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その夜。

珍しく、斉藤は縁側で一人、酒を飲んでいた。雲一つない夜空に、欠けた月が浮かんでいる。

斉藤の脳裏に、昼峰岸に言った言葉が浮かんだ。


「…それゆえ、俺は剣に魅かれるのか」


剣を持つその瞬間は、生きていると実感できるから。

酒に映った月を飲み干して、考える。


人を斬った。今まで何度も。

肉を断つ感触。返り血の暖かさ。だんだん冷たく、物体と化す身体。


忘れてはいない。


しかし、命を奪うことに躊躇いはない。躊躇えば、自分が死ぬ。


自分は、おそらく普通ではない。そんなことぐらい自覚している。


いや、ここではこれが普通なのか?


ただ、自分には市井の人々のようには生きてはいけないということだけは確かだ。


左腕が疼いている。斬りたい、斬りたいと獲物を求めているかのようだ。


「まるで、本物の鬼だな」


そうひとりごちて、斉藤は空を仰いで眼を閉じた。






「お、斉藤じゃねえか。こんなところで、一人酒か」


月の光が遮られた。永倉が、目の前に立っていた。


「なんだ。何か用か」

「何か用かって…相変わらず無愛想だな。まぁ、愛想笑いなんかする斉藤は気味悪ぃけどよ」


苦笑をにじませた声音で言って、斉藤の隣にどっかり座りこんだ。黙って手を差し出す。

斉藤がただその手を見つめていると、痺れを切らしたようにこう言った。


「…酒、くれ。ってか、ちょっとは気を回せよ。俺が酒好きなの知ってるだろう」

「…ああ。その手はそういう意味か」

「他にどういう意味があるんだよ」


今度は本当に苦笑して、酒を受け取ると、斉藤に皿を差し出した。

皿には、銀杏切にされた沢庵。


「ほら、お前沢庵好きだろう?俺の好きな酒と交換だ」

「…かたじけない。永倉、お前には敵わないな」

「それは、どういう意味だ?剣、なわけなかろう。…世話焼きなところか?それとも…新人教育か?」


美味そうに酒をすすって、尋ねた。

こころなしか、面白がっているような声音だ。


「青藍が落ち込んでたぜ?斉藤先生にかなりきついこと言われちまったみたいだったからな」

「なんだ。それが用か」

「おうよ。斉藤には無茶な相談かもしれねえが、もちっと言い方ってもんに気を付けてやれ」

「簡単に言うが、それが自然にできたならば…」

「ああ。分かってるよ。それだけ青藍に期待、してるんだろう?」


斉藤は心中で驚いた。

分かっているなら、聞いてくるなとも思った。


「…青藍が先生と呼ぶのは、お前だけだぜ。気づいてたか?」

「それがなんだ」

「いいや、別に。懐かれていていいなあって、ちょっと羨ましかっただけさ」


眼を細めて永倉はつぶやいた。


「お前が羨む?」


斉藤は信じられなかった。

いつもいつも飄々として、どこか悟っているような永倉が他人をましてや自分を羨むなんて。


「俺にも、弟子がいたんだよ。年上だったが。今頃どうしているか…」

「…生きているといいな」


そう、斉藤が言うと。


「ほんっと、言い方に気をつけろよな」


永倉は苦りきった顔で笑った。

その顔はどこか悲しげに見えた。


明日に響かない程度にしておけよ、と。

それだけ言って、永倉は部屋に入った。


その背中を見送り、斉藤は疼く左腕を抱え、今度こそ目を閉じた。


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