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通り魔騒動 ハクアという少女1

「思うに、我々の存在に価値などないのだ」

 男は、どうでも良さげにそう言った。

「だってそうだろう。百年後に俺やお前の名前はこの世の中に残っているか? 答えはノーだ」

「我々は生命とか言う、どこから来てどこへ行くのかもわからんものを代々繋いでいく為の器に過ぎん。お前らが貴重がっているそれは、ただの器だ」

「その器が二十や三十割れたところで、世界にどんな影響が出る? 出ないんだよ。最悪、人類が滅亡したとしても他の種が生命というものを繋いでいくだろう」

「だから、俺は器を壊すことに頓着がない」

 男は本当にどうでも良さげにそう言い切ったのだった。

「だから、たかが二十人や三十人殺されたぐらいでぐだぐだ言うなよ。それぐらいの数、死んでもすぐに生まれてくるさ」

 男の言葉に、私は怒りを感じていた。

 そして、彼は間違いなく倒すべき敵なのだと再認識したのだった。


――マリ冒険記より


「サクマ領下級剣士。いやあ良い響きだ」

 マリは上機嫌で言う。

「これで師匠の部屋ともおさらばですよ。個室が貰えましたから」

 ジンの部屋で、ジンのベッドに腰掛けてマリが言う。

 ジンは椅子に座って手紙を書いていた。

「俺もありがたいよ」

「領地も少しだけど貰えるみたいですよ。小領主ですね。領地経営頑張りましょうね」

「あれ。これってそういう話だっけ。大体貰えたのは猫の額ほどの土地だぞ」

「そこを工夫して大きな成果を上げて、上の領主様に認められましょう」

「はしゃぐのもそこそこにしとけよ。通り魔にぶすりとやられるぞ」

「通り魔?」

「知らないのかよ。今流行ってるんだよ。通り魔」

「へえ。初耳です」

「お前は少しは情報収集しろよな」

「師匠はお酒のついでに情報がついてくる感じじゃないですか。私は下戸です」

「町の噂を聞きたいなら酒場かソウフウ隊ってな。そういや、ハクアとか言う娘に関する情報も耳に入ったぞ」

「本当ですか!」

 マリが腰を上げる。

「お金に余裕が出来た今、何か恩返ししないと」

「幽霊の類じゃなかったんだなあ。良かったな」

「はい、良かったです」

「幽霊の類なら面白かったのにな」

「台無しです。で、ハクアさんは何処に?」

「神出鬼没だそうな。部屋を知ってる奴すらいなかったよ」

 マリは不満げな表情になった。

「それ、情報がないのと一緒です」

「酒場の情報なんてそんなもんだよ。曖昧なのさ。そういやお前、そろそろ娘っ子を送迎しに行く時間じゃないのか」

「ああ、そういえばそうですね」

 窓の外を見てマリが言う。

 そろそろ日が暮れて外が暗くなり始める頃だった。

「じゃ、行ってこよっかな」

「女に入れ込むのも程々にしろよな」

「入れ込むも何も、私は女です」

「ああ、そういえばそうだった」

 わざとらしい口調で、驚いたようにジンは言う。

「あんまりにも男装が似合っていたからすっかり忘れていたよ」

「師匠。月のない夜には気をつけることですね。通り魔はどこに潜んでいるかわかりませんよ」

「じゃあ、どうやら今日は安心そうだ」

「じゃ、行ってきます」

 きりがないと思ったのだろう。マリは会話を打ち切った。

「あいよ。貰ったって部屋に帰れよな」

「はいはい」

 背後で扉の閉まる音がした。

「まったく」

 ジンは溜息を吐く。

「これで余計な気を使わずにすみそうだ」

 男女同室となると、どうしても気を使う部分というのは出てくるものだ。

 マリはそんな気遣いなど気がついてもいないだろうな、とジンは思う。

 それを思うと、なんだか精神的に倍疲労した気分になるのだった。


「先生!」

 抱きつかんばかりに駆けてきたリコに、マリは微笑みかける。

 夕暮れの町に人は少ない。酒場に歩いていくのだろう剣士達が見えるぐらいだ。

「やあ、そろそろ帰る時間だろう? 送っていくよ」

「いつもありがとうございます」

「なに、パン狙いだよ」

 そう言って、マリはリコに要求の手を差し伸べて見せた。

「仕方が無いなあ」

 そう言って、リコは売れ残りのパンをマリの手に乗せるのだった。

 リコは、以前からマリに読み書きを習いに来ていた子供の一人だ。

