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10.——過去へ!

 ラナ達が落ちてきたのは、どうやら刈り込まれた芝生の上らしい。

「うー」

 身体は投げ出されたが、怪我しなかったのは幸運だった。土も、その上の草も柔らかい。



「まだ詳しくは分からないが、人が住む土地には辿り着けたようだな」



 二人で周囲を見渡せば、昼間の時間帯の、貴人の庭らしき場所だった。どこかで見たような————いや、期待し過ぎてはいけないと自分に言い聞かせる。上流階級の屋敷は、どこも似ているものなのかもしれない、と。



 エテルノと共に、それぞれ自分の膝に付いた土埃を払う。

 よし綺麗になったなと思って顔を上げると、先に待っていた精霊がラナの腕を凝視していた。

「え、まだ汚れてる?」

 慌てて聞き返し、件の箇所を見るも、何もない。



「しまったな。あいつに、目印を付けられている」

「あいつ? ……まさか」

 こちらに来る前に、インテに掴まれたことを思い出した。あの一瞬で、彼がラナに何か道標となるような魔術を施されていたとしたら。



「もうインテも、こっちに来ているの?!」

「まだだ。だが、それも時間の問題だ。遅かれ早かれ奴もこちらに来てしまう」

「あいつが来ないうちに、全部終わらさなきゃいけないってことね」

「そのことについてだが……、マスターが過去に戻りたかった一番の目的は何なのだ? 教えてもらわねば、適切な手助けが出来ない」



「決まってるわ。レヴェッロートとインテに契約を結ばせないこと、よ。

 それで、レヴェッロートを説得して、プロフォンドとか関係なく誰もが仲良く暮らす国を作るの。インテが手出し出来ないほど、仕組みの整った国をね!」



 勢いよく言い切ると、エテルノは初めて豪快な笑顔を見せた。

「勇ましいな。さすがマスター。

 それで、その方法は?」

「決めてないよ。そもそもレヴェッロートが過去でどういう状況だったのか、知らないし」

「……」

 黙り込んだ精霊に、勝手に肯定の意を汲み取ったラナは元気良く歩き出す。

「さあ、ご理解いただけたところで、早速。行動致しましょうか」




 ため息が聞こえる。どこかで、似た様なことがあった気がした。

(そういえばヴェルデもよく吐いていたなあ。精霊って似ているものなのかしら)




 会話しながら、歩き出す。

「それにしても、良い感じだったね!

 私達二人の合わせ技。他にも色々と練習しておこうよ」


「ああ、過去に飛んだときのアレか。

 しかし本当に、マスターには驚かされる。人間の、その年で、〈時〉の魔術をあそこまで理解しているとは」



「あれは、ヴェルデのおかげなのよ。一度だけ、彼女がやっているのを見て、それを参考にしたの。

 ……ああ、やっぱり。エテルノ、ここはレヴェッロートの家だよ、……って」

「誰だ?」




「まあ、名前で御呼びになるなんて、とても彼と親しいのですわね」

突然ひょっこり薔薇の木の陰から出て来たのは、ヴェルデに似た少女。それは、つまり。

 ————どうして自分の母と、このタイミングで出会ってしまったのか。巡り合わせとは不思議なものだ。



「こんにちは。私、ルーナ・デンツァーニヤと申します。

 貴女方のお名前もお聞きしても宜しいかしら?」


「……わ、私はラ…………」

「この方はラフィ。私はエテルノでございます」

 感動と混乱で本名を名乗ろうとしたマスターを、精霊が遮った。



「そうなんですか。それで失礼ですが、ご家名は? 恥ずかしいことに、私、世情に疎いもので」

「まあ。ご存知ないなんて、悲しいこと。私達もデンツァーニヤですのに」

 おい。精霊よ。とは、ラナには言えなかった————こいつ何を言っているのかと、ラナとルーナだけが凍りついている。



「親戚に、貴女がたのお名前は無かったように記憶しているのですが……?」

「確かに私は、ルーナ様とは血のつながりが薄いかもしれませんわ。でも、顔立ちは似ているでしょう?

 でも、ラフィは私以上にルーナ様と、そっくりじゃありませんか。

 容貌のことを抜きにしても、何なりとお調べになれば分かることです。今は事情があり、詳しく申せないのが心苦しいですが。……けれど例えば、魔術で調べる方法は、ご存知ですか?」



「あっ」

 エテルノの言葉に、ルーナが反応する。


「〈精霊の花占い〉でしょ、レヴェッロートの持っている本で読んだわ。花弁の多い花を二つ用意して、庭の小さな精霊にお祈りしてから、同時に花びらを一枚ずつ散らしていくんだわ。全部で同じ枚数だったら、親族の証。

