ほんわか市長選挙
「みなさまこんにちわ。リポーターの堺です。今日はT県肉球市を訪れています。ただいま肉球市は市長選を控えているのですが、市民からはまったく緊張感を感じられません。むしろお祭りモードでほっこりしています。それはこの市が全国でも珍しい、ある市長制度のためです。こちらをご覧下さい」
美人女子アナと局でも評判の堺美代子アナは、後ろの選挙ポスターが貼られた掲示板を指し示した。
ポスターに掲げられたスローガン『明るい街作り』『市民の未来のために』などは珍しくもなかった。ただ肉球市の選挙ポスターが異例なのは、その写真が猫である事だ。ただそれだけなのに殺伐とした選挙が急にほんわかとする。
「そうここ、肉球市は全国で唯一猫が市長をする市なんです。しかし猫に市長が務まるのか? 選挙活動はどのように行われるのか。今日はその秘密をレポートさせていただきます」
舞台は変わって市役所の市長室。堺アナの隣に壮年の男性が立っていた。
「まずは肉球市の市長の仕事についてお話しを伺いたいと思います。お名前からどうぞ」
「はじめまして市長補佐の山田一郎です」
「市長補佐というのは聞き馴染みのない役職ですね。副市長とは違うのですか?」
「違います。副市長は私と市長の部下です。そして市長補佐は市長について実務をとりしきる仕事です」
「つまり実質的な市長ということですね」
「いえ。私より市長の方が偉いのです。前任のたま市長は実に貫禄がありましたよ」
山田が目を細めてたま市長を褒め称える。そこに所詮猫というあなどりは、微塵も感じられなかった。
「市長の仕事というのは具体的にはどのような事を?」
「まずは市長室で自由気ままに過ごす事です」
「ただ市長室にいるだけですか?」
「市長がいるだけで、役所に勤める所員の気持ちがほっこりして、ストレス解消効果があるのです。私もたま市長に毎日癒されてます」
地味なオッサンである山田が、デレデレになってたま市長を褒め称える姿は、あまり美しいとはいえなかった。でもこんなオッサンが市長より、可愛い猫が市長の方が部下もやる気出るよな、という説得力には溢れていた。
「他に市長の仕事はないんですか?」
「ありますよ。市のイベントに出席して、市民との触れ合い活動をされていますよ。おかげで我が市は市民と役所が近い、市民に愛される市政となっているのです。市民の気持もほっこりですよ」
ここでVTRが流れて、たま市長がイベントで子供たちにもみくちゃにされたり、お年寄りの膝に乗って撫でられたりする映像が写った。堺もそれを見てたま市長の偉大さを感じたのだった。
「今回はたま市長の高齢化のため、任期満了で引退に伴い、市長選挙が行われる事になったのですが、そもそも猫の選挙というのはどのようにして行われるのでしょうか?」
「まずは候補者は市民からの推薦で決められます。基準がありまして、あまり幼くても年寄りでもいけない。攻撃的でなく、人見知りしすぎず、堂々とした態度の方が選ばれます。見た目の可愛さも重要ですね。こうした基準に基づき予備選挙を行って、役所員にて候補を絞り込みます」
「なるほど、しかし選挙というものは候補者だけではできませんよね」
「もちろんです。まず本選挙に出馬する候補者は、支援者の手で選挙事務所が設立されます。そしてポスターのための写真撮影。これは非常に重要な所ですね。写真写りの良さも市長の重要な力になりますから」
「はあ。しかし選挙演説とか出来ませんよね。選挙活動は具体的にどのように行われるのでしょうか?」
「選挙活動見てみますか?」
「お、お願いします」
山田に連れられて、堺は場所を移した。そこは市立の公民館のような建物で、その中のカフェスペースだった。市民なら開館時間はいつでも誰でも出入り自由。そんなカフェスペースの一角にガラス張りで区切られた区画があった。見ると中に黒猫が一匹いた。
「今日はくろ候補者の日ですね。彼は今回の市長選でも有力候補なんですよ」
黒猫のくろはたくさんの人々の視線と声を浴びながら、悠々自適に眠っていた。
「見て下さいこの貫禄。猫は普通は視線を感じると落ち着かないものですが、この堂々とした寝姿。これは市民から多数の票が入りますよ」
「これが選挙活動ですか?」
「そうです。まさにガラス張りの選挙。候補者が日替わりでここで市民にアピールするのです。ここでの活動は撮影され、ネットでも動画で見られるんですよ。他の候補者の映像も見ますか?」
「お願いします」
またしてもVTRが流れる。愛くるしく転げ回り愛嬌を振りまく虎猫が一匹。
「こちらはとら候補者。この人なつっこさと愛想のよさが市民の心を掴んで離さないんですよ」
「はあ……確かに可愛いですね」
次に続くのはロシアンブルーの猫。大人しく座っているが、落ち着き無くしっぽをふり、耳をピンとたてている。
「そら候補者です。綺麗な猫でしょ。写真では人気なんですけど、ちょっと人見知りするみたいで緊張気味ですね。猫がしっぽを振るのは機嫌が悪い時なんです。これは不利ですよ」
「しっぽを振るのは機嫌が良い時だと思ってました。」
「肉球市民ではこれぐらい常識ですよ。他の市民に比べて猫に対する愛情も知識も豊富なんです。市の木もまたたびです」
堂々と猫愛を語る山田。なるほど、市民そろって猫バカのようである。しかしそれは微笑ましい光景であった。
「そしてこれがくろ候補者に並んで、今回の有力候補みけ候補者です」
ちょっと太り気味のまん丸三毛猫が毛繕いをしている。そしてしばらく毛繕いをして、途中でやめ舌をしまい忘れたまま、そのままのんきに寝始めた。
「この舌だしっぱなしがみけ候補者の癖なんですが、可愛いと評判なんですよ」
「そ、そうですか。あの……つかぬ事を伺いますが、なぜ市長は猫なんでしょうか? 他の動物では駄目なんでしょうか?」
山田は腕を組んで少し悩んだ後こう言った。
「市長といえば権力の象徴ですよ。これを犬がやったら『権力の犬』となって嫌な感じになりますが、『権力の猫』だったら間が抜けてて可愛いじゃないですか」
「そ、そうですか。では以上肉球市からのレポートを終わります」
山田の猫バカまっしぐらな一言に堺は脱力した。しかし1日レポートして感じた事は、猫が上司というのもほんわかして悪くないという事だった。