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14.決戦

 夜明け前の町は、これから起こることに薄々勘付いているかのように静かであった。

 ラナとエテルノも緊張の面持ちで噴水の前で佇んでいる。



『また話しかけてごめんなさい、噴水の精霊さん。

 大事な用があるのです。事情だけでも聞いてもらえませんか?』



 無視されたら、どうしようと思っていたが、懸念は良い意味で不要だった。



『……ラナ、またお前か。相変わらず忙しないな。何の用だ』



 呼びかけに応じて、気だるげに半目をした精霊が水上に浮かび上がる。




『もう頼らないっていう約束を早速破ってごめんなさい。勝手に私の事情に貴方を巻き込んでごめんなさい。

……私、これから大勢で戦うんです。フォルムラ殿を攻めるんです。だから貴方に彼が屋敷にいるかどうかを教えてほしいのです。ずっと、ここにいた貴方なら見ていると思ったので』




『お前は我に、下らない人間同士の戦に加担しろと言うのか? ……失望させるな』



精霊の透明な瞳に予想以上の苛立ちが現れたのを見て取るが、ここで交渉を諦めるわけにはいかない。




『非難なら、いくらでも甘んじて受けます。他にやりようがなくて、こういう方法しか私には取れないのです。

 でも私は、戦いで出てしまう死者を最低限に抑える努力はしようと思っています。それが出来るかどうかは、貴方の協力にかかっているのです』




『なるほど。お前の話術は他を動かすのが上手そうだ。

 だが生憎、我は疑い深い性質でな。どうやってお前を信じれば良い?』




 一度失った信用問題だ。どうやったら水の精霊を納得させられるのか、とラナは頭を巡らす。そして、

『では、これをさし上げますから、どうぞお願い致します』

 と、自分の首からネックレスを外した。

 水の精霊は無関心な視線をそれに一瞬だけ投げて、軽蔑するように笑う。




『愚かな考えだ。そんな物は要らん。精霊が人間のように、宝石ごときに価値を置くと思っているのか?』


『違います。これは大事な人から貰ったものだから、貴方に渡そうと考えたのです。私にとって大切な物だから、私の誠意の証明になるかと思ったのです』




 ラナはネックレスを差し出した。精霊も彼女の顔を見つめながら、手を出して受け取る。

『思い人から貰ったのか?』

 水の精霊は、手にしたネックレスを眺めながら静かな声で尋ねてきた。



『はい。……でも亡くなりました』



ラナが今いるのは過去である。過去のレヴェッロートは未来の彼と同一ではない。未来の、あの時のレヴェッロートはインテに殺され、もういないのだ。



『そうか。では、これは形見の品だな。……手放しては相当辛いだろう』

『そうですね。でも、私の我慢で戦争に勝利出来るならいいと思います』



 晴れ晴れとした顔で返した答えに、偽りはなかった。

沈黙の後、噴水の精霊は言う。




『お前の気持ちは分かった。協力しよう。

 フォルムラは、この中にいる』



『っ、ありがとうございます! あとは自分で何とかします!!

