能力者
夜。
とある場所で円卓を囲み座る集団がいた。夜で、明かりもつけずにいるため真っ暗。それを気にせず、下の階からわあわあと騒がしい声が響く。かなりの音量だが、まったく気にしないようだ。
「相変わらず、よく売れる」
1人の男が下から聞こえる声を聞き、呟く。
「家のために買うのが貴族の見栄。それに貴族どもは欲望のためにも‘使う’」
もう1人が答える。
「お前が言うと説得力があるな」
初めに呟いた1人が笑いながら言う。
「だまれ」
チッと舌打ちをする。
「ハッハッハ、哀れなやつだ。負けて居場所を終われ、生きるために汚き地へと脚を踏み入れる。哀れなやつだ」
「だまれよ! お前だって似たようなものだろう!」
机を叩き勢いよく立ち上がる男。
「まぁまぁ、君達そこら辺で。今日は喧嘩するために来た訳じゃないだろう?」
2人の間に座っていた男が仲裁に入る。声からすると中年かそれ以上だろう。2人は逆に若い。
若い2人は、しぶしぶ喧嘩をやめる。
「で、下の売買は順調。資金も着々と貯まってきている。おかげで、1つ実験に成功したよ」
中年の男がコツンと机に指をぶつけて音をならす。その瞬間、机の上にホログラムによる映像が映し出される。そこに映っていたのはカプセル状の培養器に入った女の子。歳は15、6ほどで金髪がゆらゆらと揺れる。眠ってるのか、目を閉じたままでカプセルの中に浮いている。
「なんだこれ?」
1人が食い入るようにそのホログラムを見る。
「実験の成果だよ。ここまで人の手で‘人’を造り出せるとこまでもっていったんだ。どうだね? 素晴らしいだろう?」
嬉しそうに話す中年の男。彼は人体実験を行っていた。秘密裏に収入を得て、その収入を使い‘人’を造り出そうとしていた。その実験は概ね成功。形を成し、人と全くおんなじところまで造り出した。残る問題は1つ。
「素晴らしい? ハハッ、とんだマッドサイエンティストだ。こんなもんを影で造ってたなんて。おいオッサン。あんたろくな死に方しないぞ」
「…元より死に方なぞ選べんさ。既に人を殺めてしまってるからね」
嬉しそうな声から一転して、悲しげな声になる中年の男。
「へぇ、オッサンは見かけによらずやることやってんだな。魔術にしか興味ないのかと思ってたぜ」
「興味? 興味は尽きないね。この実験もそうだし、今は面白い子が魔術都市にはいるからね」
そう言って、また机をコツンと鳴らす。ホログラムが一瞬で女の子から青年へと変わる。頭に精霊を乗せた青年へと。
「コイツっ!」
若い1人の男がその青年を見て怒号をあげる。
「タヌキじじいだな」
もう1人も呆れ混じりの声をあげる。
「何とでも」
「それより、これからだ。君達2人にも動いてもらうよ」
「ふん、いいだろう」
「金さえ貰えればいいよ」
「では、頼もう」
ホログラムを再び切り替えて男達は会議を始めた。
*********************************
次の日の昼。
オレとノエルは魔術都市をブラブラと歩いていた。今日は講義がない。必要な単位はすべてとってあるため、今は講義をたくさん受けなくても余裕がある。ただ、オレは補助や回復の魔術が他の生徒と同じ程度しか知らないため、それを知るために講義を受けている。今日は、というかこの曜日はたまたま攻撃系の魔術の講義しかないため、1日フルに休みにした。
「休みにすると暇だなー」
暇をもて余したオレは、ノエルを連れてブラブラと街をふらついていた。何か暇を潰せるものはないかなと目的もなく歩いていた。
そこへ、オレの髪を引っ張って街の細い路地を指差すノエル。
「ねえ、俊貴。アレは何? 何て遊び?」
「んあ?」
