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微笑みを絶やさぬ男1

新シリーズ始めます。遺跡の探索パートとほのぼの日常パートがありますよろしくお願いします。

 出るのだという。

 場所は、町から少し離れた森の中の泉だ。

 早朝に出かけた木こりが、それが出たのを見た。

 精霊かはたまた魔性の者か、湖に立っている長髪の美人だ。

 彼女は、僅かに俯いてこう呟いていたそうだ。

「ひもじいよう、ひもじいよう」

 ソウフウ隊の詰め所でその話を聞いたジンは、腕組をしてレンガ造りの町を歩いていた。

 現在この町は、とある事情で一時的に人が増えている状態にある。

 宿泊施設が乱立し、それに釣られて商売人の店も多く出来た。毎日がお祭り騒ぎのようだ。

 今歩いている往来も、国の中央から外れた町には似つかわしくなく人が多い。

 それも、屈強な剣士が多い。

 自らが仕える領主のシンボルをつけた服を着た者が多く、そのシンボルは三種類に大別することができた。

 この町には、今、三領主の剣士隊が常駐しているのだ。治安維持の為に国王の部隊であるソウフウ隊が配備されているのもその為である。

 その賑やかさに、湖の精霊が迷い出たのではないか、というのがこの町の長老会の結論だった。

 馬鹿らしい、とジンも思うのだが、そこは田舎町である。あれよあれよというまに話は進み、供物を捧げるか、それとも人柱を捧げるかという大騒ぎになった。

 それを聞いて仰天したのがソウフウ隊だ。三領主の部隊に、事態解決に乗り出せという命令が出るまでそう時間はかからないだろう。

 しかしジンは、その精霊というのが知人の気がしてならないのだ。

 ジンはその知人を訪ねて、アオバ隊の宿泊施設を訪ねてみたが、生憎留守だった。

 相部屋の住人に聞くと、どうやら五日ほど帰っていないらしい。

 しかし、当人が町中で子供達に読み書きを教えていたという話を聞くことは出来た。

 後は簡単だった。

 探し人は、日差しの当たらぬ路地裏で座り込んでいた。

 ジンと同じく、サクマ領のシンボルマークをつけた服を着ている。

 髪は前半分はやや長く、後ろ半分は後頭部で縛られて襟首に隠れていてどこまで伸びているかはわからない。

 美少年のように見える外見だった。

 ぱっちりとした目に、瞼に近い勝ち気そうな眉毛。顔の彫りは深く、彫刻の題材にでもなりそうだ。

 背丈は低く、背の高い子供と並べたら負けてしまいそうな小兵だが、美少年風の外見であることに変わりはない。

 しかし、目の下にはくまが出来ていて、憔悴している様子が見て取れる。空ろな目で、地面を歩く虫の列を眺めている。

(こいつ、蟻を食うか考え込んでやがる……)

 長年の付き合いである。ジンは探し人の考えを瞬時に考察した。

(いや、蟻の巣を探し出して襲う気か)

 蟻は蜜を運ぶという。しかしそれは人間にとっては些細な量である。しかし、冷静ではなくなってしまっていれば、そんなことは関係がないのだ。

 探し人は飴玉でも舐めているのだろうか。頬が一定の間隔で動いている。

 目は一点を眺めているのに頬だけが動いているのがまた異様だった。

「よう」

 ジンが呆れの篭った声をかけると、彼女は顔を輝かせた。

「師匠!」

 発せられた声は、女のものである。

 彼女ことマリは、この町では男で通っているが、実際は女性なのだ。

 マリは飴玉を噛み潰して嚥下した。

「お久しぶりです、元気にしておられましたか!」

 溌剌とした笑顔で、マリはジンに駆け寄ってその手を握る。

 それを、ジンは乱暴に振り払った。

「おう、お前も元気そうで何よりだ」

「はい、今日も元気一杯です!」

 沈黙が流れた。

 こけた頬。目の下のくま。まるで元気な様子には見えない。

 しかし、目の前の人間が元気だと主張している以上自分に出来ることは何もないのではないか。ジンはそう思った。

「そうか。元気ならいい」

 ジンは道に向かって振り返る。

 その後ろ手を、マリが再度掴んだ。

「あ、いや、やっぱり元気ないです」

「んじゃあなんで元気あるアピールしたんだよ」

 ジンはうんざりしてマリを見る。

「今にも働けますよって感じの声だったぞアレ」

「師匠にはいつもしっかりやってて元気なマリちゃんだと思われたかったんです! 郷の両親に見栄を張って恋人が出来たって書き送るようなもんです! そしたら家族が実物を見に来て大騒ぎ、代理の恋人を立てようって言うのが今の時点です!」

