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4.仮面舞踏会①

 ラナとヴェルデが地下組織に入って、三ヶ月が経つ。ビノーによる午後の訓練が終了しても、ラナは足で立っていられるようになっていた。

「はあ……。疲れた」

 それでも、肩で何度も息を吐くぐらいには辛い。成長すればする程、ビノーにしごかれているからだ。



「ビノー、ラナ、ヴェルデ。ちょっと来て」

「はぁい」

 庭に顔を出したローダに呼ばれた。

 これは任務の話だと全員が直感し、表情を引き締める。




「レヴェッロートが〈新たな労働力の確保〉と称して、大規模なプロフォンド狩りを行うらしいの。これは協力者からもたらされた、確かな情報よ。

 でも、当然ながら阻止するにしても、狩りの時間と場所を前もって把握しておくのと、しないのとでは、結果に雲泥の差が生じることは明らか。

 幸いなことに、この狩りの計画書が極秘で存在するらしいわ。これを読まずして、我々に勝利はない。

 だけど、肝心の書の保管場所は……、奴の邸宅なのよ」



「レヴェッロートの屋敷か。兵士がわんさかいて、警備もさぞ厳重だろうな。

 だが、この前の借りを返すにはちょうどいい。で、いつ侵入する?」


 ビノーが問うと、すぐローダが答えた。


「二日後に、あそこで毎年恒例の仮面舞踏会が開かれるわ。招待客に上手く紛れ込めたとしたら、どう?

ちなみに仮面っていうのは、顔の上半分まで隠れるやつが一般的よ! その仮面の、目が覗く部分に色ガラスを嵌め込む工夫をすれば、瞳の色も隠せちゃうから」



「うん。沢山の客が来場を許されるこの日は、俺達が紛れ込みやすい時ということでもある。こういった機会をみすみす逃す手はないだろうね」

「いいわ。やりましょう!」

 ラナが了承したところで、ビノーの手が挙がった。

「でもさ、男のほうのパートナーをもう一人、どうするの?」

「パートナー?」



「うん。いいかい?

