表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/30

VSイッテツ2 引け腰になる日もある

「そんなことを言ってたら嫌なところで会っちまうぜ、だっけかな。君の師匠は嫌な予言をしてくれたものだ」

 追って来たマリの顔を見て、セツナは苦い顔になった。

 マリは即座に剣を抜き、臨戦態勢を取る。

 体が軽かった。

 今ならば、虎をも素手で殺せそうな気がする。

「僕は遺跡の中で殺し合いをする気は毛頭ない」

「平和的に解決しようという人が、関所を配置しますか?」

「手柄をただ見逃す気もないと言うだけさ。まったく、三十五階に辿り着いたその日に、なんで他の隊とぶつからなきゃならん。遺跡に入る日が君達と近かったことから嫌な予感はしていたんだ」

 そう言いつつも、セツナは剣を抜く。

「一応、言っておく。君の動きは全て読める。僕は生まれつきそういった才に恵まれている」

 セツナの剣の切っ先が、マリに向いた。

「君の師匠とて僕には勝てなかった。師匠が勝てなかったものを弟子が勝てる道理はあるかな」

「師匠が道を作ってくれた。覚悟をして、私に託してくれた」

 マリは剣の柄を強く握り締める。

「勝てる勝てないじゃないんだ。押し通るしか、私に残った選択肢はない」

「玉砕覚悟、か。採点をしてやろうじゃないか」

 セツナは、マリの次の行動に対応しようと腰を落とす。

 マリが地面を蹴った。

 急激な速度で、マリの体はセツナに向かって直進した。


 ジンとイッテツの刃が、ぶつかり合っては薄暗い遺跡の中に数々の光を生む。

 通路は狭い。

 どうしても足を止めての打ち合いとなった。

 横一線に放たれた二つの刃が、急に角度を変えて上下に交差する。

 互いに互いの考えは透けて見えている。

 呼吸をするのも惜しんで、二人は剣を振り続ける。

 ジンは数歩を引いて、打ち合いをやめ、呼吸を再開する。

 肩が上下していた。

 凄まじい緊張感だった。

 一瞬でも読みを違えたら、そこで終わりだという絶望感があった。

 イッテツは、慣れたものらしい。剣を片手に平然としている。

(こりゃ、踏んできた場数が違うな……)

 ジンは自分の未熟さを実感するしかない。

 いくら才があろうと、先達の積み重ねに勝ることは出来ない。それは、ジン自身の台詞だった。

 ジンは才がある。修羅場を潜った経験もある。命のやり取りも経験がある。

 しかし、ここまで神経を削る敵と真剣で向かい合う経験はそう多くない。

 イッテツが自らの肩に手を触れた。

 その指の先には、血がついている。

 場違いな穏やかな拍手が遺跡に響き渡る。

 イッテツが手を叩いているのだ。

「いや、見事だジン君。濃密な十年を過ごしたらしい。木刀で人を叩く事すら躊躇っていた君が、躊躇なく真剣を振るっている」

「……大人になるってのは嫌なもんですね。感情より利害を優先させるようになる」

「成長したのですよ、ジン君。君は剣士として、一歩先の段階へ進んだ。読みも申し分ない」

「大した余裕だ、先生は」

「集中はしきっている。これでも私は必死ですよ」

 ジンは舌打ちしたいような気持ちになる。

 こちらは精神的に疲弊しているのに、相手にはその気配がない。

 それが絶望的な差のようにジンには感じられる。

 ただ、速度では勝っているという確信がジンにはある。

 それでもジンが相手を一瞬で倒せず、同等の戦いを繰り広げているのは、一重に経験の差だ。

「そう、そう言えば君には教えていませんでしたね」

 ジンは疑問符を頭に浮かべる。

 イッテツの目が、細められた。

「天眼流の、奥義を」

 イッテツの言葉に、ジンは手に篭める力を強めた。

 イッテツはまだ、奥の手を隠し持っているのだ。

「君を殺すのは忍びない。奥義なしで私が勝つように、祈っていてください」



 マリの剣が凄まじい速度でセツナに迫る。

 しかし、その時にはセツナは既に回避行動に移っている。

 剣が体を捉えることなく、マリとセツナの体がすれ違った。

 マリの鋭い剣の振りの数々を、セツナは余裕を持って回避していく。

 雲を掴もうとするかのようだ。きりがない。

 際限なくこの繰り返しが続くのだろうかと、マリは絶望的な気分になる。

 これが先を読む目、予知眼の恩恵。

 生まれながらにしてある、絶対的な差。

 あることに気がついて、マリはふと腕を止めた。

 気がつくと、鈍い痛みと熱い感触が肩の辺りにあった。

 腕に血が流れていた。

「気付いていなかったのか。減点だな」

 セツナは、淡々と言う。

(どうして? いつの間に?)

