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覚醒

「おやおやおや。がっかりしましたよ、ジン君」

 イッテツは、呆れたように構えを解く。

 ジンはイッテツから視線を逸らさず、一の太刀の構えを取り続ける。

「一の太刀は、相手に隙を作って撃つからこそ必殺の一撃足りえる。普段の状態で撃とうと、ただの大振りの一撃です。君ならそれぐらい理解できると思っていたが、どうやら私の判断違いだったようだ」

「御託は良いんです。考えに考えた。勝つには、この手しかないと」

「前回と同じ勝ち方が出来るとでも考えましたか。浅はかだ」

「逃げますか、師匠。俺のこの挑戦に」

「……さて、どうしたものですかね」

 イッテツとジンは、睨みあい続ける。

 こう着状態は、もうしばらく続きそうだった。


「さて、君の計算違いだったようだ」

 ウラクがせせら笑うように言う。

 マリの敗北は、セツナの目にも映っていた。

 ハクアの悲鳴が、視界の端で見た現実を裏付けている。

「バクが魔術師を倒し、僕が君を倒し、君達はお終いだ。バクを侮ったのが君達の敗因だな」

「抜かせ。何があったか知らんが、途中まではマリが押していた。どんな奸計を使った」

 口惜しげにセツナは言う。

 その横に一瞬で移動して一撃を繰り出しつつ、ウラクは返す。

 攻撃を受け止めながら、セツナは歯噛みする。

「さあて、私にもわからないことだ。現実になるのは、君達が負けると言うことだ」

 奥の手を使うか、セツナは考える。

 しかし、ここで使っても意味がないようにセツナには思える。

 最悪、撤退も考えなければならなかった。

 その場合、イッテツが蓋として機能しないことを祈らなければならないが。

 最悪の場合でも、リッカだけでも生き延びさせたい。そう考えているセツナがいた。

 既に、敗色は濃厚だった。


 ハクアの悲鳴が聞こえている。

 マリは薄れ行く意識の中で、それを聞いていた。

 体が倒れていて、動かない。

 死ぬのだという実感が、遅れてついてくる。

(あー、なんだったんだろう、私の人生。結局師匠とも、後から話したいって言って話せなかったし)

 未練が残る散り方だと自分でも思う。けれども、死んでしまうものはどうしようもない。

(いや、私が死んだら残った人はどうなるの?)

 四体四が四対三になる。圧倒的な不利になるだろう。さらに、共有している呪いが消えた師は動揺するだろう。

(死ねないよ。まだ、私、死ねないよ……)

 そう思うのだが、意識は徐々に遠のいていく。

 眼を薄っすらと開けると、花冠が、懐から零れ落ちているのが見えた。

 リコが作ってくれた花冠だ。所々が潰れて、歪になっている。

(皆を、守らなきゃ……まだ、死ねない。まだ死ねないんだ)

 それでも、血は無常にも流れ出て、マリから命の温もりを奪っていく。

 ふと、気がついた。

 襲われた里の皆は、どんな思いで死んでいったのだろうと。

 本当に、呪いを残して死んでいったのだろうか、と。

 暖かい温もりが、呪いで汚れた左手に触れた気がした。

(誤解、していたかもしれない)

 意識が、鮮明になり始める。

 左手に温もりが集まり始める。

(ほら、やっぱり)

 左手を握ると、握力が戻っているのが感じられた。

(そっか、誤解してたんだ。ずっと、誤解してた)

 あの日のことを思い出す。真っ赤に燃える家々。あちこちから聞こえてくる悲鳴や怒号。その中でも、同郷の人々は憎しみを抱いて死んだのだろうか。いや、それよりも同胞を心配する気持ちが強かったはずだ。

 そして、多くの人の気持ちが、たまたま最後まで生き残ったマリに流れ込んだ。

(祈りを、呪いに変換していたのは、私の心だった。皆が残してくれたものは、呪いなんかじゃなかったんだ)

