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203号室 ゴリラ

 冷田氷さんの聞き取り調査を終えた私は、もう一人の容疑者が住む203号室へ向かっています。

 手には、よく熟したバナナが一房。

 死体に刺さっていたバナナに比べて、甘みが強くて美味しいです。

「……しかし、ずっとバナナばかり食べっぱなしだな。ゴリラか、俺は」

 益体も無い事を呟きながら、私はバナナを平らげます。

 そんな私が事情聴取をする相手は、本物のゴリラですが。

 ゴリラのローランドさん。

 もっとも名前はローランドでも、ローランドゴリラではないらしく、マウンテンゴリラ――つまりは、高地に棲息する個体群に属しているようです。ヒト科ヒト亜科ゴリラ族ゴリラ属と、ある意味で私達タンテイ科の生き物よりも、オリジナルの人間に近しい生き物であるかもしれません。見た目は、完全なゴリラらしいですが。

 勿論、ただのゴリラが都市生活を送れるはずも無いですから、ちゃんと知性化されています。仕事は広告代理店勤務で、普段はアフリカ由来の商品に関する広告業務を行っているということです。

「このゴリラ、広告マンか。いや、ゴリラだから、マンってのはおかしいのか。うーむ……」

 遠い島国で人間に混じって働くのは、きっと大変なのだろうなぁ。

 そんな事を考えている内に、目的の部屋にすぐ着きました。

 私は、残ったバナナを食べきり、203号室の扉を乱暴に叩こうとし――ドアが付け替えられている事に気が付きます。

「……こりゃ、鉄のドアか」

 203号室のドアは、鋼鉄製でした。

 両開きの鉄の塊が私の前にデンッと備え付けられています。それは、かなり圧迫感があり、私は思わず気圧されてしまいました。

 流石はゴリラ。

 門構えから、一味違います。

 けれど、私は曲がりなりにもハードボイルド属タフガイ目の探偵です。いくら見た目が小娘でも、小娘のように怯えて竦むわけにはいきません。

「おい、ローランドさん! 居るんだろ!」

 だから、怯える心に蹴りを入れて、殊更、大きな声で騒ぎ立てました。

 すると。

「ちょっと待ってて。すぐに出るから」

 とても色っぽい声が、部屋の中から聞こえてきたのです。

 そのあまりの色艶に、私が戸惑っていると――

「ハァイ。ごめんなさいね。少し手が離せなくて」

 鋼鉄製のドアが開き、ウッホウホとナックルウォーキングをしながら、一匹のゴリラが私の鼻先に現れました。

 動物園でゴリラを見た記憶はあります。

 けれど、こんな間近で見るのは初めてです。目の当たりにすると、筋肉の圧倒的なボリュームに気圧されます。

 拡張されたドアを狭そうに通って出てきたのは、丸太の如き太い腕。分厚い胸板。精悍な顔つき。全身を覆う黒い毛が素敵な――紛れもないゴリラでした。

 首元には、首輪のようなものが巻き付けられていて、そこにスピーカーらしきものが備え付けてあります。どうやら、それがゴリラの言葉を日本語に翻訳する装置のようで、先の色っぽい声は、その装置から発せられていたのでしょう。

「え、ええと。ローランドさん?」

「ええ、私はローランドだけど……どちら様?」

 現れたゴリラは、203号室の住人であるローランドさんで間違いありませんでした。

 私は、どうにかゴリラに対面したショックから立ち直り、何とか言葉を続けます。

「じ、実は、俺は探偵でしてね……」

「探偵さん? 探偵さんが私に何のご用かしら」

「実はな。隣で殺人事件が発生したんだ。ああ、といっても普通の殺人事件じゃなくて、無から生み出された特殊な奴で――」

 話をしてみると。

 ゴリラのローランドさんは、何でもプレゼンの資料を作成していたとかで、バナナ殺人事件について全く気が付いていなかったようです。

 私は、彼女に現在起きている状況について説明し、逮捕や拘束としった危険は一切無いので、アリバイや凶器の――つまり、バナナや冷凍設備の有無について聞きました。

「教えてくれ、ローランドさん。アンタは、凍ったバナナを所有しているのか?」

 バナナ殺人事件の状況は、腹部を凍ったバナナでひと突きです。

 つまり、犯人は凍ったバナナを所有している人間、あるいはゴリラという事になります。現在の所、バナナガンの所有者である冷田氷は、犯人の最有力候補ですが、ゴリラのローランドさんにも同様の容疑がかかっています。