最近になって、髪の毛を引っ張る事に手加減してくれるようになったため、痛みを感じずにオレはその指差す方を見る。
細い路地に、肩くらいの長さの金髪少女がいた。ただ、その少女の周りには男たちが8人ほど群がり、その数人がそばを歩く通行人に睨みを効かせていた。通行人は完全に見てみぬふり。
「巻き込まれたくはないし、アレが普通の反応だよな」
オレはやれやれと呆れながらその集団へと歩き出す。ノエルは興味と恐怖で頭をちょこっとオレの髪からのぞかせて様子を見る。あの程度だったら怖くないだろうに。今まで死にそうになったり、結構ハードな体験したと思うんだけどなぁー。と苦笑い。
その集団に近づくと声が聞こえてきた。
「なぁいいだろ? 俺らと遊ぼうぜ」
「いや」
チャラ男Aの誘いをばっさり断る少女。見た目高校生くらいだろうか。
「照れてるの? 照れなくていいからさー、一緒に楽しいことしようよ」
しつこく誘ってくるチャラ男A。チャラ男Bがオレに気づき睨みを効かせてくる。
ふふん、そんな睨み屁でもないね。何たって虎に襲われてるからな!! こんなチャラ男の睨み何ともないね。
「照れてない。いいからほっといて」
少女がその集団から抜け出そうと歩き出した。それを阻もうとチャラ男Aが少女の腕を掴もうと手を伸ばした。
「!?」
腕を掴まれて少女が驚き、振り返る。
「いやー、ごめんごめん。遅れちゃったよ。あ、オレの連れが失礼しました」
少女の腕を掴んだのはオレ。チャラ男Aの腕が少女に触れる前に、少女を離す。
だが、少女の口から出てきたのは予想外の言葉だった。
「あんた誰?」
「!?」
オレに向けて放たれた言葉。それに唖然として、少しの間固まる。
が、慌ててオレは少女に怒鳴る。
「おいっ!? ここはオレに合わせて連れのフリするとこだろ!」
「はぁ!? そんなこと知らないわよ! それより手放しなさいよ!」
「あーもー! どーすんだよ! 助けようと思ってたのに、オレの計画丸潰れだよ!!」
「知らないってんでしょ! なんで見ず知らずのあんたに怒られないといけないのよ! そもそも助けてなんて言ってないでしょ!!」
「のぁ!? なんだこの生意気な女子高生は!」
ギャーギャーと言い争いを始めたオレと少女に、周りの人は当然、チャラ男集団まで固まっていた。
そんな中、チャラ男Aが我に返りオレの腕を掴む。
「ふざけたことしてくれんじゃん、兄ちゃんよー」
チャラ男Aにより、周りのチャラ男達も我に返りオレと少女の周りを囲む。
『あぁっ!』
オレと少女が同時にチャラ男Aを睨み付ける。チャラ男Aが口の端を引くつかせる。
「あんたなんたかに助けてもらわなくても、わたし1人でこんな連中どうにかできるのよ!」
そう言って、少女がオレの前に立つ。
その少女の言い分にチャラ男達の顔が険しくなる。
ああー、こんなことにならないようにしたくて動いたのに…
「ん? 1人でどうにかできる?」
オレはふと少女の言ってたことを反復する。
その瞬間、少女の周りをバチバチと紫電が走り出す。
「!」
オレは思わず身構える。
魔術か!? でも、魔法陣が顕れてないし魔術じゃないのか?
少女の周りの紫電が収まる。
「おい、ガキども。」
「うるさいっ!」
少女の怒声とともに紫電がチャラ男達へと駆け抜ける。
魔術か? 詠唱しなくても使えるってことは無詠唱…、いやでも…
と、オレはこの少女の力に疑問しかわいてこない。
「魔術師だったのか?」
「魔術師? 違うわよ」
そう言って、少女は人差し指と人差し指の間から紫電を走らせる。
「わたしは魔術師じゃなくて‘能力者’。雷の能力者」
「能力者?」
オレは能力者という存在を知らない。魔術師とは違い、詠唱無しで魔術に似た力を使えるということか?
