作りつつある。

「しかしどうしたもんかな。成り上がり者と女の二人組だ。どっか入れてくれるグループはあるかねえ」

「貴方は散々な評価ですものね。たまたま生き残ったからハルカゼさんのおこぼれを貰った運だけの男だと」

 ハクアは何が楽しいのか微笑んで言う。

「……歯に布着せねえお嬢さんだ」

 ここまで直言を吐かれると、ジンも苦笑するしかない。

 そんな中、人ごみを掻き分けてジンに近寄ってくる人がいた。

「やあ、ジンくんじゃないですか」

 声のした方角を見て、ジンは目を丸くする。

「先生。先生もこちらに来ておられたのですか」

 人ごみから吐き出されるようにして、初老の男性がジンの前に現れた。

 まず目に付くのは、その剣だ。黒い鞘に収まったそれは、まるで工芸品のように細い。そして、反りがある。突きには適しているだろうが、打ち合いに耐えうるかどうか誰もが危ぶむだろう。

「ジン君と違って、カミト領ですがね。ジン君はどうしてサクマ領に? 一番やる気のない領と評判でしたが」

 初老の男は、そう言って苦笑した。

「一番選考基準が緩いかと思いましてね。それでも落ちた馬鹿弟子もおりますが」

「ほう、ジン君に弟子。私も歳を取るわけだ」

「あの、この方は?」

 ハクアがジンに問う。

「俺の剣術の師匠のイッテツさんだ。腕は保証するよ」

「それは心強い。ハクアと言います。よろしくお願いします。そういえばジンさん? とも挨拶はまだでしたね」

「ジンだ。よろしく、お嬢さん」

「ハクアです」

 ハクアは少し苛立ったように言う。お嬢さん呼ばわりが気に食わないのだろう。

「そろそろ小隊の配置の話に移ってもよろしいか?」

 サキリの大きな声が講堂に響き渡る。

「俺もいれてくれないか」

「すまん、どうか俺の席もくれ」

 集団に入りそこなっていた人々が、グループを作った人々に焦って話しかける声が聞こえてくる。

「結局三人ですか」

 ハクアが、淡々と言う。

「まあ、一人で十分なところを三人です。十分でしょう」

 イッテツが微笑んで言う。

 この人なら本当に一人でやりかねないな、とジンは思う。

「そうですね」

 結局三人で活動するか、と考え始めた時の事だった。

「すみません、俺も入れてくれませんか」

 そう言って、三人の前に現れた男が居た。

 男は、服にどの領のシンボルマークも縫ってはいなかった。

 背が高く、肩幅が広い、筋骨隆々とした中年男だった。

「俺はこの町の住人のコモンと言います。剣の腕には覚えがある。あんた達はどうやら人数が少ない。俺でも役に立てると思うんだが」

 ジンはイッテツの顔を見た。

「どうします?」

「構わないでしょう。旅は道連れと言いますからね」

 イッテツがそう言うならば、ジンにも反対する理由はない。

「じゃ、よろしくコモンさん」

「ああ。これでもこの町一番の使い手だ。役に立って見せるよ」

 こうして、四人の小隊が完成したのだった。

「四人で死の数字、とも言います。各々注意しましょう」

 ハクアが穏やかな表情で、不吉な事を言った。


 夜の街を、ジンは一人でうろついていた。

 他のメンバーは何処にもいない。

 それは、昼に小隊内で相談して決まったことだった。

「思うんですが、多人数でうろうろしていたら通り魔も襲って来れないと思うんですよ」

 そう言ったのは、イッテツだった。

「そしたら通り魔はこちらの警備が緩んだ時にまた犯行を繰り返す。キリがありません」

「と言いますと?」

 ジンは問いつつも、こう思っていた。

(ああ、この人結局一人でやりたいんだな……)

「我々自らが囮となって、一人で出歩くのですよ。そして、通り魔に襲われたところを捕縛する。そうすれば、四人でうろつくよりも広い範囲をカバーできます」

(やっぱそう来たか)