 自由になったマリの手は、胸に突き刺さった剣を掴んでいた。


 近付きつつあるバクに対して、ハクアは剣を構えた。

 戦って勝てる相手とは思えない。しかし、ハクアが戦わなければリッカが殺されてしまう。

 それは、嫌だった。

 バクは笑みを浮かべながらハクアに近付いてくる。その口元が開いて、唾液に濡れた黄色い歯が露になる。

「これはこれは可愛らしいお嬢さんだ。いつも影に引っ込んでいたあんたが何か出来るのかい?」

 ハクアは、言い返せない。

 刺し違えてでも勝つ。その決意を、ハクアは固めた。

「ハクア! 神術お願い!」

 まるで朝食を頼むような気軽な口調で、その声は放たれた。

 ハクアは、眼を丸くする。

 そして、喜びで泣きそうになりながらも、神術を放った。

 マリは立ち上がり、自らの胸に突き刺さった剣を抜く。その傷口が、即座に癒えていく。

 マリの左腕は輝いていた。かつて見たような黒い闇のような色はない。緑色の、どこか清浄さを感じさせる光を放っていた。

「第二ラウンドと行こうじゃない、バク」

 マリは、五個目の腕輪の封印を解く。光はますます輝きを増し、まるで翼のようにマリの腕を包んだ。

 バクは表情を歪めて、マリに向き直った。


「形勢逆転、と言ったところか」

 セツナが、笑みを浮かべる。

 ウラクの顔からは、表情が消えていた。

「まだ、わからん」

「いいや、わかるさ。あのエネルギー。魔力を使えない俺でも感じることができる」

「……お前を倒して私が援護に入れば、まだわからん」

「いいや、お前は、お前だけは、俺が倒す」

「決着をつけようじゃないか」

 ウラクが後方に飛んで距離を取る。

 死角へと回り込んでの強襲を行う考えなのだろう。

 セツナも、剣を構えた。

「君の予知眼は短い未来しか見ることが出来ない。ならば、移動に時間を費やしてから攻撃に移れば良いのではないかな」

 ウラクが言う。

 セツナは、反論しない。

「巧みだったよ。君は今まで、読むタイミングを調節して上手くそれを隠していた。それでも精々僕と打ち合うのが精一杯だったがね」

 ウラクは微笑み、そして低く跳躍した。

 セツナの目前で止まり、その側部へと回る。

 そして剣を振り上げたかと思うと、後部へと向って剣を振り下ろした。

 ウラクは微笑み、そして血を吐いた。

 その胸部に、セツナの剣が突き刺さっていた。

「馬鹿な。今まで、僕の攻撃を弾くのがやっとだった君が、なんで先に攻撃を……」

「お前の解説、間違っちゃいないよ。僕は短い未来しか見ることができない」

 セツナは右眼を押さえながら、答える。左眼は、使わないようにと閉じてあった。

「けれども、それは負担に耐えられる範囲で眼を使っていればの話だ。負担を考えなければ、さらに先の未来まで見ることが出来るんだ」 

「……いつでも、私を倒せたということか」

 口惜しげに、ウラクが言う。

「そうでもない。これは、反動が酷くてな。ただ、お前に一撃食らわせることができて、良い気分だ」

 ウラクは胸部を押さえて、倒れた。

 セツナも、眼を押さえてその場に膝をつくと、動かなくなった。

 頭に激しい痛みがあった。

 右の眼から血が流れているのが、わかった。


「そういやそうだったよ。あの時もこんな嫌な感じだった」

 バクが、引きつった笑みを浮かべながら言う。

「部下達を紙切れみたいに引きちぎっていく。あの時のお前は、そんな感じだった」

 マリは、自分の左腕を眺めている。そして、そのうち満足したように微笑むと、バクに向き直った。

「武器を捨てて降参しなさい、バク。腕と足の一本で許してあげましょう」

「とんでもねえな」

「命があるだけマシでしょう?」

「いいや、人質を使ってでも、俺は逃げるね」

 バクはそう言うと、台座に向って駆け出した。

 マリは地面を蹴る。

 そして、一瞬でバクの前に回り込んでいた。

 マリは掌をバクの腹部に叩きつける。バクは血を吐いて、吹き飛んだ。

 バクは這いずって、フロアの出口へ向おうとする。

 その前に、既にマリが回りこんでいた。