うーん、と首をかしげるオレを怪訝そうに見てくる少女。
「何? 能力者を知らないないの?」
少女がジロジロと見てくる。
「知らない」
興味深けに少女を見てたら、少女が何か閃いたような表情になる。
「ふふん、常識を知らないお馬鹿さんに能力者の事を教えてあげましょうか?」
ニッと笑みを浮かべる少女。その笑顔にムッときたオレは、興味はあるが癪だったため断る。
「いい。興味ないし」
顔をそらしたオレに少女は驚く。
「この人ら全員伸びちゃってるし、オレはもう行くよ」
少女に頼らずとも能力者の事は調べられる…はず。オレは少女に背を向けて、能力者の事を調べようと大学に行こうとした。
「ちょ、ちょっと!」
少女が慌てて声をあげる。
「じゃーな」
オレは振り返らずに手だけ振って歩き出した。
「…」
少女は顔をむすっとさせ歩き出す。
**********************
オレは魔術大学へと能力者の事を調べようと歩いていた。ノエルは相変わらずオレの頭の上に乗っかったままで、チラチラと後ろを振り返る。後ろをついてきてる事に気づいてるオレはため息をつく。
「…」
オレはチラッと後ろを見る。そこには先程の金髪少女がオレの後ろについて歩いていた。
何なんだ、なんでついてくるんだよ。
オレはそう思いながらため息をつく。
対して少女の方は、なぜか楽しそうな笑顔を浮かべている。
ある程度歩いたら、目的地の魔術大学が目の前にそびえ建っていた。少女はしっかりオレについてきて魔術大学を見てオレを見る。
「へぇー、あんた魔術大学の学生だったんだ?」
オレの後を黙ってつけてきたのにも関わらず、少女の方から話しかけてきた。オレはそれに驚き唖然としつつも、ため息をつく。
「そうだけど、ここまで着いてきて何か用?」
「別に、借りを作ったままにしとくのが嫌だから借りを返すためにここにいるのよ」
ふん、と顔を横にそらす少女。
「借りって、自分で集団を気絶させてオレは何もしてないじゃん」
「…うるさいわね」
ふん、と腕を組みオレと視線を合わせない。
(普通の人間はわたしみたいな状況を見たとき知らないフリをする。なのに、コイツはわざわざ助けに来た。魔術師で力を持ってるから、ってのもあるだろうけど)
そう思いながら少女は横目でチラッとオレを見るが、オレはため息をつき肩を落としていた。
「ま、いいや」
オレはポリポリと頭をかき、少女に背を向けて大学の図書館へと歩き出す。少女もそれに合わせてオレの後をついていく。
*~*
オレとノエル、少女は図書館へと入ってきた。図書館は二階構造で、一階が一般的な本やら図鑑やらが並んでいて、それなりに学生も来ている。二階になると、魔術関連の魔術書ばかりで真面目な魔術師や先生達が調べもののために来るだけでそうそう人はいない。
オレは二階をたまに利用する。静かって事ももあるし、魔術書もあるから勉強になる。
オレは慣れた場所を歩くように、スタスタと先に行く。それに合わせて急ぎ足でついてくる少女。
階段を登り、二階に到着。
何となく二階は雰囲気が暗い。電気も必要最低限しかついてない事も理由の1つだと思う。
「へぇー。大学の図書館ってこんな感じなんだ。高校も結構広いと思ったけど、やっぱ大学のが広い」
少女が、暗い雰囲気の二階にワクワクしてるのかズラッと奥へ続く本棚を1つずつ見始めた。
魔術書に興味があるのかな? ま、好きにさせとこう。オレは調べものしないと。
オレは少女の入ってった列とは違う、2つほど離れた列へと入る。そこは魔術関連の歴史書が並んでいる列で、オレは歴史から能力者という存在を探していこうと考えていた。
本棚を上から下へと見ていき、目についた適当な本を手に取りパラパラとめくる。
「ま、いきなり当たるとは思ってないし」
オレは本を元に戻し、別の本に手を伸ばす。
その本をペラペラとめくる。
「!」
まさか、こんな早く見つかるとは。
いきなり見つけた能力者の文献。
その歴史書にはこう書かれていた。
『魔力を使って魔術を使うのが魔術師に対して、生命力を使って力を使うのが能力者である。魔術師と違い、詠唱がいらず炎や水といった魔術と同じ力を扱える。詠唱しないぶん、威力、効果が劣る。そのため劣化魔術師と言う人間もいるようだが、私はそうは思わない。詠唱しないため、魔術師よりも早く動作をとれる。詠唱と同じように力を扱える。それに、詠唱と同じように力を集中させれば、詠唱した魔術と等しい威力を叩き出す事もできる。私は能力者という存在に世界の変貌の光を感じる。だが、その能力者の起源は不明だ。いくつか仮説はあるが、確証はどれもない。例をあげると、魔術師の先天性な魔力障害により能力者が生まれたや、人工的に魔術師を生み出そうとした結果生まれたのが能力者だ、というものが世界中に広まっている。広まる噂と同時に能力者も世界中に広がって、各地で見るようになった。私は生まれた理由はどうあれ、私は能力者という存在に強く惹かれているのかもしれない』
