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9.一世一代の召喚

「う……」

 立っていられず、彼女は床に崩れ落ちる。もはや、ラナにはどうやって自分がインテと戦うかなど、考えられなかった。消えた精霊のことだけが頭の中を巡っていた。



「先に忠実な従者が逝ったか。心配しなくても、彼女の死出の道は恐ろしくないだろうよ。君も一緒に逝けばいいんだから」



 インテが何か言っているとしか、ラナには分からなかった。これで全てが終わるのだと、目を閉じる。この闇の向こうにヴェルデがいるなら会いに行こう、とだけ思う。

 だが、おそらく後ろから来た誰かがラナの横に立って、安心させるように温かい手を肩に置いた。

 ラナは目蓋を持ち上げる。その人物は彼女から手を離すと、既に彼女の目の前にいた。



「インテ。俺の許可なく、よくもルーナに手を出したな」

「……レ……ヴェッロート!」



 声が詰まる。彼が来てくれたことが、彼女には何よりも嬉しかった。彼は多分、自分で眠りの魔術を解いてきたくれたのだと、思う。

 ラナが泣きそうな瞳で見上げると、彼は気まずそうに目を逸らした。




「俺が解いたんじゃない。ヴェルデだ。お前を助けてと言い残して、森に還っていった。……あいつの存在は消えても、森の一部に戻ったはず。

 どうしても好ましいとは思えない奴だったが、お前のことを一番に考えていた点では認めざるをえない」



 ぶっきら棒な物言いだが、その言葉は最大の効果をもってラナを慰めた。



「そっか、ヴェルデが……。お礼言いに、森に行かないとね」



 小精霊よりも、もっともっと小さな存在になってしまった彼女には決して会えないだろう。

 けれど、それでもいいのだ。今までありがとう、と心から伝えたいと思った。

 そんな哀悼の気持ちを共有した二人を、インテは我関せずと酷薄に笑った。



「俺の許可なく、だって? レヴェッロート、君こそ俺がいなければ今の地位は無いだろう?」



 気分を害したと言うように、インテは顔を顰める。

 ラナは、ぞっとして身の毛がよだつのを感じた。インテの顔から笑みが消えて、剣呑な表情に変わったせいだ。

 耳を(つんざ)くような音を立てて、遂に外の雷が屋敷に落ちる。天井に穴が開いたのを、彼女は呆然と見やった。驚く間もなく、また雷が落ちてきた天井には大きな穴が二つ。そこから、土砂降りが吹き込んでくる。

 雷は、まだ鳴り止まない。一つの黒雲が屋敷全体を覆っているのだ。インテが引き寄せている、最果ての地から来た雨雲が。




「直接の契約者を殺すのは、さすがに後味が悪いよねえ。でも、もう顔も見たくないし。殺っちゃおう」



 インテは一人で呟いた。



「……お前はそういう奴だと、初めて会ったときから分かっていた。それでも俺は、この世の権力欲しさに、お前と契約をかわした。死ぬことなど、どうでもいいとすら思っていた」



「じゃあ、今死んでもいいってこと? 君って結構、潔かったんだね」



 静かな会話だ。けれど、二人以外の者は口を挟めない雰囲気を放っている。




「違う。今は、もう自分の死に無関心ではいられない。大切な者を守る為に、俺の命を使わなければならないから。

 …………行け、ルーナ。そして今度こそ、俺とインテから自由に生きてくれ」



 後に続くのは、悲しいほど美しい流暢な古代語だった。

『彼女を、ここではない希望の地へ』

 空間の一部が小さく歪み、別の場所へと繋がった。そこを通って、一人旅立てと彼は言う。


「嫌よ!! 貴方を置いていけない。レヴェッロート、一緒に逃げよう?」




「すまない。こいつを放ってはおけない。必ず後の災いになるだろうから。

 ————『光よ、我が盾に』」

 レヴェッロートは咄嗟に、急にインテが放出した雷を己が光で相殺した。




「あーあー、すごいなマスターは。雑談しながら、こっちへの注意も怠らないんだから。実は目玉が四つあるの?」



 インテは怒りに身を任せていても、悪意の篭もった軽口は忘れないようだ。

「でもさ、これならどう?

