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月夜の下で、彼は彼女の手を取った

 魔法陣が輝く中、その外で、ジン、マリ、リッカ、セツナは何も出来ずにいた。

 特にセツナは無理をしたらしく、血の流れる右眼を押さえて蹲っている。

 マリの抱えたシホを見て、リッカは苦い顔で言った。

「その耳の金のイヤリング、取って」

 マリが不可思議そうな表情になる。

「洗脳の呪具だと思う~。外せば情報が聞きだせるかもしれない」

 マリは言われるがままに、シホの耳のイヤリングを取った。

 そして、リッカは掌をシホの額に当て始めた。

 神術を使っているのだろう。

 ハクアは魔方陣の中で、地面から生えた幾重もの白い腕に掴まれて身動きが取れずにいる。

 最初は暴れていた彼女だが、今は力を吸い取られたようにぐったりとしていた。

「魔法陣が発動しきるまで、後どれぐらいぐらいかかると見ます?」

 ジンが、リッカに問う。

「最短で五分と見た」

「……短いな」

 ジンが剣を構えて、一歩を踏み出す。

「ハクアちゃんの二の舞になるかもしれないよ」

 リッカが言う。

「他に手もないでしょう」

「やけを起こさないで~。情報を聞きだす時間はある」

 その時だった。コウキの背後に、立つ影があった。

 ウラクだ。

「ああ、立ち直ったかい、ウラク。魔術式の余剰エネルギーで回復してやったかいがあると言うものだ。見なよ。僕達の苦労の成果がついに成就した」

「そうですね。長い長い苦労だった。しかし、お忘れじゃないですか?」

「ん? 何がだい?」

 コウキが、不思議そうな表情になる。

「奏者は、貴方一人ではないとね」

 ウラクの剣が、コウキの腹部に突き刺さっていた。

 コウキの手が、台座に突き刺さった青い剣から離れる。その体は地面に倒れ伏した。

「なんで……ウラク……」

「もうちょっと生きていて貰わないと困る。そういう刺し方をしたつもりです。そこで、私が作り出す世界を見ていれば良い」

「獅子身中の虫め……」

「自分が獅子だとでも?」

 ウラクは嘲笑するように言う。

「旧王家のお付き連中と私達がいなければ、仲間集めも道具集めもできなかった貴方が獅子? 貴方は魔術を使えぬ私の代わりにこの剣を目覚めさせるキーでしかない」

 そう言って、ウラクは青い剣を握り締めた。

「私が、奏者だ。カミト領のおちこぼれだった私が、この世界の王となる」

 遺跡が揺れ始めた。まるで、怒りを表すかのように。

「王家への反逆に、遺跡が怒っている……」

 シホが、薄っすらと眼を開けて、呟くように言った。

「逃げたほうが良い。このままじゃ、皆で心中になる」

「シホ」

 そう言って呼びかけたのは、ジンだった。

「ジン……」

 シホの表情が、切なげになる。

「奏者と言うのは、王家の人間とガーディアンということで良いんだな?」

「ええ、そうよ。魔術式を操る奏者。それこそが王家の人間とガーディアン」

「なら、行くしかないよな」

 ジンは、魔法陣の中に一歩を踏み込んだ。あの白い手は、襲いかかって来なかった。

「どうして、貴方が……?」

 シホが、眼を見張る。

「どうやら、そういうことらしい」

 ジンは、苦笑するしかない。先祖を辿れば、自分にどんな血が流れているかわからぬものだ。

「じゃあ、私も行けますね」

 そう言って、マリも魔方陣に一歩を踏み入れた。

 ジンとマリは、見つめあった。互いに、微笑みあっていた。覚悟は、既に決まっていた。

「マリはクロウとハクアの救出を頼む」

「師匠は?」

「あの害虫を退治する」

 マリは頷いた。

「御武運を」

 二人は駆け始める。

 ウラクが、青い剣から手を離して、ジンの前に立ち塞がった。

「思えば、君から私達の誤算は始まった。最後に立ち塞がるのも君か、ジン君」

「ああ、思えばお前から始まったんだったな。本当、嫌な縁だぜ、ウラク」

 ウラクが剣を構えて飛び掛ってくる。

 集中の世界に入ったジンは、その動きをはっきりと捉えていた。

 ウラクはジンの背後に着地する。

「馬鹿な……」

 その首筋から、大量の血が溢れ出た。ウラクは、そのまま地面に倒れ伏して、動かなくなった。

「ありがとう、師匠」

 呟いて、ジンは青い剣へ向って歩いて行く。

「あんたのおかげで、俺は強くなった」

