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微笑みを絶やさぬ男2

 時間は少し遡る。

 路地裏でマリは座り込んでいた。

 腹がすいて動けなくなってしまったのだ。

 生徒に有り金すべてを譲り、その結果、マリは食事をとれなくなってしまった。

 人が通りかかり、マリは顔を上げた。

 青い生地に国王の紋章が描かれた、ソウフウ隊の服を着た面々だった。

 その中でもリーダー格と思しき男が、胡散臭げにマリを見下ろしている。

「お前、客員剣士じゃあなさそうだな」

 マリは小さく頷く。

「お前みたいな奴がうろついてるから治安が悪くなる。まったくいい迷惑だ。アオバ隊なんて客員剣士になれなかった雑魚の集まりだ。遺跡で一山当てるなんて腕に見合わない夢は捨ててさっさと故郷に帰って野良仕事でもしやがれ」

 吐き捨てるように男は言う。

 マリは眉間にしわを寄せたが、言い返す気力がなかった。

 今の自分が不審者であることは明白だからだ。

 男は覆いかぶさるようにしてマリを睨みつけた。

「いいか。お前が何かしでかしたら俺が直々に首を切ってやる。そこんとこを良く考えて生活するんだな」

「隊長、そのぐらいにしておきましょうよ」

 気の良さそうな女が二人の間に入る。

「行きましょ、隊長」

 隊長と呼ばれた男は、仲間を引き連れて舌打ちして裏路地から出て行った。

 マリは怒らなかった。

 ただ、貧乏とは悲しいものだと思った。

 日が暮れる頃に、またマリの前を通りかかる人影があった。

「あら、どうしてこんな所で蹲っているのですか? 体調が悪いのかしら」

 品の良いお嬢様といった感じの口調だった。

 顔を上げると、まだ顔に幼さが残る可愛らしい少女がいた。サクマ領剣士の服を着て、腰に剣を下げているが、それがとても似つかわしくない。ドレスでも着ていたほうがよほど似合いそうだ。彼女の顔には、そんな品の良さがあった。

 女性の剣士もいるのかと、マリは少しだけ驚いた。

「ちょっと、お腹がすいて……」

 マリは正直に打ち明けた。

「困りましたね。私も体一つで国を出て客員剣士になった身だから、余分な食料はないのです」

 少女は痛ましげな表情で考え込む。

 そして、ふと気がついたようにポケットから小さな布袋を取り出した。

「そうだ、飴をあげましょう。少しは気が紛れるかもしれませんよ」

 マリの手に、小さな袋が置かれる。

 マリはなんだかそれだけで、天にも昇るような気持ちになった。

 救われた、という思いがあった。

「ありがとうございます。名前を聞いても良いですか?」

 少女は微笑んで答えた。

「ハクア、と言います。縁があれば、また会いましょう。貴女は、私と似た臭いをしているから」

 そう言って、彼女は去っていった。

 マリは四角形の飴を口に入れる。

 糖分が、重くなった体全体に行き渡っていくのを感じた気がした。

 しかし、宿舎に帰ることもできないので、マリはまだ当分この場所にいるしかないのだった。

(可愛い子だったなあ)

 マリは呑気に、そんなことを思った。

(いつか恩を返さないとな)

