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3.初任務

翌朝、ヴェルデがビノー達に会うというので、連れ立って待ち合わせ場所に向かった。しかし、歩きながら会話は無い。お互い、違うことを考えていたせいだ。

 森の入り口に着くと、ビノーとローダは既に待っていた。しかし、様子がおかしい。遠目から見ても、彼らの身体は固まっていた。


「お、お早う。なあ、まさか、その……」

 ビノー達の凝視の先は、ラナの隣の者へと向けられている。

「やっぱり分かった? こっちはヴェルデだよ」


「~~分からないわけないじゃない! 

 こんな……圧倒的なオーラ。伝説に近いような存在の精霊は、小精霊とは雲泥の差があるのね。森の領地に身を隠しているから、誰も気付かないけれど。まあ、それはいいわ。

 ともかく、初めまして森の精霊。わざわざ来てくれたということは、貴女の助けを期待してもいいの?」



「はい。私も組織に所属しようと思います。ラナも所属するのですよね?」

「うん」


 精霊に問いかけられ、素直に頷く。だが、他二人は更に動かなくなった。

「どうかしましたか。何か不都合でも?」

「……人間のラナはともかく、貴女も加入してくれるつもりなの?」


 目をみはりながら、ローダは問いかけてきた。

「はい」

 沈黙。ビノーとローダは固まっている。

 先にビノーが我に返った。



「それじゃあ、これから組織のアジトに行ってみないか? 実際を知るのは、体感したほうが早いだろ」

「そうね。二人共、付いてきて」


 ローダが、くるりと背中を向けた。

「ね、ねえ! アジトって、何人位いるの?」



「あー、初めてで緊張してるのね。ん~~二十人位かしら。でも、全員が集まっていることなんて、滅多にないのよ。緊急招集会議のときだけ。他のときは、いつも副リーダーの私がボス代行で個別に指示を出しているの。

 組織の構成員にも家庭があったり、それぞれ貴族の家に潜入して情報集めをしていたりで中々、会うことは出来ないのよ」



「ボスも、どこかに潜入しているの?」


「それは、おいおい言うわ。超機密事項だから。

 とにかくアジトに行きましょう。ここじゃ、落ち着かない」

 そうやって断じると、さっさと行ってしまうローダをラナ達は追っていった。





 一行は森を離れ、プロフォンドだけが住む町へと続く道を進んだ。どうやら、アジトは町の中にあるようだ。

 この町自体には、ラナもヴェルデと共に何度か来たことがある。



(「貴女は森を出て、人間と一緒に暮らすことになるかもしれないので、そのときに戸惑わないよう慣れておくべきでしょう」って、いつかヴェルデは言っていた)




 そうしたヴェルデの配慮のおかげで、町に行くという緊張は半減されている。

 それに。ラナは、ちらりと隣を歩く精霊を見た。


(こうやってヴェルデがいてくれるし)

 自分が自立していないことは分かっている。でも、この立場が同時に心地良い。



(……今はまだ、ヴェルデと離れることなんて考えなくてもいいか)