「なんか知らんが大変だな。家族さんによろしく」

「た・と・え・ば・な・し・で・す!」

 スタッカートを利かせながら、マリが泣きそうな声で言う。

「蹴鞠にするぞお前……」

 ジンはほとほと呆れて溜息しか吐けなかった。

 ジンとマリは剣術の師弟の関係にある。

 しかし、マリはジンを精神的に疲労させることが多かった。

 剣の才能はある。しかし、別の意味で苦労させられる弟子だったのだ。


「好きなもんを頼めよ」

 料理屋に入って、ジンは木の椅子に座り、木のテーブルを挟んだ対面に座ったマリに言った。

 ぶっきらぼうな口調である。

 どうせ今から精神的に疲弊させられるのはわかっていた。

 マリは目を輝かせて、カウンターの女性に手を上げた。

「なんでも良いから肉お願いしまーす」

 店番である太った中年女は、人の良い笑みを浮かべて調理を始めた。

「いやあ楽しみですねえ。料理が来るまでの空腹との戦いが一番わくわくします。師匠は食べないんですか? メニューどこですかね。それとも師匠はお腹一杯ですか? あ、今の師匠は客員剣士でしたものね。そういえば合格祝いしてなかったな」

 まくしたてるようにマリは言う。

 顔立ちは良いけど恋人は出来まいなあとジンは思う。

 そうやってジンは呆れた視線でマリを観察していると、マリはますます焦ってしまうのか言葉を並べ立てる。

「まあ合格して当たり前っつーのはありましたよね。師匠の腕ならもう当確って感じでした」

 話がお世辞に移行している辺りに焦りが見える。

「師匠、そういえば師匠と初めて会った時にもご飯をおごってもらいましたね。いやあ懐かしいなあ」

 思い出話に移行して場を和ませようとしているようだ。

 観察するのも飽きてきたので、ジンは本題を切り出した。

「お前、宿泊施設に戻ってないらしいな」

 やかましいぐらいだったマリの声が、ぴたりと止んだ。

「いや、戻らんなら戻らんで良いんだがな。あちこちで賞金首狩りだの剣術指南だの化け物退治だのなんだのして、一年は楽に暮らせる程度の蓄えはあったはずだよな? なんで路地裏で死んだ目をして腹すかせてるんだよ。どっかの孤児かと思ったぞ」

「いや、それが、その、色々とありまして……」

「その色々ってのを言ってみろよ。今、この町はお前のせいで上へ下への大騒ぎなんだからな」

「うえへしたへのおおさわぎ?」

 マリはきょとんとした表情になる。

「早朝に森の湖で水浴びしてたの、お前だろ」

「はい、していましたが」

 マリは頷いてから、身を乗り出した。

「見てたんですか!?」

「誰かが見てたらしいな」

 マリの頬が真っ赤に染まった。

「お嫁にいけない……」

 どうやら、精霊事件の真犯人は彼女で間違いなさそうだ。

「それもひもじいひもじいと言っている。町の人間にとっては知らん顔だし精霊かなんかと勘違いした。んで、今は生贄を捧げようと熱心に話し合っているそうな」

「イケニエ!?」

 今度はマリの表情が蒼白になった。

「そう。お前、人間食ってみるか?」

「遠慮したいなあ……」

「供え物になると良いなあ。そうしたらお前、ただ飯食えるぞ。もしかしたら精霊のふりして一生食いっぱぐれないかもな」

「そうですね! じゃあ今からもう一回精霊のふりして供え物が欲しいって呟いて来ます。精霊っぽい服ってどこかに売ってないか……いや、この町で買ったら足がつきますねえ。あ、いたっ」