 律儀なのは自分の長所だと、マリは思う。

 それにしても、似た臭いとはどういうことだろう。

 今のマリは、少し汗臭い。あのような身形の綺麗な少女と似た臭いを放っているとは思えなかった。


 結局、剣士隊の宿舎で食事を取っていても、ハクアとは一度も出会えなかった。

 彼女は一体何者だったのだろうとマリは思う。

 客員剣士ならば、食事をとる場所は同じはずなのだ。

 だというのに、マリはハクアを一度も見ていない。

 それはちょっとした謎だった。

 海風がマリの前髪を揺らしている。

 マリは今、船に乗って遺跡のある孤島へ向かって進んでいる。

 周囲にいるのはアオバ隊の荒くれ者達が四人と、船頭が一人。

 振り返ると、町はどんどん遠くなっていく。

「まったく気にいらねえよな、ソウフウ隊の連中は」

 荒くれ者の一人が、吐き捨てるように言った。

「ああ、人を犯罪者予備軍かなんかみたいに思ってやがる」

「サクマ様も悪い。俺達に食事ぐらいよこしてくれれば良いんだ」

「そうだな。そうすりゃあケチな罪を犯す奴もいなくなる」

 口をついて出るのはソウフウ隊への不満だ。

「俺は剣士も気に入らないけどな。俺達を見下してやがる」

「まあ、俺達も手柄を上げれば剣士隊の仲間入りよ」

 荒くれ者達の会話を聞きながら、船頭はどこか意地の悪い表情で微笑んでいる。

 その余裕がいつまでもつか、とでも言いたげな表情だ。

「マリって言ったっけ。お前はどう思う」

 急に話を振られて、ぼんやりとしていたマリは我に返った。

「あー、えーっと、ソウフウ隊は俺も気に入らないかな。けど、剣士には良い人もいるよ」

「ふうん。剣士なんてお坊ちゃん揃いだと思うがね」

「可愛い女の子もいたよ」

「本当かよ」

「お嬢さんが魔物の蔓延る遺跡に何しにくるんだっつーの。あー、そいつに渡る食事をこっちによこして欲しいぜ」

 聞こえてくるのは嫉妬ばかり。

(私もこの人達も、あの町における底辺なんだなあ)

 そんなことを実感してしまうマリだった。

「そんな不満ばかりは良くないよ」

 凛とした声が、船に響き渡った。

「俺達は遺跡で宝物を見つけて王様に認めてもらうんだ。そうすれば、一気に世界が変わる。客員剣士として雇用されて、高い給料も貰える」

 言ったのは、若々しい男だった。

「そう簡単に行くかよ」

 毒気を抜かれたように、荒くれ者の一人が苦笑する。

「そこを頑張るんだよ。その為に皆ここに来たんだろう?」

 好感が持てる青年ではないか、とマリは思った。

(この子は率先的にフォローしてやるか)