 女性の参加者が、ラナとヴェルデの二人いるよね。で、夜会に行くのに、その二人をエスコートする男が二人必要なんだ。一人は俺。もう一人を誰にするかってこと」



「そういうものなのね。えーっと、……」


 確かに、考えどころだった。組織には他にも男性はいるけれど、この危険な任務をこなせそうな人物は簡単に思い当たらない。

 皆が悩む中、ローダだけがにこりと笑った。



「あら、いるじゃない。華やかなパーティに相応しい所作が出来て、しかも腕っ節は超一流。咄嗟の判断力も的確という、文句も付けられない程にうってつけの人が」

「だから、それが誰なのかを今考え…………。あっ」

 反論しかけたビノーも、途中で思い当たったらしい。


「え、本当にいるの?」

 ラナが困惑していると、誰かが階段を降りてくる音がした。

 姿を現したのは、初めて見る少年。銀髪のプロフォンドだった。ピンと伸びた背筋に、きびきびとして大人びた動作をしている。


 彼を見た途端、ビノーの瞳が喜びで輝いた。

「ヴォルロ! お帰り。今帰ってきたのか? 相変わらず外回り、大変だな」

「……ああ」


「ということで、もう一人のパートナーはヴォルロに決定ね。

 説明すると、ヴォルロは強い上に落ち着いていて、しかも頭がいいから、組織のボスなの。あんたなんかが手の出せる相手じゃないから、惚れないこと。いいわね。

 ——————————手ぇ出したら、どうなるか目に物見せるからな?」


 ローダは、最後に思い切り低音の声で脅してくる。ラナはローダが何故、女性構成員に対して特に風当たりが強いのか理解した。完全なる恋の牽制らしい。



「でも夜会に潜入、ね……。

 それ以前に私達、この格好をどうにかしないと」



 ラナが見下ろしたのは自分の服。これでも自分で縫い上げて日が浅いが、何度か洗濯しているので色も少し褪せている代物だ。

 この自分にとっては一張羅の服でも、夜会の貴族たちの礼服に混じるには、到底及ばない。ビノー達にはジャケットが、ラナとヴェルデにはドレスが必要だ。



「ふん。これだから田舎モンたちは困るわね。無用な心配よ。

 そういった準備は、こっちに任せなさい」

「……んん? 同じ土地に住んでるのに私達だけ田舎者なの?」

 考え込む間にも、ラナの話など聞いちゃいないローダの笑みが、闘志を燃やしながら広がっていた。






 その後で連れていかれた一軒家の見た目は、どこにでもありそうな古い民家だった。ただ、雨風に遭いながらも赤みの残る屋根が可愛らしく、そこがローダ的にも自慢らしい。

「ここよ。さあ入って」



 ラナとヴェルデが連れて来られたのは、ローダが一人で暮らす家。男性陣は当日で間に合うから来るなと、解散を告げられて一人帰っていった。

 部屋の中にお邪魔して、持ち主の正確はともかくも、手鏡や櫛などの小物は可愛いのを使っているなと、その普通感に浸っていると、ローダが一箇所の床板を五枚ほど持ち上げた。



 下から覗くのは、錠の付いた小さな扉だった。それに鍵を差し込んで、扉を開く。

 そこからローダは、数着のとりどりのドレスを取り出す。次にはストッキングと、色・デザインの違うハイヒールも何足も。

 最後に出てきたのは二つの、大小の箱。

 大きな箱の中には、お姫様が使いそうな化粧道具類があった。まだ新しそうな白粉や口紅などが、ずらりと並んでいる。

 ローダがもう一つの箱を開けると、見たことのない大粒の輝きが詰まっていた。サファイアを基調とした黄金の首飾りに、真珠と銀で縁取ったルビーの耳飾り。腕輪や指輪も取り揃っている。

 貧乏人は、お金に換算したら、どれ位になるのか、つい考えてしまう。


「すごい…………」

 ここまで来たら、お前は何者だと問い詰めたくなるほどだった。

「主に、ある貴族からツテで得た物よ。

 ほんの一部だけど、プロフォンドの差別に反対している貴族もいるから」


 ラナの疑問に形だけ答えると、ローダは腕まくりをした。

「さ、それより変身大会よ。田舎者をばっちり変えてあげる」







**


 仮面舞踏会当日。

 その夜は新月で、外は闇に覆われている。主催者と客の貴族たちを表すかのような、重苦しい空だ。一層緊張を強いられながら、ラナ達四人は会場へと馬車で乗り付けた。


 私達は貴族です、という体面を損なわないよう乗ってきた、ツテで借りた馬車を、まずはビノーが降りる。

 彼が中へと差し出した手に、小さな手を重ねたのはヴェルデ。

 ふわりと降り立った妖精のような乙女の姿に、周りの客から静かな嘆息が漏れる。

 ヴェルデが着ているのは菫色のシフォンドレス。何層にも、ふんわりと広がる裾が神秘的だ。同じ色の華奢なヒールが、ヴェルデの可憐さを引き立てている。

 透き通るような白い肌に白粉は気持ち程度、赤系の頬紅と口紅も軽く乗せてある。仮面で目の色が分からないが、その下の隠された瞳を直で見てみたいと、見る者に思わせる魅力がある。



 続いて、ヴォルロが馬車を降りた。彼が恭しく差し出した手に、パートナーの少女がゆっくりと手を載せた。

 ラナはコツリと地面に降り立ち、白いヒールを鳴らす。彼女が着る青のドレスは襟ぐりが広く開いているデザインで、縁取るように薔薇型の布がいくつも縫い付けられている。それは彼女の初々しさに、よく似合っていた。


