祭りの日
祭りの一日のお話
日常編となっております
町のあちこちから楽器の音色が聞こえるようになったのは、夏も終わりが見え始めたある日のことだった。
どうやら祭りがあるらしい。
精霊に感謝するという名目で町の人間が火を焚き大いに飲み明かす、そんな祭りだそうだ。
「祭りがあるそうですよ」
「いつになく情報が遅いな」
珍しいことに、町の祭りの情報を先に知ったのはジンだった。
ジンの部屋のベッドに座り込み、マリは当惑したような表情でいる。
「師匠は先に知ってたんですか?」
「誘われたからなー。お前もどうせリコちゃんに誘われたんだろ」
「ええ、名推理ですね。超能力でも覚えましたか」
「単純な話しだよ。この祭り、火を消す時に男女で手を繋いでいたら幸せになれるって言い伝えがあるらしくてな」
マリが、気まずげな表情になる。
「……リコちゃん、私を男だと思ってるものなあ。断れば良かった」
「良いんじゃないの。こういうのは本人が納得できれば良いんだよ。それで不幸になったりはしねえよ」
「師匠は誰に誘われたんですか?」
「ハクア」
「ええっ!?」
マリが大きな声を上げる。そんな反応をされると、ジンはなんだか気恥ずかしくなってしまう。
「ハクアさんと師匠って、いつの間にそういう感じになったんですか」
「誤解しているようだから言っておくようだが、たんに小隊内の親睦みたいなものだよ。幸せになれるっていうだけで、カップルになれるって言い伝えではないからな。そこを間違えるなよ」
「けどこれって、明らかにデートですよね」
「そうかー? 男と女が一緒に歩いてたらデートって風潮はどうかと思うね。そしたら俺とお前は一緒に旅してたけど夫婦か? 違うだろ?」
「それもそう……なのかなあ」
マリは今ひとつ納得できてないようだ。
「師匠はこういうの、面倒臭がると思ってましたから」
「……あの顔で誘われると弱いのだ」
「ああ、なるほど。師匠にも意外な弱点があったんだなあ」
マリは滑稽そうに笑った。
「この町で祭りが行なわれるそうですが」
酒場で四人で朝食をつついていると、クロウが話を切り出した。
「まさか行こうとは思っておりませんよね、ハクア様」
「ええ、思ってませんよ」
さらりとハクアは嘘をついた。
「人ごみの中ではクロウが護衛をするのも大変です。私は自重しようと思います」
「やっと私の苦労をわかっていただけましたか」
クロウは満足げな表情になった。
ハクアが笑顔で嘘をつけるという事実に、ジンは少しだけ驚いた。
まあ、クロウの相手をするにはそれぐらいでなければやっていられないのかもしれない。
ハクアが、ジンに向ってウィンクをした。
ジンは、苦い顔で目をそらした。
「けど、せっかくの祭りの日に部屋に篭ってるなんて勿体無いですよ。クロウさんも祭りに行けば良いのに」
「私は祭りという柄ではありません」
「お堅いだけが取り柄だから」
ハクアが、悪戯っぽく笑って言う。
「なんでこんな青年に育ったかなあ。ハクアお姉さんは悲しいですよ」
歳若い少女と言った外見のハクアが、青年のクロウにそんな台詞を言うのは違和感がある。
不老不死の彼女は、実年齢と外見の年齢にギャップがあるのだ。
「それもこれも、全てはハクア様のためです」
断言するクロウに、ハクアは苦笑するしかない。
「貴方が普通に恋愛して結婚できるか、私は心配ですよ」
「私は結婚は考えておりません。ハクア様を安全な場所から連れ出したからには責任がありますゆえ」
「私は将来的には結婚する気ですけどね。マリさんもそうでしょう?」
「呪い次第かなあ。解けたら結婚も考えるのかも。けど、今は惚れたとか、腫れたとか、想像がつかないなあ。師匠は結婚しなさそうですね」
「面倒臭い」
「……なんか恋愛能力の低い男女の集まりですよね、私達って。男女二組揃って色気の欠片もない」
ハクアは、苦笑混じりに言った。