 そうだ余計なことは考えまい、とラナは再び前を向いた。





 しばらく行くと町に入り、市場の通りより二本先の裏路地を曲がる。狭い道は、どんどん入り組んでいく。もう、一人では戻れない。

 そんな道中も、ビノーは気さくに話しかけてくれる。

「ラナ。君、昨日より何だか身体の動きが固い気がするけど、緊張しているの?」

「それは、まあね。多少は緊張するわ。でも、少し寝不足なだけだから」

「今日が怖くて、興奮して眠れなかったとか?」

 おどけるように聞かれた。



「それもあるわ」

「ははは。君って素直で良いよね。さ、目的地にも到着したよ。

 どうぞ中へ」

 ビノーのペースで話すうちに、どうやら着いたらしい。ラナ達は、中に入る前に外見を検分した。

 見た目は、年代物の建物だが——————。



「小さすぎない?」

 その中は、二部屋あったら驚きの間取りに思える。

「地下が続いていますね」

 ヴェルデは言い放ち、地面を見ていた。



「よく分かるなあ……。でも、精霊が簡単に物の本質を見破るのは、魔力の高さから言っても当然か」



 ビノーは一瞬ヴェルデに畏怖の眼差しを向けてから、粗末な扉を開けた。

 二名の客人を招き入れた扉が閉まると、そこは想像通りの個室だった。細い窓から覗く、付属の裏庭が意外に広そうな具合だ。

 貧しい老婦人が暮らしていそうな、清潔さだけが特徴の空間に場違いにも立っている錯覚を起こす。

 申し訳程度に敷かれた花柄の薄いカーペット、小さな野花が三本挿してある瓶。数枚の白い欠けた食器に、壁に留められている煤けた一枚の絵。

 これで一つだけ置かれているのが唯の木の椅子ではなく、揺り椅子だったら完璧だったのにと残念にも思えてきそうだった。



「さてさて、観賞は終了。本当の入り口は、こっちだ」

 絵の下の壁をビノーが押しやると、隠し扉が現れた。

 ごくりと唾を飲み込むと、案内されるまま、ラナは暗闇の中へと足を進めた。

 すぐに長い階段があって、何階分を下りたのか分からなくなった頃。




「はい、止まってね。ここは仕入れた情報を議論する場所なの。組織は今、細かい役柄も合わせると三十人弱くらいで構成されているんだけど、ここに一同が集まって物事を決められるということはあまりないわね。皆、それぞれが手持ちの任務で忙しいから。

 だから最終的には、私の命令を受けるような形で、作戦実行へ繰り出すわけ。

 さーてと。今の話だけ分かったら、ラナは鍛錬でもしたほうがいいわ。新人は実戦になると竦んでしまって、役に立たないことが多いから。あ、場所は地上の裏庭ね」




 邪険にした手付きで、裏庭に追い払われた。気が付けばビノーに、戦いの極意を教わる流れになっている。


「ローダも言っていたことだけどさ。俺も思うところは彼女と一緒。本番をイメージすることを重ねて、実際に危険にぶつかったときに身体が動くようにしておいてほしい。

 それからラナは、潜在能力は高そうだから、鍛え方次第で化けるかもね。ただ、慢心はしないで。

 じゃあ軽~~くウォーミングアップからいくよ?」

「うん。よろしくお願いします!」







**


 きらきらきらきら。


(この表情、おかしいよね?)

 どうして、こんなことになっているのか。

 きらりと眩しいほどに、ビノーの笑顔が炸裂している今の状況。というのに、ラナは苦しい。鍛錬という動作が、激しすぎるものだということを始めて知った。

 荷物を運びながらの、走り込み。それから平衡感覚を養う為として、高い建物に壁から登って洗濯物を干すという、心許ない足場での作業もする。このとき一度よろめいてしまって、地獄を見た思いだった。