 親に身売りさせられそうになり、マリの全財産を与えられた子供でもある。

 リコは親の経営する店のパンを売って歩くようになった。

 遺跡調査が始まってから新しく出来たパン屋より味は落ちるということだが、安さで勝負をする方向に路線を変えたようだ。

 すると、相手側もパンの値段を落とし始めた。

 こうなると、看板娘を使って売り歩くしかないとリコの父親は考えたらしい。

 こうして、リコは夕暮れ時までパンを売り歩くようになったのだった。

 しかし、娘に身売りをさせようと考えていた時に比べると努力の痕跡が窺える。

「今度、新しい材料を輸入して試そうかとも話してるんです。お父さん、先生のお金のおかげでやる気を出してくれたみたい」

「役に立てたなら良かった」

「それで、ですね」

 思いつめたような口調でリコが言う。

 マリは、なんだか嫌な予感がした。

「私って先生に買われた身ですよね」

「買ったつもりはないよ。譲っただけだよ」

「先生はリコでは不足でしょうか?」

 変な展開になったな、とマリは思った。

 ジンならこういうシチュエーションでもいい加減なことを言ってはぐらかしそうなものだが、マリの性格ではそうもいかない。

「不足なんてことはないさ。勿体無いぐらいだ」

 出てくるのはお世辞。悲しい習性である。

「じゃあ、結婚してくださるんですね?」

 話が飛躍していた。

 マリはリコの脳みその中を覗いてみたいと真剣に思った。

「リコちゃん、俺は流れ者だからね」

「流れ者にも家は必要だと思います。私は先生が他所に二、三軒家を持ってもかまいません」

「えーっと、わた……俺はそういうのはちょっと考えてないっていうか」

「考えてください。先生もいつかはおじさんになるんですからね」

(残念ながらどう逆立ちしてもおじさんにはならないんだよなあ……)

 マリはほとほと困り果ててしまった。

 気がつくと、周囲は闇夜となっていた。

「少し急ごうか、リコちゃん」

「先生、話をはぐらかさないで」

「最近通り魔が出てるらしい。危ないからね」

 それが、いつの間に距離を詰めていたのかはわからない。

 ただ、それが駆け出した時には、既にマリを射程圏内に納めていたということだけは確かだった。

 町には人が歩いている。その足音を、狂人のものと区別する方法が果たしてあるだろうか。

 少なくとも、マリはその術を知らなかった。

 マリが振り返った時には、覆面を被った男の刃が、前へと向かって突き出されようとしているのが見えた。

 マリ一人なら回避は可能だっただろう。

 だが、マリが真っ先に優先したのは、リコを剣から遠ざけることだった。

「危な」

 その言葉を発したのと、マリがリコを突き飛ばしたのと、狂人の刃がマリの腹に吸い込まれたのは同時だった。

 リコは地面を数度はねて、転がっていく。

 袋の中に入っていた売れ残りのパンが地面に散らばる。

 狂人は剣を振り上げ、マリはそれを迎え撃とうと自らの剣の柄に手を伸ばす。

「先生!」

 リコの悲鳴が、夜の町に響き渡った。

「なんだなんだ」

「おい、斬り合いをやってるぞ」

 あちこちの家の扉が開いて、人が顔を覗かせる。

 すぐに扉を閉める者、店の外へと出てくる剣士達と反応は様々である。

 狂人とマリは睨みあっていた。

 永遠のように思える一瞬の出来事だった。

 狂人は剣を鞘に収めて、逃げ出した。

「あー、これは良くない」

 熱い血が次から次へと溢れていく。生命そのものが体の外へ逃げ出そうとしているかのようだ。

「これは、良くない」

 マリはその場に膝をついた。

「これは、良くないなあ」

「先生、先生! 誰か、お医者様を!」

 リコの叫び声が、マリにはやけに遠くに聞こえた。


「でえ、まんまと一撃喰らったってわけか」

 病院に見舞いに来た師匠の顔は、無表情に近かった。

 呆れきっているらしい。

 マリは、ベッドの上で恐縮するしかない。

「町の中と思って油断しておりました」

「通り魔の話を聞いた直後に油断するかね」

「ほら、お揃いじゃないですか。師匠とお腹の辺りの傷。神術師さん言ってましたよー。ちょっと前に似たような怪我をして運ばれた人がいたけど、自分で腹を焼いて止血してたから治療になお時間がかかったって」