「色恋が絡んでぐだぐだになるグループよりは良いんじゃないかね」
「実体験ですか?」
ハクアの興味深げな問いに、ジンは苦い顔をするだけで答えなかった。
「そうですか、先約がありましたか」
残念そうに言うシズクに、マリは頭を下げた。
「ごめんなさい、教え子の一人に誘われちゃって」
「マリさんにはお世話になったので、町の案内でもできればと思ったんです。あっ、深い意味はないから、誤解しないでくださいね」
「それはもちろん」
念入りに言われなくても大丈夫なのにな、とマリは思う。
「けど、町長さんだから、準備大変なんじゃないですか」
「それが、ね。大変でね」
シズクは苦笑いを顔に浮かべる。
どこか、疲れた雰囲気が漂う表情だった。
「今、長老会とぶつかってるから、まったく協力してくれないんですよ。先人のノウハウがないから、上手くやれるか少々不安で……」
「手伝いできること、あります?」
「……マリさんって、算術は得意ですか?」
「……文字の読み書きができる程度の教養しかないですねえ。残念ながら」
「なら、手伝いは次の機会ということに」
戦力外通告だった。
「シズクさんなら、誘ってくれる男の人は多そうだけどな」
「……誰でも良い、と言う訳ではないのですよ」
シズクは、意味ありげに小声で言った。
マリは背筋が寒くなった。
男装をしてからモテ期が来ているマリだが、シズクにまで惚れられているとは考えたくなかった。
「町の中央で大きな焚き木を組んでましたよ。あれは盛大に燃えるでしょうね」
ハクアがジンの部屋にやってきて、うきうきとした様子で語った。
ジンはベッドに座って、それを微笑ましく感じながら眺めている。
「ジンはダンスは得意ですか?」
「経験がないな」
ジンは投げやりに返す。
「残念ながら俺は小さい集落の出だからな。練習する機会がなかった」
「じゃあ、私が教えますよ。じゃあ、まず私の手をとってください」
ハクアがそう言って、ジンに手を差し出す。
「やだ」
間の抜けた沈黙が場を包んだ。
ハクアは唖然とした表情でジンを見ている。
「やだって、初心な子供じゃあるまいし……。女性の手、握るの抵抗あるんですか?」
指摘されて、ジンは顔が熱くなるのを感じた。
「いや、女の手ぐらい握りなれてるぞ。恋人もいたし、マリの手を引っつかんで走ることもあった」
「じゃあ、今、私の手を掴むことも容易でしょうに」
「それとこれとは、ケースが違う」
「……照れてるんですか?」
ハクアが、悪戯っぽく微笑む。
「照れてなどいない」
「じゃあほら、はやく立ち上がって」
そう言って、ハクアはジンの手を取って無理矢理立ち上がらせた。
「まずは、礼に始まります」
そう言って、ハクアは手を繋いだまま会釈する。
ジンも、それに合わせた。
「そして、私のもう片方の手を取って」
「いやそれ、体が密着するんじゃないか?」
「ええ、密着しますが」
再び、沈黙が場を包む。
「……照れ臭いんですね? ジン」
「……いや、これが恋人同士とかなら俺も抵抗はないぞ」
「なら、今は私を恋人だと思いなさい」
呆れたような口調でハクアは言う。
「なんならシホさんと思ってくれても結構です。それで練習が進むんなら私はなんの文句もありませんよ」
「そんな失礼なことしねえよ」
そう言いながらも、今のハクアになんとなくシホの面影を感じてしまうジンだった。
シホの話をしてから、ハクアは随分馴れ馴れしくなった。
それが同情なのか、それとも打ち明け話をしたことから生まれる親しみなのか、ジンにはわからない。
「あー。わかったよ。体の密着ぐらいでつべこべ言わないよ」
「ええ、覚えることは沢山あるんですからね。祭りまでに完璧にダンスを覚えてもらうんですから」
「……覚えて意味あるかね。一日しか使わない技能だぞ」
「まったく、ジンにはロマンが欠如していますね」
ハクアは呆れきった表情で言う。