 マリは我ながら偉そうだなと思いつつも、そんなことを思った。

 船が島に辿り着いた。

 少し歩くと、扉のない門の奥に、兵士が五人いるのが見えた。

 門の先には、森が広がっている。

「証明書を見せろ」

 兵士が威高々に言う。

 荒くれ者の一人が頷いて、焼印の押された木の札を掲げた。

「よし、入れ替わろう」

 兵士が言い、荒くれ者が早速門の中に入ろうとする。

 そして、見えない何かに弾かれたように尻餅をついた。

 兵士達の中から、笑い声が上がる。

「この門は島にいくつもあるが、一つの門につき一度に五人しか通過できんのだ。今は私達が入っているから、通れぬ」

 兵士達五人が、門の外へ出た。

「さあ、入ってみろ」

 マリ達五人は恐る恐る門の中へと入った。

 今度は誰も弾かれることなく、中に入ることができた。

「薄気味悪い門だぜ……」

 荒くれ者の一人が呟く。

「上級剣士達がこぞって避けるのもわかるね。こんな得体の知れない場所に、後継ぎは送り出したくないだろう」

 若々しい男が、呟くように言う。

「お前達、間違っても遺跡内で破壊行為を行なうなよ」

 背後から、兵士の声がした。

「ここは貴重な遺跡だからな。何かあれば首が飛ぶのはお前らだ」

「へいへい、わかりました」

 荒くれ者の一人が返事して、五人は森の中を歩き始めた。

 それぞれ、大きな皮袋に食料を詰めており、腰と背中に剣を一本ずつ帯びている。服の下には、鎖帷子が装備されている。

 そのうち、真っ直ぐ歩いているうちに遺跡が見えてきた。

 石造りの巨大な遺跡だった。円形のようだが、どこまでも果てしなく広がる壁のように見える。

 入り口から中を覗くと、壁にかかった松明が内部を照らしているのがわかった。

「行こうか」

 若々しい男が言う。

「おう」

 船では威勢が良かった荒くれ者達も、何か感じるものがあったのか、すっかりと口数が少なくなっている。

「わた……俺が先頭に立つよ」

 そう言って、マリは剣を抜いた。

「大丈夫かよ、お前で」

 荒くれ者の一人が、胡散臭げにマリを見る。

「こう見えても、腕には自信があるつもりだ」

 荒くれ者達は視線を交わす。

 視線での相談は、そのうち、危険な役を買って出てくれるなら任せておけば良いと言う結論に落ち着いたようだった。

「わかった、行ってくれ」

 頷いて、マリは先頭を歩き出した。

 広い構造物だ。

 天井も高く、道の横幅も広い。

 遺跡の中に家ぐらい建てれそうだ。

 まるで王宮の中を歩いているかのようだった。

 そのうち、行く先に薄っすらと浮かび上がる影があった。

 視界に映ったのは、まずはそれの腰だった。

 次に顔を上げると、それの巨大な顔が見えた。

 人間の三倍はあろうかという巨人が、一つだけあるぎょろりとした目でマリ達を見下ろしていた。

 その手には、巨大な鉈が握られている。

「散開して!」

 マリが叫ぶ。

 後方で何かが地面に落ちる音がした。

 振り返ってみると、そこに残っているのは皮袋だけだった。

 荒くれ者達も、若々しい男も、走って逃げ出している最中だった。

「そりゃ、ないよ」

 マリは呟くように言う。

 鉈が振り上げられ、振り下ろされる。

 それをマリは剣で受け止めることをせず、地面へと逸らした。

 あの巨体から繰り出される一撃を、まるで羽毛でも扱うように地面へと逸らしたのだ。

 そして、マリは地面を蹴った。

 一瞬でマリの体は上空へと跳ね上がり、その足は巨人の腹部へと突き刺さっていた。

 巨人の体がくの字に折れる。

 マリはその頭部に、剣を容赦なく突き刺した。

 巨体が消えて行く。

 後に残ったのはマリと、五つの皮袋である。 

「……ま、当面の食事はこれでなんとかなるか」

 マリはそう言うと、重い皮袋を五つ、軽々と持ち上げて、遺跡の中を歩き始めた。

 その右手の薬指には、指輪が光っていた。

 それにしても、人を弾く門と言い、消える巨人と言い、魔術の深く関わってそうな遺跡だった。



「これは魔術の深く関わる遺跡ですね」

 島の遺跡を前にしたジンは、呟くように言った。

「まあ、そもそも尋常な遺跡ではないね」

 ハルカゼが苦笑顔で言う。

「入るたびに内部の構造が変わるし、松明は変えなくても消えることがない」

「まるで人を吸い込む為に作られたような遺跡だ」

 ウラクが、揶揄するように言う。

 ハルカゼ配下の下級剣士二人が、顔をしかめた。

「魔術っつーのはまあ、先入観が良くないんですよね」

 広大な遺跡の中に、ジンは足を踏み入れる。

 そして壁に向かって歩いて行った。

「何をする気だい? ジンくん」

 ハルカゼが、興味深げに言う。

「例えば思うんですよ。この壁も魔術で作ったものではないかと。そうなると我々は幻覚を見せられていることになる」

「ほう。それは興味深い意見だ」

「確かめてみましょう」

 ジンは目を閉じて、目の前に向かって拳を突き出した。

 壁に拳がぶつかる鈍い音がして、痛みがジンの腕を雷光のように走っていった。

「いっつう……幻覚ではないな」

「ジンくん。これ一応国家遺産だからね。傷つけないでよね。僕の首が飛ぶから」

 ハルカゼは困ったような表情で言った。

「ま、無法者五人がかりでも壊れなかった壁だ。一人で壊せるとは思わないがね」

「面白いじゃないですか。なるほど、ジンくんは魔術に関しての知識があるようだ」

 言ったのはウラクだ。

「そんな知識があるってほどじゃあないよ。統一王の時代に魔術は禁術とされたからね」

 かつて、この大陸全土を統一した王がいた。彼は魔術を自分の身を危ぶむものとし、大陸から徹底的に魔術を排除した。

 その名残が、未だにこの大陸には残っている。

 例外は、治療に有用な魔術だ。それは神術と名を変えて、一部の者のみがその恩恵に預かっている。

「そのせいで、この手の遺跡の調査には苦労が伴う。まったく統一王様様だ」

 ウラクは揶揄するように言う。

「貴様、軽口もいい加減にしておけよ」

 下級剣士の一人が、堪りかねたように言う。

 統一王が支配する前に、この国には他の支配者が居た。それを追い出して今の国王の先祖に土地を任せたのは統一王だ。統一の時代が終わり、この国が独立した今でも、統一王は畏敬の念を持って扱われている。

