微笑みを絶やさぬ男3 酒の友
「いやあ、あの時は助かった。僕が右隣に居たヨシトさんを庇った時に、ジン君の素早い一撃が僕の眼前の敵を倒していた」
「や、助けられたのは俺のほうさ。ウラクさんが俺の背後の敵を切り伏せていた」
「混戦になるとやはり頼りになる仲間は必須だなあ」
「まったくだ」
数週間が経って、遺跡に入るのも慣れた頃のことだった。
ジンの部屋から、今日も賑やかな声が聞こえてくる。
酒盛りでもしているのだろう。
「いやあ、楽しそうですねえ……」
服の所々に傷があるマリが、不満げに室内に入って行った。
「お帰り、今回もどっぷり篭ったみたいだな」
「今回は骨のある奴はいたかい?」
「一人いましたよ」
「ほう」
「へえ」
ジンもウラクも意外そうな表情になる。
「俺という粘り強い男が一人居ましたよ」
「結局今回もパーティー皆に逃げられてやんの」
ジンが笑う。
マリは疲れきった体で、ベッドに腰掛けた。
「皆船に乗ってる時は威勢が良いんですけどね。実物を見たら逃げ出すんですよ。なんなんですかねえいったい。男性不信にでも陥りそうですよ」
「客員剣士は逃げたりしねーぞ」
「勇気というのは日常の中で試されるものなんだよ」
ウラクが言う。
「客員剣士になれなかった人間と言うのは、結局何かから逃げてきた人間が多いんだろうね。だから剣もさほど強くなく、いざとなれば逃げてしまう」
それは客員剣士になれなかった自分への批判にもなるのではないか、とマリは思う。
敏感にそれを察したのか、ウラクは言葉を付け加えた。
「まあ、マリ君のように相手が悪かった場合もあるけれどね」
「師匠達はご機嫌のようで何よりです」
「おう、前回は宝を持ち帰って報酬を得たからな」
「なんか料理を奢ってくれませんかね。干物にはもう空きました」
遺跡の中では口にするのは保存の効く食べ物ばかりなのだ。
あの塩辛い味には飽き飽きとしていた所だった。
「酒なら奢ってやるよ。付き合え」
「空きっ腹にお酒かあ。嬉しくないなあ」
言いながらも、流されて飲んでしまうマリであった。
「次回こそは私も宝物を見つけますよ」
マリは意気込んで言う。
「また誰かが空けた後の宝箱じゃなければ良いけどな」
ジンが揶揄するように言う。
二度そんなことがあっただけに、笑い話ではすまないのだ。
遺跡探索は進んでおり、上層には空の宝箱も結構増えているのだった。
「これは……」
ハルカゼが興奮した口調になったのは、遺跡で双剣が描かれたタイルを見つけた時だった。
二人の下級剣士の間にも、ウラクの顔にも、緊張が走った。
ジンだけは状況が掴めずにぼんやりとしている。
「何か珍しいものでも見つかったんですかい?」
「ああ、双剣というのがね。この国の伝承にあるんだ。この国には、王と認められた者か、その信認を得た者のみ真の力を使える双剣があると。国王の証のようなものだよ」
「そりゃえげつない」
国を治める正当性を主張することすらできる、悪魔的な魅力を持った剣だ。
「とりあえず先の道は三本ある。三方に散って、タイルの続きがないか探すんだ。他の隊に勘付かせてはいけない」
全員の顔に緊張があった。
国王の証。そんなものを持ち帰れば、報酬はいかほどになろうか。想像だに出来なかった。
報酬面だけで考えるならば、その剣はこの遺跡で一番の当たりと言えるだろう。
もしかすると、その二本の剣だけで遺跡の調査は打ち切りになるかもしれない。
今回発見されるかもしれないのは、それほどの大物だった。
ジンが進んだ先には、タイルが無かった。仕方なく引き返すと、ウラクの進んだ道が当たりだったらしい。四人の仲間が興奮した笑顔で待ち構えていた。
五人で道を進む。
そして、別れ道にぶつかるたびに手分けしてタイルを探す。
雲の上でも歩いているような、落ち着かない気持ちだった。
そのうち、それは五人の眼前に現れた。
まるで日光でも差しているかのように、薄暗い遺跡の中で輝く台座。そこに、赤と青の二本の剣が突き刺さっている。
柄の部分は黄金色に輝いている。