 マリは困惑するしかない。

 それを見越したように、セツナは言う。

「最初に交差した時だ」

 セツナの瞳が、無感情にマリを観察している。まるで、人形でも見ているかのように。

「君の速度は驚嘆に値する。人間のものじゃあない。だから、君の腕の軌道に剣だけ置いておいた」

 マリは、唾を飲む。

 動きを読むどころか、完全に動きを読みきられている。

 これが予知眼を持つものとの戦いだった。

 速度で押すことに活路を見出そうとしたマリの目論みは、裏目に出た。

「つまる所、君は自分の速度で勝手に鎖帷子を破り、勝手に自らに傷をつけたのさ。速度を持て余しているのがわかっていないのかな」

 セツナは淡々と言葉を続けている。

「君は、速い。けれども、自身の速さに踊らされている。どうやら、普段から使える速度ではないようだ。持て余してるのが僕の眼に写る幾重ものパターンから推察できる」

 マリは剣を振るった。

 セツナはいくら腕を振るっても捕らえられない。

 手首に鈍い痛みが走る。

 いつの間にか、傷が増えている。

「その点、君の師匠は優秀だった。技術と速度を両立している。しかし、君程度の読みならば僕の予知眼に完全に無力化されてしまう。後には借り物の力しか残らない」

 腕を振るうたびに傷が増えていく。

 しかし、マリは止まれない。

 セツナは雲のように掴みどころがない。

 長い旅の末に、見えた光明。それが、遠ざかって行く。

 ならば、マリは方針を変えることにした。

 敵の攻撃を、待つことにしたのだ。

 先読みならば、マリも得意としている。敵の動きを待って、その隙に攻撃を叩き込めば、活路が見出せるかもしれない。

「なるほど、君たちの流儀は敵の先を読む流儀。受けに回るならば、その特性をより強く発揮できる。そう考えたか」

 セツナの表情が、少しだけ変わった。

 少しだけ、眉間にしわがよっている。

「万が一、君の援軍がやってきて囲まれても厄介だ。その手に、乗ってあげようじゃないか」

 セツナが、マリに接近して上から下へと剣を振るった。

 胴ががら空きだ。

 しかしそれは敵の誘いに違いない。セツナにはいつでも剣の軌道を変える準備がある。

 だが、剣を振り切った後ならば、次の動作に転じるまでの一瞬の隙が出来る。

 マリは、ただ攻撃を回避して、セツナの腕を突こうとした。

 そうやって伸ばした腕が、跳ね上がった。

 左肩に、熱い痛みがある。

 腕を弾かれ、肩を貫かれたのだと、遅れて理解が尽いてくる。

 深い一撃ではない。それが出来るほど、セツナは体勢が整っていない。しかし、その傷は、マリの心に絶望を撃ち込んだ。

「君は自分の速度を過信しすぎている」

 セツナは、同情するように言う。

「あるいは、何かに焦って冷静さを失っているのか。まあどちらにしろ、僕の勝ちは揺るぎそうにない」

 その声が、マリの耳には遠く聞こえた。

「流石のジン君も先生には勝てないだろう。そして、君はここで負ける。僕は傷が浅いうちに引くことをお勧めするよ。繰り返し言うが、殺し合いをする気はないのだ」

 セツナは丁寧に、そう勧告した。


 剣と剣がぶつかる音が響き続けている。

 ジンとイッテツの攻防は続いている。

 互いの体に傷はあるが、致命的な一撃はない。

 危うい均衡が保たれている。

「良くぞここまで育ちました」

 イッテツが突きながら褒める。

「良くぞここまで極めました」

 イッテツが剣を振りながら褒める。

 ジンはその一撃一撃を回避し、反撃に転ずるが、その動きは既に読まれている。

 お互いの動きを読みあう天眼流。

 その攻撃は互いに致命傷を与えることを許さない。

 ジンは、感情を読み取る指輪からマリの感情を読み取っていた。

 焦りの感情が膨れ上がっている。

 マリは苦戦しているようだ。

 それに気を取られたのが、一瞬の隙となった。

 ジンの右足に、イッテツの刃が突き刺さる。

「しかし、甘さは変わらない」

 ジンは剣を振るった。