「まあまあ、先に進もうじゃないか。仲間割れで体力を使うのは良くない」

 ハルカゼが穏やかに言う。

 仕方がないので、五人は遺跡の奥へと向かって歩き出した。

「しかし、鎖帷子程度の装備で良いんですかね」

 ジンが言う。

 ジン達は、服の下に鎖帷子を着ただけだ。後は腰と背中に剣があり、食料が詰まった大きな皮袋がある。

「すぐにわかるさ。鎧なんかじゃここじゃやっていけないってな」

 下級剣士の一人が、訳知り顔で笑った。

 ジンは、右手の小指にはめた指輪に視線を向けた。

 どうやら、マリは上手くやっているようだ。

 ならば自分も前に進むだけだとジンは思った。


 遺跡に出発する前のことである。

 ジンはマリに、指輪を手渡した。

「愛の告白ですか」

 マリは楽しげに言う。

「その手の冗談はそろそろ飽きたな」

 ジンは呆れを隠さぬ声で言う。

「まあ、お前の死んだ瞬間ぐらいは知っておきたいからな。無駄に帰りを待たずにすむ」

「そんなペシミストな言い分は良くないですよ。危機に陥ったら俺が助けに来てやる! ぐらいのことは言いましょうよ」

「遺跡の中は迷宮だ。そうそう合流できるかよ」

「じゃあ、私は師匠を守ってさしあげますよ。一応は恩人ですからね」

「一応って何だ、一応って」

「じゃあ恩人で良いです」

 マリはそう言って、その指輪を右手の薬指にはめた。

 この指輪は、互いに装着した相手の状況と大体の位置を感知できるようになる指輪だ。

 焦りや怒りといった感情と、その強さが伝わるようになっている。

 危機的状況に陥れば、すぐにそれが伝わるのだ。

 それらの情報が一切感知できなくなった時は、相手が死んだ時だ。

「お前が俺を救うなんて、百年早いわ」

「じゃあ百年を縮めて見せますよ。それにしても、ハクアちゃんと結局会えなかったなあ」

 マリは残念そうに言う。

「俺も一回も女の子の客員剣士なんて見たことないぞ。幻覚だったんじゃないか?」

「じゃあ私が貰った飴はなんだったのかって話になるじゃないですか」

「それこそ、湖の精霊の悪戯かもな」

 どうでも良いのでジンは適当に結論付けた。

「今回は、二段階までの解放を許す」

 ジンの言葉に、マリは微笑んだ。

「なんだかんだで、心配してくれてるんですね、師匠」

「こんな所で死なれたら教え損なんだよ」

 低い声でジンは言った。

 けれども、ジンの本心をマリは見抜いていた。


 一つ目の巨人が鉈を振り下ろす。

 それを回避して相手の腕に飛び乗ると、ジンは駆け始めた。

 そしてその肩に辿り着くと、相手の首に向かって剣を振り下ろした。

 その瞬間、巨体が消滅してジンは地面へと落下する。

 危うく足を捻りそうになりながらも、ジンは着地した。

 顔を上げると、剣を上空へと突き上げているウラクと視線が合った。

 二人とも、驚いたような表情をしている。

 ウラクが笑顔を崩したのを、ジンは初めて目にした。

 それが、そのうち互いに笑顔に変わった。

「やるな。一撃で急所を突いたか」

「君もね。まさか体の上を駆け上っていくとは思わなかった。君の前世は猫か何かかい?」

「やるじゃないか、お前ら」

「これは楽ができそうだな」

 下級剣士達が口々に二人を褒め称える。

 五人は好調に先に進んだ。

 別れ道にぶつかるたびに、地図を描いて先へと進む。

 そのうち、床に宝箱が描かれたタイルがあった。

「宝が近いってタイルだよ。このタイルを見つけていけば、最終的に宝箱に辿り着く」