 反論できなかったのだろう。ジンはぐっと黙り込んだ。

「体に傷。日に日につく筋肉。私をお嫁さんにしてくれる人はいるんでしょうかねえ」

「マイナス要素に貧相な体にいい加減な性格も付け加えといてくれ。間違いなく姑に睨まれるタイプだろうってのもマイナスポイント高いぞ」

「悲しくなってくるんでやめてください」

 ジンは椅子に座り込んだ。

「宿所じゃ評判だぞ。成り上がりの下級剣士が町娘をはべらせて遊んでるところを通り魔風情にやられたと」

「うわあ、聞きたくなかったなあ、それ」

「俺含めてかんっぜんに舐められてる」

「面目ない……」

 ジンもマリも、成り上がり者なのだ。それがこんな所で、無名の通り魔に傷をつけられるのは、失態としか言いようがなかった。

「面倒くせえけど俺も通り魔狩りに協力するしかなさそうだ」

「汚名挽回ですね」

「名誉挽回だ」

 マリは少しだけ頬が熱くなった。

「仇討ちしてくれるんですね、師匠」

「ばっか言え」

 ジンは立ち上がって、マリに背を向けた。

「成り行きだ、成り行き。まあ、焦らず養生しろよ」

「傷が膿みでもして、私が死んだら」

 ジンは立ち止まる。

「悲しんでくれます?」

「養生しろつってんだろ、馬鹿」

 言って、ジンは部屋を出て行った。

 マリは微笑む。

 師が苛々としている本当の理由は、マリには手に取るようにわかるのだった。


 一夜が明けた。

 ソウフウ隊では、通り魔退治の協力者を募集している最中だった。

 ジンはソウフウ隊詰め所の門を潜り、周囲を見回す。

 誰かを捕まえて話を聞こうかと思ったが、今日は門の奥の広場には人が見当たらない。

 だが、遠くから話し声が聞こえてきている。

 建物の中まで入っていけば誰か見つかるかと一歩を踏み出した時の事だった。

「もし」

 背後から話しかけられた。

 少女の声だった。

 ついて来ている足音があるとは思っていたが、少女のものと思って放置していたのだ。

「ソウフウ隊の詰め所というのは、こちらですか?」

「ああ、ここであってるぜ」

「なら、通り魔対策会議とやらが行なわれているのもここなのでしょうね」

 念を押すように少女は言う。

 ジンは振り返った。

 そこには、美しい外見に似合わぬ、サクマ領剣士の服を身につけ、腰に剣を帯びた少女がいた。

 その顔を見て、ジンは呆然としてしまった。

 見知った顔に、よく似ていたのだ。

「私、名前をハクアと言います。この辺りには不慣れなので、案内してくださらないかしら」

 そう言って、少女は優雅に微笑んだ。

「ここは、お嬢ちゃんの来る場所じゃない」

 ジンは、気がつくとそう言っていた。

「宿所でゆっくり休んでな」

「あら」

 剣が日光を浴びて煌いた。

 ハクアが剣を鞘から抜いて、ジンに切りかかったのだ。

 しかし、相手の動作からそれを予測していたジンは、即座にそれを剣で弾いた。

 そして、さらに剣を突き出した。

 攻撃を弾かれて隙ができたハクアは、次の動作が遅れ、その刃を喉元に突きつけられるはずだった。

 しかしハクアは後方に飛んで距離をとり、剣の届かぬ場所へと既に移動している。

 その身の軽さは、まるで空を飛ぶ鳥のようだった。

(できるな)

「やりますね」

 ハクアが感心したように言って剣を鞘に収める。

「これでも私を、ただのお嬢さん扱いします?」

「……訂正するしか無さそうだ」

 ジンは溜息を吐く。

「その身の軽さ。生半可な修練で身につくものじゃない」

「わかっていただけたようでなによりです」

「しかし、おしとやかそうな外見で、随分と乱暴なお嬢さんだな」

「腕をわかってもらうには剣を合わせるのが一番早いでしょう?」

(一歩間違えれば通り魔だ)

 ジンは心の中で呟いた。

 ジンの胸は激しく動悸していた。

 見知った顔に、ハクアがあまりにも良く似ていたからだ。

 けれども、彼女はもっと年長だったし、こんな乱暴な真似はしなかった。

「仕方がない、案内するよ、お嬢さん」

「ハクアです」

 他人の空似だと結論付けて、ジンは剣を鞘に収めると、詰め所の奥へと足を進めた。





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