 ようやく一日が終わると、ラナはようやく自分の為に嘆く時間が得られた。

「な~~にが『軽~~く』よ! これじゃあ一日で大陸一周と同じレベルのトレーニングでしょお!」

「……本人に言えばいいじゃないですか」

「あの時はもう、口きくのすら億劫だったんだもん!」



 日が暮れた頃にはラナは疲弊して立っていられず、口から魂らしき物体が顔を出していた。ヴェルデが、いつもの如く平然としているのが心底羨ましい。


「そんな状態では、歩いて帰るのは無理ですね」


 無理、に異様な力が込められて発音される。

「……! うん。無理なの。

 でも本当は、本当にね、すごく帰りたいんだよ?」



「知っています。貴女は大変、森を愛してくれています。

 ですが疲れていて、森に帰るのは絶対に不可能です。そういうことでしょう」

「うん。……そう。だから、帰らない。帰れないの、二度とね」



 ラナは瞳を閉じた。ヴェルデには、敵わない。

 長年一緒に暮らしていた精霊は、ラナの考えを先回りして読んでいたらしい。

 ラナが、こんなふうに森を一度出たら、二度と戻るまいとしていたことを。

 組織に所属すれば、ラナには危険が付き纏う。そんな彼女が出入りすれば、森が敵の標的になってしまう可能性がある。そんな事態は避けなければならない。

 いつ、ヴェルデに森から完全に離れることを告げようかと悩んでいた。でも、言う必要が無くなった。建前の、別の理由付けをしてくれたから。


(さよなら、小妖精たち。鳥も木も、それから……)



 ラナがいなくても、明日も同じ一日が森を訪れるだろう。

 小精霊たちは、からかう人間がいなくて退屈するかもしれない。でも、それは一時のこと。

 寂しい。悲しくて、涙が頬を伝う。



(おかしいな。涙が止まらない……)

 いつかは離れることになると、考えてはいたけれど、実際は想像以上にきつい。

心に根付くほど、森が大切で依存していた。



(こんなんじゃ、親離れのときも厳しいなあ)

 未来、ヴェルデとラナが離れるとき。その瞬間を迎えたら、平静でいられる自信は————まだ無かった。








**


 翌日から、ローダ大先生の個人授業が始まった。


「魔力の扱い方は、重要よ。

 例えば。この間の森で出会ったときみたいに、怒りで我を忘れてしまう展開になったとしましょう。結果、後先考えずに大技を使い、運悪く相手にも防御されてしまったら。あんたは、どうなると思う?」


「倒れます……」

「それだけ?」

「付け込まれて、攻撃を受けます……」

「はい。よ~~く出来ましたぁ」

 いつにない笑顔のローダに、ぽんと肩を叩かれる。

「痛たたたたあっ」

 それは昨日の筋肉痛を見越しての、残虐な行為だった。しかし恨みがましく見上げても、そ知らぬ顔で済まされる。




「続きに行くわよー。

 では、いかにして魔力を上手く行使するか。それには、日々の努力と鍛錬が欠かせないの。つまり学ぶことによって、正しい知識を吸収して使いこなし、鍛錬で集中力と体力と精神力を高めるのね。

 貴族の場合は羨ましいことに、国立の魔術学校が用意されているから七年くらい在学するのが普通ね。それで将来は、高官専属の魔術師になるのが一般的。動く兵器みたいなものよ。

 でも、どんなに優秀な魔術師に成長しても、精霊と契約出来るかは才能と運次第なの。一生、契約出来ずに死んでいく魔術師ばかり。そもそも、精霊の数が圧倒的に少ないし、精霊というものは気まぐれな存在だし。

 だから、貴女のお母様がヴェルデと契約できたことは、とても奇跡的なことなのよ」



「……そうだね」

 ヴェルデがすごいことは、最初から知っていた。ずっとラナはヴェルデの大きな背中を見て生きてきたからだ。



(ほんと、母様には感謝してる。私に今があるのは、母様がヴェルデを召喚してくれたおかげ)



 ヴェルデが見せてくれたルーナの姿が、頭の中に浮かぶ。

 すると、人差し指を立てて、ローダが真顔で言った。



「ぼんやりしている暇は無いわよ。

 明日の午後はビノーと、町の見回りに行ってね。これは、市民の生活を陰から見守る、基本的で大事な役目なのよ。

 知ってると思うけど、プロフォンドの町には、法で処罰されないのをいいことに貴族たちが好き勝手しに来るの。そういう奴らをばれないように退治するのが、仕事」


「ばれないように、って難しくない?」

「そこは上手くやるのよ。こちらの身元がバレないように撃退するの。後は自分で考えて」

「ええー?」



(感傷的になっている場合じゃないってことか)