あ……、あと、そのネックレスですが大事にしてくれると嬉しいですっ』



『案ずるな。我とて、人が大事にした物を故意に傷つける真似はするまい。…………さらばだ、ラナ』



 消えていく精霊に、飛び切りの笑顔を向け終わると、ラナは息を吸い込んだ。

『光よ! 上れ、空の高みまで!』



 真っ直ぐな光線が、宙を二つに引き裂いて上がる。

「皆に届いたかな?」

「恐らく」



「エテルノが言うなら間違いないね」


 ラナが笑いかけると、エテルノも口角を上げた。

「さてと……、来たね」



 遠くに見える砂塵。続々と、馬に乗った兵士達が集まってくる。その先頭にいるのは勿論レヴェッロートとスクード、そしてルーナだ。

 レヴェッロートはラナに頷きかけるだけで、彼女の横を通り過ぎた。



「ラフィ」

 ルーナが馬上から手を差し伸べてくる。それを握り返すと、引っ張り上げてくれた。

 いよいよ戦争が始まるのだと、ラナは緊張で顔を引き締める。






 ——————噴水と目と鼻の先の、フォルムラ邸の門に着く。

「本日は、どのようなご用件でしょう」

 門の上窓から、見張りの兵士が顔を覗かせる。警戒した固い声だ。



「フォルムラ殿と面会させていただきたい」

 レヴェッロートは高圧的に言った。拒否を受け付けないという意思は、相手にも伝わったようだった。

だが、門番は頑なに首を横に振る。



「当家は今、取り込み中でございますので。申し訳ありませんが、お引取りを」



 武装した軍隊の侵入を許さないのは当たり前だった。攻め込まれるのを許すようなものだ。それにフォルムラによって門番達は、レヴェッロートの動きを警戒するよう厳命されているのかもしれないとラナは思う。



「ならば強引に通らせてもらおう」

 レヴェッロートの言葉を合図にして、見るからに頑丈そうな、丸太のような一本の鉄棒を横にして持った六人の兵士達が進み出る。



「行くぞ!」

 兵士の一人が音頭を取って、棒の頭で門を突いた。さすがに一発では開かない。何度も何度も、強打する。すると、固く閉じられていた門が、少しだけ押し開かれた。あと少しだ。

 最後に、渾身の力で繰り出された鉄棒が、遂に扉を押し開く。




「開いた!」

 と同時に、兵士達が我先にと中へ雪崩れ込む。ラナ達も敷地内へ入った。

 そして……、ラナは拍子抜けする。早速現れるかと思っていた人物が、いない。代わりに立っていたのは、貴族なのか妙に威厳のある男だった。



「奴の執事か。主人が逃げる時間稼ぎとは、殊勝な心がけだ」

「ずいぶん悠長にしていますね。私が貴方を討ち取れば、形勢は一気に逆転なのに」

「俺と戦うつもりか? 魔術師でもない、お前が。命が惜しいなら止めておけ」




 レヴェッロートは決して馬鹿にして言ったのではない。むしろ、男の忠義心を称えていた。

 執事は無言で帯剣を抜いた。レヴェッロートも剣を抜き身にして、同時に撃ちかかる。



「公爵! 気を付けて」

 含みのある言い方で、スクードが一声掛ける。

「分かっている」

 応じたレヴェッロートの答えも短い。

 それから二十回位、剣を切り結んで、一本の剣が投げ飛ばされた。レヴェッロートはまだ剣を手にしたままだ。



「負けました。フハハハハハハッ、貴方のような若い御方に私がしてやられるとは。

 ……さあ、情けなど掛けずに一思いにどうぞ」



 執事は膝を地面に付いて、自らの首を差し出すように項垂れる。

「ふん。こいつを縛っておけ。後で主人とまとめて、牢に引っ立てろ」

「……殺せと頼んでいる!」



 激昂して叫んだ執事を、レヴェッロートが睨み据えた。



「そんなに死にたければ、後を期待しておくんだな。罪状をたっぷり吐かせた後で、処刑人に善処させてやる」


「そんなことはどうでもいい。長く生き恥を晒すくらいなら、死んだほうがましだ」



「黙れ。これが俺達の選んだやり方だ。

 ここでお前一人が死ぬのは構わない。だが、そうやって多くの兵士を殺すことは、ただの殺戮だ。俺は、もう過ちを犯す気はない」



 レヴェッロートはぴしゃりと言い捨てると、部下達にフォルムラの捜索を指示した。

「俺達のやり方、ねえ」

 ラナの後ろでルーナが笑った。



「何?」

「あら、気付いていないの。貴女が『無駄な血は流したくない』っていう姿勢を見せたから、レヴェッロート達もそれに則ったのでしょう?」


「そう、なの?」


 言われてみれば、そんなことを発言した覚えがあった。だがレヴェッロートは、さんざん『甘い』と言っていた気もする。なのに、今の彼はラナの意思を尊重してくれているのだ。その迷いのない姿は凛々しく、とても……格好良いと思った。





 馬から降りて、一つ一つ扉を開けて探し回っていたレヴェッロート達が応接室に入ると、フォルムラは優雅に座ってお茶を飲んでいた。まるで彼らを歓迎し、人払いして待っていたかのようだった。