 ジンは迷っていた。

 確かに、ジンも一人で通り魔を倒して周囲に認められたい。

 しかし、ハクアやコモンを一人きりにしておくのは不安だった。

 ハクアの腕を疑っているわけではない。ただ、ジンはハクアを危険な目に合わせたくはなかったのだ。

 その理由は馬鹿らしかった。

 ただ、ハクアの顔が知人に似ているからというだけだ。

「私は異論ないですよ」

 ハクアが穏やかに言う。

「通り魔となるほどの男、どれだけの実力があるか手合わせ願いたいと思っていたのです」

「お嬢さん。色々な人がやられてるんだよ。危ないとは思わないのかな」

「私もこれでも客員剣士です。自分で自分を守るぐらいの腕はある」

 これで分散するという主張をするメンバーが二人。

 残る後一人次第でもう作戦は決定してしまう。

「コモンさんは、どうよ?」

 ジンの問いに、コモンは真剣な表情で答えた。

 大きく見開かれた目は、切実な何かを訴えているかのようだった。

「私は、身内を通り魔に殺されました」

 コモンの言葉に、ハクアが息を呑む音が聞こえてきた。

「だから、私が通り魔を斬ってやりたいという思いはあります」

 これで、三対一だ。多数派が出来上がってしまった。

「んじゃ、各々のうろつく範囲を決めますか」

 そして、ジンは夜になって、町をうろついている。

 右手の小指には指輪がついている。

 同じ指輪をつけている者の、焦りや不安を感じ取れる指輪だ。それを、ジンの小隊は全員身につけている。

 今、指輪からは、皆が平常心を保っていることが伝わってくる。

 肝の据わった連中のようだ。

 夜空を見ると、月が出ていない。

(月のない夜には気をつけろ、か……)

 あの弟子も、不吉なことを言い残してくれたものである。

(四人で死の数字、か……)

 あのハクアという少女も、不吉なことを言ってくれたものである。

 何かが起きそうな胸騒ぎがあった。

 温い空気が体に纏わりついてくる。

 夏が近いことを、ジンは今更ながらに思い知った。

 結局その夜は、誰も被害に合わなかった。


「ソウフウ隊の副隊長さんが言うんですよ。皆、私がいると思って気軽に危険に顔を突っ込むと」

 病室に見舞いに行くと、マリはそう言って苦笑した。

 ソウフウ隊の副隊長は、神術に長けた者が選ばれたと聞く。その人がマリを治療してくれているのだ。

「ああ、あの女の人って副隊長なのか」

「詰め所に通ってるのに知らなかったんですか」

「事務方の人かと思ってた。治療してもらった時は、意識なかったり寝てたりしたしな」

「師匠にも知らないことがあるんですねえ」

 マリはそう言って微笑んだ。

「そういえば、ハクアって子と会った」

 寝転がっていたマリは、勢い良く体を起こした。

 そして、苦しげに呻き声を上げる。

 傷口に響いたのだろう。

「本当ですか」

「ああ。本当も本当。俺と同じ小隊に入ってるよ」

「ずるいですよ師匠。私も女友達が欲しいです」

「お前にはいるだろ。リコとかどうとかいう女の子が」

「ノーマルで健全な女友達が欲しいです」

「ノーマルな、ねえ」

 あのマリの全財産を持っていったという娘とはどういった状況になっているのか、それはジンの知るところではなかったし知りたくもなかった。

「先生ー!」

 声がして扉が開く。

 歳若い娘が、花を持って入ってきた。

 まるで咲いた向日葵のような満面の笑顔だ。

「今日もお見舞いに来ました」

 マリの顔に苦笑いが張り付く。

「そんな毎日来なくて良いっていってるのに」

「いえ、先生は私を庇って刺されたんです。看病をするのは当然です。お花変えてきますね」

 娘はそう言うと、花瓶を持って部屋から出て行った。

「あれ、毎日来てるの?」

「毎日来てますねえ」

 情けない声でマリは言う。

「なんていうか、モテ期が来てるんですよ」

「ほう、モテ期」

「下級剣士になってから、あちこちでせっつく声があるようで。ほら、私は成り上がり者じゃないですか。だから、剣士の家系にありがちな縁談はないでしょう? 狙い目ってわけです」