 あの太い腕を使えば、凍ったバナナを人間の腹にねじ込む事など容易いでしょう。

 冷田氷でなくとも、彼女ならバナナ殺人事件は起こせるのです。

 つまり、彼女がここでノーと言えば、私の証明は終了する。

 事件は、消去法的ながら解決するのです。

 私は、ローランドさんをジッと見ました。

 すると、彼女は首を振って、

「残念だったわね。ここには冷凍庫もバナナもあるわ」

「……そうか」

「ゴリラにバナナなんて、月並みだけどね」

 そう言うと、ローランドさんは少し悲しげに笑いました。

 何か、バナナに関する悲しい話でもあるのかも知れません。こんな大都会で、ゴリラが生きていくのは並大抵の苦労では無いでしょう。

 私は、慰めるように――。

「そんなことはねぇよ。バナナは美味いしな」

「ありがと。優しいのね」

「……そんなんじゃねぇよ」

 少し照れくさくなったので、私はそっぽを向きます。

 するとローランドさんは艶っぽい声で笑いました。

 もしかしたら、私は少しからかわれているのかも知れません。

「美味しいバナナは、普通に大好物だわ。他にもサクランボとかリンゴとか、果物全般は大好きよ。それに、私ってけっこう食べるから、大容量の冷蔵庫は欠かせないのよね。だから、バナナを凍らせる冷凍庫もちゃんとあるわ。いつも、そこに沢山のフルーツを常備しているの」

「そうか。い、いや、分かった。ありがとう」

「ねえ」

「な、なんだ?」

「少し食べてく?」

「な、なにを」

「うふふ。勿論、ゴリラが勧める食べ物は、バナナに決まってるじゃない」

 楽しげに笑うローランドさん。

 やはり、私はこの色っぽいゴリラにからかわれているようです。

 ともあれ。

 その後、私はバナナを一本ご馳走になりました。

 それは、とても美味しかったですが、その一方でバナナ殺人事件の謎は、解けないままです。

 マッドサイエンティストの冷田氷とゴリラのローランド。

 一体どちらが、犯人なのか。

 私は、沈思黙考します。

 そうして、考えれば考えるほど――。

 本当に酷い字面だと実感するのです。

 幾ら、Code1101によって提示された状況とはいえ、どうにかならなかったのでしょうか。

 もっとこう……っ。

 世間から姿を隠した純文学の大家とか、異端の学説を唱える大学教授とか、金と栄光に塗れた大物テレビ司会者とか、警察内で私腹を肥やすマル暴の刑事といった、絵になる容疑者はいなかったのでしょうか。

 いや。

 まあ。

 それは贅沢だとは私も思います。

 でも、せめて、ゴリラかマッドサイエンティストのどっちかは、勘弁して欲しかったなぁ。片方だけなら、まだマシだったのになぁ。

 ああ。

 でも…………。

 よくよく考えてみればCode1101自体は、その状況で可能な殺人事件を提示しているだけに過ぎません。

 無から生み出すのは殺人現場だけで、それ以外の全ては現地の物を利用しているのです。とすると、これはむしろ、このアパートの環境が狂っていたという事になるでしょう。

 確かに。

 特殊な環境下で起こった殺人事件であるから、そのシチュエーションも特殊極まりないものになるというのは、推理小説で良くある話です。

 けど、凶器がバナナでまでは良いとして、容疑者がマッドサイエンティストとゴリラというのは――。

 本当に、止めて欲しかったです。

 こういう類の事件を真面目に考えていると、自分が可哀想になってしまうのです。

「……頭痛がしてきた」

 適当に、犯人を決めたら駄目かな。

 コイントスで犯人を決めたりしたら、やっぱり怒られるだろうなぁ。

 そんな風に。

 私は大きく嘆息すると、本格的な推理に入りました。

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