「これは公爵。約束もされずに唐突なご訪問とは、どのような用件で?」

「見れば分かると思うが、貴方を捕えに来た。降伏するなら早めに願いたい。こちらも血を見るのは不得手なものだから」




フォルムラは、じっとレヴェッロートを見ていたが、やがて高笑いを始める。



「血が嫌だとは子どものような物言いをなさる! これから、ご自分や仲間の血を見ることになるのだから、早々に覚悟を決められたほうが宜しいでしょうに。

 しかし、こんな急襲をしてくるとは意外でした。貴方と戦うことは有り得ると思っていましたが。

 けれども、おかげで私は心強い味方と出会えましたよ」




 フォルムラが言い終えた直後、空間がぐらりと揺れた。

 そして、そこには漆黒の悪魔が微笑みを浮かべて立っていた。


「イ、インテ!」

 最悪の事態に、皆の顔色が変わる。すると、逆にインテは、もっと上機嫌な表情を浮かべた。


「おやおや。そんなに喜んでもらえるなんて嬉しいなあ」

「フォルムラ殿と契約を交わしたのか?」


 レヴェッロートが慎重に尋ねる。



「いいや。今回は大サービスってことで。それ以外の利害が一致しているし、フォルムラは魔力がほとんどないし」



 聞きたくなかったが、気付けばラナは口を動かしていた。

「……利害って何?」


「この男が生きていれば、君達が苦しみ続けることになるってことだよ。

 だから、俺はこの男を生かす手伝いをしようってね」



 重い空気が広がる。

「じゃあ、今日はここまで。俺達も忙しいからさ。

 ——————『我が領地への扉よ、開け』」



 レヴェッロート達から逃れようとし、インテが空間を裂く。



(ラフィ、今だ)

 実際には声も聞こえないのに、ラナはレヴェッロートに呼ばれた気がした。

 彼女の心は、それに従う。



『我、持ち得し魔力を全て! ここなるレヴェッロートに与えん!』



「ありがとう、ラフィ。

——————『穢れぬ眩しき光よ! 最果ての精霊を断じ滅せよ!』」



 ラナの魔力はレヴェッロートの身体に留まる暇も無く、彼の放つ魔力に変換されて出ていく。攻撃の対象であるインテの元へ。




「しつこいなあ。お前らは、そんなに早く死にたいのか。

 —————『最果てを覆う闇よ。反抗する光を封じ込めよ』。

 …………でも参ったなー。この女が魔力無しになったんじゃあ、後で俺が殺す時に楽しくないね」




 インテは余裕だった。でも、それは最初だけだ。

 徐々に、レヴェッロートの光が闇を圧倒していく。



「な、なんで・・・・・・」



「お前には、この歌が聞こえないのか? 光の小精霊にも、やる気というのがある。今、彼らは歌っているんだ、平和を求める彼女を祝福して。

 彼女の意思を同じくする俺すら、寛容に応援してくれる」



「っ!!」



インテの耳にも、ようやく歌が届いたらしい。




『……称えろ 称えろ

 平和を 導く者を

 広げよ 我らが光の輪を 

 もっと もっと

 称えよ 光の輪を……』



 初めて聞く、小精霊の歌。一体、何千・何万の小精霊が集っているのだろう。

 スクードもルーナも声を発しないまま、重厚で清浄な美しい歌に聞き入っている。




「ああああううあああっ…………!」



 闇は跡形も無くなり————、悲鳴を上げたインテは光の中へ完全に消えていった。






「奴は塵になって、最果ての地に還っていったようだ」


 エテルノが、遠くに見やりながら言う。



「では後は、この男を連れて行くだけということですね」

 スクードが兵士に指示して、フォルムラを引っ立てていく。

 その様子を目で追いながら、ラナは尋ねた。



「彼をどう処罰するの?」

「フォルムラは良くて監禁だな」

 レヴェッロートの答えに、スクードが頷いた。



「他の八家がどう出てくるか、ですね。場合によっては戦争が拡大化するかもしれません」

「八家については証拠を揃え次第、処罰することにしよう。頭のフォルムラは我々の手に落ちているのだから、勝機は充分にある」


 それは希望の光が見えてきた瞬間であった。









**


 皆で公爵邸に戻ってから、二夜が明けた。

 聞くところによると、スクードやルーナ、ヴェルデが残り七家の捕縛に大貢献しているらしい。……が、その間ずっとラナは寝ていた。

 それでも彼女の身体に戻ってきたのは、ほんのちょっぴりの魔力だけである。




(これは当分、鍛えたり食べちゃ寝したりして回復を待つしかないかー。

皆、大活躍してて私の出番は無さそうだし)