 遺跡の揺れは強まっていく。天井から、大きな石がいくつか地面に落ちた。

 ジンは、青い剣を握った。

 マリの手が、その上に重ねられる。

「……お前は、逃げろよ」

「後味悪いのは嫌だって、師匠も言うじゃないですか」

「それも、そうか。今更、片方だけ逃げろとも言えんな」

「そういうことです。師匠は私が守りますから」

「言ってろよ」

「あー、実際守られたことあるの忘れてますね。ウラクさんと最初に戦った時」

「覚えてるよ」

 セツナが眼を押さえながらもクロウを抱えて、一礼してフロアを出て行った。

 リッカがハクアを抱える。彼女も、複雑げな表情をしていた。

「私、バッドエンドな話なんて嫌いだからね」

 リッカは、そう叫ぶと、ハクアを抱えてフロアを出て行った。

 最後に残ったのは、シホだった。

 シホは複雑げな表情でジンを見つめていたが、そのうちマリに視線を移して、一礼して去って行った。

 遺跡の揺れが大きくなって行く。

 天井の崩壊が勢いを増していく。

「……なんとか馬鹿が王様になる世界にはせずにすみそうだ。影響も俺達が望む限り無に近くできるだろう」

「本当ですか?」

「俺はプロだぞ。お前こそ、変な雑念を混ぜるなよな。お前の意思で大陸中が洗脳されたらえらいことになる。いつか海外からの侵略者が現れた時に、兵や官僚が平和ボケしていたら俺達の責任だ」

「気をつけます。師匠の魔力に同調させているつもりですが」

「ああ、上手く出来てるよ」

 しばしの沈黙が、二人の間を包んだ。

「どうやら、死にますね、私達」

「最後は心中とは締まらんな」

「……私、ちょっと思い出してたことがあります」

「なんだ?」

「師匠と見た、月夜の海岸。あの時も、一緒に手を繋いでたなって」

「ああ、俺も思い出してた。遠い昔のことのように思える」

「結婚して、平和に暮らす選択肢もあったんでしょうね」

「ああ、あったんだろうな」

 また、しばしの沈黙が、二人の間を包んだ。

 二人の背後に、大きな石が落ちた。

 ジンは、剣から一度手を離し、慈しむようにマリの手を自らの手で包んだ。

「今も、あの月夜の下にいるような気分だ」

「私もですよ」

 マリは微笑んだ。

 それが、何物にも変えがたい輝かしいもののようにジンには思えた。

 フロアの入り口が、完全に落下してきた石で塞がれた。

 最早、退路はなかった。


 最下層への階段は完全に崩れて埋まってしまった。

 ドラゴンのいた層に戻った五人は、複雑な表情でそれを眺めていた。

「戻りましょう」

 リッカが言って、ハクアを抱えて歩き出す。

「ジンさんとマリさんを……待ちましょう」

 ハクアが言う。

「わかってるでしょう~? 二人とも、覚悟は出来ていた。私達は、それを語り継ぐ必要がある。それが二人への供養よ」

 ハクアはしばし考え込んでいた。

 その肩に、クロウの手が置かれる。

 ハクアは頷いて、自分の足で歩き始めた。その眼には、涙が浮かんでいる。

「貴女も行くわよ~」

 リッカが言う。

 シホは、小さく肩を震わせた。

「私は……」

「魔方陣攻略の情報を提供してくれた功労者、でしょ。ついてきたら当面のご飯ぐらいは出せるわ」

「けれど……」

「貴女のせいじゃない。良いから、行くわよ。あんたが処刑されて終わりなんて苦い結末、私達の誰も望んじゃいないわ」

 シホは頷いて、四人の後についていった。

「問題は、最上階まで食料が持つかってことね~。途中に結構置いてきたけど、きちんと荒らされずに残ってるかな~」

 リッカの一言で、他の四人は肩を小さく震わせた。

 地上へ戻れる保証なんて、何処にもないのだ。

 それでも、戻らなくてはならない。犠牲になった者達を語り継ぐために。


 ハクアが地上に戻って、一週間が経とうとしていた。

 ハクアはなんとなく、柄にもないと思いながらも筆を取っている。

 自分とジン達との冒険を、文字にしようと思ったのだ。

 そして、筆はついに最終章である現在へと辿り着いていた。

 国境付近の小競り合いも終わったようで、サクマ領とカミト領の剣士達の多くも無事戻ってきている。

 あの小競り合いは、結局コウキが仕組んだものだったのだろうか。全ては闇の中である。

 遺跡では眼から血を流していたセツナだが、今では元気に遺跡に潜っている。ただ、その右目には眼帯が巻かれている。あれ以来先が見えすぎて使い勝手が悪いから封じた、とは本人の談だ。

