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検死

 死体は、40代の女性として生み出されていました。

 造作はやや適当です。目に白目が無かったり、耳の形が簡単だったりと、死体役として見た場合、ずさんな作りに見えます。

 が、無より生成された以上、そういう事もあるのでしょう。

「ま、リアル過ぎるよりはマシか……」

 作り物めいているお陰か、気持ち悪さはかなり低め。吐き気も我慢できる程度に収まっています。

 恥ずかしい話ですが、私はあまり死体が好きではありません。

 いや、まあ。

 死体が好きな人なんて、普通はいないわけですが。

 とは言え。ハードボイルド科の生き物的に、死体が苦手というのはよろしくありません。殺人現場で惨殺死体を見て嘔吐して良いのは、新人刑事ぐらいのもの。ハードボイルドでタフガイな私には絶対に許されない事なのです。

 だから、いつも。

 殺人現場で、私は吐き気と戦っているのですが――。

 今日の死体は作り物めいていて、気持ち悪くなりません。いつもなら、十分おきに『うぇっ』となってしまうのですが、今のところ順調です。

 いつも、こんな死体なら良いのになぁ。

 そんな事を考えながら検死をすると、幾つか判明した事があります。

 まず。

 死体の腹には、バナナが深く突き刺さっていました。房の部分が露出しているので、先っちょの方から刺されたようです。

 もっとも。

 私は、バナナで刺し殺されたという話を聞いたことがありません。

 凍ったバナナに殴り殺されたなら、あったかも知れませんが。

「ふむ」

 私は小さく呟くと、腹から血に濡れたバナナを引き抜きました。じっくり観察してみると、血で濡れている以外に、気になる事が一つあります。

 皮全体が酷く黒ずんでいて、とても冷たいのです。血でふやけてしまったのか、かなりグズグズになっています。

 意を決して、血に濡れた皮を剥いてみると、

「……やはりそうか。微妙に凍ってやがる」

 生のバナナが腹部に刺さるわけがありません。

 つまり、犯人はバナナを凍らせて、それで腹部をひと突きにしたのです。時間が経って、凍ったバナナが溶けてしまえば、ただのバナナが残るだけ。

 誰もバナナが凶器だと――

「一目で分かるわ!」

 私は虚空に突っ込みを入れました。

 このパターン。

 所謂、氷を使ったトリックに近いです。

 尖った氷で刺殺するとか、氷を喉に詰めて窒息させるとか、氷で殴り殺すか。そういう類の古典的なトリックです。

 が、溶けて水になる氷ではなく、溶けても残るバナナを使っています。

 それじゃ、ぜんぜん意味が無いです。

 思いっきり、バナナが残っています。

 今回のCode1101は何を考えているのだろうか。

 私は、頭を抱えました。

 その上、よくよく考えてみたら、凍らせたバナナは凶器と呼ぶには少し微妙です。昔、凍ったバナナで釘を打つなんてCMがありました。だから、凍ったバナナは鈍器にはなります。

 けど、人を刺し殺す刃物代わりにはなりそうにありません。

 それこそ人間離れした馬鹿力でも無ければ、凍ったバナナで刺殺するなんて不可能です。ゴリラみたいな怪力の持ち主で無ければ、こんな芸当は不可能でしょう。

「……つまり、犯人はゴリラか?」

 いやいやいや。

 冷静になりましょう、私。

 ゴリラ並みの力が必要だから、犯人はゴリラってのは少し短絡的すぎます。

 ともあれ。

 私は、調査を続行します。

 凍ったバナナと凍っていないバナナ。どちらが凶器として有用かと言えば間違いなく凍ったバナナの方です。

 つまり、犯行に使われた時、バナナは凍っていたという事になります。現在のバナナはシャーベット状ですから、それが完全に凍り付き、凶器としての硬度を保ち続けた時間を調べれば、Code1101が設定した犯行時刻を割り出せる筈です。

 調べてみると、完全に凍ったバナナがここまで溶ける時間は、およそ一時間というところでした。

 つまり、推察される犯行時刻は、今から一時間前という事になります。

「まあ、これで一歩前進だな」

 私は一つ溜め息を吐いて、剥いたバナナを食べる事にしました。

 いくら証拠品とはいえ、このまま放置すると、バナナは駄目になってしまいます。それよりは、食べてしまった方がバナナにとっても善いでしょう。

 なにより、私は朝食抜きですし。

 甘い果物なんて、ハードボイルドな生き方をしていたら、滅多に食べられるものではありません。

 けれど、今の流れなら『証拠品を無造作に食べちゃうタフガイ』という、自然な流れでバナナを食べられる。

 そう考えたら、食べずには居られなかったのです。

「ま、どうせ腐るだけだからな。食っちまうか」

 私は、バナナを食べました。

 すると、ガリッと音がして、何かが歯に当たります。

 そうも凍った部分が残っていたようです。仕方が無いので私は気合いを入れて咀嚼すると――。

「なんだ!? 鉄臭ぇ! なんだこりゃ!」

 バナナから、鉄の味がしました。

 まさか、皮に包まれていても、血の味がバナナに移ったのかな。

 せっかく、久しぶりのバナナだったのに……。

 私は溜め息を吐きながら、それでもバナナを全部食べました。

 だって。

 その。

 久しぶりのバナナは、シャーベット状になっていて、それなりに美味しかったんですもの。

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