今更そんなことを言われてもな、とジンは思う。
最初からわかりきっていたことではないか。
「……なんか恋愛能力の低い男女の集まりですよね、私達って」
ハクアのそんな台詞を、つい思い出してしまったジンだった。
マリがその男性と出会ったのは、祭りも近くなったある日のことだった。
町の一角に陣取って、延々とチェロを弾いている。
綺麗な音色に、マリは思わず足を止めた。
男性は会釈して、チェロを弾き続ける。
しばらく、マリはその音色に聞き入っていた。
そのうち、男性は腕を止めた。
「気に入ってくれたみたいだね」
「ええ。綺麗な音色です」
「祭りの日に演奏するんだ。来てくれよ」
「知人と約束しているので、必ず」
マリは微笑んで答える。
「俺の家は代々祭りの席じゃチェロを弾いててな」
「代々、ですか」
「ああ。ずーっとずーっと前の代からだ。それがお役目でな」
「羨ましいな、そういう繋がり」
「お兄さんは、サクマ領の人だろう」
サクマ領の紋が入った服を着ているので、見破れるのは仕方ないだろう。
「はい」
「下級剣士かい?」
「ええ。元はアオバ隊の剣士でしたが」
マリは苦笑交じりに答える。
男は少し不快げな表情になった。
「じゃ、故郷を捨ててきた奴か。俺にはわからんね、その考えが」
「まあ、色々あるんです。もうちょっと、聞かせてくれませんか? 父がその楽器を好きで、俺も弾いたことがある」
「国へ帰って、父親に聞かせてもらいな。あんたみたいなちっこい奴が、無理に遺跡探索なんてするもんじゃねえよ」
そう言うと、男は立ち上がって、楽器を持って去って行ってしまった。
「帰る故郷なんて、ないんだけどな」
マリは苦笑してそう呟くと、その場を去った。
「良いですか。今回の祭りで問題を起こした人間はそのまま隊から抜けてもらいます」
宿舎の食堂で、ハルカゼの声が響き渡る。
「それほどこの祭りはこの町の人間にとって大事なものです。喧嘩や問題行為を行ないたい場合は、最悪首が飛ぶ覚悟でやることですね。酒も二杯までなら許しますが、三杯目は許しません」
食堂に集められた隊士達は、各々頷いた。
しかし、祭りと言えば深酒をする人間が出てくるものだ。
問題が起こるのではないか、と言う不安は抜けない。
元々、平素から他領との喧嘩は起こっているのだ。
「それじゃ、解散。ジン君は残って」
こういう特別扱いは困る、とジンは思う。どうせ、厄介事を頼まれるのは目に見えている。
人が去った食堂で、ジンとハルカゼは向かい合った。
「ジン君。祭りには警備が必要だとは思わないかな」
「つまり、俺に警備をしろと」
「ジン君は話が早くていいな。そう、うちの領の人間が問題を起こさないように」
「申し訳ないけど、先約がありますね」
「……断れないかな?」
「ハルカゼさん、結構俺の私生活とかどうでも良いと思ってますよね?」
「いや、そんなことはないよ」
ハルカゼは表情一つ変えずに言い切った。
この人も狸だな、とジンは思う。
「それじゃあ私が警備につくしかないな」
溜息混じりにハルカゼは言う。
「厄介事、押し付けようとしてましたよね?」
「いやいや、そんなことはないって」
ハルカゼは表情一つ変えずに言った。
面の皮が厚いだけかもしれなかった。
祭りの当日がやってきた。
外は暗いが、町の中央の焚き火の光が遠くからも見えた。
ハクアは町娘の格好をしている。
「ジンもこれに着替えましょう」
彼女が持ってきたのは、町民の服だ。
「……この服じゃ、下に鎖帷子が着れんが」
ハクアは呆れた表情になる。
「……何をしに行く気なんですか、ジンは。今日は祭りですよ」
「他領の人間と喧嘩になったらどうする」
「流石に、町民に喧嘩を売る馬鹿もいないでしょう」
溜息混じりにそう言ったハクアだった。
「今日は呪いとか領とかややこしいことは全部忘れましょう。貴方はただのジンで、私はただのハクアです。冒険者でもなんでもない、ただの町人です」