 イッテツは剣を足から引き抜いて、後方へと飛ぶ。

「結局君はその弱点を克服できないらしい。どこかで必死になれない、どこかで余裕を持ち続ける。私はね、喋っていても君から集中を解くことはない。けれども、君は違う。集中の世界に入れないものに天眼流は極められない」

 集中の世界、とイッテツは言った。

 ジンは集中しきっているはずだ。

 しかし、確かに、マリを気にするような余裕はあった。

 ジンは、マリの為にここに立っている。

 あの娘を、解放する為にここに立っている。

 だから、負けて笑って帰るなんて選択肢は、ここにはないのだ。

「退いてくれ、先生」

 ジンは、唸るように言う。

「負けを確信し、言葉で人を動かそうというのですか。がっかりですよ、ジン君」

「いや、俺はまだ負けてはいない。そして、先に行かなければならない」

 ジンは、掌から炎を発生させ、右足の傷を焼く。

 傷はそこまで深くなく、痛みを我慢すれば動くことに支障は起きなそうだった。

「あんたは、俺が倒す。俺には、解放してやらなくちゃいけない相手が居る」

 言葉にすることで、ジンは改めて自身の状況を確認した。

 体に、力が沸いてくるのを感じた気がした。

「……気持ちだけで勝てたら苦労しない。けど、気持ちがない剣が勝利を掴むこともない。良いでしょう、やってみるが良い。そして私の奥義で、この接戦に幕を下ろそうじゃないですか。奥義、一の太刀で」

 イッテツの表情が変わった。

 笑顔が消え、明確な殺意を前面に押し出している。

「ジン君。君の事は忘れない。君は開花こそしなかったが、綺麗な蕾だった」


「まだ、かかってくるか」

 剣を握り、構えを解かないマリを見て、セツナは呆れたように言う。

「何が君たちをこうさせる。たかが宝だ。他を見つければ良い」

「他じゃあ、駄目なんだ。これじゃないと、駄目なんだ」

 マリは、叫ぶように言う。

「私は、一人の人間の人生を奪っている。それを、返してあげなくちゃいけない。自由にしてあげなければならない。だから、折れない。負けない。へこたれない」

 それは、自分に言い聞かせるような言葉だった。

「……そうか、聖なる泉が目的か」

 呟くように、セツナは言う。

「それが本当に泉の形をしているのかどうかもわからない。どれだけの量があるかもわからない。液体かもわからないし宝石かもわからない。ただ、全ての呪いを解く泉という名のアイテムが存在しているという」

 セツナは、考え込むような表情になる。

 マリが反論しないのを見て、セツナは確信を深めたようだった。

「心情的には譲ってやりたいところだが、僕もカミト領の上級剣士だ。肩には家名がかかっている。残念だな、負けてあげることは出来ないよ」

「だから、押し通るって言ってるだろう……!」

 マリは、鎖帷子の上から、腕輪のロックを外した。

 四段階解放。

 後にやってくる強い反動を、マリは最早恐れていない。

 セツナの表情が、変わる。

 マリは跳躍した。

 剣で剣を受け止めようとしたセツナが、怯えたように回避の動作に移る。吹き飛ばされる自分の姿をイメージしたのだろう。

 そして、その柄が、マリの後頭部を打っていた。

 しかし同時に、マリも、セツナの腕を貫いていた。

「最初から、腕だけ狙いで……」

 マリは最早反応しない。意識を失っているのだ

 セツナは、苦い顔をした。

「君達師弟は、僕にとっては鬼門のようだ」

 愚痴の一つも零れようと言うものだった。

 マリは、人の気持ちも知らずに、穏やかな顔で寝ている。

「それにしても、僕の腕を封じても君の師が負ければおしまいだ。そこまで、師を信じているのかな」

 戸惑うように、セツナは独白する。


 一の太刀。

 どのような秘剣なのかは、ジンには想像もつかない。

 名前からすれば、一太刀目の攻撃と言うことになるのだろうか。

 しかし、予想に反して、師の一撃目の攻撃は普通の横薙ぎの攻撃だった。

 互いに隙を見つけようと、打ち合う。

(集中しろ……)