 自嘲するようにマリは言った。

「まあ、リコちゃんは私がそうなる前からああでしたけど。正直、良心が痛みます」

「自慢か」

「困ってるんです」

「俺、モテ期来てないんだけど」

「それは……」

 沈黙が、部屋を包んだ。

「それは、私の方が元々町の人に親しんでだから、顔も売れてる的な?」

 マリが、ふと思いついたようにそう言ったことで、気まずい沈黙は破られた。

「あー、そういや俺、ソウフウ隊とか他の剣士としか飲んでねえや」

「でしょう」

「そうか。じゃあ今回町の人と同じ小隊だから、精々恩を売っとくかね」

「コモンさんですか」

「知ってるのか?」

「奥さんを殺されているんですよね。きっと、やりきれないと思います」

「……そりゃ、犯人を捕まえたいわな」

 斬り殺してやりたい。そう言った彼の気持ちが、少し理解できたジンだった。

 リコが部屋に戻ってきた。

 ジンは立ち上がる。

「んじゃ、俺行くわ。ハクアのお嬢さんに何か言伝はあるか?」

「ああ、それじゃあ、飴のお礼に今度ご飯食べましょうって伝えてください」

「わかった、伝えておくよ」

 ジンは部屋を出た。

 その背後からこんな声が聞こえてきた。

「先生、ハクアさんって誰ですか?」

 真剣な声だ。

 どうやら、マリの前途は多難なようだった。


「じゃあ、今日もお互い頑張りましょうか」

 イッテツが言って、ジンの小隊四人は夜の街へと散っていった。

 ふとジンは気がつく。

(あ、お嬢さんにマリの言葉を伝えてねえや)

 まあ、全てが終わってから伝えれば良い話だった。

 今日は雲が厚くて、月が出ているか見えない。

 今日もまた、月のない夜だった。

(そもそも、剣士隊が警戒してんのに通り魔なんて出るもんかねえ)