「伝承の通りだ……。赤と青の二振りの剣。王家の剣だ」
ハルカゼが、震える声で言う。
「さっさと回収して地上へ上がりましょう。他の剣士隊と取り合いにでもなったら目も当てられない」
ジンの言葉に、ハルカゼは我に返ったように頷いた。
「そ、そうだな」
ウラクが青い剣を台座から引きぬく。そして、皮袋から取り出した布で丁寧に包んだ。
ハルカゼもそれに倣う。
そして五人は、落ち着かない足取りで地上への道を戻り始めた。
道中の魔物の相手は最早慣れたものである。
最も素早いウラクと、最も冷静なジンが、他の三人をフォローしながら敵を倒していく。
部屋を埋め尽くすゴブリン、核を貫かねば倒せない不定形の生き物、巨大な一つ目の巨人などを、五人は倒しながら進んでいく。
途中、他領の隊とすれ違うことがあった。
こちらは戦利品を獲て地上へ帰ろうとしているのが目に見える状況だ。何せ、荷物が増えている。
それを狙っていざこざが起こるかもしれない。
四人の顔に緊張が走る。
今回ばかりは、奪われて笑い話ですむような宝物ではない。
ただ、ウラクだけは微笑んでいる。
他領の隊は、胡散臭げにハルカゼ達を眺め、そのまま去っていってしまった。
四人の安堵の溜息が周囲に響き渡った。
「ヒヤッとしたな」
下級剣士の一人が言う。
「まったくですね」
ウラクが普段通りの調子で言う。
「今後は他の隊とすれ違わないことを祈ろう」
その時、右腕の指輪から、マリの焦りが伝わっていることにジンは気がついた。
彼女も遺跡の中に入り込んでいるらしい。
どうやら苦戦しているようだった。
それでも、マリならば大丈夫だろうとジンは楽観視していた。
「酒でも、一杯飲みましょうか」
一階が近づいてきた時のことだった。
食事中にそう提案したのは、笑顔のウラクだ。
「酒があるのか?」
下級剣士の一人が反応する。
「祝杯にと思いまして。量は少ないですが」
「パフォーマンスに影響が出ないかね」
ハルカゼが、難しい表情で言う。
「一杯や二杯ぐらい、大丈夫でしょう。むしろ、疲労や緊張をほぐすのに良いのでは?」
「そうだな。地上に出たら俺達は英雄だからな。歴史に名が残るぜ、隊長」
「まあ、景気づけに一杯飲んどこうぜ。こんな剣を前にして、緊張して良くない」
「……そういうことなら、仕方ないですかね」
ハルカゼも押しに負けたように、それを許可した。
五人で盃に注がれた酒を飲み込む。
そして、食事を終えると、再び外へと向かって歩き始めた。
異変が起きたのは、それから五分も経たぬ間のことだった。
下級剣士の一人が、痺れを訴え始めたのだ。
そしてもう一人が、痺れと眩暈を訴えた。
「おかしいですねえ」
ウラクが、顔から笑顔を消した。
「僕はこんなに好調だというのに」
ウラクの剣が、鞘から抜かれる。
そして、目にも留まらぬ素早さで、異変を訴えた二人の心の臓を貫いていた。
二人の体が倒れ落ちていくのが、ジンにはスローモーションに見えた。
それは、ジンとウラクの間にあった友情が壊れた瞬間でもあった。
ハルカゼが鞘から剣を抜こうとする。
その腕に、ウラクの神速の一撃が襲い掛かる。
右腕を貫かれて、ハルカゼは呻いた。
「うぐぐ、ぐ……」
「おや。ハルカゼさん。酒を飲んでなかったのですか」
「僕は、下戸だ」
「調査不足だったな。料理にしておくべきだったか。せっかくたっぷりと毒を仕込んでおいたのに」
ウラクがハルカゼを蹴り飛ばし、彼の腕から引きぬいた剣を振り下ろす。
それを、受け止める剣があった。
ジンの剣だった。
「……宝を独り占めしようってか。たいした友人だよ」
「そちらこそ、善意の酒を拒むなんて。たいした友人だ」
ウラクは微笑む。
ジンはそれを睨みつける。
二人の視線は重なっていた。
憎悪の感情の下に。
「どうして酒を飲まなかったのかな。酒好きの貴方が」
ウラクは剣を肩に担いで、興味深げに問う。
「胡散臭いと思ったのは、他の隊とすれ違った時だ」
ジンは口の中に残っている酒の残りを吐き出した。
酒を飲んだふりをして、服に染み込ませていたのだ。口には少量の酒が残っている。
