Code1101
現場である昼下がりのアパートメントに到着すると、二階への階段にkeep outと書かれた黄色いテープが張られており、二階への出入りが制限されていました。その周りでは、アパート一階の住人が集まって、ざわざわと騒いでいます。
私は、それらを目で威嚇しながら、テープをくぐって現場に入ります。
「お疲れ様です。探偵マクガフィン」
すると、現場を保存している管理局局員が私を迎えてくれました。感情の無いガラス玉のような瞳をした、色素を持たない真っ白で無機質な女性。一般的な管理局局員です。
「ああ。呼ばれたから来てやったぜ」
私は探偵章を見せながら、彼女に挨拶を返しました。
すると、管理局員は笑います。
口の端だけをつり上げる、感情の薄い笑みで。
管理局は、管理をします。あらゆる事象を管理するのが仕事です。全人類の、あらゆる行動や感情も管理します。天候や天体の運行、あるいは運命すらも、管理局は管理すると言われています。
世界の全てを管理する。
それが、彼女の所属する管理局の仕事です。
けれど、最近は、そんな管理局にも管理できない状況が増えてきました。
「それでは1101、お願いします」
1101という符丁で呼ばれる現象もその一つです。
いつのころからか、この世界では殺人事件が無から生じるようになりました。
例えば。
何も存在しない密室を放置していると、中に殺人現場が構築される
ちょっとしたぼや騒ぎが起こると、拘束された焼死体が生み出される。
誰も足を踏み入れない雑木林で、滅多刺しにされた刺殺体が生成される。
そういう不可解な事が起こっているのです。
誰も見ていない――波動係数の収束していない空間で、管理局に管理されていない何者かによって、無より殺人事件が創造されているようなのです。
それがCode1101。
無より発生した殺人事件と、それに関する処理要請です。
最初の内、管理局はCode1101を自分達のミスであると考えていました。
管理局の管理が行き届かず、殺人事件を発生させてしまったのだと、彼らは謙虚にも考えたのです。
けれど、直ぐに管理局は、殺されている『被害者』の身元が判明しない事に気が付きました。管理局は、万物を管理する機関です。だから、全ての人間の身元を把握しています。戸籍の無い路上のホームレスですら、管理局は管理しているのです。
けれど『被害者』は、そもそも存在していませんでした。
Code1101によって生じた死体は、管理局の管理している人間ではなかった。存在しない人間が殺されていたのです。
それは、明らかにおかしな事でした。
運命すらも管理する管理局に管理されていない人間が死体で見つかる管理されていない殺人事件。しかも、それと似たような状況が、次々発生するのです。
管理局は調査をし、一つの結論を出しました。
それは、何者かによって殺人事件が丸ごと生成されているのではないかという仮説です。被害者である死体、凶器、様々な状況証拠まで、現実改変を行って、無から生み出したのではないか。
五分前仮説と呼ばれるモノがあります。
これは、とある疑り深い哲学者が提唱した仮説で、世界が五分前に創造されても、否定する事は出来ない、という思考実験ですが、Code1101は、それと似たような現象であるようなのです。
五分前殺人現場とでも言えば良いのでしょうか。
Code1101で生成された殺人事件は、あらゆる因果律を無視して、そっくりそのまま、そこに生成されているのです。
電気のスイッチを入れるように、殺人現場がパッと現れる。
それが1101という符丁で呼ばれる現象だったのです。
「探偵マクガフィン。それではよろしくお願いします」
「ああ、分かってる。こんな面倒くせぇ事件、さっさと片付けてやるさ」
そんなCode1101を解決するために呼び出された、殺人犯のいない殺人事件を解決するために呼び出された探偵。
それが、今の私です。