証明終了
「どうですか?」
「ああ、だいたい分かった」
殺人現場である202号室の前には、私に呼び出された三人が立っています。
容疑者のマッドサイエンティストの冷田氷さんとゴリラのローランドさん。それに、管理人である管理局局員の三人です。
「分かったって何か?」
「バナナ殺人事件の犯人についてよ。氷ちゃんも、さっき事情聴取を受けたでしょ?」
「あー、あれね。バナナで人を殺したって実験」
「実験じゃ無くて、事件ね」
頭をボリボリ掻き毟りながら物騒な事を口走る氷さんに対し、ローランドさんが言い聞かせていました。
この二人、いつもこんな調子なのだろうなぁ。
そんな事を考えながら、私はエヘンと咳払いをして……。
「それじゃ、いくぞ」
私は、証明を開始します。
「まず、密室についてだ。
今回のCode1101は202号室という密室で起こっていた。と言っても、簡単な鍵で施錠された、ごく普通の密室だけどな。ちょっと一手間掛ければ簡単に開けられるし、鍵を閉め直すのも難しい事じゃ無い。密室強度が低い、普通の密室だ。
それよりも、もう一つ、二階へ向かう階段が井戸端会議をしている女房衆で監視されていた事の方が重要だ。これによって、わざわざ忍び込んだりしない限り、バナナ殺人事件の容疑者は、犯行時刻に二階に居た人物に限定される」
「つまり、私達ね」
「へー、私達って殺人事件の容疑者になってたんだ」
どうやら、氷さんは自らの置かれている状況を、今の今まで理解していなかった模様です。やっぱり、マッドサイエンティストという生き物は、我々とは認識がズレています。
「続いて被害者の死因だが、他に外傷もない事から、腹部に刺さったバナナが原因で良いだろう。最も、通常は柔らかいバナナが腹に刺さるなんてあり得ない事から、殺害時、バナナは凍っていたものと考えられる」
「普通に考えれば、犯人はやはり私かしら? 凍らせたバナナでお腹をひと突き! うん、結構簡単にできそうね」
「違うの! そういう時は私のバナナガンなの! アレを使えば、人間なんて簡単に殺せるんだから!」
二人は、争うように自分が犯人ではないかと訴えました。
実際。
どちらも、バナナによる殺人自体は可能なのです。ローランドさんは怪力で。氷さんは科学力で。バナナで殺人事件を起こす事ができるのです。
だから、凶器のバナナは解決の鍵になり得ません。
「凶器のバナナからは、犯人を絞り込む事は出来ても犯人を特定する事は出来なかった。だが、現場の状況が犯人が誰であるかを俺に教えてくれた」
「それは誰ですか」
そこでようやく管理局員が再び口を開きました。
私は厳かに犯人を指差します。
「それはお前だ。冷田氷」
すると、犯人と断定された氷さんは「私なんだ。やったーっ!」と飛び跳ねました。「やっぱり、私のバナナガンは優れていたんだ!」と、自分の発明が認められたと勘違いして、とても嬉しそうです。
けど。
「そうじゃない」
「えっ、何が?」
「バナナは関係ないんだよ。決め手になったのは、体格だ」
「体格?」
私は、犯行現場になっている202号室の扉を開けて、中に入りました。
「冷田、入ってこい」
「う、うん」
その後を、氷さんが付いてきて、202号室に上がり込みます。続いて、管理局員も無言で続き――
「ちょ、ちょっと待ってよ」
ローランドさんが、入れずに入り口で詰まっていました。
極めて体格の良いマウンテンゴリラである彼女には、202号室のドアは通り抜けられないのです。
202号室のドアは、ごくありふれた片開きのドアです。このアパートにある部屋全ての玄関に採用されている、人間用の普通のドア。
それはローランドさんには小さすぎました。
だからこそ、彼女は自室のドアを両開きの特注製に変えていたのです。そうしないと、彼女は、アパートの中に入れなかった。
「これが、答えだ」
とても簡単な話なのです。
容疑者の内、一人は犯行現場に入れない。
だから、消去法的に犯人は冷田氷さんで間違いないのです。
彼女だけが、202号室に侵入し、事件を起こす事が可能だった。
ええ、馬鹿みたいな結論かも知れませんが、これ以上ない結論です。
殺人現場に入れなくては、犯人になりようありませんから。
だから、犯人は氷さんなのです。
「これで、俺の証明は終わりだ」
「成る程。確かに承認しました」
そう管理局員が言った瞬間――
ブゥンという音と共に、私の世界は消え去りました。