 ジンはマリの頭をはたいた。

「今の話の流れで本気にするのはお前ぐらいのものだ」

「……いや、とりあえず生贄だけは避けようと配慮したつもりだったんですよ。困ったなあ。実に困った」

 マリは腕を組んで考え込んでしまった。

 その目の前に、調理された豚肉が運ばれてくる。

 マリは真面目な顔で言った。

「とりあえず、腹を満たしてから対策を考えましょう」

 その能天気というか場当たり的な思考回路に、ジンは精神的な疲労を覚えるのだった。




 それは、ある日の出来事だった。

 マリは、町で知り合った子供に読み書きを教えていた。

 最初は一人や二人だったが、そのうち親に促されて習いに通う子供が増えて、それなりの所帯になったのだという。

 本を読んでみたいが習うきっかけがない。そんな子供が町には数多くいたのだ。

 その中の生徒の一人がある日、深刻な表情でこう言い出したのだという。

 講義が終わった後、二人きりになって、マリは彼女と話していた。

「先生、女が客を取るって何?」

 唐突な一言に、マリは一瞬言葉を失った。

 この辺りにそういう店が出来ていることは周知のことだ。

 マリの所属するアオバ隊内でも足しげく通っている者が多いそうだ。

 男というものはくだらないことに金を使うものだなと、マリはやや冷めた目でそれを見ている。

「まだ君には知らなくて良いことだよ」

 マリは男の声を作りながら、出来るだけ優しくそう告げた。

「けど、知らなくちゃいけないと思うんです、先生」

「なんでだい」

「両親が、夜に、私に客を取らせようかって話してたから」

 マリは硬直した。

 出来ることなら思考回路を頭から取り外して放り投げて無心になりたかった。

 少女の、唾を飲む音が聞こえてきた。

「それで、良くわからないから、それなら先生がお客さんになってくれれば良いかなって」

 気がつくと、マリは財布を少女に渡して帰らせていた。

 後先は考えていなかった。

 十リギンでも残しておけば良かったと思ったのは後の祭りだった。



「なるほどねえ」

 マリの話を聞いて、ジンは呆れたように言った。

「最低限自分の生活できる分の金は残すよね。それが大人ってもんだよね」

「いや、考えが上手くまとまらなくって、気がつくと、その……」

「その子の家に行ってちょっとだけでも返してもらえば良かったじゃないか」

「将来マリ冒険記を著した時に、マリは町の子供に気前良くお金を渡しましたと書き記したかったんですよう」

 誰が読むんだそれ。そんな言葉を、ジンは飲み込んだ。

「捏造すれば良かろう」

「私はプライドにかけて偽りは書かないって誓ったんです!」

「お前な、アオバ隊って給料でないんだぞ。成果があがらなきゃ報酬もない。この先どうするつもりなんだよ」

 本当に考えのない弟子である。ジンは呆れてしまった。

「それはその、報酬が出るような仕事をして……」

「空きっ腹でか」

 マリは黙り込む。

 それでも、料理を口に運ぶフォークは止まらない。

「それに、なんで宿所に戻ってないんだ? 同僚に飯奢って貰ったりも出来たろ」

「それが、その……」

 マリは真っ赤になって俯く。

 そんな状態でも肉を口に運び続けているのは見事なものだ。

「ケツを貸せって迫ってくる同僚が居て……」

 ジンは苦い顔をするしかなかった。

「お前、駄目。全然駄目。人間社会で生きていけないわ。孤島で生きろ」

「そんな冷たいこと言わないでくださいよう。私だって人間社会で頑張って生きたいんです。けど、アオバ隊はガラが悪すぎるんですよ」

 料理が尽きて、マリのフォークが止まる。

 沈黙が場に流れた。

 それを破ったのは、マリの一言だった。

「おかわりいいっすか」

「……好きにしろ」

 もうどうでも良いやとジンは思い始めた。

 ただ、生贄に選ばれる人間の事を思えば放り出すことも出来なかった。


 食事を終えると、二人は町を歩き始めた。

「まあ、事情はわかった。精霊騒ぎのほうは俺がなんとかしておこう」

 ジンの言葉に、憂鬱そうだったマリの表情は華やいだ。

「本当ですか!?」

「ああ。適当に美談をでっちあげとくよ。俺の株も上がるし一石二鳥だな」

「さっすが師匠。頼りになります」

「あと、アオバ隊のガラが悪いっつーのはわかってたこったろ」

 ジンの言葉に、マリは苦笑する。

「元々はそこらのごろつきとか体力有り余ってる若者だしな。腕が立つ奴は客員剣士として採用されるし。そもそも、なんで試験で落とされたんだ、お前」

 マリは実力はある。それはジンも認めているところだ。

「いや、それが、私が本気でやったら後遺症残っちゃうじゃないですか? それで、最近は敵が化け物揃いで、手加減の仕方を忘れてたんですよう。それで、どれぐらい手加減したものかなあと思って調整しているうちにさくっと試合で負けたっていうか、試験官に見切られたっていうか」