「どうしたの、バク。人の命なんて、ただの器なんでしょう?」

 優しい声で、マリは言う。

「頼む、許してくれ。悪いのは王だ。そうだろう?」

「そうかもしれない。けれども、貴方を許す道理も私にはない」

 マリが、バクの足を踏みつけた。骨が潰れる嫌な音がした。

 バクの悲鳴が周囲に響き渡る。

 そして次に、マリはバクの右腕を踏みつける。また、骨の潰れる嫌な音がする。

 バクは気絶したようで、そのまま動かなくなった。

「……神術でも完全に治すことは出来ないでしょう。貴方の悪事も、ここまでよ」

 マリは、切ない思いでいた。

 祈りの力を得ようとも、悪人の暴走は暴力によってしか止めることができない。その事実に空しさを感じたのだ。

 しかし、今は感傷に浸っている暇もない。

 マリは、シホに向き直った。


 ジンは左腕に、温もりが宿るのを感じた。

 共有していた呪いの力が、何か別の力に変わっている。

 そしてジンは、マリの勝利を確信したのだった。

 イッテツも、何かを感じたらしい。眉間にしわをよせた。

 しばらく、二人はこう着状態にあった。

 バクの悲鳴が、通路に響き渡った。

「どうやら、あちらで何かがあったようだ」

 イッテツは、とぼけた調子で言う。

「君の挑戦、受けざるを得ないようだな」

「ええ。師匠には、この一の太刀に飛び込んでもらいます」

「君は本当に、奥義の本質を理解していないようだ。それはあくまでも隙を突いて打つ技。そうでなければただの大振りの一撃に過ぎない」

 イッテツは、心底がっかりしたように言う。

「才のあるものは過信で才に溺れるという。君もその類の人間だったとは。最後の最後で落胆させてくれましたね、ジン君」

「御託は良い。貴方には飛び込むしか選択肢がない」

 イッテツは真顔になった。

「では、参る」

 イッテツがジンの間合いに踏み込んだ。

 その瞬間、一の太刀が発動する。

 神速の一撃が、空を切った。

 イッテツは一の太刀を回避したのだ。

 隙を作らなければただの大振り。イッテツの言葉は正しかった。

 イッテツは再度踏み込んで、ジンの頭部に向かって剣を振り下ろした。

 その剣が、ジンの剣によって根元から叩き折られた。

 イッテツの顔に驚愕の表情が浮かぶ。

 そしてジンはイッテツに向って剣を振り下ろした。

 ジンの剣は、易々と彼の鎖帷子を切り裂いて、致命の一撃を与えた。


「一の太刀は、ただの見せ技に過ぎなかったということですね」

 イッテツは倒れている。その呼吸は、荒い。

「ええ。本命は、剣と体に魔力を貯める時間を稼ぐことだった。うちの弟子が、最近魔術を覚えましてね。身体能力強化しかできない奴だった。なら、俺もその逆ができるんじゃないかと思ったのがきっかけだった。貯めるのに時間がかかるのと、数秒しか維持できないから、本来は実用的ではないんですがね」

「ただ、相手に踏み込みを躊躇わせる一の太刀ならばその時間稼ぎができる、と」

「そういうことです」

 しばし、沈黙が二人の間に漂った。

「どうして、飛び込んできたんです?」

 ジンは、訊ねていた。

「俺が何かを企んでいることは、貴方もわかっていたはずでしょう。最下層を背にしている貴方なら、逃げることだってできた」

「なに、見くびっていたのですよ」

 イッテツはそう言って苦笑する。

 しかし、ジンはその言葉を信じなかった。師には別の意図があった。そんな風に感じられてならなかった。

 しばらく待っていると、イッテツは観念したとばかりに口を開いた。

「君の成長を、見てみたくなった」

 思わぬ言葉に、ジンは戸惑った。他者の才を妬み、自らの才を誇示しようとしてきたのがこの男ではなかったか。

「柄にもないと思っているのでしょう。道場暮らしが長かったせいかな。私にも、師らしい一面が生まれていたということでしょうか」

 イッテツは咳き込み、血を吐いた。

「ああ、私の一生はなんだったのでしょうね。たまに生まれるのですよ。才もないのに、自分は何者かになれるという勘違いを引きずる人間が。そんな人間を何人も斬ってきたのに、自分もその一人だとは思い至らない。愚かな話だ……ただ」

