02
夜道を歩いて公園に戻ると、道を塞ぐようしてパトカーが止まっていた。
「なんだ?」
周囲には人が集まって騒ぎ立てている。聴こえてくる声には死体、殺人という不気味な単語が混じり、おれの背筋を震わせた。
テープで入口を封鎖された公園に駆け寄ってみると、遠目にだがそれが見えた。
女の死体――それも全裸で放置されている。首に絞められた痕があることから絞殺か。
警察が現場を撮影していく中、フラッシュで鮮明に照らされる女の素肌が事件のあらましを物語っていた。
「強姦殺人……」
野次馬の一人が呟いた。誰もそれを否定しようとは思わないだろう。服を着ていないことを考えれば。死体下半身の付着物を見れば、大きさのある胸に付けられた痕跡を見れば。彼女が死ぬ前に何をされていたかなんて、想像に難くないだろう。
……それに、この臭いは夕方にも嗅いだ覚えがあった。
ただ、それほど珍しい事件ではなかった。どんなに悲惨であれ、この手の事件はここ十数年で急激に増加傾向にあるのだから。
だから皆、「またか……」という感想を残して事件の記憶をパーセンテージの一部に埋れさせてしまう。惨劇は化石となって忘れ去られてしまう。
風化して消えていく様は、まるで減少傾向にある今の人類そのものに思えた。
「……さて」
事件への興味が薄れた所で、ひとつ問題が浮上した。ホームレスのおれは、いつもこの公園を寝床にしていた。だが今はご覧の通り殺人現場となって警察の手で封鎖されている。
果たしておれは今夜、どこで眠ればいいのだろうか。今さら飯屋の女の所に戻るか? いや、さすがにそれは恰好が付かない。何よりもう寝ていたら迷惑だろう。
どこか他人に迷惑がかからず、雨風が凌げる場所はないだろうか。最低限静かに眠れる場所はないだろうか。
「人がいなくて静かで、屋根もある場所……」
考えて、ふと思い当る場所があった。今のご時世、あり過ぎるほどにある建物。
「近くにあったよな」
公園の喧騒が遠くなるのを感じながら、目的の場所へと歩き出した。
向かった場所は廃校になった中学校だった。
五年前に最後の生徒たちが卒業して以来、廃墟と化した建物だ。今では誰も寄り付かないだろうこの場所なら野宿をするにも最適だろう。
「よっと」
施錠された校門を乗り越えて敷地内に入ると、不気味な城を連想させる校舎を見上げることになった。夏に肝試しをするのには打って付けの廃墟だ。中が荒らされていなければいいが。
昇降口を抜けて校内に入り、眠るのに丁度いい教室を探す。どこもかしこも埃が積もっていて、おれの敏感な鼻には大変きつい環境だった。
幾つ目かの扉を開けて中に入ると、黒板に何かが書かれていた。薄暗くてよく見えなかったが、じっと見詰めているとそれがチョークで書かれた卒業生たちの書き置きだと分かった。
『三年А組卒業おめでとう! 私達は学校で学んだことを忘れません! ここで出会った友達との思い出を忘れません!』
色取り取りのチョークで描かれた卒業生たちのメッセージは、随分読み難くなっていた。けれど生徒たちが込めた想いの賜物なのか、不思議と鮮明に網膜に映り込んだ。
ふと下に目がいく。チョークが置かれている横に本が開いて立て掛けてあった。手にとって軽く埃を払ってみると一面に制服姿の少年少女たちが映った写真が目に飛び込んだ。
「これ、卒業アルバムか」
この三年А組の面々であろうことは分かったが、それにしても人数が十人程度と少ない。多分全校生徒集めても一クラス分の人数にも満たないのだろう。
さらにページを捲っていくと学校の歴史や教職員のコメントが載っている。
『彼らは最後の種です。無事に未来に花を咲かせることを祈っています』
『これで我々教師の仕事も終わりを迎えるとなると感慨深いものがあります』
『生徒たちが将来に希望を持てる社会とは言えませんがどうか現実を乗り越えていけると信じています』
さっと見ただけでもこんなコメントが幾つも書いてあった。おれにはどいつもこいつも大人が子供に未来を押し付けるような内容ばかりに思えて、どうにも気分がいいものではなかったが、これを受け取った生徒たちはいったいどう感じたんだろうか。
すっかりアルバムに読み耽っていると、突然廊下から足音が聴こえた。はっとなって机の影に身を隠すと、じっと廊下の様子を見守った。
扉は開けたままになっているから、誰かが来れば異変に気づくはずだ。とはいえこんな廃校に誰が何の用でくるのか。
匂いを探ってみても、覚えはあるが記憶にないものだった。
そして足音が近づきいよいよ扉の影からそいつが姿を現した。
「どうして扉が開いてるんだ……もしかして誰かいるのかい?」
聴こえてきたのは快活な男の声だった。姿も判別できた。裾の擦り切れた茶色いスラックスとジャケットを羽織ったどこか教師然とした格好の男だ。髪はボサボサだが櫛で整える程度はしてるようで不潔感はそれほど感じなかった。
「誰かが悪戯に入ってきただけかなぁ」
男は暗闇に目が慣れないのかキョロキョロと視線を彷徨わせている。ふとその顔に既視感を覚えて、アルバムを捲ってみた。すると――
「いた……」
呟くと同時に立ち上がり、男を見据えた。
「なんだって閉鎖された学校にいるんだ、元先生?」
男は突然現れたおれに驚愕しつつも口を開いた。
「き……君こそいったい……?」
終わりの目途はついたけど、どうにも文章が膨れてきちゃって纏めるの苦労します。どうにか早く完結させたいです。