 そうと気がつくと、とたんに馬鹿らしくなってしまったジンだった。

 通り魔が出るとしても、警戒が緩んだ頃だろう。

 ジンは、路地裏に座り込んで休憩を取り始めた。

 町を歩いて行く不審者がいないかだけを観察して、時間を潰す。

 人の足音一つない、静かな夜だった。

 指輪から感情のざわめきが伝わってきたのは、その時のことだった。

 指輪の持ち主が、何かと遭遇して焦っている。

 どうやらコモンのいる方角だ。

 ジンは跳ね起きて、駆け始めた。

 コモンのいる場所には、ハクアが近い。

 最も遠いのはイッテツだ。

 イッテツはさぞ悔しがっているだろう。

 しかし、ジンの心にあるのは焦りだった。

 このメンバーの中で最も弱いのはコモンだろう。

 誰かが手早くフォローに入る必要があった。

 ジンが駆けつけた時、闇夜の中には濃厚な血の匂いが漂っていた。

 一人だけ、立っている影がある。

 体格からして、コモンだとわかった。

 地面に目を向けると、ハクアが倒れているのがわかる。

 血の臭いだけで、死んでいるとわかった。

「犯人は何処だ」

 ジンは、苛立ちを噛み殺しながら問う。

「あちらに逃げて行きました! ハクアさんが対応してくれたんですが、やられてしまって」

 そう言って、コモンはジンがやってきたのと反対側の方向を指差す。

「そうかい」

 そう言って、ジンは剣を抜いた。

「見つけたぜ、通り魔」

 ジンの視線は、コモンに向けられている。

 コモンが返事をするまで、しばし間があった。

「なんのことですか」

「おかしいじゃないか。なんであんたが持ち堪えることができる相手に、ハクアが一瞬で殺されたんだ」

「それは……」

「お嬢さんはあれで客員剣士だ。腕は相当立つ。あんたみたいな一般人とは実力に雲泥の差があるはずだ」

「言いがかりだ。あんな娘が、俺より強いわけがない」

「じゃあ、剣を見せてみろよ」

「なに?」

 コモンが、右足を後ろに引いた。

 ジンは、左足を一歩前に進める。

「剣から血の匂いがしないか確認させろと言っている。武装放棄しろとも言っている」

「馬鹿らしい。こうしている間にも、犯人は遠ざかっているんだ」

「単純な手口だよな。路地裏に犯人が逃げたと言って、お嬢さんがそっちを向いた所を背後から突けば良い」

「だから、言いがかりだと……」

「どうする? このままだと先生が辿り着くまで間もないぜ」

 コモンは、黙り込んだ。

 場の空気が変わったのがジンにもわかった。

 剣が鞘を走る音がした。

 コモンの体躯を使った全力の一刀。

 それがジンに突き刺さるよりも早く、ジンの突きがコモンの装備した鎖帷子を破り、胸を貫いていた。

 コモンが血を吐く音がした。

「リ……リ」

 コモンはそう呟いて倒れると、それきり動かなくなった。

 ジンは重い気持ちで、ハクアに駆け寄る。

 その背中に手を這わせると、鎖帷子に貫かれた後があるのがわかった。服も随分と血で濡れている。

 もう、既に死んでいるだろう。

 ジンは泣きたいような気分になった。

 知人と顔が似ている。ただそれだけなのに、ハクアを守れなかったことが悔しかった。

 そしてジンは、鎖帷子の奥にあるハクアの肌に触れた。

 傷口があるはずの場所に、それがなかった。

 ジンは戸惑い、うつ伏せになって倒れているハクアを仰向けにし、心臓の位置に耳を当ててみた。

 鼓動の音がする。

 厚い雲が動いた。

 薄い月が、ほのかに町を照らした。

 血塗れの服を着たハクアが、突然目を開いて起き上がった。

 彼女は立ち上がって周囲を見回し、倒れたコモンを指差して、穏やかに言った。

「ああ、そうです。犯人はこの人です」

 ジンは、胡散臭げにハクアを眺めるしかない。


「なあ、なんで傷口がないんだ?」

「鎖帷子のおかげです」

「鎖帷子裂けてたぞ」

「寸でのところで止まりました」

「なら、血はどう説明する」

「持病なんですよ」

「病名を言ってみろよ」

「口から血が出る病気です」

「病名だよ病名」

「良いじゃありませんか、ジン君」

 背後から、声がした。

 いつしか、イッテツがこの場にやってきていた。

「いつから来ていたんですか、先生。人が悪い」

 ジンは、眉間にしわを寄せる。

「犯人以外は全員生きて帰れた。これ以上望むことはないでしょう」

「……こいつ、なんでこんなことをしたんでしょうね」

「さあ、私にはわかりかねます。私達は所詮、流れ者ですからね。さ、遺体を運んで詰め所に行きましょう」

 そう言って、イッテツは踵を返して歩き始めた。

 自分が遺体を運ぶ気はないらしい。

 仕方なく、ジンはコモンの遺体を担いで歩き始めた。