 ジンは溜息を吐いた。

 本当に、疲れる弟子である。

「いや、けど、強い敵だったんですよ。様子を見ている間に、気がつくと木刀で突かれてました。真剣なら腕と腹に穴が空いてました」

「へえ、お前の動きを捉えたか」

「ええ。世の中には出切る人が多い。まだまだ未熟だと思い知りました。まあ、本気を出してたらどう転んだかわかりませんが」

「マリ冒険記とやらには負け惜しみも記すのか」

「いえ、相手を褒め称えるでしょう。なんかやけににこにこした緊張感に欠ける人でしたけどね。長髪で、気品がある顔立ちで、剣術も巧みで、どこかの貴族じゃないかなあ」

「貴族がわざわざこんなギャンブル仕事に来るかねえ。まあ、俺はソウフウ隊の詰め所に行くよ。言い訳をしてこなきゃならん」

「お願いします。あと、師匠」

「当分の飯な」

 ジンは深々と溜息を吐いた。

「俺も金ないんだけどなあ」

「師匠は武器類に目がないですもんねえ。無計画というか」

「お前に言われる筋合いはないと思うがな。女を買って金がなくなったなんて俺でもやらねえよ」

 返す言葉もなかったのだろう。マリは黙り込む。

「まあ、随分男らしくなったもんじゃないか。これで俺もお前も報酬を頂くような成果を果たすしかなくなったわけだ。めでたくな」

「全然めでたくなんかない……」

「俺達には後がないんだ。そう思えば苦難の道だって駆け抜けられるだろう」

「あとがないのは元からですよう」

 マリの声は、やや沈んでいた。

「今回の遺跡調査でもあれが見つからなければ、私達には本当に後がない。この大陸はほとんど調べつくしましたから」

「その時には、別の大陸にでも船を漕ぎ出すさ」

 突拍子もない意見に思えたのだろう。マリは目を丸くした。

「世界は広いってな。まああんま悩みこむな」

 ジンは言ってマリの頭を撫でると、ソウフウ隊の詰め所に向かって歩き出した。

 マリを負かしたというにやけ面の男のことが頭の隅に引っかかっていた。

 マリはあれでも、歴戦の勇士だ。

 少なくとも諸国に吐いて捨てるほどいる流れ者に負けるとも思えなかった。


 あれから数日、マリはサクマ領剣士隊の宿所に潜んでいる。

 アオバ隊も客員剣士も支給される制服は同じだ。なので、時間の大半をジンの部屋で過ごせばそうそうことは露見しない。

 食事も、他の剣士に紛れれば問題なく支給を受けることができた。

 出入りの激しい職場だから、食堂の人間も正確な人員の数など把握してはいないのだろう。

 問題は風呂だ。

 基本的に剣士の宿所にも、アオバ隊の宿所にも男用の風呂しかない。

 どうしたかというと、答えは簡単で、マリは桶に水を組んで部屋に持ち込んだ。そして、布を湿らせて体を拭くのだ。

 そんな時に部屋から追い出されるのはジンである。

「師匠、時間ですので出てってください」

「なんの時間だよ」

「私のお風呂の時間です。見たいんですか?」

「そんな貧相なもん見たくねえよ。けどお前の為に部屋を明け渡すのも面倒臭い。そっぽ向いててやるからさっさと終わらせ……」

 言い切る前に、ジンはマリの腕力に勝てずに部屋から追い出されてしまった。

 扉が乱暴な音を立てて閉まる。

「誰の部屋だと思ってやがる!」

「今この瞬間は私の個人的な空間であってほしいと願うばかりです!」

 そう小声で刺々しくやりあった後、ジンは外を歩き始めた。

 宿舎の裏で、見知った顔に出会った。

「リーダー。おはようございます」

 声をかけると、彼は顔を上げて爽やかに微笑んだ。

「やあ、おはよう」

 どうやら剣の修練の最中だったらしい。片手に木刀を握っている。

 彼は名をハルカゼという。ジンが冒険を共にするだろう仲間の一人だ。家柄の関係で、ジンの所属するグループのリーダー格に納まっている。