 その眼帯は魔術の篭った品で、それを作ったのはリッカだ。セツナは眼帯の交換をする為に定期的にリッカを訪ねる必要があるらしい。しかし、二人の間に進展はないようだ。お互いに代々続く家系の跡継ぎだから、色々と難しいのかもしれない。

 シホは、この港町に滞在している。故郷には帰り辛いらしい。罰せられることはなんとか避けられたが、それはリッカとセツナとサキリの尽力と揉み消しがあってのことらしかった。

 今では、マリの代わりに町の子供達に読み書きを教えている。生活費は、リッカが出しているようだった。

 そのまま、この町に住むのかもしれない。

 クロウは剣の修行と称していつも出かけている。ハクアとしては、生活が楽になった。今回の戦いで捕虜になったのがよほど堪えたらしい。

 そして、ハクアは、ただ文字を記すだけの毎日を送っている。

 問題は、この冒険記には欠けているピースが多いと言うことだ。

 例えば、ジンとマリの出会いや、ジンとウラクの出会いを、ハクアは知らない。それが描かれるはずだったページは、永遠に失われてしまった。

 ただ、自己満足のためだけに書いているのだからそれも良いか、と思うハクアもいた。

 気がつくと、空は暗くなっている。ハクアはふと思い立って、海へ出た。

 マリと地上で最後に会った、海に。

 先客がいるようだ。二人で手を繋いで座り込んでいる。

 ハクアは二人の邪魔をしないように、距離を置いて砂浜を歩いた。

 それでも、静かな夜である。風に乗って話し声は聞こえてくる。

「思うに、吊り橋効果ってのがあると思うんですよ」

 女が、どこか気まずげな調子で言う。

「ああ、男と女を吊り橋に立たせたら、恐怖のドキドキを恋のドキドキと勘違いするっていうあれな」

 男も、どこか気まずげに返す。

「だって、ないですもんね」

「ないかなあ」

「ないです、ない」

「まあ俺は最初からないと思ってたけどね」

「ずるい。自分だけは冷静だったって言い張るつもりですか」

 どこかで、聞いた声だった。

 ハクアは思わず、二人に向けて歩み寄る。

「……まあ、私達が二人で話してもこんな感じになりますよねえ」

「まあわかってたことだよな。お前、この先どうするの?」

「この町に住むのも悪くないかと。そちらは? 彼女さんを連れて故郷ですか?」

「お前も来いよ。見物にさ」

「お邪魔虫になりそうでやだなあ」

「いや、逆だ。多分間が持たない」

 ハクアは思わず駆け出していた。

 そして、二人に抱きついていた。

 背後から抱きつかれて驚いたのだろう。二人とも、剣の柄に手を伸ばしている。

 しかし、ハクアの顔を見て、安堵したように手の位置を戻した。

 ジンとマリが、そこにいた。ジンは額に傷があるが、それ以外は二人とも健康そうだ。

「帰ってきたんなら教えてくださいよ!」

「いや、だって夜だろー? 起こしたら悪いなって」

 ジンが頬をかきながら言う。

「二人とも、今じゃ町の英雄ですよ! 帰ってきたら酒盛りが始まるぐらいですよ」

「え、そうなの?」

「知らないうちに大事になっちゃってるもんなんだねえ。吃驚だ」

「どうやって帰ってきたんですか?」

「いや、俺が奏者を担当して、マリが頭上から降ってくる岩を全部爆破してたらそのうち上のフロアへの穴ができててな。コウキ達の食糧とかを利用して、そっちのルートからのんびり迷いながら帰ってきた。まあ、幾分か腹が減っているが」

「皆元気にしてる?」

 マリの言葉に、ハクアは笑顔で頷いた。

「セツナさんも、リッカさんも、クロウも、シホさんも、元気ですよ」

「そりゃあ良かった。じゃあ、皆で酒盛りと行くかな」

「……私、師匠ともう飲んだら駄目なんでしたっけ?」

「今回は許す。潰れるほど飲むなよ」

「アイサ」

「俺は潰れるまで飲むけどな」

「勝手だなー」

「弟子だろ」

「弟子ですけどね」

「さあ、行きましょう」

 ハクアは、マリとジンの手を取って駆け始めた。

 夜の月は、優しく三人を照らしていた。

 今日は、楽しい宴になりそうだった。


 後に、時間移動の魔法陣を巡ってジンさんと私は再び共闘することになるのだが、それはまた別の話。かくして、遺跡を巡る騒乱は一先ず終結を見たのだ。――ハクアの遺跡冒険記より

次回

エピローグ

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