 すぐにラナ達四人は、その正体に対する憶測を身に受けながら、会場入りする。




「捜査の為の潜入なのに三人とも目立ちすぎ。元が良いのって、こういうときは考えものよね。ローダも着付けに張り切りすぎだよ」

 と、一人呆れているラナに、ビノーが軽やかに笑い返した。

「君も十分、目立っているけどね」


「あら、ありがとおっ」

 ビノーの発言は、本人には完全にお世辞としか見られていない。



「しかし誰であっても、真の主役の登場には敵わない。——————レヴェッロートが来た」

 ヴォルロの声には、緊張が含まれていた。


 釣られてラナが奥の中央に目を向けると、豪華な螺旋階段から、長い黒髪を首の後ろで一つに縛った男が、降りてきていた。

 気だるげな様子なのに、どこか人を圧するような雰囲気の持ち主だ。彼も仮面をつけているので素顔は分からないが、若いように見える。超一級の魔術師は年齢すら思いのままなのかと、恐ろしくなった。


 部屋は静まり返っている。来場者の視線がレヴェッロートに釘付けになっているせいだろう。何かイベントなのか、執事のような者がレヴェッロートだけに棘抜きの赤薔薇を一輪渡している。


「あれは何?」

 ラナは、隣のヴォルロに聞いてみた。



「〈花渡し〉をするのだろう。主役がこの場で一時、共に会話を楽しみたい異性に、魔術で作られた花を贈るパフォーマンスだ。花が散るまでは、花に触れた二人以外の者は蚊帳の外になる」

「へえー」


 確かに周りに目をやってみると、頬を上気させたご婦人方がちらほらいる。

「! こっちに来る」

 ヴォルロの言葉通り、レヴェッロートは驚いたことに真っ直ぐ自分達のほうへ歩いてきていた。しかも、全く迷いのない足取りだ。

 ラナは、レヴェッロートが次の瞬間には自分達を通り過ぎて、後ろの令嬢たちのところに行くのだろうと信じて疑わなかった。が、しかし。


 彼の目は、自分だけを見つめている気がした。

 そう思い始めると、馬鹿な考えだと思うのに、なかなか打ち消せない。

 レヴェッロートはラナの前で、足を止めた。


「何用でしょうか?」

 ヴォルロが彼女を庇い、隠すように立ち塞がる。

「そちらの女性に、私の相手を願いたい」

 無縁だと思っていた、大輪の赤薔薇が差し出される。

 けれどラナの身体は、驚きで固まってしまったように動けなかった。

 目の前で薔薇を持つ人の身体を、上へ上へと眼でたどっていく。最後には相手の顔へと行き着いて、そのまま凝視し続けた。

 どうして、この男が自分と時間を過ごそうという意思を見せるのか。これは何かの罠なのか。


「何故……?」

 思わず、本音を口にしてしまう。

 すると、きょとんとした表情を見せた後で、彼は少し口角を上げた。

「面白いことを言う。俺に乞われたら、どんな女性でも舞い上がって了承するものを」



 レヴェッロートは言いのけると、ぐいと彼女の左手をいきなり引っ張り上げた。ラナは、その掌に彼の唇の熱を感じる。

 気が付いたときには、その彼女の手には薔薇がきっちりと収まっている。

 これはもう相手のペースに、まんまとハマっていた。端的に言って、もう手遅れだということだ。


「くっ……」

 呻くように呟いて、ヴォルロが拳を握りしめる。

 もはや、後戻り出来ないことを感じさせる仕草だった。



 一部始終を見ていた客達もマナーなのか、二人から距離を取って談笑を始める。ラナには、そんな気を利かせて欲しいとは到底思えなかったが。夜会の主役の相手なんて、悪目立ちにも程があった。

 だが、それ以上に、周囲の目に変だと注目されるわけにはいかない。しばらく、このままの状態を維持する必要があった。

 花が手渡されてしまったら、誰にも邪魔をする権利はない。悔しげに離れていくヴォルロの姿を見ながら、ラナの心細さは増していく。



 しかし逆に、ヴォルロたちの不安げな表情を見て、彼女の目は覚めるようだった。そうだ、レヴェッロートの注意を彼女が引きつけている今が、計画書を盗むチャンスなのではないか、と。そうと決まれば、あとは舞台女優のように役を演じきるだけだった。