と、本には記されている。まだこの作者の意見が述べられてるようだが、個人の意見となると参考にはなっても確証にはならない。でもオレが知りたい事はだいたいわかったから、それでいい。
「やっぱり魔術を無詠唱で使ってるような物なんだな。魔力の代わりが生命力…、体力ってことか。なるほど、劣化魔術師ってのも頷けるけど、その言葉は賛同できない」
劣化って何をもって劣化なんて決めつけるんだろう。力を集中すれば魔術と同じ。それに使い方しだいで魔術師を優に越える。劣化どころか魔術師よりも凄い存在だとオレは思う。
「へー、能力者って凄いんだね」
オレの頭の上で本を見ていたノエル。
「ああ、そうだね」
パタンと本を閉じ、オレは元の場所に戻す。
そして、左右を見渡す。
「どしたの?」
左右に揺られるノエルが聞く。
「いや、別に」
オレはとりあえず本棚の列から抜け出して、一列ずつ見ながら歩く。
「あの子探してるの?」
「ち、違うよ」
焦りながら否定するオレに、ニヤニヤと笑うノエル。何だか最近、ノエルに心を見透かされてる気がする。
そう思いながら、一番端の列で少女を見つけた。ちょうど本を手にとろうとしていたところだった。少女は黒くボロボロな背表紙に指をかけて、黒い本を取り出そうとしていた。
「! その本はダメだ!」
オレはその黒い本をとろうとするのを止めるため声をあげた。だが、その声に驚いた少女は本を床に落としてしまった。
「あっ…」
少女が拾おうとした瞬間、独りでに黒い本が裏返ってバッとページが開かれる。
「え?」
その開かれたページには、鋭利な牙が生え長い舌べらがよだれをたらしている。
少女がその本を見て動きを止めた時、黒い本が素早く少女を噛みつこうと牙を向ける。
「きゃっ!」
素早く身を屈めて黒い本をかわす少女。本は標的を見失い本棚に噛みつき引っ掛かる。
「な、何なのよ…」
少女は恐る恐る振り返り、黒い本を見る。
黒い本は、無理矢理本棚を引きちぎって少女の方を振り返る。振り返る勢いで、少女の顔によだれが飛び散る。
「ボサッと」
少女の前に割って入り、オレは黒い本を蹴飛ばす。黒い本は本棚にガンガン、とぶつかりながら吹き飛び、床に転がる。
「してんな」
オレは少女を立たせる。
「う、うるさいなっ!」
少女はフン、と鼻を鳴らして顔を背ける。
「むぎゅ!?」
が、頭をクルっと回してオレの方を向かせる。
そして、ポケットからハンカチを取り出して少女の顔についたよだれを拭き取る。
「…」
少女は、驚いた顔をした後にプルプルと震えだして口をへの字にする。
「俊貴! 向かってきたよ!」
頭の上に乗っかっていたノエルが黒い本を見張っていたため、向かってくる本のことを教えてくれた。
「ありがとう、ノエル」
オレは振り返って本の方を見る。牙を向き、よだれを散らしてオレの方に向かってくる黒い本。
対象指定で発動っと。
「!」
オレの足元に青い魔法陣が顕れ、それを見て少女が驚く。
「凍ってろ」
黒い本に手を向ける。その瞬間、黒い本は全体を氷に覆われて凍りつく。そして、床に落ちる。
オレはため息をつき、少女の方を見る。
「あれは魔術書の中でも危険な物で、魔力をもたない人間が触ると、ああやって襲ってくるんだ」
「な、なんでそんなもんがここにあるのよ…」
「おま…、ここは魔術大学の図書館だぞ?」
「…」
少女は、ハッとして恥ずかしそうに顔を赤らめてプルプル震える。
「う、うるさいな!」
フンと顔を背ける少女。オレはやれやれと呆れつつも苦笑いする。
「で、探し物はいいわけ?」
オレから顔をそらしたまま腰に手を当てて聞く少女。
「ん? ああ、良いよ。もうすんだから」
オレは一階への階段へと向かって歩き出す。
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!」
少女も慌ててその後についてくる。
どうも。
最近仕事より執筆してる方が楽しいな、と感じ始めてきてる僕です。はは、やべー(笑)
さて、今は日常回ばっかで戦闘がないですが第一部の中盤から戦闘を多めにしていくのでお待ちください。