 ハクアがその後をついてくる。

「いや、しかし見事な突きでした。腕を上げましたね、ジン君。私も手合わせ願いたいものだ」

「勘弁してくださいよ。先生みたいな化け物の相手はごめんです」

 イッテツは冗談ではなく、本気でそう言っている。

 それを思い、ジンは背筋が寒くなった。

「違う領に所属する二人ですからね。私はこんな予感がするんです。私はジン君と戦うためにこの場所に導かれたのではないか、と」

「やめてくださいよ、先生」

「まあ、先に行っています。事情を説明しておかないと色々と厄介でしょう」

 そう言って、イッテツは先を行ってしまった。

「面倒事を押し付けられましたね」

 ハクアが、愉快げに言う。

「あんたにはまだ聞きたいことが……」

 そこまで言って、ジンはやめた。

 脛に傷があるのはハクアだけではないと思ったのだ。

 ジンも、マリも、人に言えない秘密を抱えている。

 それを他人にだけ話せというのも勝手だ。

 その代わり、ジンは伝え忘れていたメッセージを送ることにした。

「俺には弟子がいてな」

「ええ」

「その弟子が、あんたに飴を貰ったお礼をしたいと言っている。食事に誘いたいんだと」

「ああ、あの時の。覚えてますよ。元気にしてますか?」

「今じゃ下級剣士だよ」

「出世なさったようで何よりです。けど、良いんですよ。気になさらなくても」

「付き合ってやってくれ。あいつがそうしたがってるんだ。友達が欲しいんだと。同性の友達がな」

 ハクアは一瞬、目を大きく見開いたが、すぐに苦笑を浮かべた。

「なるほど。そういうことなら、お付き合いしましょう」

 細い月が、穏やかに町を照らしていた。


「結局、復讐だったんじゃないんですか」

 昼の病室で、ベッドに寝転がったマリはやや投げやりにそう言った。

「コモンさんの奥さんのリリさんが、殺された。地元の人間としては、流れ者を疑いますよね」

「それで無差別に斬りかかられたらたまったもんじゃねえな」

「けれども実際、遺跡調査が始まってから治安が悪くなったって話は出てるそうですし」

「まあ、それを言われたら反論のしようがねえ」

 新しい店が乱立したことによって困窮している町の店。アオバ隊の中でも、食費を維持できずに犯罪に走る人間の存在。忠誠を誓う領の違いから起こる喧嘩や遺恨沙汰。

 穏やかだった町は、今や色々な不安要素を抱えている。

「私達が来なければ、コモンさんは今も平和に奥さんと暮らしてたのかなあ」

「考えてもしょうがねえよ。覆水盆に帰らずってな。まあけどサクマ様は、思うところがあったのか、アオバ隊に食事を提供するようになったようだ」

「それは良いことですね」

「食事狙いでいつまでもだらだらしがみつく奴が増えなきゃ良いがな」

「そこは、サクマ様の考えることですよ」

 マリの言うことは、珍しくもっともだった。

「思うんですけどね」

 マリは言葉を続ける。

「人間一人がいなくなることって、大変なことだと思うんです」

「そうかな」

「そう思いません?」

「友達も兄弟も近しい他人なんだよ。他人がいなくなっても少しは寂しいが、それで人生が変わったりはしない」

「私は、人生が変わる出会いってあると思いますよ。そんな相手を失う事は、とても、とても大変なことなんです。一つの世界が無くなるに等しいショックだと思います」

「……」

 ジンは、反論しなかった。

 人生を変えるような出会いを、ジンは以前体験した。しかし、その相手を失ってしまった。

 だから、マリに反論することが出来なかったのだ。

「人間一人一人にはとても大事な人がいて、繋がっていて、一人が欠けることすら大変なことなんです」

「何が言いたい」

「師匠は、死なないでくださいね」

 突然の言葉に、ジンは言葉を失う。

「お爺ちゃんとお婆ちゃんになっても、文通でもしましょうよ。孫が元気だとか、息子の嫁と上手く行ってないだとか、愚痴りあいましょうよ」

「老後までお前の面倒を見るのはごめんだなあ」

「そうつれないことを言わずに」

「後お前の手紙って凄い長そう。ドン引きするレベルで長そう」

「師匠の手紙は簡潔すぎて笑っちゃいそうなイメージですけどね。あの人らしいやって」

 お互いにそのイメージが沸いてしまったのだろう。

 マリは滑稽そうに、ジンは皮肉るように、微笑んだ。

「まあ、約束してやるよ。こんな遺跡程度じゃ俺は死なないよ」

「この前、死にかけて私と神術師さんに助けられた癖にー」

 マリが小声で言う。

「なんか言ったか」

「いいえ、なんにも」

 治安が悪くなった町で、それでも穏やかに二人の会話は続いていった。


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