「お前は、笑顔でいやがった」
ジンは、剣の切っ先をウラクに向ける。
ジンの後方には布に包まれた赤い剣があり、ウラクの後方には布に包まれた青い剣がある。
「これだけの大物を、奪われまいかと緊張するどころか、笑顔だ。お前は状況判断ができない人間じゃあねえ。だから俺は胡散臭いと思ったのさ。どこかと密約でもあるんじゃないか、と思ってな」
「なるほど、なるほど。表情まで観察されていたわけか。結局、貴方は私を信用していなかったようだ」
「宝を前にした人間ほど信用できないものはねえからな」
「けど、その推測は間違っている」
ウラクが、剣を構えた。
そして、一瞬でジンの横へと回りこんだ。
ウラクの一撃をジンは辛うじて受け止める。
今まで見たこともない速度の一撃だった。
剣を重ねたまま、ジンは壁際まで押されて行く。
「僕は君を含めて、あの程度の有象無象に負ける気がしなかった。それだけのことだよ。敵として認識できないのだから、笑顔が崩れる道理もないだろう?」
ウラクが剣を振り上げた。
一瞬、ジンの剣が圧力から解放される。
しかし、次の瞬間には神速の一撃がジンを襲っていた。
それをまた、ジンは回避する。
次から次へと繰り出される神速の一撃を、ジンは回避し続ける。
「驚いた。僕の攻撃をここまで避ける人間と、会ったことがない」
ジンも内心で舌を巻いていた。ここまで素早い攻撃をする人間と会ったことがなかった。
相手の体全体の動きから、次の動作を予測して回避をしている。
しかし、それも紙一重といった感じだ。
反撃に転ずる余裕が無い。これでは、勝ち目がない。
剣と剣が、再度重なり合った。
「驚いたな、ここまでやり辛い相手と会ったことがない」
ジンは、剣に必死に力を込めながら言う。
悲運だったのは、今、ジンが疲労のピークにいることだ。
双剣を見つけた時、ジンは無意識のうちに緊張感と疲労のピークを遺跡の出入り口付近に合わせてしまった。
対照的に、ウラクは今まで最後の最後に向けて力を貯めていた。
その差が顕著に出た結果、ジンの剣は押された。
「ジン君、どうやら遺跡内じゃ手を抜いていたようだね。人が悪い」
「ウラクこそ、そんなに素早く動いてなかっただろう?」
「ふふ、結局僕達は相手を信用していなかった。僕らの間にあった友情はとんだ偽りだったというわけだ」
「金が絡む相手を心の底から信用する奴がいるかよ」
ウラクは後方に飛んで距離を取った。
そして、次の瞬間にはジンの真横に位置どっていた。
ジンは相手の突きを辛うじて急所から逸らす。ウラクの剣が、ジンの腹を突いた。
ジンは微笑んだ。
「捕まえた」
ジンの右手の刃がウラクの首へと進む。
しかし、その右腕は無常にもウラクの左手に阻まれた。
ウラクが微笑んだ。
獲物をしとめたとばかりに。
ジンが、ウラクに向かって左手をかざした。
ジンは再度微笑む。
その手から、炎が渦を巻いて放たれた。
触れたものを焦がす、灼熱の炎だ。
気が突くと、ジンに突き刺さった剣から手が離されていた。
ウラクは、距離を取って、異物でも見るかのようにジンを見ていた。
炎は回避されたのだ。
「お前……魔法剣士か」
ジンは体に突き刺さった剣を引きぬいて捨てると、傷口に左手を当てた。
鈍い痛みがあった。
熱い血潮が、体から徐々に失われているのがわかった。
炎を生み出すことで、その傷口を無理やり止血する。
「奥の手だったんだけどなあ」
ジンの読みでは、ウラクはジンの左手を無視してさらなる攻撃を加えるはずだった。そこで、炎を浴びてチェックメイトとなるはずだった。
相手の行動を読むことに長けたジンだったが、相手が魔術に関する知識を持っているという情報を先んじて知らなかったのだった。
「ジン、どうやら君は思ったよりも危険な存在らしい。この逆さバベルの塔を制覇するには、どうやら君の存在が邪魔なようだ」
「逆さバベルの、塔?」
ウラクは、地面に落ちていた青い剣を布から引きぬくと、構えた。
ここまでか、とジンが天を仰いだ時のことだった。
「師匠!」