 ジンは目の前の剣だけに意識を集中させる。

 指輪の反応も、何もかもを蚊帳の外に置いていく。

(師匠の言葉が本当なら、俺にはまだ強くなる余地がある……)

 外部の情報を徐々に遮断していき、剣だけに意識を集中させる。

 恋人の顔も、マリの顔も、仲間達の顔も、全てを忘れ、ただ目の前の作業だけに没頭する。

(マリの為に、今はマリのことを忘れろ……!)

 脳裏で全てが溶けていく最後の一瞬に、黒い腕を抱えて泣いている少女と、彼女が見せた笑顔が、脳裏に思い浮かんで、消えた。

 次の瞬間、ジンは不可思議な錯覚に陥った。

 世界の音が、消えたように感じたのだ。

 相手の動きがやけにゆっくりに見える。

 自分の取るべき動作が、意識せずとも頭の中で組み立てられる。

 自分だけ、別の世界を歩いているような感覚がある。

 ヒントを与えてくれたのは、師だった。

 集中の世界。それに踏み入れた実感が、ジンにはあった。

 その戸惑いが、ジンの腕を一瞬止めさせた。

 力付くで剣が弾かれる。

 ジンの体勢が崩れたその瞬間、師は大きく剣を引いた。

 抜刀術にも似たその姿勢から、神速の横薙ぎの一撃が放たれる。下半身から上半身を連動させ、一瞬の速度に全てを篭めたその一撃。

 敵の隙をそれで突けたなら、相手の体には一の文字が刻まれるのだろう。

 しかしその初動からは、攻撃の軌道が容易に読める。

 それだけ、剣速に自信があるということか。

 一の太刀が放たれる。

 剣が砕けて松明の光を反射しながら宙に散った。

 ジンの右肩に剣が食い込んでいる。

 しかしそれは勢いを削がれ、骨を断つまでには至らなかった。

 ジンは剣で、師の一撃を受け止めていた。そして互いの剣は砕け、折れた剣の切っ先がジンに食い込んだのだ。師の狙いは首だった。しかし、それはそれて肩へと食い込んでいた。