 逆に赤の他人だったら、公正な精霊が枚数を変える。————そうでしょう?」



 柔らかく、精霊は微笑んだ。

「博識でいらっしゃる」

「実は昨日、母と強引に試してみたばかりだもの。本当に同じ枚数で、すごく感動したわ。

 ……お祈りは私がやります。貴女がたの誤魔化しがないようにね」


 ルーナとラナは近くに咲いていた赤い薔薇を一輪ずつ、選んで折った。


『庭に宿りし精霊よ、教えたまえ。

 二人に流れる血が同一か、花を持って知らしめたまえ』


 唱え終わると、同時に数えながら一枚ずつ剥いていく。


「一枚、二枚、三枚、四枚、……、二九枚!」


 最後の小さな花びらが、二人の足元まで、ひらひら舞う。



「一緒の枚数だったわね。認めるわ、貴女が私の親族だって」

 ルーナが笑う。ラナは、無性に母を抱きしめたくなった。

 けれども、くしゃくしゃに顔を歪めただけのラナを見て、ルーナは複雑そうに首を傾げる。



「今は無理って言っていたけど……、後できちんと説明してちょうだいよ」

「うん。出来たらね」

「何それ。頼むわよ。

 それで貴方達、レヴェッロートと知り合いなの?」



 普通以上に探る目で、ルーナは質問してくる。だが新たな人物の登場で、それは遮られた。

「あ、レヴェッロート!」

「ルーナ。昼食の時間を過ぎてまで、何をやっている。

 そして、こちらの方々は一体?」



 若き日のレヴェッロートは不思議そうにラナとエテルノを見つめながら、母に話しかけた。考えてみれば、ここは彼の家の庭。幼馴染のルーナならともかく、面識のない者達がいたら怪しい。

 が、それはともかく……で済まない話だが、ラナの心は感動で一杯だった。



(レヴェッロートだ! 元気に生きている!)


 彼が生存しているのは、ここが過去なので当たり前だろう。

 でも、感動せずにはいられない。未来では目の前で死んでしまった彼が生きている。それだけでいい。

 ラナは、今度こそ自分が彼を守ると決意を固めた。



「彼女がラフィで、こちらがエテルノ。二人とも、私の親戚よ」

 ルーナが紹介してくれる。

「親戚? ……君と同じ年頃の女性が、デンツァーニヤ家にいただろうか?」

「訳あって、遠いところにいたの。それより、昼食に二人分を追加してもらえないかしら」

「君の親戚が来ているなら、呼ばないわけにはいかない」


 口を挟まない間に、一緒に昼食を摂ることになっていた。非常に好都合な成り行きだ。こうやって、どんどん仲良くなれば、レヴェッロートの精霊契約についての意見も聞いてもらえるに違いない。俄然、やる気が出てくる。

 加えて。レヴェッロートも母も生きて、ラナの近くにいてくれることが、何にも代えがたい喜びだ。未来から来たという秘密を抱えると同時に、愛しい人々と共にいる嬉しさがない交ぜになって、複雑な心境にある。





 食堂で席に着くと、レヴェッロートは遠回しにラナ達へ質問を投げかけてくる。まだ疑いを解いていないのだろう。

「ラフィ嬢とエテルノ嬢は姉妹ですか? どちらに住んでおられるのか?」


「姉妹です。今までは訳あって森の中に二人きりで住んでいたのですが、ルーナが独力で私達を見つけ出してくれて。運命の邂逅を果たしたというわけですわ。

 本当にルーナったら優しい上に賢くて、自慢の従姉妹です」



「森に住んでいただと? あそこには気難しい精霊がいるらしいのに、よく無事だったな」

「ほほほ」

 エテルノは、すらすら話している。即興で、よく次から次へと考え付くものだ。

 被害者ルーナも顔を引きつらせている。ここで母が会話を合わせてくれなければ、全て台無しだ。

「そうなのです。これからの生活が楽しみですわ……」

 がっくり肩を落としながらルーナは結局折れてくれたので、ほっとする。







**


「貴女達、何が目的なの?」

 昼食を食べてから、用事を思い出したといって早々にレヴェッロートの屋敷を出たルーナに問い詰められる。当然の成り行きだろう。

 この場で母に全てを打ち明け、協力を求めるべきか。迷ってエテルノを見ると、弱く横に首を振った。賛成はしないが、マスターの自由にしていいということか。ようは自分で決めろということらしい。



「私達はレヴェッロートがあることをしないよう、阻止する為に来たの。それは決して、貴女にとっても悪いことでないと誓う。

 全部終わったら、潔く、ここから離れるつもり。だから、あと少し、一緒にいさせてくれない? お願いします」



 ラナは、全てを話すことは出来なかった。未来で死んでしまった母をまた巻き込みたくなかったから、今度こそ幸せになってほしいからだ。




「離れるって……、もう会わないって言ってるように聞こえるけど。そういう積もりじゃないわよね? せっかく血の繋がった従妹達が、初めて出来たのに。ずっと私と仲良くしてくれるのではないの?

 あの花占いで、私は貴女達を信じると決めた。協力も惜しまない。

 だから、ラフィ。全て終わったら約束通り、説明をしてね。そうしたら、三人で、今後のことを考えましょう」



「母さ……じゃない、ルーナ。ありがとう」

 ルーナの言葉は思いがけないもので、ラナの心に温かく染み渡っていった。

 三人の間の空気が和んだところで、ルーナの笑顔が固いものへと一変する。



「ところで、ラフィとエテルノ。一つだけ、確認しておきたいのだけれど」

「ん?」

「二人共、レヴェッロートを好きってことはないわよね?」

 

ブフー。と、ラナはふき出す。


「え、え? それは、どういうことで……?」

「つまり、よ。私がレヴェッロートを好きだから、二人の気持ちも確認しとこうと思って。恋愛においては、ライバルに協力は出来ないから」




 ヴェルデー! 聞いてないんだけど! 母がレヴェッロートに恋をしてただとー? ……と叫びたいのを、ラナはぎりぎり踏み止まった。

 そして。

 ここで未来が変わって、レヴェッロートとルーナが結婚したら、自分は生まれないかも? これは、過去を変えようとする自分への因果応報なのか。

 …………そんな不吉な予測に、サーッと顔から血の気が引いた。

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