素っ頓狂な声と共に、壁が崩れた。
自然に崩れたというよりは、外部からの圧力によって崩壊したという感じだった。
そして、その穴から飛び出てくる一つの影があった。
立ち込める埃の中で、影は剣を構えて周囲を見渡す。
彼女はジンの腹部の傷を見て顔をしかめ、剣を構えるウラクを睨みつけた。
「どうやら、百年縮まったみたいですよ、師匠」
「……俺も耄碌するわけだな」
ジンは座り込んだ。
そこには、一陣の風のようにマリが現れていた。
「ったく。二段解放までと言ったろうに」
「二段解放ですよ」
マリは飄々という。
「二段解放程度で壁が砕けるか」
「二段解放して、もう一回二段解放しました」
「そりゃあ酷い話だ」
ジンは咳き込んだ。口からは大量の血が溢れていた。
マリの左腕は、複数の腕輪によって封印されている。
その腕輪を外すたびに、マリは超常的な力を得ることが出来るのだ。
「リスクなんて惜しくないですよ」
マリはウラクに向かって剣を構えた。
「師匠の窮地を救えたんだから」
「これはこれは、不肖の弟子君か。運が良いね。脆くなってる壁でもあったか」
「師匠をやったのは、お前だな」
「師匠が叶わなかったのに、貴方が勝てるとお思いか」
「お前がやったんだなと、聞いている」
「ええ、やったのは僕だ。その腹に剣を突きたててやりました。間もなく彼は死ぬ」
マリは地面を蹴った。
一瞬で、ウラクとの間の距離が消えた。
ウラクの顔から笑顔が消える。
マリの一振りを、ウラクは剣で受け止めたが、そのまま後方へと吹き飛んだ。
そこにマリはさらに飛び掛って追い討ちをかける。
ウラクの腹部に、マリの蹴りが突き刺さった。
ウラクの口から大量の血が吐き出された。
その首目掛けて、マリは剣を振り下ろす。
ウラクはそれを俊敏な動作で回避した。
「油断していましたね。客員剣士採用試験での醜態はフェイクですか?」
マリは剣を振り回す。ウラクはそれを回避し、カウンターに備える。
しかし、蹴りが効いているのだろう。明らかに先ほどまでの素早さではない。
ウラクのように神速で敵を押す手合いは、同じく超常的な速度で動く相手との戦闘経験が少ない。
さらに、ジンの流派は先読みを重視した剣術だ。
ジンが素早さで劣りながらウラクの攻撃を回避できたように、四段階の封印解放をしたマリはウラクの攻撃速度を苦にしない。
今のマリはウラクにとって天敵と言える相手だった。
それでも、万全の状態であればウラクに勝ち目はあっただろう。
それほど、彼が先ほど腹部に浴びた一撃は大きかった。
一時の油断が、勝負を決めてしまったのだ。
ウラクは、マリから距離を置いた。
「その馬鹿力。この剣に傷がつく」
ウラクは言って、布を剣に巻いた。
「そちらも、師の治療を優先させなければ、取り返しのつかないことになるのではないかな」
「マリ……乗るな」
ジンは、途切れ途切れの口調で言う。
「相手は、体力の回復を狙っている……相手が万全の状態なら、お前に、勝ち目は」
「無理だよ、回復なんて。さっきのは相当の深手だ。ここで時間を潰すのは、互いに得策とは思わないけれどな?」
マリはしばし考え込んでいたが、剣を引いて、ジンに向かって駆け出した。
ウラクも、ふらつきながらも遺跡の出口へ向かって歩き始める。
終わった、とジンは思った。
自分達は、負けたのだと。
いや、双剣の片割れを保護出来たことを考えると、引き分けと言ったところか。
その時、出口へ向かっていたウラクが、突如として方向を変えて赤い剣へと飛んだ。
ジンが投げつけた剣が、ウラクの腕に突き刺さる。
マリが剣を構えて、ウラクと再度対峙する。
どうやらウラクは、赤い剣に手が届きそうにはない。
「なるほど。ジンにマリ。覚えたぞ……」
そう語るウラクの表情に、最早笑顔はない。
彼はそのまま、遺跡の外へと駆け去って行った。
そこで、ジンの意識は途切れた。
「結局、我々は剣を一本だけ見つけた。そういうことにしておきましょうや」
病室で、ジンはハルカゼと話し合っていた。