 イッテツは、優しい視線をジンに向けた。

「君のような真の才能が伸びる手伝いをできた。そう思えば、私の人生もそう無駄ではなかったのかもしれないね、ジン君」

「……俺が今まで生きてこれたのも、ここに立っているのも、色々な人と出会えたのも、全ては師匠のおかげです」

「そうかい。私も、他者の冒険記に名前が乗る程度の存在には、なれたらしい」

 そう言って、師は笑った。その眼が、閉じられる。

「行きなさい、ジン君。時間はあまり、残されていない。躊躇わずに、コウキ君を斬り殺すことだ」

 頷いて、ジンは駆け出した。

「ああ、消えて行く。私を突き動かしていた焦燥が、憧憬が……。次は、剣の才などない人間に……」

 師の呟きは、走っているうちに、次第に聞こえなくなった。


「フォローは任せましたよ!」

「そっちこそフォローしてよね~!」

 リッカとそう言い合うと、マリは駆け始めた。

 頭上には球状の炎が幾重にも浮かんでいる。シホの炎が襲い掛かってくるのを、リッカの炎が打ち消していく。

 しかし、打ち消しきれない例外も出てきたらしい。マリの目の前に、球状の炎が近付いてきた。

 マリはそれに向って、左手を伸ばした。

 左手の先から魔力が放出され、爆破を起こし、火球と相殺される。

 マリはリッカが打ち消し漏らした火球を潰しながら、シホに接近する。

 空中に浮かんでいた火球の半分が、消えた。

 シホの手に炎の魔力が集中する。そして、巨大な槍型の炎が放たれた。

 それは、マリの後方から飛んできた槍型の炎とぶつかり合い、押し合った。

 その隙に、マリはシホの傍へと辿り着いていた。

 マリはシホの後頭部を殴りつける。

 シホは意識を失って、失神した。

 ハクアはセツナの治療に専念している。

「まったく、あの馬鹿は無茶をして~……」

 ウラクはコウキの神術の治療を受けているらしいが、コウキの神術はハクア程ではないらしい。まだ動けずにいる。

 敵の中で立っているのは、コウキだけだ。

 そこに、ジンが辿り着いた。

 ジンは迷いなく、コウキに向って駆け始めた。

「ジンさん、人質の居場所を聞かないと!」

 ハクアが言い、ジンは頷いてさらに駆ける。

「人質なら、ここにいるよ」

 そう言って、コウキは台座の裏からクロウを引きずり出した。縛り上げられ、意識を失っているらしい。

「クロウ!」

 ハクアが思わず立ち上がり、クロウに駆け寄る。

 マリは、コウキが邪悪な笑みを浮かべたのを見た。

 コウキが青い剣を振りかざし、台座に突き刺す。

 その瞬間、地面に青い魔法陣が浮かび上がった。

 シホを抱えたマリと、ジンは、慌ててその魔方陣の外に出る。

 しかし、クロウに気を取られていたハクアは、離脱が一瞬遅れた。

 地面から這い出た幾重もの白い腕が、ハクアの体を絡め取る。そうして、ハクアは完全に動きを絡めとられた。

 青い魔法陣が輝きを放つ。

「何故僕達が人質を取ってまで君達を待っていたのかわかるかな」

 コウキが、勝ち誇ったような笑みを浮かべる。

「王家の剣は、魔術式を発動させるための起爆剤。それ相応の魔力が篭っていなければならない。その代用品となる魔力の塊である、そこの少女をここに導くこと。それこそが我々の目的だったんだよ!」

 勝ち誇ったようにコウキは高笑いをあげる。

「魔術式は発動された。奏者の願いを受けて、この世界は塗り替えられる!」

 コウキの笑い声が、遺跡の中に響き渡った。

次回

月夜の下で、彼は彼女の手を取った

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