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15.恋のいさかい

レヴェッロートと部屋で別れてきて、ルーナと廊下で出会った時、ラナは鬼に遭遇したのかと思った。


「ラぁナー」

「っ、ひいいいい!」



「ねえ、何の話をしてきたのぉー? 

 私を差し置き、レヴェッロートと二人きりになった状態でぇ?」


「……なんかルーナ、私の知り合いに似てきたかも」


 告げるとルーナは、きょとんとした顔になる。



「未来のね、仲間の女の子に似てた。……懐かしい」



 過去を変えてしまった罪を持つラナが未来に戻って、ローダ達に会いたいと願うのは間違っている心情かもしれない。だが、ほんの少し思うだけなら許される気がした。十五年後に生まれるかどうか分からない人々だが、大切な仲間だったから。

 彼らなら、たまには自分達を思い出せ、とラナを叱ってくれるような気がするのだ。勿論それは、自分勝手な妄想だったけれども。



「会いたいの? その子に」

「うん」


 懐かしい情景がラナの頭をかすめた。

ルーナは、そんな彼女をじっと見やりながら質問を続けてくる。



「私とそんなに似ているの?」

「うん。あ、もしかしたら、……その子も恋をしていたからかな。ルーナと同じで」

「! まさか貴女の好きな男の子も、一緒の人だったとか?」

「違うよ。その人には何回かしか会ったことないし。あまり喋ったこともないもの」

「じゃあ、ラナは誰が好きなの?!」




 畳み掛けるように強く、ルーナは聞いてきた。咄嗟にラナが思い浮かべてしまったのは……レヴェッロートだ。

 けれど、そんなわけはない、たまたま心と心が触れ合うように錯覚するほど傍にいただけだと、自己完結する。



「誰って……、いないよ。そんな人」



 笑って答えながら、何故か指先が冷えていくのを感じる。

「ならスクードのことを好きになったら、どう? 容貌も申し分ない上に教養もあるわよ!」



「っ、どうして、そうなるの! 身近な人を押し付けないでよ。スクードにとっても、私なんか迷惑でしょ!!」



 ルーナが感情的になっているので、つい自分も声高くなる。

これでは喧嘩が始まりそうだった。



「それは私がレヴェッロートを好きだからよ! たとえ貴女みたいに彼にどんどん良い助言をして、助けとなることが出来なくても!」



 ルーナの目から、大粒の涙が零れ落ちる。

そして、ぎょっとした上にラナの目は、更に厄介なものを捉えてしまった。



「レヴェッロート……、スクードも……」



 途中からルーナと言い争いに夢中になってしまい気付かなかったが、レヴェッロートとスクードが中央階段から降りてきていたのだ。

 次いで彼らの存在に気が付いたルーナの顔も羞恥で、血の気を失っている。



「ルーナ」

 レヴェッロートは幼馴染の少女の気持ちを知って驚いた表情を消し、静かに話しかけた。

すると呼びかけられたルーナは後退(あとずさ)り、首を横に振る。



「嫌……、今は……言わないで」

「いつ言っても、俺の気持ちは変わることがないのに?」

「お願いよ。もう、それ以上、言わな…………」




 ラナは二人のやり取りをぼんやり見やりながら、どうしてレヴェッロートとルーナは固い表情なのだろうと思った。これで二人の思いが通じ合うことになるのだろうに、と。

未来でレヴェッロートがラナにルーナの面影を求めていたことを、ラナは勿論覚えていたから。




 だが、レヴェッロートはラナの予想とは違うことを口にする。


「ルーナ。俺は実の妹のように思っているお前の気持ちに応えることは出来ない」


 それはラナにとって青天の霹靂のような言葉であった。

 衝撃を受けたルーナが走り去り、その後をスクードが追いかけたことにラナが気付いたのは、何秒後かのことだ。



「どうして……?」

 無意識に、疑問が口から出てしまう。

「俺が、どうしてルーナを突き放したかって? お前がそれを聞くのか」

「そ、そうよね。貴方の気持ちに私は関係ないから、踏み込む権利もないか……」



 レヴェッロートの顔に浮かんだ苦笑いも、ラナには訳が分からない。

だが、すぐに彼ははっきりと言った。


「違う。俺がお前を愛しているからだよ。それがルーナを好きになろうと思えない理由だ」

「! ……ごふっ、ごほごほ、ごほっ」



 ラナは思いがけない告白に咽せた。しかも咳は止まらない。

「大丈夫か」

 いつの間にか彼は寄ってきていた。そして赤子にするように背中を叩いてくれる。ラナは余計に居た堪れなくなった。


「それ嘘でしょ?」

 そう言ってみて、後から確信を持った。ついでに彼に対して腹が立ってくる。ラナ自身も不快だし、泣いたルーナにも失礼な態度に感じた。



「そうよ、嘘なんでしょ。こんな時に人をからかわないで!」

「お前、俺がこんなことを冗談で言うと思っているのか?」



 レヴェッロートは真面目な表情だった。こういうときの彼が、ふざけているわけはない。とすると本気らしい、と気付く。

「えええええええええええええええ?」

 頭が機能を停止しかけたが、あることを思い出して平静を取り戻した。



「でも未来では、レヴェッロートはルーナのことが好きだったみたいだよ?」



「それは…………未来の俺がフォルムラに惑わされて、そう思い込んでしまっていただけだろう。

ようは恋というより、慕ってくれる身近な者を失いたくないという執着だ。頼りにしてくれる存在がいることで俺は生きていてもいいのだと、心の中にある赤の民への罪悪感を見ないふりしてたんじゃないか」