ジンはベッドに寝転がり、ハルカゼはその傍にある椅子に座り込んでいる。
「王に嘘をつけ、と。奪われたことを伏せろというのか」
「宝剣を奪われたかどで首を切られるのとどっちがマシですか? あんただってそれを迷っているから、未だに口にできていないんでしょう」
「……世の中には、黙っておいたほうが良いこともあるということか。しかし、彼は何が不満だったのだろう。彼が道場を持っているのは本当だ。今回の件で名は上がり、剣士としての名も広まるはずだった。あんなことを、しなければ」
「奴は何かを知っているんだと思います」
ジンのその言葉は、確信に満ちていた。
「奴はあの遺跡を、逆さバベルの塔と言った。ハルカゼさんは、あの遺跡の正式名称を知っています?」
「いや、知らないな」
「それを、奴は知っていた。何かきな臭い匂いがするとは思いませんか」
「何か別の勢力が、あの遺跡を狙っている。君はそう言いたいのかな」
「察しが良いですね。そういうことですよ。この勝負、敵は他の二大領主だけではなさそうだ」
「しかし、ウラク君の身元もしっかりしていたんだがな。何が彼をああさせたのやら」
「わかりませんよ、そんなこと」
「君達は仲の良い友人に見えたがね」
「俺も久々に、仲の良い友人が出来たと思ってましたよ。だからいざという時に、反応が鈍った」
沈黙が場に満ちた。
触れ辛いことに触れてしまったと、ハルカゼは思ったのだろう。話題を変えた。
「そういえばマリ君はどうだい」
「部屋に篭ってます」
「おや。最初は小まめに看病に来ていたのに」
「あいつはあいつで、慣れない力を使った反動に苦しんでるんですよ。しばらくは、使い物になりません」
「君達は何者なんだい」
ハルカゼは、深刻な表情になる。
「君は手から炎を出した。マリ君は遺跡の壁を軽々と壊した。どちらも常人の力じゃあない」
「炎は見間違え。壁は蹴り破ったのではなく、魔術で元々壊れるように出来ていた。そういうことにしといてくださいよ。そもそも、壁を壊したってことになったら俺達の首、飛んじゃうんでしょう?」
「また、嘘か」
ハルカゼは溜息を吐いた。
「嘘には慣れていないのだけれどな」
「残念でしたね。俺達のような問題児と関わったのが運の尽きです」
「ああ、それは私も思っているところだ。君達のことじゃなく、ウラク君のことだ。仲間二人を死なせてしまった。ハルカゼ冒険記を記したならば、大々的に描かれる二人になる予定だったのに」
その誰も読まないだろう冒険記を記すのが流行ってるのだろうか。そんなことを、ジンは心の中だけで思った。
「私はチーム編成に関する自信を失ってしまった。ジン君にその代役を頼めないかと思っている」
「俺が、チーム編成を?」
「ああ、そうだ」
「客員剣士の、俺が?」
「今回の功で、君は間違いなく下級剣士に取り立てられるよ。君は手柄を上げたんだ。誇っても良い。まあ、私は嘘でもつきに行かせてもらおうかな」
そう言って、ハルカゼは去って言った。
入れ替わりに、マリが入ってきた。
顔色は悪く、頬はこけている。
「私も下級剣士に取り立てられるようですよ」
マリの第一声がそれだった。
疲れきった様子に見えた。
数日振りに会ったマリは、随分と痩せ細っていた。
食事も喉を通っていないのだろう。
「四段階解放の反動はきつかろう」
「夜は寝れないし食事も取れません。死んだら供養してください」
「馬鹿弟子ここに眠るって書いてやるよ」
「命の恩人に酷い言い草だ」
「なあ、マリ」
「なんですか、師匠?」
「今度、酒に付き合えよ」
「……あんまり強くないけど、それでも良いなら」
マリは全てを察したように、穏やかに微笑んだ。
ジンは友人を一人失った。それでも、酒を酌み交わせる仲間がいるならば、世の中はそう悪いものではない。ジンはそう思った。
「報酬で美味いものでも食べましょうよ」
マリの言葉に、ジンは頷く。
「うちの生徒達も連れて行くんで、豪勢にいきましょう」
「……それじゃあ酒は飲めないじゃねーか」
やっぱりこいつはどこか抜けているんだよな、とジンは落胆するのだった