「リーダーというのは辞めてくれないかな、ジンくん。ハルとでも気軽に呼んでくれて良い」

「そうもいきませんよ。所詮俺は流れ者ですからね。代々剣士の家系であるハルカゼさんには礼を尽くすものです」

 ハルカゼは立場の割にはあまりにも腰が低すぎる。その態度に、ジンがむしろ冷や冷やとさせられるほどだ。

「代々剣士の家系、か」

 ハルカゼは苦笑する。

 笑顔を絶やさぬ人だ。

 マリを負かした笑顔の男のことが一瞬脳裏をよぎったが、ハルカゼは生まれながらの剣士だ。客員剣士の選考試験に参加しているわけがない。

「剣士の家系と言っても情けないものだよ。今回の遺跡調査に、三大領主は一つでも功を上げて王宮内での発言力を増そうとしている。だというのに、彼らの剣となるべき上級剣士達の家系は、武勲も上がらぬ遺跡調査で後継ぎを失いたくないと人手を出さない。遺跡に出る魔物は強力だからね。結局集まったのは下級剣士の次男三男と言った有様だ。その結果、国の内外から人手を集めるしかなくなり、国の貴重な遺跡を夜盗のような人間にも歩き回らせる始末だ」

 そこまで言って、ハルカゼは珍しく笑顔を消した。

「夜盗のような、というのは君のような人間ではないよ。そこは間違えないで欲しい」

「大丈夫。わかってますよ」

「聞くところによると君のお弟子さんは町の子供達に読み書きを教えているという。君自身も精霊の説得に尽力した。立派なものだと私は思っているよ」

 そう率直に褒められると、ジンは気恥ずかしくなってしまう。

「世話焼きな奴でね」

「そう。だから、ここでご飯を食べるぐらいは許されると私は思うのだがね」

(バレてら)

 ジンは、苦笑を顔に浮かべるしかなかった。

 良い家柄のお坊ちゃんかと思っていたが、案外と抜け目がない。

「ところで、我々の出発の日が決まったよ」

「へえ、本当ですか」

「ああ。三日後だ。振り分けはもう決まっている。私と君に、下級剣士が二人。そして客員剣士がもう一人」

 基本的に、遺跡に入るグループは客員剣士より下級剣士が多めに振り分けられている。客員剣士は所詮は流れ者、信用されていないのである。客員剣士が通じ合って遺跡の内部に眠る宝を持ち逃げでもしたら、目も当てられないことになる。

「へえ。同じ立場の人間がいるってのは少し気が楽ですね」

「丁度、そこを歩いてきた。やあ、ウラク君。元気かね」

 ハルカゼの視線の先を追うと、その男は立っていた。

 長髪に高い上背、細身な体つき、そして品のある顔立ちには笑顔が張り付いているように見える。

 マリが言っていた男だと、ジンはそう確信していた。

 ハルカゼはその男にジンを紹介する。

「やあ、今度一緒に遺跡を探索することになるジン君だよ。旅馴れた人でね、きっとその経験を冒険でも活かしてくれる。町の子供に読み書きを教えている立派な男だ。ジン君、こちらはウラク君だ。試験では圧倒的な強さを見せた男でね。頼りになるよ」

 ジンは微笑んだ。

 ウラクも微笑んでいる。

 下級剣士は、所詮は王に仕える身である。裏切るということはない。

 しかし、客員剣士は所詮流れ者。宝の臭いを嗅ぎつけてやってきた狼だ。

 その中でも、マリより強い男。

 警戒に値する存在と言えた。

「よろしく、ウラクさん。頼りにできそうで嬉しいよ」

「いえ、私のような若輩者。いざという時に頼りになるのは、貴方のような歴戦の旅人でしょう」

 ジンとウラクは、笑顔で手を握り合った。

 笑顔に似つかわしくない、堅い手だった。剣を長く振った者の手だった。


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