「なら、ハクアの口調も改めるべきだな」
「と、言いますと?」
「町人なら、もっとくだけた話し方をするだろう」
「……それも、そうですね」
納得したように、ハクアは頷く。
「行こうか、ジン」
そう言って、ハクアはジンに手を差し伸べる。
くすぐったい気持ちを感じながら、ジンはハクアの手を取った。
二人で窓から外に出て、夜道を歩く。
なんでこんな気まぐれを起こしたのだろう、とジンは思う。
今までのジンならば、こんな祭りなど物憂いからと参加しなかったはずだ。
それが、女の子と手と手を取って歩いている。
焚き火に近付くに連れて、周囲に人は増えていった。
「若いカップルが多いな」
「他人事みたいに言ってるけど、他の人から見れば私達もカップルだよ」
ハクアの言葉に、ジンは苦笑する。
言われて見れば、確かにそうだった。
町人達の楽団が、曲を奏で始めた。
「じゃあ、練習の成果を見せてもらおうかな、ジン」
炎に照らされたハクアが、微笑む。
ジンは無言で一礼した。
昔に戻ったかのようだ、とジンは思った。
シホを失う前、ただの町民だった頃の自分に。
二人は賑やかな喧騒の中で、踊り始めた。
曲に合わせて、様々な踊りを踊る。
踊りとはまるで、言葉のようだった。些細な仕草で、些細な溜めで、互いの考えが手に取るようにわかる。
まるでジンとハクアは、幾百もの言葉を交わしたかのようだった。
お互いの表情に、自然と笑顔が浮かぶ。
視線と、視線が重なり合う。
そのうち、楽団の曲がぴたりと止んだ。
戸惑いの声が、周囲から上がった。
マリは路地裏で、リコと見詰め合っていた。
マリも今日は剣士隊の服ではなく、町民の服を身に纏っている。
リコは真剣な表情で、マリを見ている。
「……人の多いところに行こうよ、リコちゃん」
マリは戸惑いながら、言う。
「いいえ、今日は先生に、きちんと返事を貰わなければいけません」
リコは真っ直ぐにマリを見つめている。
「先生は、私のことが嫌いですか?」
師匠ならば、面倒臭いと一刀両断するのだろうなとマリは思う。
そんな師匠の図太さが、こんな時には羨ましい。
「嫌いじゃあないよ」
「じゃあ、私と付き合ってください。先生は独り身だから、問題ないはずでしょう?」
「そういうわけにはいかないんだよな……」
何せ、マリは男装しているだけの女性なのだ。
「どうしてですか? どうして、先生に私の気持ちは伝わらないんですか」
リコはそう言って、マリに抱きつく。
そして、違和感を覚えたように硬直した。
リコの腕が、マリの胸部へと伸びる。そして、布に押さえつけられた右の胸を揉みしだいた。
「えーっと……」
マリが、どうしたものかと考え込む。
「つまり、そういうことですか?」
そう訊ねたリコの表情は、無表情だった。
「……つまり、そういうことだねえ」
マリは、気まずい表情で答える。
「ずっと私の気持ちを、弄んでたんですね?」
その一言で、仰天したのはマリだ。
「待って、ちょっと待って、なんでそうなるの?」
「だって、先生はずっと私の気持ちを知ってたはずです! それなのに、ずっと男の振りをしてたなんて……」
リコは俯く。
その肩は震えている。
「こんなの、あんまりだわ!」
リコはマリを押しのけると、俯いたまま駆け去っていってしまった。
後には、マリが一人残された。
「これ、私が悪いのかな?」
マリは思わず呟く。
マリに惚れたのはリコであって、マリは彼女を誘惑した覚えなどない。
しかし、リコに言わせれば、マリは女心を弄んだ極悪人なのだろう。
「まあ、私が悪いんだろうな……」
恋心に疎いマリは、釈然としないものを感じながらもそう結論付けた。
マリは一人で歩き、人ごみの中を掻き分け、焚き火の見える場所に辿り着いた。
賑やかな楽曲の中で、ハクアとジンが踊っているのが見えた。
目つきの鋭い青年と美少女のコンビは、集団の中でも特に人目を引いた。