「本当かなあ」



 少し疑いの目で見てしまう。

「俺の弁明は以上だ。それで、肝心のお前の返事は? 愛しい女性に愛を乞う憐れな男が貰える回答は無いのか?」




 時が、止まる。

「……言ってもいいのかな」

「頼むから言ってくれ。断るつもりなら、なおさら迅速に。待たされると期待してしまう」




「そうじゃないの。過去を変えて、未来で生まれるべきだった人の存在を消してしまったかもしれない私が、貴方を好きだなんて言ってもいいのかなって。

 それから母様が……ルーナが好きな人を奪う一言を、口にしても良いのかとか。あと私、ここで幸せになっても良いのかな。とか…………」



 ラナは、ルーナの涙が伝染したかのように号泣した。さぞかし見っともないだろうと思って、両手で顔を隠す。

 すると、温もりが彼女の身体を包んだ。レヴェッロートがラナを抱きしめたのだ。




「お前は人の命を奪ったかもしれない。だが、それよりずっと多くの人の命を救って、笑顔と幸せを守ったんだ。だから、悪人である以上に、偉人だと思う。……フォルムラに惑わされた俺が言うことじゃないけれど」




 不思議だった。レヴェッロートの言葉は誰のものよりも、すっと彼女の心に染み込むのだ。



「お前が幸せになりにくいなら、俺を幸せにしてくれ。どうか、色よい返事を」



 温もりが離れていく。彼女の拒絶でも慮るように、彼が距離を取ろうとしているのだ。その行為をラナは寂しいと思った。



「駄目!」

 彼女は彼の背に手を回す。すると、レヴェッロートも、再び優しく彼女を抱擁し返してくる。



「では返事は?」

「私も、貴方が好き……」


 正直な気持ちを口にしても涙は止まらなかったが、そこに彼がいてくれるから次第に心が落ち着いてきた。

そこで彼は言う。

「お前に渡す物がある」

「?」



 レヴェッロートは、自分のポケットから何かを取り出す仕草をした。

「あ。これ……」


 彼女が掌で受けたのは、未来でレヴェッロートから貰ったネックレスだ。




「何で? 噴水の精霊さんにあげたのに」


「町に所用で行ったときに、向こうから話しかけてきた。大切な物らしいから返してやれと。

 俺は忙しくもあったし、なかなか言い出すきっかけがなくて、返すのが遅れて悪かったな」



「ううん。これが戻ってきて、嬉しい」


 思わず笑顔になって感謝すると、レヴェッロートは見る間に表情を険しくした。

「それは大事な人から貰った物らしいからな。で、誰からの贈り物か、聞いてもいいか? ルーナではないのだろう?」

「え……」




 どうやら、精霊は形見の品とまでは言わなかったらしい。もしレヴェッロートにそこまで伝えていたら賢い彼ならば、これが誰によって贈られた物なのか気付いていただろうとラナは思った。



「これは未来の、レヴェッロートから貰ったんだよ。あの人は最期まで……私をルーナだと思い込んで、大事にしてくれたの」



「……悪かった」

「ふふ、どうして貴方が謝るの? 全部、変わる前の未来の出来事だよ」

「そう、かもしれないが」



 少し腑に落ちないような顔をしたレヴェッロートを、彼女は見上げる。


「ね、もう一回呼んで。ラナって。未来の貴方は一回しか呼んでくれなかったからさ」



 すると彼は素直に頷いてくれた。それに実行も早い。



「ラナ」

 愛おしさを込めて呼ばれたラナは、自分の名前の響きをこれほど好きになれたことがあるだろうかと嬉しさに震える思いだった。

……しかし、ずっと彼の温かい胸の中にいると気分が落ち着いてきて、悪戯めいたことを言いたくなる。



「ねえ、レヴェッロート。

これから貴方は私のことをずうっとラナと呼ぶはずで、かつ私は永遠に貴方の側にいるよ。二人の望みが叶ったの。

この満足な結果から逆に考えると、未来で私達がした賭けは私の勝ちではなくて引き分けだったってことになるかもね?」




「? 何のことだ」

「今は教えない。今度ね」




 ふふふ、と一人で意味深に笑うラナに、レヴェッロートは怪訝そうな顔をした。

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