 ハルカゼが解説する。

「まあ、一層の宝なんてたかが知れているから、階段のほうがありがたいけどね」

「階段、ですか」

「ああ。この遺跡は地下に深く根付いている。どこまで底があるか、魔術の大断絶が起こって以降、誰も知らないのさ」


 マリがくたくたになって宿所に戻って来ると、そこでは酒宴が行なわれていた。

 ジンと、マリを客員剣士採用試験の時に負かした男が盃を交わしている。

 お互い強かに酔っているらしく、顔は真っ赤だ。

「えーっと……始めまして?」

「ああ、始めまして。噂のお弟子さんですね、お邪魔しています。ウラクと言います」

「ああいえ、師匠の部屋なんでお気遣いなく」

「成果はあったか、馬鹿弟子」

「それがなしのつぶてで。行けども行けども道があるだけで」

「お前、タイルを見ないで行ったな?」

 ジンの言葉に、マリはきょとんとする。

「タイルってなんですか?」

「あー、だから駄目なんだよお前は」

「僕らだってハルカゼさんに教えてもらったんじゃないか」

「いやー、けどなんかあるって普通思わない?」

「どうだろうなあ」

 ウラクは困ったように苦笑している。

「ご機嫌なようでようござんした」

 マリは溜息を吐いてベッドに座り込んだ。

 今すぐにでも体を洗いたい気分だったが、客人がいてはそれも無理そうだ。

「しかし、随分長く篭ってたな」

「五人分の食料を一人で使えましたからねー」

「五人分?」

「わた……俺以外全員逃げ帰っちゃったんですよう。最初に出てきた巨人を見て」

「あっははははははははは」

 ジンは大笑いする。

「ムカつく……」

 マリは舌打ちしたいような気持ちになった。

「いや、それで一人で生き抜くとはたいしたものだ」

 ウラクは穏やかに言う。

「こいつは獣相手にゃ滅法強いからな。剣技はまだまだだが」

「褒めてるんだかけなしてるんだかわかんないですよ、師匠」

「まあお前も飲め、飲め」

「俺、あんまりお酒強くないんですけどねえ……」

 促されて、マリも酒に口をつけた。

 喉から胃へ熱いものが流れ込んでいった。

 そのうち、マリは疲れもあって、寝入ってしまった。

 ふと気がつくと、酒宴はさっきまでの賑やかなものではなく、少し静かな雰囲気を漂わせていた。

「故郷に両親と嫁が居てね」

 ウラクが言う。

「親から代々続いた剣術道場を持っていたが、それが中々芳しくない。だから私は、手柄を上げて名を上げる必要がある」

「なるほどねえ」

「ジンくんはどうして客員剣士に? それだけの腕があれば、剣術指南役でも、用心棒でも、仕事はあったはずだ。わざわざこんな胡散臭い遺跡に来る必要はない」

 しばしの沈黙があった。

 ジンはそれを話すことを、躊躇っているようだった。

 それはそうだろう。それはジンやマリの秘密に関わっているのだから。

「聖なる泉を探している」

 師が、その単語を発したことにマリは少なからぬ驚きを感じていた。

 それを告白するということは、ジンはウラクに相当気を許しているだろうからだ。

「ああ、なるほど」

 納得したようにウラクは言う。

「それは先祖代々のもの? それとも、ご自分の?」

「想像に任せるよ」

 ジンは苦笑する。

 聖なる泉。

 それは、いかなる呪いをも打ち消すと言われている伝説の泉だ。

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