 ジンも、イッテツも、互いの背にある予備の剣に手を伸ばす。

 膝に剣が突き刺さる。

 突き刺したのはジン、刺されたのはイッテツだった。

「悪いけど、足をもらいました。先生ならその怪我でも、地上までは戻れましょう」

 ジンの世界に、音が返ってきた。

 集中の世界から帰ってきたのだ。

「負け、ですか」

 イッテツは、苦笑いを浮かべて言う。

「なるほど、防がれるとは、もう既に必殺の太刀は必殺の太刀ではなくなっていた。老いとは、惨いものだ」

「帰ればどうでしょう、先生」

 ジンは、淡々と言う。

「地元で天眼流を大きくし、代々受け継がせる。それで良いじゃないですか。あんたの名前は、それでずっと残り続ける」

「……十年前の私ならば、勝負はわからなかった。君は若く、私は既に腕力も、反射神経も、動体視力も、ピークを過ぎた身。フェアじゃあない」

 イッテツは、負け惜しみを言う。

 いっそ、彼らしいとジンは思う。

 そして確かに、ピークを過ぎながらも現役の自分と同等に戦った師に畏怖を感じも刷るのだ。

「そしてそれ以上に、十年間で君は強くなった。自分が老いる分、誰かが育つ。やはり世界はそういう風に出来ている」

 何かを諦めたような声だった。

「先生のおかげです」

 ジンは言う。

「集中の世界とやら。俺も入れた気がします」

「……これだから、天才という奴は。やはり君は、先達の数歩を一歩で踏破する部類の人間でしたか」

 イッテツは、呆れたようにそうぼやいたのだった。

「どうだいジン君。私より強くなって見える景色は、どうだね」

「今も昔も、俺は変わりませんよ」

 イッテツの横を、ジンは通り過ぎていく。

「周囲の仲間を守れるだけの強さがあれば、それで良い」

 ジンは駆け始めた。

 マリの指輪からは反応がない。

 ハクアは焦っているようだが、戦っている最中なのだろう。

 クロウとハルカゼの反応は穏やかだ。

 ジンは、マリの方向に向かって駆け出した。

 心音が早鐘のように鳴り響いていた。


 マリは、地面に倒れ伏していた。

 呼吸はあるようだ。

 仰向けに寝かせられて、体のあちこちには包帯が巻かれている。

 その横で、セツナが呆れたような表情で座り込んでいた。

「僕もお前も、欲に眼がくらんで馬鹿をしたものだ。まさか、護衛を置いてなお追って来る連中が居るとは思わなかった。これなら、一対一の決闘で勝負を決めたほうがよほど良かった」

