04
視聴覚室は段ボール箱が部屋いっぱいに山積みになっていた。人が入り込む隙間もない。
長い間放置されていたおかげで、少し動かすだけでも埃が舞って鬱陶しい。守谷教師の言によればこれ全てを廊下に運ばないといけないらしい。
「やっぱり手伝ってもらってよかったよ。こんな量とても一人じゃ運び切れない」
「あんた、こんだけの量を全部持って帰るのか?」
「まさか。必要なものだけだよ。廊下に並べてから中身を探すんだ」
守谷は手近な箱に手を付けるとさっそく運びにかかった。時間が惜しいのでおれも作業に入る。
段ボールは思ったよりも重い。両手で抱え上げるとずしりとした感触に気が滅入る。
廊下の窓の外に見える月の位置と体内時計を合わせる。大体だが、時刻はもうすぐ深夜か。早くしなければ睡眠時間が削れてしまう。
「……さっさとやろう」
気合いを入れて箱を持ち上げると、いそいそと廊下に並べる。床に置く時にどすんと音がしたが気にしない。
「きみ! 乱暴にして中身を壊さないでくれよ!」
「…………善処しよう」
どうやら気を付けて運ばないと壊れてしまうらしい。これだけの重さだ、機械が入っててもおかしくない。
次に運んだ箱はソフトに床に降ろす。ちらりと守谷に視線を向けたが黙々と作業をこなしていた。当たり前だが、ちゃんとやれば文句はないらしい。
それからも次々と廊下に箱を運び出し、気が付けば一時間ほどが経過していた。
「一応、こんなものかな」
段ボール箱でいっぱいだった視聴覚室は、今はがらんとした殺風景な教室になっている。ただ散々作業していたため埃が部屋中に充満していた。
換気のために窓を開けると爽やかな夜風が吹き抜けて気持ちがいい。軽く息を吐いて胸のもやもやを外に出す。
「で、まだ手伝うのか?」
後ろで何やらごそごそとしている守谷に訊いてみる。
「いや大丈夫。あとは自分で出来るから」
振り返って見てみると、守谷は箱を開けて中身を取り出しているところだった。その多くは長方形の黒い物体だ。
「ビデオテープか?」
「ん、ああ。よく知ってるね。最近の若者はビデオを知らずに育ってるから、きみみたいに知ってる人は珍しいよ」
ディスクが主流の今となっては捨てられまくってるからな。
「知り合いが持ってんだよ。……ひょっとして廃校になる前の映像か?」
「そう! 僕の教え子たちの姿が記録されている思い出の品さ! 人類の宝物と言っても過言じゃないよ」
確か最後に学校が封鎖されたのが五年前。ということは当時十五歳の少年少女たちの姿が映っていることになる。確かに今となっては貴重かも知れない。
多少興味が湧いてくる。
「ずいぶん埃被ってるけど、見れるのか?」
しかし守谷教師は首を振る。
「残念ながら。ここには電気が通ってないし機材も撤去されている」
「なら見れないじゃねえか。んなもの回収してどうすんだ?」
「問題ない。僕の家にはまだ機材が残ってるんだ。少し掃除すればまだ再生は可能なはずだよ」
「はぁん……そりゃ残念」
興味はあったが、さすがに出会ったばかりの男の家まで押し掛けることもできない、か。どの道おれには見られない代物のようだ。
「見たかったら、僕の家に来るかい?」
「よく知りもしない人間にはついて行かない主義なんだ」
「そうか、まあ仕方ないよね。このところ危ない人間も増えているし」
「まあ、な……」
危ない事件ではなく、危ない人間ときたか。まるで心当たりがある風な言い方だな。まさか知り合いに狂気に駆られた殺人犯でもいるのだろうか。だとしたら納得もいく。あるいはこの男が殺人鬼でもおかしくはない。……その場合、おれの身が危ないが大丈夫。逃げ切る自信ならある。立ち向かう勇気はないけれど。
しかし危険と言えば気になることがひとつあった。
「そういやあんた、生物を教えてたとか言ったな? 今はどこで何してるんだ」
先程から思っていたことだがこの先生。凄く臭う。別に悪臭とか汚いとかではない。ただ、懐かしくも嫌いな臭いを纏っている。それがどうしても気になった。
「今の仕事かい? 大学の研究室で、博士の助手をやっているよ」
大学、研究室。嫌な符号が当て嵌った。どれもこれも馴染み深い場所じゃあないか。おまけに博士ときた。嫌でもあの女の顔が浮かんで気分が悪い。
けれど訊いておかねば治まりが悪い。どうかあの女の名前は言ってくれるなよ。
「ちなみにその博士ってのは?」
「ハルトマン博士だよ。ドイツから来た生物工学の権威でね、日本の技術と合わせて精巧な義手を作ったりしているんだ。名前くらい聞いたことないかな?」
名前を聞いた瞬間、張り詰めていた肺が弛緩するのを感じた。よかった、知らない人間だ。しかも機械が絡んでいるとあれば、あの女の専門とも違う。
「いや、初めて聞く名前だ。日本じゃマイナーなんじゃねえの?」
安堵の溜息を吐きながら答えると、教師は「結構有名だと思うんだけどな、テレビにも出たことあるし」とぶつくさ呟いていた。
その後、明日の食事を奢ってもらう約束をしてから、必要な品物を回収した守谷教師は学校から去っていった。
しばらくその背中を見送ったあと、手頃な教室の机で簡易型のベッドを作り、静かに目を閉じた。
今日は久々に他人と会話したからか、妙に気だるい。独りきりの静寂がひどく心地悪く、眠るまでの間、ずっと懐かしい顔を思い浮かべていた。
「……かあ、さん……」