 ラナは苦笑いをしてから、最後には了承した。







**


 明くる日の午前中は、身体を休めた。午後は予定通りビノーとヴェルデと共に、任務に向かう。

「いよいよって、感じ」

「新鮮な緊張っぷりだなあ」

 ビノーに軽く笑われた。


「でもさ、厳しいこと言うけど。この任務は、あくまで序の口。

 今日は、後々の任務を滞りなく行う胆力を付ける為のものだよ」


 ビノーの言葉が、ラナに追い討ちをかける。

「……うん。分かってる」

 組織の最終目的は、レヴェッロートを倒すことだ。公爵と比べれば、貴族の一人矢二人など、赤子のようなものだろう。


 今にも崩れそうだが辛うじて崩れていない、補強と工夫を重ねた町の中へ、ラナは踏み込んでいく。行く前は、市場とそんなに変わらない雰囲気だろうと思っていた。

 ところが、狭い路地だというだけで、迷子になりそうと緊張してしまうのは何故なのだろう。

 高窓から高窓へと渡された紐に干された、使い古しの擦り切れて汚れた洗濯物。

 時折感じる、初参者への警戒の視線。けれど、それに向かって振り返っても、さっと隠れられてしまう。


「この地域は異常なし、っと」

 長年ここに暮らすビノーは慣れているらしく、全然何も気にする様子がない。

「さすが先輩」

「ははは、もっと敬いたまえ」

「やっぱ何でもない。それで、」


 次はどっちへ行くの、とラナは質問出来ずに終わる。

 悲鳴、そして剣の打ち合う音が聞こえた。

 近くの路地のだろう。

 判断している間にビノーは、そちらに向かって走り出している。遅れてラナも彼を追いかけた。

 うねった道を曲がりきると、果たして、国家直属の紺色の制服を着た兵士達で道が埋め尽くされていた。兵士達は何人いるのだろう——————少なくとも三百は超えている。いくつかの部隊が合わさった人数に違いない。

 相手の勢力が比較にならないほど大きいだけに、すぐには飛び出していけない。家の影に隠れ、三人で時機を見計らっている間に、泣き叫ぶ若いプロフォンド人の女性や、傷つけられた男性が縄で繋がれていく。


 ラナは、ぎりりと唇を噛んだ。自分はどうなってもいいから、一人でも多くの人を逃がしたい。そう思って動こうとしたとき、ビノーに押さえ込まれた。



「……今日は諦めよう。地の利は俺達にあるが、今日に限って、とんでもない奴が混じっているらしい」


 言葉とは裏腹に、決して消えない静かな炎が、ビノーの目に宿っているのを彼女葉見た。こんなに怒っているのに、一体どんな気持ちで撤退すると言うのか。

 ラナは彼が見ているものを、目で追う。が、それは成功しなかった。




「いけない、見つかる! 隠れろっ」

 ビノーに腕を引かれて、もっと奥に身を縮める。

 すると、兵士達のいる方から、話し声が耳に飛び込んできた。



「本日は、その、どういった……?」

「俺が来ては、何か不都合でもあると?」

「い、いえ。閣下自らお出まし頂けるとは光栄で……!」

「捕えるプロフォンド人が多ければ多いほど、貴重な労働力となるからな。たまには俺も参加する気になった」


 何故なのか、声だけで分かってしまった。レヴェッロートだ。


(母様の仇が、近くにいるというのに。私には、まだ力が無い)

 悔しさに震えながらラナは、ふと隣の精霊を見た。



(!)

 ヴェルデは凍った湖のような瞳をしていた。殺気を察知されないように出されておらず、それが余計に恐ろしい。




「戻ろう、ヴェルデ。こちらには貴女という存在がいても、時期尚早だろう」


 ビノーはヴェルデを見ながら、静かに言う。

 呼びかけられ、精霊は仲間が傍に立っていることをやっと思い出したようだった。

「はい」

 撤退は迅速に行われた。三人三様の思いを抱きながら。

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