 乗り気になったラナは嫣然と微笑んだ。

 彼女の意図を察したヴォルロたちが、渋々だが自然な動作で退出していく。この場に残っているのは彼女だけ。

 ますます緊張に速まる心音を宥め、震えそうな声を落ち着けるようにゆっくりと出す。



「……受け取りますなんて、一言も申しておりませんのに」

 ラナは彼に流されっぱなしにならないよう、抵抗を試み始めた。


「主役の願いを無碍にする真似が出来る客は、そうそういない」



 結果は、難なくかわされて終わる。なるほど一筋縄ではいかない奴だと、身に染みて理解したところで、


「さて、青色の小鳥。お前は何故、我が家に忍び込んできた?

 答えられないなら、こちらが言い当ててみせようか」



 と、射るような視線を向けられて焦る。まさか、こんなに早い時点で、しかも一人で彼に対抗することになるとは考えてもいなかった。




「お戯れを。私は貴族の端くれです。招待されたので、はせ参じたまでのこと」

「では、お前の家名を答えるがいい」

「ワティです」

 こういった尋問は想定してあったので、指示通りの返答をした……が。



「なるほど、あのワティ家か。——————ならば、この夜会が終了して逃げ帰られたとしても、ワティ家を潰すほど探せば、お前が出てくるわけだな?」



 心臓に冷水を浴びせるような発言に、追い詰められる。

 ワティ家と直接的な繋がりがあるわけではない。ただ、勝手に名前を拝借しただけの関係だ。プロフォンドと違って裕福に暮らす貴族の行く末はどうでもいいことかもしれないが、何だか後味が悪い。

 こんなふうに、一つの家を潰すと軽々しく言ってみせる彼は——————想像以上に残酷で、狂っている。




「小さな心臓の動物は、本当に憐れだな。可哀想に、こんなに顔を青白くして。

 案ずるな、ワティ家の娘よ。私がお前の家を訪ねたら、すぐに中から出迎えてくれれば何の咎めもしないのだから。

 それとも逃げるのはやめて、今宵から私の鳥籠の中で暮らさないか? どこよりも贅沢な住み心地だぞ」




 ラナの左頬に添えられた冷酷な手が、彼女の体温を一層奪う。

 彼の、底知れないほど悲しく美しい緑の目を見ていると、どうすればいいのか分からなくなってしまう。


 けれども、そのとき彼女の手から、花びらが一枚散り始めた。次に二枚、また一枚。魔法の時間が、ようやく終わる。

 知らず、ラナが安堵した瞬間を彼は見逃さなかったらしい。すばやく動いたレヴェッロートに彼女は身動きも取れないほど、きつく抱きかかえられる。




「衛兵! 侵入者が別室にいる。奴らを取り押さえよ。暴れるなら殺しても構わない」

 公爵の命令に、衛兵が素早く会場を出て行くのを、彼女は目で追った。

 ビノーたちが危ない。早く駆けつけて退却を促さなければならない。

「離してよ!」



 ラナは逃れようと力を入れて彼の胸を押すが、何の魔術も使われていないのに抜け出すことが出来ない。


「お前は、か弱い大切な私の飼い鳥だ。一時でも目を離すと、命を削る真似をする愚か者め。もう逃さない…………ルーナ」



 最後の単語を聞いて、身体が強張る。今のは幻聴なのか、と。



「ルーナ。お前が帰ってきて嬉しい。これからは、ずっと俺の傍にいてくれ。……そして、もう逃げないと約束して欲しい」




 もう一度母の名前を口にされて、ようやく納得がいった。どうやら本当に、彼はラナをルーナだと考えているらしい。或いは、思っている振りをしているのかだ。

 だが同時に、奇妙だと思う。おそらく彼自身が殺したはずの母をラナに重ねて見ていることが。

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