二人とも、マリにも見せたことがないような楽しそうな表情をしている。
誰もが彼らを、幸せなカップルだと思い込んでいるだろう。
(遺跡探索をしてる殺伐としたコンビなんだよな、これが)
マリは心の中で呟いて、苦笑する。
もしもシホが死ななかったら、とマリは思う。
師は、あんな風に幸せそうにしていたのかもしれない。
それを思えば、リンの無念な気持ちもわかると言うものだ。
その時、楽曲がぴたりとやんだ。
ざわめきが周囲に広がる。
見ると、楽団の中で、チェロを弾いている彼が手を押さえている。
マリは思わず、その傍に駆け寄った。
「どうしたんですか?」
楽団の一人が、苦笑交じりに答える。
「ああ、腱鞘炎だ。こいつ、仕事柄手首を使うのに、練習をして拗らせちまったらしい」
「大丈夫。ちょっと休めば再開できる。せめて、火を消す直前までは弾いていたい」
本人は手を押さえながら、苦しげに言う。
「本当か? 無理するなよな。仕事に差し支えるぞ」
「馬鹿野郎。うちの爺ちゃんも親父も代々やってきたんだ。俺がサボれるか」
「あの……」
マリは心臓が高鳴るのを感じながら、ゆっくりと口を開いていた。
「少しの間、俺が代理を勤めるから、神術師さんに見てもらってきたらどうですか?」
「坊ちゃん、チェロが弾けるのかい?」
楽団の一人が反応する。
「ええ。父から習って、多少は」
楽団の人々が、顔を見合わせて視線で会話をする。
「駄目だ駄目だ」
そう言ったのは、チェロを抱えている男だった。
「そいつは故郷を捨てて一攫千金を狙いに来た半端もんだ。そんな奴に、この神聖な祭りを任せられるかよ」
チェロの男の声で、他の人々も苦い顔になる。
町を踏み荒らす剣士隊の人々に、好印象を持っている人はそう多くない。
「私には、故郷がありません」
マリは、緊張で肩を強張らせながら、ゆっくりと告白していた。
「故郷は亡ぼされ、帰る場所も有りません。けど、この町は私を優しく迎え入れてくれた。この町を、第二の故郷と思っては駄目でしょうか?」
楽団の人々の表情が、和らいだ。
彼らは視線で会話を交わし、頷きあう。
「こいつ、町の子供に文字を教えてるってえ奴だよ」
「じゃあ、町の一員ってことで問題ないな」
「ああ、問題ない」
楽団の人々が、そう言葉を交わす。
チェロの男は苦い顔で考え込んでいたが、そのうち楽器を置いて、席を立った。
「周りの連中がそう言うから、仕方なく、だからな。俺が戻ってきたら、すぐに席を譲れよな」
マリは、その一言で心が弾むのを感じた。
「はい!」
席について、チェロを受け取る。
「じゃあ坊ちゃん。俺達に合わせて入ってきてくれ。無理はせんでええぞ」
「フィーリングでなんとか合わせてみます」
「上級者みたいな口を叩きやがる。そんじゃ、行くぞ!」
曲が再開される。男女達が踊り始める。
師と踊るハクアを見て、マリは微笑んだ。
(良かったなあ……)
マリはチェロを奏でながら、しみじみとそう思った。
(本当に、良かった)
「こんなところにおられましたか、ハクア様」
嫌みったらしい声が背後から降ってきて、ハクアは動きを止めた。
ジンも、教師に叱られた生徒のような表情で動きを止める。
ハクアの背後に、いつの間にかクロウがやって来ていた。
「窓の鍵が開いて中はもぬけの殻。いやはや、すっかり騙されました」
「良いではありませんか、祭りの日ぐらい」
ハクアは拗ねたように言う。
「衆目を集めることはお辞めくださいと申しているのです」
周囲がざわめき始める。
「なんだなんだ? 痴話喧嘩か?」
「町の男と剣士隊の男で女の取り合いか?」
ハクアは、クロウを睨みつけた。
「衆目を集めているのは貴方ではないですか、クロウ。もう少し考えて動きなさい」
「はっ……」
クロウにも周囲の声が聞こえたのだろう。赤くなって俯いている。