 ——————『雷雨の双剣』」

 レヴェッロートの盾は、インテの雷剣を防ぐことは出来た。しかし、同時に突き刺された雨の剣は、光の盾を貫通してしまう。



 彼の身体から、血が溢れた。ラナの目の前で、レヴェッロートは崩れ落ちる。

 彼も、逝ってしまう。

 逝くのだ。ヴェルデと同じように、ラナを守り、一人置き去りにして。



「レヴェッ………………」

 嗚咽だけが、彼女の口から漏れた。

「ルーナ。閉じ込めて……済まなかった」

「そんなことっ、いいの。だって賭けをしていたんだから」




「賭け……。ああ、そうだったな。悪い、頭がどんどんぼやけていく。

 賭けをしなかったら、お前は、俺の側にいたいとは思ってくれなかっただろうな」



 ぜいぜいと息をしながら、レヴェッロートは自嘲した。



「それは分からないわ! だけど、ねえ、聞いて。……だからね、今も賭けの途中なんだってば! だから、逃げないでよ。これで終わりなんて認めない」




「引き分けか……。俺はお前を手に入れることが出来ず、お前は…………」


 ふつりと、言葉が止む。彼女は息を飲んだ。

「ね、ねえ。まだ生きているわよね?」



「……大丈夫だ、ルーナ。………………いや、ラナ」

 最後に、慈しむように囁かれた言葉は、聞き間違いかと思うほど衝撃的だった。



「どうして、そう呼ぶの? 私が何度言ったって、頑なに否定したくせに……」



「……別に。引き分けでは、生き残るお前が憐れだから……、最期に勝者にしてやろうと思っただけだ。俺がそう呼べば、お前の勝ちで、だ……から、お前が勝った……」



 瞳を閉じ、レヴェッロートは逝ってしまった。忘却の魔法が完全には解けぬままで、ラナをルーナだと思い込み、また、彼流の思い遣りを最期に示して。


「違うウウウ~! 違うウよォ! こんな賭けをしたんじゃないんだよォ! こんなの、嫌アアアアアアアアアアア!!!」



 ラナはレヴェッロートの身体を抱きしめた。



「あーあ、これで俺の契約も終了か。長年の努力のわりに成果は半分だな。

 でも仕方ないし俺は自分の土地に帰るよ、計画を台無しにしてくれたお嬢さん。間接的だけど、人を殺したのは君だ。死ぬまで苦しむといいよ。それが君への、俺の情けかなあ」



 インテの高笑いに、彼女の怒りは爆発する。


「待ちなさいよ。まだ、終わらないわ!!」

 涙を強く拭う。覚悟は、もう出来ていた。


『聞け、精霊たちよ!

 我、ラナは、ここに誓う。我と共に歩む者に、我の内なる魔力を与えると。

 来よ! 我の願いを叶える者。我の意志を可とするならば』




 ふわり。

 と、信じられないことに、何者かがラナの目の前に降り立つ。

「君…………、すごいのを呼んだねー。実は母以上の力の持ち主だったってこと?」



「え、失敗? でも、すごく神々しい気だけど……」

 インテに褒められたので、不安になった。



『私を失敗呼ばわりするとは。召喚に応じる必要は無かったか』


「失礼しました」

 どうやら機嫌を損ねたらしい。ラナは慌てて(なだ)めにかかる。ここで帰られたら、たまらない。まだ精霊の方の宣誓を聞いてないので、仮契約の状態なのだ。



「それで、貴女はどちら様ですか?」

『……私は、この国の精霊だ』

「国って。プロフォンドと貴族の住む、この地一帯を治めているってこと?」



『そうだ』

 それが本当なら確かに、すごい。奇跡はあるものだ。



「私と契約していただけるのですか?」

 インテに騙されて失言するんじゃなかった、と思いながら、極力の低姿勢で尋ねる。



『うむ。嫌なら最初から来ない。

 ————我、エテルノは、ここに誓う。

 マスター・ラナの魔力を糧とし、引き換えにその身を守らん』



 契約成立。霧散していた光が集まり、エテルノは少女の姿となった。

 ふわふわの金髪に桜色の瞳だが、ラナの十倍は可愛らしい顔立ちではなかろうか————さすが大物。格好は今のラナを真似て、貴族の子女らしいピンクのドレス姿だ。

 ともあれ、これで百人力。勇んでインテを見やると、にっこりされた。




「大精霊と一騎打ちか。その魔力を吸収出来れば、思わぬ収穫だな。森の精霊を吸収出来なかった悔いも軽減される」



 全然こたえていない上に、ラナの加勢を無視した一騎打ち発言。その差別を完全否定出来ない我が身には、悲しいものがある。



「ね、早速だけど、お願いがあるんだ。取り敢えず、聞いてくれる?」

ラナはエテルノに話しかける。

「なんだ?」

 格好に口調が合ってないな、とぼんやり思ったが、今はどうでもいい。



「過去に飛びたいんだけど、協力してくれる?

 私が過去への道を繋いでみせるから、貴女は現在と過去の間の壁を魔力で壊して」



 ラナの暴言に、場が固まった。

「本気? そんなことが出来るなら、精霊に限らず色んな奴がやりたい放題だよ」



 インテの、他人を小ばかにする発言も今はほとんど彼女の耳に入らない。息を飲んで待つのは、契約下の精霊が答えるだろう是非だけ。



「マスターの頼みなら、挑戦してみよう。

 しかし、やってみて二人とも時空の中に消えるという可能性を念の為に上げておく」



「エテルノが塵になるとしたら、私が死んでも謝りきれないことだけれども。あえて心を鬼にして言うね。行きましょう、過去へ。

 なんなら、地に伏して貴女に願うわ」



「その必要はない。止めてくれ、マスターが精霊に頭を下げるなんて。想像するだけで肌寒い。

 お前の意志は理解した。ここで私が消えたとしても、己が定めとして受け入れよう」




 エテルノは長く息を吐き、集中力を高めた。差し出された手を、ラナはしっかり握る。あとは、願いを込めて詠じるばかり。




『過ぎし時よ。精霊ヴェルデに開きし時空を、再び示せ!』

 


 消える、と思った。霞んでいく自分の手とエテルノの姿に、もう後戻りは出来ないと知る。


「そんな、まさか。……させるものか!

 俺が築き上げたものを、簡単に変えさせはっ…………」



 インテに腕を掴まれたが、ラナは振り切った。

 そして、彼女たち二人の視界には、何も映らなくなった。

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