 そう語るセツナの右腕には、痛々しい傷痕がある。

 ジンの右肩からも、血が流れ続けている。

「お前が来ると信じていたらしい」

 セツナは、ぼやくように言った。

「僕の右腕を封じて、満足そうに倒れて行ったよ」

「……そういう奴だ、そいつは」

 ジンは、安堵の溜息を吐きながら言う。

「感謝するよ。命を断たないように、戦ってくれたあんたに」

「僕は上級剣士だ。お家の為にも、少しでも功を上げる必要がある。そして、面倒な事件を起こすわけにもいかない。それだけだ」

「……やるか?」

 ジンは左手で、背中の剣の柄に手をかける。

「いや、断る」

 セツナは、中空に視線を向けて言う。

「これ以上の怪我は、帰り道に関わる。お互い途中の階で魔物にやられでもしたら笑い話にもならん」

「……そうだな。右手なしは、正直俺もきつい」

「お互い、地獄の帰り道になりそうだな」

 セツナは、疲れきった口調で言う。

「そんなに欲しいか、聖なる泉が」

 ジンが目を見開いた。

 そして、頷く。

「俺は誓ったんだ。一人の女の子を、自由にすると。いや、違うな」

 ジンは言い換える。

「人生の時間つぶしの目的として呪いにかかった女を解放する事をノルマとしている。暇潰しは真剣にやらないとな。そう、そうだったはずだ」

「ほら、こういう人なんですよ、この人は」

 ハクアの声が、背後からした。

 クロウとハクアとハルカゼが、いつの間にか背後に来ている。

 カミト領の面々も、体のあちこちに傷を負いながら追いついてきた。

 クロウは、疑わしげな目でジンを見ていた。

 ジンは、慌てて視線をそらす。

「そんな目で俺を見るなよ」

「お前の弟子も似たようなことを言っていたよ」

 セツナは、苦々しげに言う。

「私には解放してあげなくちゃいけない人が居るだの、なんだの。たいした、執念だ」

 ジンは、なんだか気恥ずかしくなってしまって、話題を変えた。

「で、宝はどうする?」

「分け合えるものなら分け合って、そうじゃないならお前らが持っていけばいい。勝ったのはお前らだ」

 投げやりに、セツナはそう言った。

 そして、十人は宝の間に向かって、疲れた足を引きずって歩き始めた。

 不思議な部屋だった。

 石畳の遺跡の中で、そこだけ草木が生えている。

 その部屋の中央に、大きな湖があった。

「……争う必要など、なかったのだな」

 セツナが、呆れたように言う。

「まあ、こういう時に限ってこういうオチはあるよな」

 ジンも、苦笑するしかない。

「お前ら、飲んでみたらどうだ」

 セツナが、どうでも良さげに言う。

「どんな水かわからん以上、試しに飲んでみる人間が必要だろう。毒でもあろう日には、目も当てられないことになる。僕は好き好んでそんな危険を冒す趣味はないのでな」

 ハクアと、ジンは、顔を見合わせた。

「俺が飲もう」

 ジンが言う。

「いえ、私が」

「どんなリスクがわからんからな。帰りで戦力になれない俺が飲んだほうがいい」

 ジンの言葉に反論できなかったのだろう。ハクアが頷く。

 そして、ジンはその水を飲んだ。

 いつの間にか喉が渇いていたことに、ジンはその時やっと気がついた。


 十人は半日をその空間で過ごした。

 ハクアはもちろんのこと、クロウも無傷だった。

 ハルカゼは右の腿に切り傷を負っている。

 相手側も片手や片足に傷を負っているものが多い。

 胴体を狙って真剣に殺しあっていたのは、ジンとイッテツぐらいのものだったのだろうか。

 三時間ほどして、マリが目を覚ました。

 彼女はジンが水を飲んだと知ると、迷いなく湖の水を飲んだ。

 そうして、結局何の変化も見られないままに時間だけが過ぎて行った。

「一応汲んでいくが、ただの水か? これ。本当に無駄な時間を使ったものだな」

 セツナは呆れたように言う。

「まあ人生にはそう言う日もありますよ」

 ジンは適当に話を合わせる。

「それじゃ、精々途中で死なないようにな」

 セツナ達は、そう言って部屋を出て行った。

「セツナさん!」

 マリが、慌ててセツナを呼び止める。そして、頭を下げた。

「治療をして頂いたそうで、ありがとうございました」

「そう思うなら、次は喧嘩は避けてくれよな。腕一本持ってかれるなんて割にあわんのだ」

 セツナは、苦笑交じりにそう言って、去って行った。

「本当、死んだら洒落になりませんわ」

 ハクアが真顔で言う。

「帰り道、俺先頭無理だわ」

 ジンは、投げやりに言う。

「皆で一緒に帰って、また皆で来ましょうね」

 ハクアが言う。

 クロウとジンは顔を見合わせた。

「……まあ、良い仕事したみたいじゃねーか」

「……お前こそ、まぐれでも強敵相手に良くやったと言っておこう」

 二人は、そう言って視線を逸らした。

 ハクアとマリの小さな笑い声が、ジンには鬱陶しく聞こえた。


 マリが体調を崩してから、一週間が経っていた。

 その状態は、遺跡の二十三階から始まり、剣士隊の宿舎に帰った今も部屋に篭ったままだ。

 その間、マリは食べ物はおろか、水も口にしてはいない。

 呪いの力を行使した反動による、痛みや苦しみが、彼女を襲っているのだ。

 それでも、そろそろ水を飲まねば命に関わる。

 ジンは、水を持ってマリの部屋を訪ねた。

「調子はどうだ、マリ」

「ああ、師匠。元気そのものですよ」

 そう言ってベッドで微笑んだマリは、頬が少しこけている。

 体を布団で隠しているせいで、傷がどうなっているかは見えない。