 ラナは部屋で、呑気にルーナが取ってくれた皿上の葡萄でも摘むくらいしかやることがない。

しかし、その時に響いた力強く扉をノックする音は、のんびりした部屋の空気を変える。



「あ、レヴェッロート。お帰りなさい!」

「ラフィ。話がある。少し時間を貰えないか?」

「え?」

 改まった態度のレヴェッロートに、ラナは戸惑う。



「疲れているところ悪いが、もう待てない。来てくれ」



 そう真面目な顔で言われたら、断れなくなった。

 ラナは謝罪する視線をルーナに送って、レヴェッロートの背を追う。エテルノも着いてきたが、後ろからルーナの視線を痛いほどに感じた。




「で、話って?」

 執務室に入ると、すぐにラナはレヴェッロートに尋ねる。ここまでの道中では、彼が急いているのが分かったので口を挟めなかったのだ。

「座れ」

 目線でソファの対面席を示される。



「な、なあに、この雰囲気。まるで尋問みたい~」


 耐え切れなくなってきたので茶化して彼女が言うと、それをばさりと切り込まれる。



「お望みなら尋問してやる。お前、ずっと俺に隠していることがあるだろう」

「え……」



 レヴェッロートの問いに、一瞬ラナは固まった。しかし、即座に自分を解凍する。

そして真剣な彼の顔に、潮時というものを悟った。

言わなければと思っていたことを言おうと決断を下した彼女も彼のように、表情を引き締める。



「信じてくれるか分からないけど、私はエテルノと一緒に未来から渡ってきたの。

 でね、私の本当の名前は…………ラナなのよ。信じてくれる?」



「信じるか否かは別にして、今の今まで名前を偽っていただと?

それから未来から来た、か……。まさか、それは時の魔術を使ってとでも言う気なのか?」



「そうよ。要約すると、私が過去への道を作って、エテルノが過去と現在の間を塞ぐ壁をぶち壊したっていうところかな」



「それは本当か?」

 と、彼に問われた精霊は、縦に頷いた。



「簡単には信じきれないが…………、何年先から来たんだ?」

「十五年くらいかな」

「どうして、過去に来ようと思い立った?」



 その質問は核心を突いていた。

 彼女の緊張に気付いて、予想はしていたのかレヴェッロートも少し勘付いたらしい。

 複雑そうな彼の表情を見て言いよどんだ後、彼女は言う。





「インテと契約した貴方が中心になって赤の民たちを貶めた世界で、私は母ルーナの精霊ヴェルデに守り育てられたの。ルーナはインテに殺されてしまったから。

 やがて十五歳になった私は、貴方に対抗する地下組織に入ったわ。そして、任務で貴方の屋敷に潜入して、貴方に出会った。

 最初は貴方に殺されると思ったわ。でも貴方はルーナに似た私を、彼女だと思い込んでいた。だから、貴方は優しかったよ。……元々が優しかったんだけどね。

 それからインテは私も殺そうとして、私を庇った貴方は死んで……、私はそれを受け入れられなくて。だから過去に来て、やり直したいって思った。

 で、こうして無事やり直せて良かったって話」




 すっきり話し終えるとラナは、最後にレヴェッロートを安心させるように笑う。



「そうか……。お前が未来から来てくれなかったら俺は、きっとフォルムラの甘言に惑わされたのだろうな」



 レヴェッロートは、やるせない表情のままだ。

「その時に誰も貴方の傍にいなかったからだよ。私だって一人の時に言われたら、断りきる自信ないもの」


「……そうだな。ありがとう」


 ふっと笑った彼に、ラナは熱心に頷く。

「そうそう。この世界で貴方は誘惑に勝ったんだから、もう悩まなくていいんだよ!」



「ラナのおかげだな。

 ……それで、話は終わりか?」


「終わりだよ」

「では俺から、一つだけ質問がある」

「何?」





「お前は、ルーナと俺の子ではないよな?」

 ラナは座ったまま、転びそうになった。

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