「こうなっては、注目を浴びるのは避けられませんね」
ハクアはそう言って溜息を吐く。
「帰るわ、ジン。楽しかった」
そう言って、ハクアはジンを抱きしめた。
「……俺も、楽しかったよ」
思いもがけず、素直な言葉がジンの口から出てきていた。
ハクアも、クロウも、少し驚いた表情になる。
そのまま、ハクアはクロウに手を引かれて、去って行った。
ハクアは一度だけ振り返ると、笑顔で手を振って、二度と振り向かなかった。
ジンは焚き火の傍から離れ、踊っている面々を座って眺める。
さっきまで自分がそうだったというのに、踊っている人々を見ると、とても幸せそうに見えた。
「兄ちゃん、残念だったな。気を落とすなよ」
何か誤解されているらしい。ジンは同情の視線を集めているようだった。
その横に、周囲から押されるようにしてやってきた人物が居た。
マリだった。
「……なにやってんの、お前」
ジンは、思わず訊ねていた。
「チェロ弾いてたんですけどね、代役で。本業の人が戻ってきたので、席を譲ってきました」
「へえ。あれ弾いてたの、お前だったのか」
「どうでした?」
「一人だけなんか浮いてる奴がいるよなって思いながら聞いてた」
「うわ、酷い。そう言う時ってちょっとお世辞を上乗せするものでしょ?」
「俺に世辞を期待するな」
曲が止む。
周囲の視線が、焚き火に向けられる。
周囲の男女が、お互いの手をしっかりと握り合う。
その時がやってきたということなのだろう。
ジンの手を、絡め取るように掴む手があった。
誰の手か確認しなくともわかる。
いくつものマメが潰れて堅くなった剣士の手。
マリの手だった。
「幸せになれる、でしたよね、師匠」
「そうだな」
「……二人とも幸せになれますように」
「カップルのお祭りも、お前にかかると流れ星だな」
「良いじゃないですか。平和で」
焚き火が消されて行く。
それを、町の人々と一緒に、ジンはぼんやりと眺めていた。
マリの手を、握りながら。
「……毎日、こうなら良いのにな」
「そうですか?」
「ああ。楽しいだろ」
「いつになく素直ですね。けど、たまにだから楽しいんだと思いますよ。毎日お祭りだと、きっと疲れちゃいます。腱鞘炎になっちゃいますよ」
「……そうだな。幸せって言うのは、普段が大変だからこそふとした時に味わえるんだろうな」
「ええ。また明日から、頑張りましょう」
「当番はまだまだ先だから、俺達はぐうたらするだけだけどな」
「それを言っちゃあお終いです」
焚き火が、完全に消えた。
「帰りましょうか」
マリが言う。
周囲の人々も、帰路に着き始めたようだ。人で賑わっていた広場から、潮が引くように人が消えて行く。
ジンは立ち上がって、マリを引っ張り上げた。
そして、二人は歩き始める。
「手、そろそろ離さないか?」
「良いじゃないですか。幸せになれるっておまじないです。思うんですけどね、私、手を繋いでいたら幸せになるんじゃなくて、手を繋げる相手がいるから幸せになれると思うんです。つまるところ、手繋げてんならお前らもう幸せだよな、それ再確認してるだけだよなってツッコミですよ」
「……台無しだよ」
ジンは笑った。
「お前も恋愛適正低い奴だよなー。こういうのを狙って告白するチャンスだってことに気が付かないかね」
「……若い頃から人を戦場に引っ張りまわしてきたのは誰でしたっけねえ」
まあ、この弟子が居て寂しくないのも確かだな、とジンは心の中だけで思ったのだった。
「そろそろ離せよ」
「ハクアさんとはずっと繋いでたじゃないですか。たまにはおまじないも良いものです」
結局最後に隣りにいたのはこいつか。そんなことを考えて、ジンは苦笑いを浮かべた。
次回、シリアスパートにするか日常パートにするかで少し考え込んでいます。
シリアスにしたら日常パートに帰れなくなっちゃうんですよね。
シリアスパートの場合は、彼女の受難な一日でお送りします