「……痩せたな」

「食べてないですからね。筋肉も落ちた。鍛えなおさないと」

 ジンは、ベッドの傍の椅子に腰掛けて、マリに水筒を渡した。

 マリは礼を言うと、胸元を隠すように布団を持って上半身を起こし、美味しげに水筒の中の水を飲んだ。

「今回は、ハズレでしたね」

「ああ、ハズレだったな」

「でも、挫けずに頑張りましょうね」

 マリは、少しも堪えていない様子だ。

 ジンは、ゆっくりと口を開いた。

「俺達が貰った領地だがな。結構豊かで、農耕に適しているらしい」

 何を言っているのだろう。ジンは、自分の口から出てきた言葉に戸惑った。

「呪いがいつまで抑えられるかわからんが、呪いの為に命をかけるなんて本末転倒な真似はやめて、農耕をするのも良いのかもしれんな」

 呪いはジンの人生の時間を潰すための課題だ。それを放置するなど、考えられないことだった。

「それは、一緒に野良仕事をしようというお誘いですか?」

 マリは、戸惑ったように言う。

「人を呼んで、徐々にでかい町にしていくのも面白いと思ってな」

 自分はどうしてしまったのだろう。

 そう思いながらも、ジンの口は勝手に動き続ける。

「それは、楽しそうですね」

 マリは、遠くを見るような目になった。

 その瞳には、畑仕事をする楽しい毎日が浮かんでいるのかもしれない。

「けど、駄目ですよ」

 マリは苦笑して言う。

「私は師匠を解放してあげなければいけない。いつまでも、私が付きまとう生活なんてお嫌でしょう」

「お前がそうしたいならそれで良いんだがな」

「はい、私はそうしたいんです」

「そうか、それならまあ、構わんのだが」

 マリは、不可思議なものを見るような目でジンを眺めた。

 戸惑うように、マリは言葉を紡ぐ。

「師匠。もしかして今の、本気で言ってたんですか?」

 ジンは、返答に窮する。

 本気で言っていると答えるのも気恥ずかしかったし、そうではないと言ったら今までの話はなんだったのだということになる。

「私と一緒に、農耕をすると?」

 マリはくすくすと笑う。

「笑うなよ、マリ」

「そのマリって言うのもどうしたんです。いつもの馬鹿弟子呼ばわりはどこに行きましたか」

「クロウが五月蝿いんだ。お嬢さんはハクア、馬鹿弟子はマリで統一しろと。あいつもしつこい男だからな、俺が折れてやろうと思ったわけだ」

 マリはまた、くすくすと笑った。

「師匠も歳をとりましたね、丸くなった気がしますよ」

「そうかな」

「以前だったらはいはいって受け流してた気がするし、そもそも私と農耕だなんて……ああ、おかしい」

「……なんか今日はお前と話すのが嫌だな。恥をかいているような気分になる」

「良い兆候だと言っているんですよ。そうですね。農耕も良いかもしれない。私達も結構良い歳なんだから、腰を据えて、何かを残すのも悪くは無いのかもしれません」

「結構良い歳、か」

「ええ。結婚適齢期ですよ。婚期を互いに棒を振って遺跡荒らしに青春を捧げるワイルドな二人組ですよ」

「お前と組んだ覚えもないがな、腐れ縁なだけで」

「そうでしたね」

 マリは微笑ましげに笑う。

 今日は本当にやり辛い。ジンはなんだか、逃げ出したくなってしまった。

「ちょっとだけ、イメージしました。師匠と一緒に町を作っていく自分を」

「そうか」

 ジンは投げやりに返す。

「それはきっと、本当に楽しい毎日なんでしょうね。困ることや、大変なことも一杯あいあるんだろうけれど」

「どうだろうな」

 ジンはどうでも良さげに返す。

「穏やかに歳をとっていって、きっと、満足感だってある」

 ジンは、答えない。

 そして、その道を選ばなかった師のことを、少しだけ頭に思い浮かべた。

 不憫に思えば良いのか、羨望すれば良いのか。それは、師の歳に遠く及ばないジンにはまだ判断がつかない。

「けど、駄目なんですよ。師匠に自分の人生を返してあげないと、私は無念で死に切れません」

 そう言って微笑んでいるマリを、ジンは何か貴重のようなものに思ってしまった。

 心の中で、別人を相手にしているような気持ちがあった。

「というか、お前、マリか?」

 ふとあることに気がついて、ジンは呟くように言った。

「はい、マリですよ」

 きょとんとした表情でマリは言う。

「けど、なんだ、その」

 ジンの視線が、マリの顔から、下へと向かって行く。

「胸、でかくね」

 ジンは、呟くように言った。

「……なんか、遺跡出てからでかくなってるんですけど。なんか気付いたらこうなってました」

 マリの胸は、以前は布を巻いて服を着れば隠しきれる程度だった。しかし、今の状態では隠すこともままならないのではあるまいか。

 二人は顔を見合わせて黙り込む。

 ジンは頭を押さえ、マリは憂鬱げに窓の外に視線を向ける。

「……布で胸、押さえ込めますかねえ」

「あの水の効果だろう。王宮じゃ結構喜ばれるかもしれんぞ。報告してくる」

「元に戻ると思います?」

「聞くな」

 どこか情けない声を上げる弟子を残して、ジンは部屋を後にした。

「それはきっと、本当に楽しい毎日なんでしょうね」

 しみじみと語ったマリの声が脳裏に一瞬だけ蘇る。

 ジンはその声を、心のゴミ箱に投げ捨てた。

 穏やかな昼下がり、ジンは宿舎の中を歩いて行った。


次回、キャラ紹介を挟んで

結婚騒動

日常編となっております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